カイセイ&ミヤビの場合 1
水谷が帰宅した後で、宮本はぼんやりして蘇った記憶の一部を反芻していた。別室にいた三夜美がやって来て隣にすわる。ストラスから魔力を分けてもらったからか三夜美はいつにも増して美しく見えた。宮本はドキリとした。
「大丈夫?カイセイさん」
「あ…あぁ…うん。ちょっと自分のものじゃないみたいな記憶がドバっと入ってきて…今、自分がまるで別の誰かになった気分なんだよね…変な感じだよ…」
三夜美は気遣わしげな表情で宮本の額に手を当てる。少しだけ混乱していた意識がマシになるのが分かった。いつもは宮本がそうする方なのに、今は逆だった。自分の方が歳上なのに気を遣われていることに少し恥ずかしくなる。そのときインターホンが鳴って複数の声が聞こえてきた。
「ただいまー!ちょうど家の近くでバッタリ会ったんだよね。地方ロケはどうだった?無事に帰ってこられて良かったよ」
セラヴィの社長が言う。後から入ってきた二人を見て、宮本は思わず声を上げそうになり、慌てて社長に向かって小声で囁く。
「おかえりなさい。あの二人ってきさらぎきりとと遠野圭一朗じゃないですか!!えっ?知り合いなんですか?」
「まぁね、ん?あれ?宮本くん、雰囲気…変わった?記憶…戻ったの?あぁ、慣らしの最中か…ごちゃついてるね」
社長は宮本の顔を覗き込んで首を傾げながらも頭を撫でる。宮本は人前でそんなことをされたことに慌てた。傍らで見ていた社長秘書の宮森が苦笑する。
「社長…距離が近いですよ」
「あぁ、ごめんごめん。そのうち慣れるよ。頭の中がこんがらがってるからちょっと触っただけだよ」
「おかえりー」
イチカが現れて社長に抱きついた。契約パートナーだと紹介されたときにはあまりの若さに驚いた。
「ただいま。体調はどう?大丈夫?」
「うん」
「あ、それと…宮本くんの知り合いが今日セラヴィを訪ねてきて…こんな大事なものは預かれないって言ったんだけど…これは宮本くんの稼ぎだからって…通帳と印鑑を置いていったんだよね…中は見てないよ」
宮本は不審に思いながらそれを受け取る。中には手紙が同封されていた。医師の杉田からだった。通帳を見ると大学費用として引かれていた金額が月々きっかりと振り込まれていた。
「えっ…?どういうこと…?」
手紙には宮本の大学の費用はすでに一括で杉田が支払済の旨と、月々のバイト代は宮本が少しでも外での仕事を続けて、世間と関わりを持つためにさせていたという内容が書かれていた。自分ができるのはそのくらいしかなかった、とも書かれていて宮本はぼう然とする。セラヴィでバイトを始めても大学での勉強を疎かにするなとも書いてあって宮本は思わず苦笑する。
「え…今更…なんなの…?僕は…福音の鳥の会に…借金があるから縛られてると思ってたのに…嘘だった…?杉田先生も…お人好し過ぎるよ…僕のために…そんな…」
言いながらも宮本は涙声になる。三夜美がそっと手を握る。
「前に話してた…研究室の先生?カイセイくんのこと…考えてくれてたんだね…」
「…うん…」
涙をぬぐう宮本に社長は言った。
「あの人、研究熱心だから汎用性の高い魔力回復シールの研究チームに入ってもらうことにしたよ。福音の鳥の会じゃ、研究費用も足りないからね。うちのシールを使うことと、福音の鳥の会のメンバーにも治験に参加してもらうことで双方合意した。あそこに逃げ込む札付き転生者の中には、レアな転生者もいるみたいだから、そういう人にも合う魔力回復薬って、やっぱりないんだよね…だから、宮本くんと杉田先生は言ってみればセラヴィの同期だね。まぁ、宮本くんはアルバイトで杉田先生は中途採用だけど」
社長は笑いながらリビングから出てゆく。
「楓、大丈夫か?」
イチカが声をかけると、花咲は困ったような顔をして頷いた。
「うん、まだなんとか…って言いたいところなんだけど…ここにいるって分かった途端に、ランチ食べたら胃もたれしてるみたいな感じがして…」
花咲がお腹を撫でる。
「あぁ、それ、そうだよ。俺もだから。無理すんなよ?」
「ありがと。とりあえず着替えてくる…」
二人のやり取りを近くで聞いてしまった宮本はイチカと目が合って表情を取り繕うことができなかった。イチカはニッと笑った。
「宮本さんって煙草吸う?この家は禁煙だから吸うならベランダに出てよ?妊婦だらけなんだから。まぁ…家の中だからマタニティマークなんかぶら下げてないけどさ。楓だって、あぁ見えて妊婦だから、変なこと言うなよ?相手が猫科の悪魔だからそうなったんだよ。あとは…説明してないこと…あったかな?」
「猫科の悪魔…??いや、説明になってませんよ。だいたい…誰と誰が契約パートナーなのかはたまた結婚してるのかも僕はまだ分かってないんですから…」
「そっか、ま、そのうち分かるよ。俺は社長の契約パートナーでうっかり妊娠しちゃったけど、まだ年齢的に結婚できないんだよ。魔界なら結婚できるんだけどさ。まぁ…転生前から元々夫婦だから今更また結婚とか、ウケるよな。何回結婚すんだよって話」
「…イチカさんって…何歳なんですか?あっ、失礼な質問でしたか!?」
三夜美が思わず聞いてしまってから慌てる。
「十六だよ。ミヤビとはほぼタメだな。敬語とかいいよ。俺、使えないし」
不意に声が聞こえて三夜美はそちらを振り返る。きさらぎきりとに抱きついている白っぽい髪の少女が見えた。初めて見る顔だ。
「あの子はアイム。きさらぎさんの契約パートナーだよ。オッドアイの美人」
そのときインターホンが鳴ったのでイチカが出て笑った。
「コーキじゃん、彼氏ならもう帰ってきてるよ」
イチカと共に入ってきたのは別のクラスの一ノ瀬光輝だった。三夜美の姿に気付いた光輝は一瞬戸惑いの表情を浮かべる。
「一ノ瀬くん…こんばんは」
光輝は三夜美とその隣の宮本を見て、なぜかどこかホッとした顔をした。そうしてきさらぎきりとの近くにいる、遠野圭一朗の元に歩み寄るとガバっと抱きついた。
「ケイくん、おかえり!!」
「あ…あぁ…ただいま…コーキ」
三夜美は遠野圭一朗に抱きついている一ノ瀬を見てぽかんとする。一ノ瀬光輝はいつも明るく目立つタイプで、学食でも何かと女の子の話を積極的にしていたから、自分とは真逆の人間なのだと思っていた。むしろ自分のような存在は一ノ瀬にとっては不快なのではないかと思ったりしたこともあった。だからといって彼が何か嫌なことを言ってきたりするようなことはなかったのだが、元々特待生の一ノ瀬は進学クラスにいたから、同学年ではあっても接点がほぼなかった。
「えっと…荻原くんだよね?ミヤビって呼んでいい?俺のこともコーキでいいからさ。ケイくんが俺の契約パートナーなんだ。ずっとなりたくて…やっと、つい最近なれたんだよ」
光輝は照れ臭そうに言う。三夜美も慌てて宮本を紹介した。
「あの、彼は宮本海晟さんで…僕の契約パートナーでこれからセラヴィでバイトを始めるから…僕も一緒に…ここに住むことになっていて…今の養子縁組は解除する方向で話が進んでるんだ…」
「そっか、良かったな。俺も時々ここに顔出すし…あれ?アサヒってまだ帰ってきてないのかな?アサヒも家庭教師と一緒にここに住んでるんだよ。あっちも家出中でさ」
「アサヒなら部屋にいるんじゃないかな?多分そろそろ降りてくるよ」
イチカが言ったそのとき、玄関の方でおかえりなさい、と言っているアサヒの声が聞こえた。ただいま、と女性の声と複数の男性の声がした。少ししてから、リビングにアサヒがやってくる。
「俺のときは無視なのに、パートナーが帰宅した途端に降りてくるんだなアサヒは」
光輝がわざとらしく拗ねた表情をした。
「なに?コーキは僕にいちいち気配を読まれて、帰宅したら熱烈なハグでもされて出迎えられたいの?気持ち悪いよね?僕らはそんな関係性じゃないし。あ、ミヤビごめんね。コーキがうるさくて」
「大丈夫。まだこの環境には戸惑うけど…人が多過ぎて…っていうか、ほとんど悪魔なんだよね?アサヒもって本当なの?」
三夜美が尋ねる。隣では宮本が三夜美が同級生と交流するところを興味深く見ていた。
「うん…僕は…ちょっと事故に巻き込まれて悪魔にならないと死ぬ寸前だったから、緊急事態でそうなったんだけどね。コーキは今のところは人だよ。まだね。勧誘はされてるけど」
三夜美はアサヒが学校にいるときとは様子が違うことに気付いた。真面目で大人しそうなアサヒが一ノ瀬光輝と親しいのは何となく不思議に見えていたが、そうでもないのかもしれない。むしろ言いたいことは遠慮せずに言うタイプなのだと思って、学校で外側からだけ見たイメージで判断していた自分が知らなかった同級生の素の部分に触れられて新鮮な思いがしつつも、どこか安堵もしていた。
「僕だけが…性的嗜好に…偏りがあって普通じゃないのかもって思ってたけど…コーキくんも契約パートナーが男の人で…ホッとした…」
三夜美の言葉にアサヒが言った。
「僕の契約パートナーは…人としては女性で登録してるけど、最初に会ったときは男性の姿だったし…僕もパートナーもどちっちがどっちの性別でもあんまりこだわりがないんだよね。だから、僕もミヤビの言うように世間一般の感覚からすると、普通っていうのとはズレてるのかもしれないな。でも、ここにいたらそんなの気にならなくなるよ。同性のパートナー率が高いってのもあるし、みんなコロコロ自由に姿を変えるから、性別について悩むのがバカらしくなるんだ。いい意味でね」
アサヒは学校では決して見せない、どこか蠱惑的な表情で微笑む。隣にいた光輝がギョッとしたような顔をしたので、三夜美は笑ってしまった。
「…アサヒ…止めろよ、そういうの。心臓に悪い」
光輝が情けない声を出すと、黙っていた遠野が小さく笑って意外なことを口にした。
「アサヒくんは、もしかしたらお芝居の素質があるのかもしれないね。今の表情…なかなか良かったよ」
まさか遠野に言われると思っていなかったアサヒは慌てた。
「そ、そんな神がかった演技をする俳優さんに言われると恥ずかしいです!」
慌てるアサヒは年齢相応な少年の顔に戻っている。遠野は笑いながら光輝の頭を撫でた。光輝も途端に子どもの顔になる。
「コーキは昔から演技が下手だったねぇ…それはそれでコーキらしくていいと思うけどね」
テレビ画面に猟奇的な笑みを浮かべる美女が映る。目の前の本人とのギャップに苦しみながらも光輝はやはりその姿に見惚れてしまう。リビングにいる面々から視線を浴びた遠野は、困ったように微笑んだ。
「フィクションですからね…?ねぇ、きさらぎさん」
ところが、きさらぎきりとも困ったような顔をして告げた。
「…どうにも…最近、君との仲を変に勘ぐってる連中がいるみたいでね…週刊誌に面白可笑しく書き立てようと…ここも見張られてる可能性があるから、コーキくんも注意した方がいいかもしれない。俺らはともかく…一般人のしかも中学生を巻き込むのは気分的にもね…」
きさらぎきりとはそう言ってため息をついた。




