ジーン&少女リツの場合 1
光輝たちを別室に追いやった後でジーン扮する医者はヒトミの魔力量を測定した。やがてヒトミに合うサンプルが出てくるが、試しに服用していいかどうかは養父母のどちらかに許可を取ってからにすることにした。ヒトミはメッセージを送ったが既読にならず諦める。ジーンはヒトミの額に触れて微量の魔力を流して癒した。しばらく流すとヒトミは驚いたように目を見張った。
「痛いの…消えました…」
「それは良かった。魔力不足からくる頭痛だね」
「そうなんですか…でも…私…病院に行けなくて…」
「どうして?連れて行って貰えないのかい?中学卒業まで医療費は無料なのに?」
「あ…いえ…姉たちのことでお母さんは忙しいから…私…言えなくて…それに、そんなに我慢できないくらい具合が悪い訳でもないから」
「そうかな。今はこの程度でも、もうじき魔力が必要になるよ。二次性徴と共に…要するに君の身体が大人の身体に近付くにつれて魔力は足りなくなってゆくんだ。先ほど渡したサンプルの薬でしばらくは平気だと思うけれど、そのうちまたきっと足りなくなる。だからさっきいたお兄さんたちのように契約パートナーになったりするんだよ。分かるかな?」
ヒトミはジーンの言葉に小さく頷いた。
「…お姉ちゃんにも契約パートナーがいるから…知ってます…でも、あぁいうことはあんまり…したくないなって…」
「相手が好きな人でも?」
「…分かりません、今は」
ヒトミはパッと赤くなる。何を思い出したかは明白だった。
「そうだね。今は…寝る前に少しの間大人に抱きしめてもらうだけでも、君の魔力は安定するんだ。でも…それも難しい環境のようだね。今日のところは、そこのお姉さんに抱きしめてもらうといいよ」
ジーンはそう言ってフィランジェルを指差した。フィランジェルはニコリと笑って両手を広げて近付いてくると、ヒトミを抱きしめた。
「遠慮しなくていいから」
ヒトミは緊張していたが、次第にリラックスしてきてそっとフィランジェルに身体を預けた。フィランジェルは頭を撫でる。ヒトミには家にも学校にも居場所と呼べる場所がないのだと思ったら、犯人探しを終えてヒトミを一人学校に残すのが忍びなくなってしまった。せめて太輝と一緒にいてもうるさく言われない環境なら心が楽になるのだろうか。フィランジェルが魔力を流すとヒトミはことんと眠りに落ちた。
「家でも遠慮して、学校でも神経をすり減らして…不調が頭痛程度で済んでいるのが不思議なくらいだな。やはり前世の影響なのか…」
ジーンが腕組みをした。
「私は今日、ヒトミと寝るよ。大人の誰かの温もりが安全だって知ることも必要だと思うし」
ジーンは近付いてフィランジェルにキスをした。しばらく唇を重ねて魔力を流してジーンは離れる。
「仕方ないな。子どものリツを抱きしめて寝るか」
「うん、そうしておいて」
フィランジェルは笑うとヒトミを抱き上げて来客用の寝室へ移動した。
***
ストラスはようやくルイの調子が戻ったので、封印したシールを金属のケースごと出してジーンと向き合っていた。子どものリツは大人のジーンの膝の上に乗っている。子どものジーンは一度大人に同化した。ジーンはリツの首の後ろに口付けをする。悪魔はわりとこの辺りか額が入りやすい。
「別に律儀にリツさんの身体的な年齢を気にする必要はないと思いますけど…」
ストラスが苦笑した。
「…この姿で十歳のリツとキスしたら犯罪だろう」
「悪魔なんですから、そう細かいことは気にしなくても…」
ゆっくりと首の後ろから流れる魔力を受け取っていたリツは次第にもどかしくなり振り返った。リツはとうとうジーンの首に腕を絡めて自ら唇を重ねる。
「そうそう、ちんたらやってたら朝になりますからね」
一度重ねてしまうとジーンは諦めた様子でリツの口付けを受け入れた。そこからはむしろ積極的になり、たっぷりと魔力を受け取ってリツは小さく息を吐いた。
「フィランジェルのお腹の子がジーンの魔力を欲しがってたから…それで…逆探知みたいなことって…出来ないの?」
「出来ない訳ではないが、こちらも特定される可能性が高い」
ジーンが言った。
「そこで、少々時間はかかるがフルミリエに頼む」
「え?ニンフのこと?大丈夫なの?」
「ニンフではない。厳密には…ニンフの一部だ。微量の魔力だから探っても位置を特定しにくい」
シャワシャワという鳴き声とともにニンフが姿を現した。確かに小さい。元のニンフの四分の一程度のサイズだ。ジーンは頭を撫でる。ニンフは金属の箱の上に乗ると尻尾の先端をするりと閉じた箱の鍵穴に差し込んだ。ニンフはピクリとする。ストラスは使い魔のカメラを使って、荻原の家に探りを入れていた。どちらにしても姉が何かを知っている可能性は高い。パソコンの画面にはカメラの見ている荻原邸の画像が映っていた。外から見た荻原邸はリビングと思われる辺りにカーテンのすき間から漏れ出た光が見えたが他の部屋は暗いままだった。ぴょんと飛んだカメラは室内の様子を映し出す。リビングにはジェシカと三夜美がいた。三夜美はアサヒと少し似通ったところのある繊細そうな少年だった。フレームの太い眼鏡をかけている。両親の姿は見えない。二人は冷凍食品と思われるグラタンを食べていた。この時間に大人の姿が見えないことをジーンは訝しむ。三夜美は眼鏡のせいかどことなく理知的に見えた。
『お姉ちゃん、どうするの?』
『…どうするって?何が?』
リツはジェシカが相手をお姉ちゃんと呼んだことに違和感を覚える。けれども、以前にジーンが姉だと発言したのを不意に思い出した。何か理由があるのだろう。
『言われた通りにやるしかない…』
『ヒジリはまだ目覚めないの?』
『誰のせいで…こんなことになったと…』
三夜美は言いかけたが押し黙りムッとした顔つきのままスプーンを口に運んだ。外の監視カメラの映像が近付いてきた車のヘッドライトを捉える。女性が降りてきた。
「ただいま。あぁ疲れた」
「おかえりなさい」
パッと立ち上がって三夜美が養母と思しき人物のバッグを受け取る。脱いでソファーの上に放り投げたジャケットをハンガーにかけて、近くの縦長のボックスから自分たちの制服を取り出し、養母のジャケットと脱いだスカートを中に入れてスイッチを押した。衣類用の殺菌庫か何かだろうかとリツは首を傾げたところに、少女姿のルイが入ってきた。ルイも当然のようにストラスの膝の上に座ると画面を覗き込んだ。
「…潔癖症なの?家庭で使ってる人、初めて見たかも」
その間にジェシカは電子レンジで何かを温めて、冷蔵庫からサラダを取り出し、グラスにワインを注いだ。テーブルの上にそれらを並べる。
『あの人は今日も病院よ…付き合うこちらの身にもなってほしいわ。別にヒジリがいなくたって、次の子を選べばいいのに、ホント拘りだすと私の言うことなんか聞かないんだから…あなたたちも、あの人の言うことを鵜呑みにして何かやってるみたいだけど…程々にしておいた方がいいわよ?素人が手を出しちゃいけないものは世の中にあると思うのよ…ミヤビ…あなたちょっと才能があって先生に目を掛けられてるからって、あまり調子に乗らない方がいいわよ?ジェシカは…自分の身の丈を分かってるわよね?』
養母はワインを一口飲んで食事を始める。まだグラタンが残っているにも関わらず、三夜美はごちそうさまでしたと言って席を立つと、ゴミ箱にグラタンの残りを容器ごと放り込み、二階に駆け上がる。
『ちょっと、ミヤビ!!』
養母はため息をついた。ジェシカは残りのグラタンを口に運ぶが気まずそうな顔をしていた。養母が口を開く。
『ジェシカ、あなた商談中に電話をかけられても出られないのにしつこいったら。呼び出されてもあなたを学校に迎えに行けるほど私は暇じゃないのよ?分かったら大人しくしていて。今度また騒ぎを起こしたら施設に戻すわよ?』
『…分かりました。施設には…戻りたくないです…ごめんなさい…』
ジェシカは機械的にグラタンを口に運ぶ。その間も養母は小言を言い続けた。リツは次第にジェシカに同情し始めた。これでは食べた気がしないだろうと思う。一緒に画面を見ていたルイは、あ、と声を上げた。
「そっか…さっきのミヤビって、荻原三夜美だったのか。眼鏡だから違う子かと思ったら…ミヤビはいつだったかトランスジェンダーを公表して隣のクラスがざわついてたんだよね…だったらルイみたいにスカート履いてこいよって馬鹿な発言した奴がいたりしてさ…」
そう言いながらルイはストラスの方を振り返ってキスをした。ストラスはルイの膨らんだお腹に片手を当てて魔力を流しながら低く笑った。
「別にルイだってあの頃は好きで履いてた訳じゃないのにな…でも今は随分といやらしいネグリジェ着てるよな…」
ストラスはひらひらした裾のレースから伸びたルイの剥き出しの太ももに触れる。
「中に短いレギンスは履いてるよ?ストラスが冷やすなって言うから。でもお腹が大きくなるとワンピースの方が楽だなって思っちゃう。リツももっと可愛いの着たらいいのに」
リツは自分のティーシャツとハーフパンツを見下ろして少し首を傾げた。ヒトミに貸すのに雑誌からイメージを借りたパステルカラーの女の子らしいリボンとフリル付のパジャマに変えると、目の前のジーンが微妙な表情で固まった。
「変だった?」
「……いや、そうじゃない…まずいな。ルイ、あまりリツに余計なことを言うな。可愛すぎてこれだと調査に集中できないだろう…」
ジーンはリツから目を逸らして小声でつぶやいた。ストラスはニヤニヤしながらその様子を見ていたが、その時ドアをノックする音がして、ドアの向こうから遠慮がちな光輝の声がした。




