コーキ&圭一朗の場合 1
「ケイくんってほんと…自分の身体のことなのに無頓着すぎるよ…!」
後に光輝は笑ったが、周囲の皆も怪演をする若者の素顔に思わず箸を止めてその顔を二度見してしまったほど、自身の味覚障害に気付いた際の彼の反応は、どこか他人事だった。食後に個別に呼び出されて遠野圭一朗はジーン扮する医者の診察を受けていた。ジーンは少年ジーンの父親と言って差し支えない程度の変装をしていた。
「市販の魔力回復薬には、食品添加物やカフェインが多く含まれているんだよ。それが亜鉛の吸収を妨げる。君のように用量用法を守らないで摂取すると味覚障害が起こる…」
彼はセラヴィの魔力回復スペースに彼を案内する。ネットの記事でも好評だと知っていたから少し興味を持っていたが、たまの休みは寝ていたい方だから街中にあるこの魔力回復スペースを試したことはなかった。遠野は中にある座り心地の良さそうな椅子に座って個人情報を入力し、手を合わせる位置に両手を置く。ジーンとしては、サタンレベルではない異世界の悪魔の魔力を知るまたとない機会だったので、興味深くその様子を見守った。しばらく経って彼に一番合う魔力回復薬のサンプルが出てくる。アイムで試したときの成分とは当たり前だが違った。昨日きさらぎきりとに渡した魔力回復薬でもそれなりにカバーできることは分かったが、やはり変更が必要だった。中から遠野を呼び出してジーンは言った。
「しばらくは市販薬は止めてこちらで様子を見てほしい。亜鉛剤も追加しておこう。後は…即効性の魔力回復薬の注射をするか…少し私が補充して残りはコーキくんに頼むか…私としては今の君の身体にあまり即効性の薬は使いたくないというのが医者としての見解だが、どうする?」
ジーンの問いに遠野は困った顔をした。
「とりあえず、私の魔力を分けるから、その間に考えることだ」
ジーンは遠野の首の後ろに指を当てて一番魔力が流れやすい場所を探った。ジーンはすぐに見つけて指先から魔力を流し始めた。遠野はピクリとした。
「あ…!!えっ?なんで…?」
「…少し黙っていなさい」
遠野はやがて心地良さそうに目を閉じてしまう。あまりに無防備でこちらの方が悪いことをしている気になってくる。半分より少し多めに流してジーンは指先を離した。
「先生…?何ですか…これ?」
「直接身体に流し込んだだけだ。君の場合は首にも流れやすい場所がある。何が何でも抱き合わなければならない訳ではないよ。ただ…コーキくん相手だと…しばらく抱きしめ合って眠る必要はあるだろうね…彼も中学三年だ。もう子どもと呼ぶには彼も随分と大きく育ったからね…」
体内の魔力が増えた遠野はどこか色気のある眼差しで彼を見つめた。
「先生…コーキは…恩人の…息子さんなんですよ?僕は…子どもの頃からコーキを知ってるから…契約パートナーになるだなんて…そんなことは…」
「…ひょっとして…君は…一ノ瀬一輝さんとは実際には契約パートナーではなかったんじゃないのか?公にはそういうことにして同居していたが…それなりに長く続いている契約パートナーなら、朝魔力不足で起きられないなどということは起こらないはずだと思って…あぁ、別室から君たちの会話を聞いていた。何気ない発言にこそ治療に関わる重要な見落としがあるものだからね。それに子どもの頃はそこまで魔力不足を感じなくても…長じるにつれて不調が増える場合もある…君はどちらかといえばそのタイプなのだろうな」
ジーンの言葉を聞いた遠野は諦めたように深いため息をついた。
「…契約パートナーにしておかないと…引っ越したマンションに住めないからと言って…一輝さんが…再婚する少し前に書類上のみそうしてくれたんです。それまで僕たちは本当の親子のように…暮らしてました…僕は一輝さんに恩返ししたくて芸能界に入ったんです。でも…アキラさん…あ、再婚相手の女性なんですけど…アキラさんがここ一年くらいになって僕にキスしようとしてきたり…あの手この手で迫ってきて耐えられなくて…僕は…身の危険を感じて家を出ました…そんなこと、コーキには言えません」
「そうかな?むしろコーキくんは喜ぶんじゃないかな。父親と君との間に契約パートナーの関係がなかったと知って…」
「…でも…僕の身体は…女性じゃない。女装してブレイクしたけど、それは役の話であって…コーキが求める姿ではないんです」
「女装はともかく、別にコーキくんは契約パートナーが男性でも構わないんじゃないのかい?君自身はどうなんだ?世間体とか恩義があるとかそういったものは横に置いておいて…コーキくんに対して君はどう思っている?」
「え…??」
驚いた遠野は途端にうろたえた。
「コ…コーキは…大事な弟です!今も昔も…ずっと…」
「その大事な弟が首の後ろに口付けをしても、君は避けなかったのに?」
「な…っ…あの部屋には監視カメラでもついてるんですか!?プライバシーの侵害ですよ!それは…だって…子どもの頃からだから…僕が中学を卒業するまではコーキと雑魚寝してたから…時々甘えてそういうことも…あっただけで…」
遠野は苛立ったように少し伸ばした髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「甘えねぇ…コーキくんはそうは思っていなかったんじゃないかな。少なくとも君の一番魔力の流れ込みやすい場所を知っていた…唇以外で。本当はここが一番入りやすい。でも契約パートナーではないからしなかった」
テレビの画面越しではない遠野は感情が表情に出やすい青年だった。唇と言っただけで動揺している。唇に手の甲を当てて遠野は困ったような泣きそうな表情をした。
「僕にどうしろって言うんですか…!」
「別に強要はしないよ。ただ…医者としての見解を述べさせてもらうなら、コーキくんと君は魔力の相性が良さそうだということくらいかな。ものの数秒の触れ合いなのに、君の身体には通常なら考えられない量のコーキくんの魔力が流れているんだ…相手に対して相当な好意を持っているのか、コーキくんの魔力が多いのか…後者ではないことは見ていて分かるから、相当君のことが好きなんだと思うよ。感情と魔力の流れは連動する。君が否定せずに素直になれば、もっと身体は楽になるはずだよ。最後に聞くけど、それでも君はコーキくんを弟と言うのかな?」
「……弟…と見ようとしてました。ずっと…。でも…弟じゃない。僕は行き場のないストリートキッズだったから。あの子を連れて行ってあげようって言ったのはコーキなんだ。コーキは覚えてないかもしれないけど…一輝さんは多分困ってた。コーキが手を握ってくれて、そのとき身体が急に楽になって僕はフラフラついていってしまったんだ…僕は…そのときから…ずっとコーキが好きだ…」
どこから現れたのか、光輝が診察室の中にいた。
「今の言葉…ほんと?ケイくん…」
「えっ?コーキ!?今の…聞いてたの?困るよ。そんなの。僕はコーキの人生を滅茶苦茶にしたくない」
光輝は近付くと遠野を抱きしめた。
「違うよ。ケイくんのいない人生の方が俺にとっては目茶苦茶なんだ。だからお願い。側にいさせて…どんな形でもいいんだ。ケイくんが嫌なことはしない…したいけど我慢する」
「我慢…するんだ…」
遠野が小声でつぶやく。
「…だってそんなことで嫌われたくないから。ケイくんが俺のこと好きだって分かっただけでも…今は…幸せだよ。本当はもう嫌われてたらどうしようって思ってて怖かったんだ…」
そのときドアをノックする音がした。
「あの、一ノ瀬一輝さんがお見えになりましたが」
ストラスの声がそう告げた。




