ミヤビ&ヒトハの場合 1
その頃ジーンはニンフの拾ったシールとの結びつきの大本に行き着いたところだった。光輝は寝室に戻っていた。
「問題は…それぞれが別の意思を持って、それぞれの思惑で行動している点…だな」
ストラスもカメラをチェックしながら頷いた。宮本は別室で女性と抱き合っていた。ストラスの膝の上に乗ったリツは可能な限り映像を視界に入れないようにしていた。あまりに生々しい。ストラスはリツの首の後ろに口付けをしていたが、やがて唇を重ねる。フィランジェルがヒトミと寝てしまって起きないから、いつも以上にリツが魔力を受け取らないとお腹の子に伝わらないせいだった。
「あの若者は…少し変わった魔力の持ち主だな…まるでルイのような…」
ジーンの膝の上で目を閉じて少し眠そうにしていたルイがフッと笑う。
「あの人も…精霊かも…僕も魔力回復薬とはあんまり…相性良くないから…」
ルイはどさくさに紛れてジーンの唇を奪う。
「この小悪魔め」
一度唇を離したジーンはそう告げると反撃に出た。ルイは足をばたつかせてジーンに抵抗したが封じられて、これでもかと魔力を注ぎ込まれる。
「ギブ…!無理!!許して…!」
息も絶え絶えになったルイが涙目で訴える。
「ルイ、やり返されると分かっててするんじゃない」
ストラスが少し呆れたような声で言ったことで、ようやく唇が離れたリツはその合間に深呼吸をした。魔力を受け取るのに集中するあまり呼吸を忘れていた。ストラスはリツの瞳を覗き込んで微笑む。
「お子さま方は満足しましたか?」
「う、うん…」
ストラスは笑って再びリツを後ろから抱きしめる。ソファーにだらしなく倒れたままのルイがそんなストラスを見て口を尖らせた。
「…結局、ストラスって子どもは無理って言っておきながら、お子さまのリツにはそういうこと平気でするんだもん。悪魔はやっぱり信用ならないよ。言ってることとやってることと矛盾してるんだもん…」
「それでこそ悪魔だろ?それにリツさんは本来なら十八歳なんだから縮んでいたところで別に…あ…ちょっと、そんなとこに歯形は残さないで下さいよ…ルイ、首から血が出てる」
「ええっ!?」
ルイはバネのように起き上がる。通りで少し痛いはずだ。触れると指先に僅かに血がついた。
「こんなものは舐めておけば治るだろう」
ジーンの舌で血を舐め取られてルイはゾクッとした。何だかんだで自分の好みを制されていると思った。一方のジーンは先ほどまで触れ合っていたとは思えないほどの冷静な顔付きで、タブレットを覗き込んで何かを検索し腕組みをする。
「少し状況を整理しましょうか」
ストラスも真面目な顔で言う。恐らくリツも同じことを考えているに違いないとルイは思いながら、ストラスの膝の上にちょこんと座るリツを盗み見た。悪魔たちはこのように触れ合っていても切り替えが早い。散々ルイを弄んでおきながら、ジーンも頭のどこかでは常に福音の鳥の会のことを考えている。そろりとストラスの膝の上から降りたリツが近付いてきたので、ルイはようやく起き上がって乱れたネグリジェを直した。リツはルイの隣に座ってことんと頭をルイにもたれかける。リツの魔力を感じてルイは安心した。使い魔としての忠誠心がルイの中に沸き起こる。
「そうやって二人で隣り合っていると…飾っておきたい気分になるな…」
ジーンが二人を見て満足げに笑った。
***
しばらくして三夜美は裸のままようやく起き上がるとクローゼットからティーシャツとハーフパンツを取り出して身に付けた。人気のないキッチンに降りて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して水を飲む。頭が痛い。そのとき運悪く玄関のドアの鍵が解錠される電子音が響いた。ダメだ間に合わない。三夜美は諦めた。足音と共に父が帰宅する。
「おかえりなさいませ、お父さま」
三夜美が言うと父は鷹揚に頷いた。
「ただいま。ジェシカは何をやっているんだ?満足にノルマもこなせないとは」
養父はネクタイを外しながら大仰なため息をついた。
「ジェシカには…無理です…それに没収した教師が全て持っていると…万が一、箱から出してしまった場合…大人でも一度に複数枚に触れたら…魔力欠乏に陥るかもしれません…そうなった場合言い逃れができなくなるので…どうか…これ以上危険な方法を試すのは止めていただけませんか?」
「ダメだ」
養父はきっぱりと言い放つ。その瞳には確固たる信念が見え隠れしていた。三夜美にはもはや狂気にしか見えない。
「無垢なる魔力の供給を行う代わりに…ヒジリの目を覚ますことを先生は約束して下さったのだ。今更止める訳にはいかない…」
「ですが、あれには勝手に僕の絵が使われています。しかも学園祭で展示してしまった絵です。僕が疑われてもいいと…そう仰るのですか?」
「……仕方ないだろう。妹の面倒すら満足に見られない兄が、何を偉そうな口を叩く?お前がきちんと見ていればヒジリはあんなことにはならなったに違いないのに…!」
養父は三夜美に詰め寄ると、ティーシャツの胸ぐらを掴んで乱暴に引き寄せた。
「お前は、私の言うことだけをきちんと聞いていればいいんだ。ジェシカは女だ。見てくれも悪くない。今後まだ使い道はある。だが…お前はどうだ?男にもなれず女にもなれず…中途半端なお前は何になろうとしている?ちょっと美術の腕前を褒められたからといい気になっているようだが、あの男は指導料の他に口止め料を要求してきたぞ?お前の身体に残る打撲痕を通報されたくなかったらと…」
ハッと三夜美の口から短い笑い声が上がった。
「何がおかしい。虐待されたとでも話したのか?それとも裸体を見せるような行為でもしたのか?同情されるために!ヒジリが落ちたとき、お前はあの男と何をしていた!?」
「別に…何だっていいでしょう…あなたはもう…僕に興味はない…外れだったんですから…」
ぐふっとくぐもった声が出て、三夜美は身体を二つに折って床に崩れ落ちた。養父の足から腹部を守るようにして小さく丸くなる。養父の蹴りが腹部を守る足に入る。二度三度。しばらく我慢していれば済むことだ。そう思った三夜美は、けれども次の暴力に晒されることはなかった。
『…ったく、子ども相手に暴力とか最低だなあんた』
目の前に突然現れた金髪の男が口を開く。養父はなぜか身体を動かせないのか驚きの表情のまま硬直していた。
『ミヤビ、逃げろ。早く。とにかく家から外に出ろ。拾ってやるから』
三夜美は言われるがままに外に出ようとしたが、二階に慌てて駆け上がる。スマホを片手に持って小声で呼んだ。
「ヒトハ!!逃げるよ!早く」
返事がない。布団をめくるがヒトハの姿はなかった。三夜美は混乱する。確かにいたはずだ。クローゼットの中も開けたが姿は見えなかった。
「ヒトハ!?」
時間がない。焦りながら三夜美は階段を駆け下りる。こんな家にヒトハを残して大丈夫だろうか。リビングには固まったまま立ち尽くしている養父の姿が見えた。三夜美はドアを開けて外に出る。謎の人影を信じて飛び出してしまったものの本当に大丈夫なのかと思う。家から少しでも離れようと思って走ると、暗闇の中に車のヘッドライトが見えた。窓が開いて見覚えのある顔が覗く。咄嗟に名前が出てこない。
「ミヤビ、早く乗って!僕のこと覚えてる?ルイだよ。転校しちゃったけど!」
ドアが開いて、少し前に転校した隣のクラスの少年が顔を見せた。いつもスカートを履いて堂々として目立っていた子だから覚えていた。三夜美は驚きながらも車に乗り込む。
「ルイ…くん?って呼んでいいの?」
「ルイでいいよ。ごめん、家の中のことちょっと覗いてたから、危ないと思って避難させた」
「あぁ…このまま時間が進むと少し先の未来で君はどうやら死んでしまうみたいだから。それはどうしても避けたいって…君のお姉さんが言うから助けに来たんだよ」
車を運転している人物がそう言った。
「え?ヒトハ…?」
「そう。不思議なんだよね。あのカメラは現実にはいないモノも映っちゃうみたいでさ、僕にも見えたよ?君によく似た女の子。荻原家にミヤビが来る前に…亡くなってしまったんだね、お姉さんは…辛かったね…」
「えっ?ヒトハは…ヒトハはずっといたよ!?僕の側にずっと…!死んだなんて嘘だ!!」
三夜美は叫ぶ。ルイは気の毒そうな顔で三夜美を見つめた。
「じゃあ…あえて嫌なこと言うけど…ミヤビはヒトハが家族の誰かと話しているところを見た?ヒトハが出かけているところも…見ていないでしょう?当然だよ。ヒトハはミヤビの身体を動かしてた。出たり入ったりして。君が死にたくなる度に止めてた。ヒトハは生きたかったのに死んでしまったから…」
「嘘だ…ヒトハ…お姉ちゃん…!」
三夜美は震えながら両腕で身体を抱き締める。不意に片方の手が三夜美の意思とは無関係に動いて頭を撫でた。
(そろそろ…思い出して、ミヤビ…)
頭の中に聞き慣れた少女の声が響いた。




