ジーン&少女リツの場合 2
「入っていいよ」
ジーンの声に促されてドアを開けた光輝は一瞬固まった。それでも中に入ってきてドアを閉める。目のやり場に困った光輝はルイに笑われた。ルイはストラスの上に横向きに座っている。水色のフリルの下から剥き出しの白い太ももが見えて光輝は落ち着かなかった。しかもストラスの大きな手がルイのお腹をゆっくりと撫で回し時折太ももにも触れている。
「コーキも座んなよ。あ、何?僕の姿が気になる?それともリツの方?」
言われたリツは慌ててジーンの膝の上から降りようとしたが、しっかりと抱え込まれていて動けなかった。ストラスの膝の上でルイは笑う。
「悪魔はね、妊娠したらこうやってたくさん触れ合ってお腹の子に魔力を与えて貰わないといけないの。ストラスの子は強くて育つのも早いからね。妊娠したのはリツの方が早かったのに僕の方が大きくなっちゃってびっくりだよ」
「ちょっと!ルイ!」
リツが慌てて声を上げたが遅い。
「えっ!?何それ初耳!!」
光輝は四年生の姿のリツを二度見した。まるで何かを探るような目付きだ。ジーンは光輝が先ほどルイの夢の領域に入ったのは知っていた。すでに遠野の影響を受けているとジーンは思いながら、少し笑って口を開いた。
「子どもたちは今はフィランジェルの姿をしている方のお腹の中にいるよ。二人入っている。でもフィランジェルはヒトミを落ち着かせるのに一緒に眠っているから、こちらのリツを通じて魔力を流しているんだよ」
「……リツが…二人ってこと?訳が分かんない!!」
「その辺は深く考えなくていいよ。それよりも夢の領域は楽しめたの?コーキの大事なものがなかったみたいだけど」
ルイに言われて光輝は赤くなった。
「なっ!なんで夢の中の話をルイが知ってるんだよ!!」
「言ったでしょ?あの夢は僕が紡いだ領域。半分が夢で半分は現実。猫耳のアサヒは転生前の姿だよ。アサヒは使い魔で女の子だった。ねぇ、アサヒはどこまで説明したの?アサヒが感染症って言ってしばらく休んでた間のこと…」
光輝は眉を寄せた。
「……事件に巻き込まれて死にかけて…転生前の記憶を少し取り戻したって…」
「ふーん、その辺りは一応話していたんだね」
「でも、女だったなんて聞いてない!!」
光輝が叫んだのでルイは笑った。
「それは当然じゃない?コーキ、女の子がとか巨乳のお姉さんとか散々騒いでたから、女の子の姿になれるってバレたら胸揉ませろとか言われるんじゃないかって警戒したんでしょ。僕だって今の姿はどうなの?って自分でも思うからね。それで?何か話すことがあったんでしょ?」
ルイに言われて光輝はここへ来たことの本来の目的を思い出した。
「あ…知ってるかも…しれないんですけど…荻原三夜美についてなんですけど、福音の鳥の会って…何かよく分かんない集まりに…養父の方が入ってるって聞いたんです」
光輝はスマホを見せる。ホームページに始祖と書かれた人物の顔写真と、御言葉と書かれた文面が載っていた。ストラスが眉を寄せた。
「…宗教団体か何かか?」
「宗教団体??」
そこで光輝が理解不能だという顔付きをしたので、ストラスは、この世界において神を信じる者はいないという事実にようやく思い至る。
「あーなんていうか宗教ってのは心の拠り所にもう少し分かりやすい形を与えたみたいなもんかな?で、この始祖って人が慕われてるのか?うーん?なんとも胡散臭いねぇ。病を治し痛みを遠ざけ、全ての悩める迷い子たちの導き手となる…だと?やっぱり宗教がかってんな!」
「ところで、ヒジリと聞こえたのは誰だ?新しい養子か?」
ジーンの言葉に光輝は頷いた。
「ついこの前だったかな、自分と十歳も離れた弟ができたって、あんまり嬉しくもなさそうに三夜美が言ってたのを聞いたってクラスメイトが。妹と仲が悪くて最悪だって言ってた矢先に、大怪我をしたか何かで弟が入院したって…」
「なるほど、それで父親は病院にいるという訳か」
先ほど見ていたやり取りを思い出してジーンは考え込む。
「それこそ、この福音の鳥の会の始祖とやらに頼めばいいのではないのか?まぁ、こういったものは金次第と相場は決まっているが…」
「どうも、救済の対象には条件があるようですね。寄付金の額と団体内でのランク…なのかな?この場合は養父なんですかね。養母は所属していないようです。その子を救うために入会したのに、入ってから何年目だとか寄付金の金額だとかそういったものに阻まれて、順番が回ってこないってところか…」
不意にストラスのカメラが暗くなり映像が切り替わる。カメラは三夜美を捉えていた。薄暗い部屋の間接照明の中で三夜美はベッドに倒れ込んだまま動かない。
『クソっ…』
三夜美は小声で悪態をついて起き上がると部屋にあった描きかけの絵を破り捨てた。苛立たしげに髪を掻き混ぜる。三夜美はカッターを取り出して、おもむろに左手首に切りつけた。薄く血がにじむ。一本、二本と線が増えたところで、誰かの手がそれを止めた。
『止めて』
どこからともなく現れた少女が三夜美の手首の傷を舐める。三夜美はぼんやりとその様子を見ていたが、やがて諦めたように再びベッドに横になった。少女は手首の傷の手当てをすると、当然のように三夜美の上半身の服を脱がせ自分も脱いでその横に入って布団をかける。
『ミヤビ、身体が冷えてる…魔力が足りないよ…また…嫌なこと言われたの?』
『うん…』
三夜美は少女を抱きしめて頷いた。
『ごめん…僕は自由で…ヒトハは…こんな生活を強いられてるのに…』
『路上よりずっとマシだから平気。ここには私に酷いことをする人はいないから…』
三夜美は少女を抱きしめたまま目を閉じていたが、低い声でつぶやいた。
『一人でも生きていける力が欲しい…そうしたら、ヒトハを連れて遠くへ逃げられるのに…僕はいつまで経ってもあの人の所有物なんだ…』
『でも…才能を見出してくれたんでしょう?』
『どうかな…都合良く利用したいだけなのかも…』
三夜美は自嘲的につぶやく。再び視界が暗くなり、カメラは別の部屋に移動した。ジェシカが見える。リビングに若い青年が入ってきた。大学生くらいだろうか。ジェシカははにかむ。
『ねぇジェシカ、今日は何か変わったことなかった?』
『特には…』
『そう?例えばクラスメイトに余計なことを話したとか…』
『学校休んじゃったから…』
『ふーん、そう。ま、いっか。いい?ジェシカの頼みだからこっちは危ない橋渡ってんの。だから、ちゃんと協力してよね?』
『うん、分かってる。お母さんは…』
言いかけたとき、リビングに養母が戻ってきた。
『あら宮本くん、いつの間に来てたの?勉強はリビングで教えてちょうだい。前のようにジェシカの部屋に入ったら怒るわよ?ジェシカはあなたみたいな軽薄な若者に弱いんだから』
『なんてこと言うんですか。仮にもジェシカちゃんは養女でしょ?僕は何もしませんよ!始祖さまに誓って!』
青年は慌てて両手を上げる。養母は眉を上げた。
『私は入会しないわよ?子どもたちを勧誘するのもお断り。あの人が連れてきたから仕方なくバイトさせてあげてるだけ。いい?』
『分かりましたから。じゃ、ジェシカちゃん、勉強始めようか』
どうやら青年は、福音の鳥の会の関係者らしい。ジェシカの家庭教師といったところだろうか。母親は再びリビングから出てゆく。姿が見えなくなると、彼はジェシカの隣に座って勉強を教え始めた。案外きちんとした教え方で、真面目にやっているなと思って見ていたが、しばらくすると彼はジェシカの頭を撫で始めた。四年生とはいえ外国人のジェシカは日本人女子の小六程度の身長だ。身体はそれなりに育っている。
「何を始めるかと思ったら…余計なお勉強が始まるのかな?」
ストラスがため息をつく。
『で?休む前、何人に渡したの?』
『…渡せなかったの…抜き打ちチェックがあって…ファイルごと没収されちゃったから…』
『困るなぁ…始祖さまはジェシカに期待してるよ?もう少し頑張って工夫してやってみて?教科書に挟んでおくとか、いくらでも見つからないようにできるでしょ?じゃないと、ご褒美もあげられないよ?』
彼はジェシカの頭を撫でながら額に口付けをする。ジェシカは赤くなった。
『友だちに渡すのは気が引ける?大丈夫だよ。ジェシカは重要な使命を果たしてるんだから』
青年の顔がジェシカに近付く。角度で見えなかったが離れた後のジェシカの顔を見れば唇にキスをされたのは一目瞭然だった。
『……いい子だね』
彼はジェシカの頭を撫でると、再び勉強の続きを始める。その後青年は真面目な家庭教師の顔をしてジェシカに勉強を教えて帰ってゆく。一部始終を見ていたジーンは、テーブルを指先でトントンと叩いた。
「…福音の鳥の会の始祖とは何者なんだ?調べてみる必要がありそうだな…」
「始祖の奇跡…ねぇ…」
ジーンはホームページのふくよかな人物の顔を見る。ストラスはカメラに青年の方を尾行するように伝えていた。
「学校よりも福音の鳥に会に潜入すべきだったか…?」
ジーンの言葉に光輝が口を開く。
「福音の鳥の会への入会条件は、家族に重い病気や怪我の人がいることと、更に貧しいことも始祖の奇跡の恩恵にあずかる優先順位が上がるみたいです…」
「なるほど…では、我々はなかなか入会するにはハードルが高いと…そういう訳だな…貧しい者の味方というと良く聞こえるが…うん?ニンフ、どうした?」
シャワシャワとニンフは小声で鳴いて舌をペロリと出した。ジーンは指を伸ばしてその舌に触れると目を閉じた。
「なるほど…ニンフ…もういいよ、ありがとう。疲れただろう」
ジーンの言葉と同時にするりと尻尾の先端を抜いたニンフはシャワシャワと鳴いてジーンの指に乗ると溶けるように姿を消した。
「疲労したから休ませる…さて、どこから手をつけるべきか…」
ジーンはリツの頭を撫でながら思案した。




