ミヤビ&ヒトハの場合 2
「ヒトハ…?」
頭から手を離した三夜美が勝手に動いた手を見つめて不思議そうにつぶやく。
「うん、今のはヒトハだよ。ミヤビとずっと一緒にいたのはヒトハの魂だ。大丈夫、ちゃんとついてきていて今も一緒にいる。でもね、ミヤビが触れられたと感じたみたいな身体は持っていないんだよ。霊魂だから…いいよ、少しの間僕の身体を貸してあげる」
ルイは目を閉じる。目を開けるとルイは先ほどとは違う様子で微笑んだ。
「ミヤビ…私が死んだこと…ずっと受け止め切れてなかったでしょ。それは私も同じ。ミヤビを一人にはできなかった。だから…ミヤビの中にいた。時々出たり入ったりして。でもそれだとミヤビの身体の調子が悪くなっちゃうって知って…それでも、そうしないと霊魂のままじゃ、心許なくて…どうしていいか分からなくて、ずっと困ってた…」
「ヒトハ…」
三夜美は頭に鈍い痛みを感じた。そうだ、ヒトハはもういない。暴力に晒された翌朝、ヒトハは冷たくなっていた。自分を庇ったせいだと思った。夜に異変に気付いて助けを求めたのに、誰も取り合ってはくれなかった。
「ヒトハ…僕のせいだ。僕が弱いから…ヒトハを死なせた…」
三夜美はつぶやく。ルイの身体を借りたヒトハは首を横に振った。
「ミヤビのせいじゃないよ。私もミヤビも弱くてお互いを守り切れなかった、それだけ。ちょっと早くに私の身体は壊れちゃったけど…だからミヤビ、絶対に死なないで。私の分まで生きて…」
ルイは目を閉じる。再び目を開くと、もうヒトハの気配はなかった。
「ヒトハ…!?」
「大丈夫。少し眠っただけ。僕の中に置いておくから。僕も前はミヤビみたいに無力だったけど、今は少し強くなったから、もう一人くらい中にいても平気だから少しの間お姉さんの魂を預かるよ」
ルイは笑う。今は髪が短いせいか前よりも年齢相応の男の子に見えた。ルイは片手を伸ばして三夜美の身体に触れる。魔力が流れ込んでくるのが分かった。あちこちに残っていた痛みが消える。気付けば頭痛もなくなっていた。
「…ルイ…君は…何?」
三夜美は不意に恐怖を覚えた。同じ少年の姿をしているが、こんなことはできるはずがないと思う。これでは始祖さまの奇跡と大差ない。そんな馬鹿なと思う。
「うん?何って…簡単に説明すると、僕は悪魔だよ?悪魔に変えてもらった。今運転してる悪魔に魂も身体も全て捧げて、彼のものにしてもらった」
「……そんなことが…できるの?」
三夜美は運転席をちらりと見る。それは転がった三夜美の前に突然現れた金髪の外国人だった。
「うん。僕はあのままだと生きていても辛かったから、自分らしく生きるのにそうなることを選んだんだ。あの家からも逃げたかったからね。そこで質問。ミヤビは自分の描いた絵を、こんなことに利用されてていいの?良くないよね?」
「……!」
三夜美はハッとする。ルイは見覚えのある箱を取り出した。ジェシカが没収されたシールの入った箱だ。なぜ持っているのかと訝しむ。
「とりあえず、これは危ないから回収したんだ。担任の先生が開けてなくて良かったよ。大人でもこの量に一気に触れたらどうなるか分からないからね。ふーん、これってこのボタンを押すと一枚ずつ出てくる仕組みなのか。確かにこれなら触らずに誰かの鞄のポケットに入れるのは可能だね。これ…誰が作ったの?ミヤビじゃないよね?」
「……うん。僕のイラストを勝手に持ち出したのは…ジェシカだよ。それを、自分が描いたと言って福音の鳥の会から派遣された家庭教師の先生に見せたみたいで…それから何が起こったのか…僕はつい最近まで何も知らなくて…お父さまとジェシカが…何かやってることに気付いたときにはもう手遅れだったんだ…僕は早く眠ってしまった子とシールの連動を切り離したいのに、お父さまはヒジリのことしか考えてないんだ…無垢な魔力を始祖さまに捧げれば、ヒジリを目覚めさせてもらえるって信じてる…」
「なるほどね。それで、必死なわけか。ヒジリくんは昏睡状態…事故で階段から落ちたってことになってるみたいだけど、ジェシカが関わってるの?」
「…事故なのかは…僕にも分からない…あの日…僕はその様子を見てなくて…いつの間にか部屋にジェシカの家庭教師が入ってきてて…抱きしめられてキスされてたんだ…頭がぼんやりして全然動けなくて…そうしたら、廊下で何か大きな音と悲鳴が聞こえて…驚いてやっとのことで部屋から出たらヒジリはもう階段の下に…落ちてた。僕は立ち尽くしていたジェシカに何があったのか聞いたけど、ジェシカはパニックを起こしてて答えられなくて…」
「…あいつは、ジェシカだけじゃなく君にも手を出してたのか…」
運転席からため息と共に声が聞こえた。彼は突然路肩に寄せて車を停めると、運転席から降りて再び戻ってきた。指先でつまみ上げた物体にフッと息を吹きかける。茶と赤のまだらに染まっていた毛玉のような物体が、生き物の形になった。子猫だ。
「ルイ、こっちに移せ。フレッシュな死骸だ。魂抜けたての」
「ストラス…言い方…」
ルイが顔をしかめる。
「ノミもダニも除去済みのクリーンな子猫ちゃんだよ。一つの身体に二人入ってるのは窮屈だろ。ヒトハはとりあえずこっちに移して眠らせろ。その方がミヤビも抱いて眠りやすいだろうし。人間の死体はさすがに今から見つけるのが困難だし、移したら移したで色々と問題が起こる…山の中から掘り返す訳にもいかないからな」
「分かった、分かったから!余計なイメージ見せなくていいってば。そっちは全然フレッシュじゃないじゃん。誰なのこれ!?今移すからさ…」
ルイは三毛猫に手を当てた。見た目にはあまり変わらなかったが、ストラスと呼ばれた外国人は頷いた。
「よし、入ったな。最初にドブネズミを見つけたけど、そりゃないよなって却下したよ。あの家には猫属性を持つ悪魔が多いから、あまりネズミは置きたくない…このくらいが許容範囲内だ。人間の方は…再生できないこともないが、中年男性な上にところどころ腐ってる…女の子の魂を入れるには不向きだよな…」
「はい、ヒトハはこっちに入ったよ。うん…やっぱり自分の中に女の子がもう一人いると落ち着かないね。一人の方がしっくりくるよ…」
ルイは三夜美に子猫を渡すとそう言って笑った。三夜美は二人のやり取りを聞いていて、およそ自分が現実だと思っていた現実とは別次元のものを見ているのだろうと思った。
「…あの…その辺に埋まって死んでるものも見えるんですか?」
三夜美は恐る恐るストラスに尋ねると彼は笑った。
「その気になって探せば見えるよ。普段はその能力は使ってない。年間に行方不明者がどれだけいると思ってる?その中で生きてる連中より死んでる方が圧倒的に多いよ。でも俺はこの国の身元不明の遺体を掘り当てるのは仕事じゃないからな。こう見えて忙しいんだ。せっかくの金曜日なのに酒も飲まずにこうして働いてる。ミヤビはセラヴィって知ってるか?最近セラヴィのシェルターは緊急避難要請の受け付けもしているんだ。君はこれからシェルターに移送されるって手続きになっている。だからこれは誘拐じゃない。避難だ。安心しろ。」
「ねぇ、このシール燃やしちゃっていい?」
ルイの言葉にストラスは車を発進させながら言った。
「今はまだやるな。ルイの炎で車ごと燃えたら困る」
「えー信用ないなぁ。炎の調整くらいできるよ」
「とりあえず少し待て。まずは眠っている子どもたちを起こす方が先だ…」
彼は運転しながら低い美声でそう言った。
***
「おかえり。無事に回収…できたみたいだね。良かった」
出迎えたリツを見た三夜美は首を傾げた。
「ルイの妹?」
「いや、どっちかっていうと姉かな。今は縮んでるけど気にしないで。ジェシカのいる付属小に入るのに小さくなってるだけだから。リツはセラヴィの社員。潜入捜査中」
「え?セラヴィってそんなこともやってるの?」
「うん。それでたまたま僕も拾ってもらったから」
「あれ?リツって…暮林律?転入してきてまたすぐいなくなった子…」
「あ、うん、そう。ミヤビ…さんのことは知らなかったけど」
リツの言葉にミヤビは笑った。
「呼び捨てでいいよ」
「実は他にも清葉学園の生徒がいるんだけど、アサヒとコーキ…付属小のとき同じクラスになったことある?僕は転入してるからその辺は知らないんだけど。コーキはたまたま今日泊まってるだけで、アサヒは親と揉めてて彼女と同棲中」
「えっ!?アサヒって棚橋くんだよね?あの真面目な棚橋くんが家出してて、しかも彼女と同棲!?信じられない。コーキくんがまだ、そういうことするなら分からなくもないけど…って、ごめん、失礼だよね」
ルイは笑い出す。
「やっぱりコーキって、そういうイメージ定着しちゃってるよねぇ。でかい声で巨乳のお姉さんとか毎日言ってるからそうなるのも当然なんだけど、実際はアサヒみたいに真面目な方が一度キレるとヤバいんだよ」
話しながらリビングに通されるとそこには整った顔立ちの外国人がいた。
「遅くに連れ出してしまって悪かったね。荻原三夜美くん。私はセラヴィ株式会社の常務だよ。任務のついでに君が危険に晒されているところを見てしまって、一時的にでも避難させた方が安全だと判断した。確認したいこともあったからね。とりあえずは座るといい」
三夜美が少し緊張しながら座ると、ストラスが冷凍庫を開けて言った。
「ミヤビ、アイス好きかな?」
膝の上の子猫を撫でながらミヤビは頷いた。
「…君のお姉さんの魂もとりあえずは落ち着いたようだね。不思議なことばかりで驚いたかもしれないが、緊張することはないよ」
「好きなの選んで」
ルイがカップのアイスをお盆に入れて持ってきたので、ミヤビはチョコレートを選んだ。ルイとリツはバニラを選び残りのチョコアイスを常務に渡す。
「君もチョコ派か?食の好みが合いそうだな」
常務は笑った。
「家だと…妹がチョコ味を選ぶので…僕もチョコ好きなんですけど…なかなか食べられなくて…」
蓋を開けて一口食べた三夜美は幸せそうな表情を浮かべた。キッチンではストラスがようやくラム酒を出して飲み始める。酒を片手にストラスはそれでも監視カメラのチェックを怠らない。イヤホンを装着するとストラスは映像のチェックを始めた。ストラスの使い魔であるカメラは街中の監視カメラの映像を全て盗み見ることができた。ただし範囲は限られる。とりあえず福音の鳥の会の建物の映像は制圧できている。宮本はまだ女性を離さず耳元で睦言を囁いていた。そして実際のところ三夜美に対してストラスは同一人物のように装っていたが、こちらにいて留守番していたストラスと少女のルイと、すでに荻原邸の近くにいて備えていたストラスと少年のルイは分裂していたから、迅速な対応ができたに過ぎなかった。少女のルイはお腹が大きいので分裂したストラスと今は寝室にいて互いの温もりを確認して安堵の眠りにつくところだった。
「美味しいです…!とっても!」
三夜美にゆっくりアイスを堪能させてから、ジーンは口を開いた。
「それでは、本題に移ろうか。君には少し辛い話もあるかもしれない。だから気分が悪くなったらすぐ言うように。ルイは一応隣に座って手を握っていてもらえるかな。それで魔力が補えるから」
ジーンの言葉にルイは三夜美に少し寄り添うようにして座った。遠目には女の子のように見えていたのに実際に隣に座ると外国人のせいかルイの方が足もすらりと長く身長が高いことに気付く。ルイはするりと三夜美の手を握った。
「大丈夫だよ。僕も助けてもらったから。福音の鳥の会がどんなところか知らないけれど、少なくともこっちは胡散臭くはないよ。僕は悪魔の魔力がどんなものか、知ってるからね」
ルイは三夜美を勇気付けるように頷いた。




