カイ&水谷の場合
その頃カイは中学校で、もう一人のレリエルである教師の一人と対面していた。水谷匠はハルとカイの学年の新卒教師で日本語を教えている。カイはあえて日本語に不慣れな風を装って、教科書の言い回しについて質問をしつつ、接触を試みていた。水谷自身もカイの魔力が気になるのか、時折チラチラとこちらを窺うような視線を向けてくる。ここは職員室の隣の小さな教室で生徒指導室も兼ねていた。カイは外国人ということで不慣れな日本語の補習中だった。
「フォスターくんは勉強熱心だね」
「早く日本語…たくさん覚えて、話したいから…」
カイは、はにかんでそう言ってから小声で囁いた。
「先生…僕…先生のなくしたもの、知ってます…」
「え?」
「先生は、自分の半分をなくした…」
「うん?その言葉の使い方は正しくないと思うよ?」
水谷は苦笑する。だが内心ではギクリとしていた。自分の半分?まさかと思う。そんなことまでこの少年には分かる訳がない。
「そうですか?先生は半分をなくして、転生前の記憶、少しだけ…違う?」
本当は流暢に喋れるのに不慣れを装うのも意外と難しいと思いながらカイは話していた。一方で言われた水谷は戸惑った表情を浮かべた。
「先生の半分は、今…僕のうちにいます」
「えっ?ちょっと待って、何の話?それは言葉の使い方が間違っているよ」
「二人で会ったら…記憶が戻るかもって、お父さん言ってる。ぼんやりしなくなるって。先生は目的…忘れた」
「フォスターくん?」
「答えが知りたいなら、遊びに来て」
「…とりあえず、今日はこの辺にしようか」
水谷は立ち上がろうとしたところを指一本でカイに制された。額に指を当てられてそのまま動けなくなる。
「先生…当ててあげる。先生は天使のレリエル」
カイはニコリと笑う。水谷は一見無害そうな目の前の美しい少年に突然恐怖を覚えた。
「隠さなくて大丈夫。こわい敵、いない。お父さんが排除した。だから、もう安全」
カイは指を離す。触れたことで少し魅了してみた。自分のことをもっと知りたいと思うようにさせた。
「フォスターくん…?」
「ありがとうございました。失礼します」
カイは礼をしてドアを開ける。ドアの外にはハルとルイが仲良く話しながら待っていた。他にも数人女子がいて、ルイに質問をしている。好きな人いないんですか?と聞こえた。
「僕には契約パートナーがいるからね」
「ハルちゃん、ホントなの?」
「う、うん。とても格好のいい外国人…男の人」
「えぇ!?ウソだと思ってたのに!ホントなの?」
「うん」
「あ、カイ、終わったの?」
ルイが声をかけると、慌てたように水谷が立ち上がってドアのところに来るのが見えた。カイが魔力を使ったのだと分かる。水谷が動揺している様子がルイにも伝わる。
「ルイ…!」
カイは嬉しそうな顔をしてルイに駆け寄ってきた。あえて仲が良いとアピールするようにルイはカイの肩に腕を回すと、水谷に笑顔を向ける。
「帰ろっか。水谷先生、ありがとうございました」
ルイの笑顔を見た水谷は何かを言いかけて、けれども口をつぐむ。けれども思い直したように彼は口を開いて、無難な言葉のみを口にした。
「あ…気をつけて帰るんだよ」
「はーい」
三人はガッカリする少女たちを残して歩き出す。
「でも、契約パートナーが男の人でも、結婚までする訳じゃないでしょ?まだ可能性はあるよね?」
「うん、そうだよ。契約パートナーがイコール結婚相手になる訳じゃないし」
背中に聞こえた声にルイは振り返ると言った。
「あ、成人したら僕はその人と結婚する予定だから、ごめんね。僕にとってはイコールだし、向こうもそう言ってるから」
(言ってしまって良かったんですか?)
心の中にカイムの声が聞こえた。
(キリがないからね。それにもう僕は魔界じゃ既婚者だしお腹に子どももいるし。隙あらばキスしたいとか、もうやってらんないよ。カイも気を付けて。外国人だからって、そういうのも早いって思われがちだし。人種なんか関係ないよね。そもそも僕なんか日本生まれの日本育ちだしさ…)
「さー帰ろ。疲れちゃった…魔力足りないよ…」
三人は校門から外に出る。
(で…どう?釣れそう?)
(少し魅了させました。大佐には叱られるかもしれませんが…)
(大佐とはどう?うまくいってるの?)
(……まぁ…それなりに…)
(大佐のこと好きなんだよね?)
心の中で言いながらもルイはハルと手をつないでいる。ハルは少し不安そうにルイを見上げた。
「…お兄ちゃん…カミングアウトして本当に大丈夫なの?」
ハルにまで言われたのでルイは苦笑してしまった。
「うん。だって…事実だし。好きな人のことを好きだって堂々と言えない世の中にしたくないんだ」
「カッコいい…」
「別に…我慢するのを止めただけだよ。カイも、もう少し素直になりなよ。それに大佐って思ったより真面目だよねーダルそうにしてるけど」
ルイはオレンジ色に染まる夕焼け空を見ながらそう言った。魔界の空とは違うが、これはこれで綺麗だとルイは思った。この世界を綺麗だと思う日が来るとは思わなかった。リツに出会わなかったらこの景色に心を動かされる日もなかったかもしれない。ストラスを好きになって良かった、エストリエもそれを許容してくれて本当に良かったとルイは思った。
***
リビングで皆が夕飯の時間を待っていると大人のジーンのスマホが鳴った。ジーンとリツはアフターフォローを兼ねてまだ付属小に在籍していた。ヒトミには魔力回復シールも念の為に渡したから、今日は頭痛に悩まされないはずだと思う。ジーンは、はい、と言ってから、今日の今からでも構いませんと伝えて通話を終えた。
「…カイの撒いた餌に、もう天使がかかったよ」
ジーンはニヤリと笑う。リビングにいた宮本はどこか緊張した表情になる。宮本の肩に触れて馴れ馴れしく接していたミカエルは笑った。イオフィエルは隣で呆れたような顔をしていた。
「君の残り半分といよいよご対面だね…」
「いや…天使の記憶もわずかな断片しか思い出せないのに…こんな状態で会ってもどうしたらいいのか…」
「今から来るよ。構えることはない」
ジーンが笑うと宮本は慌てた。
「ええっ!?ちょっと待って下さいよ!せめてもう少し心の準備が出来てから…」
「鉄は熱いうちに打てって言うらしいじゃない」
「ミカエルさん、それはそうですけど、今はまだ僕のタイミングじゃないですってば!」
「…随分と仲良しになりましたね。上官。レリエルさんとなんて接点なかったくせに、昔からの知り合いみたいな顔しないで下さいよ。上官のそういうところ…私は天使としてどうなのかなって個人的には思いますよ…」
「えっ?知り合いじゃ…ないんですか?」
宮本は肩を組むミカエルを見て妙な表情をした。それにしては最初からまるで顔見知りのように接してきた相手のペースに飲まれてしまった。
「まぁまぁ、イオフィエルそんな固いことを言うもんじゃないよ。天使なんだから皆、友だちみたいなものじゃないの。それに気持ちいいんだよね…こうしてると…イオフィエルもやってみる?馴染むっていうか…」
金髪碧眼の美しい男性に抱きつかれて宮本はどんな表情をすればいいのか分からなくなる。
「上官!!誤解を招くような発言と行動はお止め下さい!みんなが見てるじゃないですか!」
「あー別に気にしなくて大丈夫だよ。こっちはこっちで魔力を補ってるところだから、お仲間どうし仲良く交流しててよ」
振り返るとストラスが遠慮がちに立っているミヤビとルイの肩に両手を回していた。ルイが傍らのミヤビに尋ねる。
「ミヤビ、大丈夫?悪魔の魔力はどう?」
「うん…身体が楽…。いつもこの時間帯はカイセイさんが側にいないと調子悪かったんだけど…ストラスさんの魔力があるからか…平気…」
「ま、建物内にも魔力を張り巡らせているせいもあるかな。後は少し濃い悪魔の魔力にも慣れておくと、この家に出入りしている他の悪魔に会っても怖いと思わなくなるから、しばらくは俺で慣らすよ…」
宮本は三夜美がストラスの腕の中にいるのを見ると少し落ち着かなかった。恋愛勘定は二の次だと思っていたのに、三夜美が悪魔の腕の中で魔力を与えられているのを見るのは、そわそわするような奇妙な感じがする。ストラスはそんな宮本の顔を見ながら、三夜美の頭を優しい顔をして撫でる。どこか試すかのように微笑んでストラスが二人の少年に魔力を与えていると、子猫がやってきて三夜美の足にまとわりついた。
「ただいま、ヒトハ」
にゃあと子猫は鳴く。三夜美は子猫を抱き上げた。
(おかえり、ミヤビ。ここにいると身体が楽みたいね。良かった。私も魂の器があるから調子がいいの。それに魔界に行ったら陛下がこの器をレベルアップしてくれるって)
(そうなんだ。それって猫じゃない姿にもなれるってこと?)
(うん、そうみたい)
(良かったね。ヒトハ…それと、今まで僕を守ってくれていて…ありがとう。当たり前過ぎて…ちゃんとお礼を言ってなかったから…)
(いいの。ミヤビが元気に生きていてくれるならそれだけで私は嬉しいの)
三夜美は子猫を大事そうに抱きしめる。そのときインターホンが鳴った。
「到着したようだな…」
ジーンは楽しむような口調でそう言って、客人を迎えにリビングから出て行った。




