コーキ&圭一朗の場合 2
「どうも、子どもたちがお世話になっております。急に訪ねてきてしまって申し訳ありません。これはつまらない物ですが…と渡すべきなのでしょうが、私の好物なので好みに合えばと思いまして手土産にさせていただきました」
一ノ瀬一輝は見るからに光輝の父親だと言われれば納得のゆく顔立ちをしていた。確かにキリッとした眉と目の辺りが似ている。袋の中を覗き込んだジーンは薄く微笑みを浮かべた。
「上等な日本酒のようですね。これは楽しみです。おや、つまみまで、ご丁寧にありがとうございます」
「えっ…父さん…なんで?」
光輝は慌てて遠野から離れて立ったが、彼は息子を見ると苦笑した。
「コーキ、好きにしていいんだよ。私と圭一朗くんの間には何もないんだ。強いていうなら親子に似た関係性があっただけだ。契約パートナーの件も、転生者施設に圭一朗を戻してほしいとアキラさんが言うから、慌てて契約パートナーにしたのであって…でもその場しのぎでそういうことをしたせいで、コーキを悩ませていたんだな。すまなかったよ」
父親に言われた光輝はぽかんとした。彼は笑う。
「…圭一朗くんも、君がコーキといつか契約パートナーになるだろうと思ったからこそ、私は偽りの契約は解消しようと言ったのに急に具合が悪くなったと、きさらぎくんから連絡をもらってびっくりしたんだよ。君は着信を拒否してるし、メッセージもブロックされてて送れないし…」
「え?僕…そんなことしてません…」
遠野は慌ててスマホを取り出す。そして顔色を変えた。いつの間にか着信拒否の設定になっている。メッセージアプリもだった。そんなことをした記憶はない。
「ケイくん、もしかしてなんだけどさ…パスワード分かりやすいのにしてない?例えば誰かの誕生日とか…」
遠野は途端に照れた顔をして、光輝を指差した。小声でつぶやく。
「…誕生日…コーキの…数字覚えるの…苦手で…」
「あー」
光輝は目を見張って照れ隠しのように横を向いた。
「もしかしてなんだけど、アキラさんかも。俺、開きっぱなしにしてリビングに置いてた隙にケイくんの連絡先消されてたんだよね。ま、暗記してるから問題なかったけど。ねぇ父さん、俺、タイキのことは好きだけどアキラさんとは、うまくやれそうにないんだ。なんかハナエさんの料理に変な粉…コソコソ混ぜてるの見ちゃって…何って…最近怖くなって…」
彼はまじまじと息子の顔を見ると急に笑い出した。何がおかしいのかと、光輝はムッとする。
「…アキラも本当にあからさまというか…どこまで自分を悪者に仕立て上げれば気が済むんだろうねぇ。放っておけばそのままくっつくと言ってるのに、変に小細工をするから余計にこんがらがってしまったじゃないか。さっさと二人を家から追い出してくっつけようとしてたんだよ。アキラは」
「えっ?だってじゃあ…タイキのことは…」
言いかけて光輝は口をつぐむ。ところが父は鷹揚に頷いた。
「うん、悪かったよ。それについても。タイキは私の子じゃないけれど私が認知した。本当の父親は亡くなってしまったからね…末期がんで余命幾ばくもなかったんだ。それとアキラが食事に混ぜていたのは魔力回復薬だよ。単体で飲むと最近、気分が悪くなるらしい…」
そのとき近くで控えていたストラスが、彼の耳にこっそりと何かをささやいた。彼は目を見張り、そして急に困ったような照れたような今まで見せたことのない表情になる。
「えっ…?あ…っ、その可能性をすっかり失念していましたよ。そうか、それで気分が悪いって…そのせい…なのか」
彼は咳払いをした。
「…コーキ、君にどうやら弟か妹ができるかもしれない…明日にでもアキラを病院に連れて行くよ」
「は!?なに…どういうこと?」
「あぁ、妊娠すると今まで服用していた魔力回復薬が急に合わなくなったりすることはよくありますよ。子どもが転生者の場合が多いそうですが…受け入れられますか?」
ジーンが静かに口を開いた。彼は頷いた。
「私にとっては初めての子ですから、どんな形であろうと受け入れますよ。コーキ、今まで黙っていたが、私は本当は君の父親ではないんだよ。君のお父さんは私の兄だ。兄は札付きの転生者だった君を受け入れなかったから私が君を引き取った。母さんは元々病気で子どもを産めない身体だったんだ。喜んで受け入れて可愛がってくれたよ」
「は?えっ…?ちょっと待って!ってことは、父さんは叔父さんってこと?えっ!?なんで今更そんなこと言うかなぁ…?じゃあ俺って札付きの転生者だったの!?だって俺、魔力回復薬なんかなくてもずっと元気だったし…そんな兆候一つも…」
困惑する光輝の肩を遠野が抱いた。頭を撫でる。光輝は人前でそうされたことに照れながらも、まんざらでもなさそうな表情を浮かべた。
「コーキは特異体質のようでね。不足した魔力エネルギーを食べ物の栄養でほぼ補えるようだと、医者が言っていたよ。確かに君は尋常じゃない量を食べても平気そうだから、フードファイターにしないかと打診されたことがあるくらいなんだ。もちろん断ったけど。だからランチがビュッフェ形式の学校に入れるように勉強させたんだよ。だって給食じゃ到底足りないだろうし、弁当を持たせるならおせち料理かっていう三段重ねくらいの量にしないと足りないだろうからね」
「はー!?なにそれ、清葉学園受験させたのって、ビュッフェ目当てなのかよ!そりゃないよ、俺の時代は女の子ゼロの男子校だったじゃないか!むさ苦しい臭い九年間を過ごす羽目になった俺の身にもなってほしい!」
光輝は大袈裟なため息をつく。
「いいじゃないか。コーキは圭一朗くんが好きなんだから、別に女の子がいなくたって問題ないだろう」
「いや、それとこれとは別問題なんだってば!男子ばっかりの教室のニオイなんて最悪なんだから!前はルイがスカート履いて生足出して髪の毛からいい匂いさせてたから、それでみんな癒されてたけど、今じゃスカート履いて似合いそうな奴いないんだもん。リツも転校する前に一回スカート履かせておけば良かったって、みんな言ってるくらいなんだ!」
「…それは残念だったな。リツの生足なんか見せる訳がないだろう」
ジーンが冷たく言い放つ。
「…誰の生足が何だって?」
そう言いながら入ってきたのはフィランジェルだった。長い銀髪に青い瞳の若い女性に光輝はポカンと口を開ける。
「ヒトミが頭痛いって言ってるから…ちょっと診てもらえるかな?ついでに魔力量を測定してみた方がいいかもしれないね。終わったら、コーキのも測ってみたらいいんじゃないかな?」
「あぁ、そうだな。ヒトミを連れてきてもらえるかな?」
「分かったよ」
およそ現実離れした生き物が視界から消えると光輝はジーンの顔をまじまじと見つめた。
「先生…あれ…誰?」
「誰と言われてもね。君は知らないよ」
(あれは、リツの転生前の姿だよ。名前はフィランジェル。私の妻だ。納得したなら、事情の知らない君の父親や恋人の前で込み入った質問はしないことだ。惚れるなよ。フィランジェルは君の好きそうな胸のサイズだから危ないな)
「な…そうだ、もう一つ忘れてた!なんでアキラさんはそんなにケイくんを嫌ってるの?施設に戻せとか…」
「あぁ…うん…それはだな…」
彼は急に歯切れが悪くなった。少し困ったように遠野の方を見る。
「アキラは、他の人よりも気配に敏いようでね…圭一朗くんの悪魔の気配を読むと…その…急にムラムラしてしまうようなんだ。圭一朗くんが高学年になる頃から次第に耐えられなくなってきていて…ついにこの前、圭一朗くんを襲いそうになったことが自分でも相当ショックだったようで…君を露骨に避けたんだ」
「えっ?ムラムラって…なんなんですかそれは…そんなこと言われたって僕は何もしてませんよ!」
遠野は困った顔になる。その表情がどこか一ノ瀬一輝に似ていて、共に暮らすと似るものかとジーンは興味深く見守った。
「アキラは転生前は悪魔と契約をしていた魔女だったから悪魔の気配を読むと色々と我慢できなくなるみたいなんだよ。まだ若いからかもね。さっきも、タイキが目覚めたからと自宅に戻ったら知らない悪魔の気配を感じてゾッとしたと言っていたんだけど、私は鈍いから全然分からなくてね…ちなみにコーキは…どこぞの国の皇帝の愛人だったらしいよ。国を傾けたとかなんとか」
「コーキが傾国の美女?」
遠野が意外なものを見るような顔で光輝を見つめる。
「いや、男だったはずだな。皇帝がコーキにうつつを抜かして国が滅びたとかなんとか…とにかく、兄はコーキのことを調べた結果、手放すと。私には理解できなかったよ。だから施設に入れるくらいなら自分の子として育てることにしたんだ。そのことを一度も後悔したことはないよ」
一ノ瀬一輝は父親の顔をして笑った。




