アサヒ&コーキの場合 1
しばらくして、カイとハルが帰宅し、少年のルイは光輝との遭遇を避けるためリビングには入らずに二階へと直行した。カイとハルは光輝と共に姿を見せた俳優の遠野圭一朗に驚きつつも挨拶をした。やがてセラヴィ株式会社の社員たちがポツポツと帰宅する。戻る前に皆、悪魔の気配を消す薬を服用するように大人のジーンから釘を刺されていたのでその辺りは抜かりなかった。
「ただいまーお腹減っちゃったよ、今日の夕飯は何?」
リビングに入って来るなり子どものように言ったのは社長だった。二階から降りてきたイチカが呆れたような顔をした。
「黒木さん、その質問に律儀に答える必要ないからね。お子様ランチみたいなメニューさえあればご機嫌なんだから」
いつの間にか姿を現した執事は上品な微笑みを浮かべた。
「本日はハンバーグもナポリタンも唐揚げもありますよ」
「やったぁ!あ、いらっしゃーい」
社長は爽やかに笑う。街中の広告でも時折見かけるイケメンが目の前にいる、と光輝は思った。だが想像していたのと少々中身が違う。随分と子どもっぽい反応だ。
「あ!コーキだ!ゴメンちょっと頭痛くて寝てたから、来たの気が付かなかったんだよ」
リビングに入ってきたイチカは額に手を当てていた。
「えっ?イチカ、頭痛かったの?呼んでくれても良かったのに。食事の前に少し魔力をあげるよ!」
「ちょっ…あんまりデカい声出さないでよ、頭に響く…」
「ごめんごめん」
小声で話しながら社長とイチカが遠ざかる。
「…ねぇ、アサヒ…あのさ」
「何?またコーキの好奇心が刺激された訳?」
呼ばれたアサヒは嫌そうな顔をした。
「見たことあるだろうけど今のがセラヴィ株式会社の社長だよ。イチカは社長の契約パートナーだからね。公表はしてないから、よそで話さないでね。イチカのことを狙っている奴はまだいるかもしれないから用心の為だよ」
ジーンの言葉に光輝はコクコクと頷いた。イチカがストリートキッズをやっていた話は光輝も聞いている。
「えーマジか…イチカも大変なんだなぁ…」
少ししてからインターホンが鳴る。帰宅したきさらぎきりとが足早にリビングにやってきて、そこに本当に遠野がいることを確認した。信じていなかった訳ではないが他人の家で同業者に会うのは、奇妙な感じだと遠野は思った。
「きさらぎさん!!」
「圭一朗くん…本当に来ているとは。あ…君が一ノ瀬一輝さんの息子さんか…うん…眉の辺りが似ているね」
光輝は本物のきさらぎきりとを見てテンションが上がっていたが何も言わなかった。ふと気付けばリビングのドアのガラス張りの部分に人影が見える。入るのをためらっている様子だった。きさらぎきりとがドアを開ける。そこには左右で色の違う青と黄色の瞳の若い女性が立っていた。白っぽい銀髪の現実離れした容姿に光輝のみならず遠野も目を見張る。
「彼女はアイムだ。紹介しておくよ。俺の大切な契約パートナーだ。結婚できる年齢になったら…入籍するよ」
アイムはまさか彼が遠野の前でそんなことを宣言するとは思っていなかったのでとても慌ててしまった。彼はアイムの肩を抱く。そこからサタンの魔力が伝わってきてアイムは照れ臭くなった。
「そ、そうなんですか。今年一番驚いたかもしれないです…きさらぎさんと同じ職種の遠野圭一朗です。よろしくお願いします」
遠野は微笑んで頭を下げる。アイムは猫の状態で彼を見ていたから一方的に知っていたが、よくよく考えればこの姿で彼に会うのは初めてなのだった。
「こちらこそ…よろしくお願いします」
アイムはペコリと礼をする。きさらぎきりとはアイムと共に廊下に出て行ってしまった。アサヒの隣に光輝がやってきて肘でつついてくる。
「マジ!?今のすっごい可愛い子だったんだけど…アサヒは何にも感じない訳?」
「きさらぎさんのパートナーにどうこう思ったって無駄だよ。僕にだって契約パートナーいるから。それは言ったよね?」
「あー家庭教師のお姉さんでしょ?まだ帰ってこないの?早く見たい!」
「もう着くって。会社の人も一緒に乗せてきたから…終わるのを待ってたみたい」
やがてラウムが帰宅した。ラウムはキツい印象に見える眼鏡を外して部屋に入ってきた。成瀬と瀬尾も入ってくる。
「おかえりなさい」
「ただいま、アサヒ」
ラウムはアサヒを抱きしめた。光輝はニヤニヤする。
「こんばんは。私は雨宮涼です。アサヒの契約パートナー兼家庭教師をしています。アサヒは今実家と揉めているので、私のところに身を寄せています。ご実家は勉学に集中できる環境ではありませんから。すみません、着替えるので一度失礼致します」
ラウムはそう言ってリビングから去る。
「アサヒくん、ただいま」
「おかえりなさい、瀬尾さん、成瀬さん」
二人が去ると再びアサヒは光輝に再び懲りずに肘でつつかれた。
「もう…何?」
「マジで?あの人なの?想像してたのと違うけど…クールビューティって感じ!」
「そうだよ。あぁ、ついでに言っておくと僕もきさらぎさんの真似をする訳じゃないけど成人したら結婚するよ。責任も取らないといけないから」
「え?アサヒ…責任って?アサヒ!?まさか…お前…!!」
光輝の表情が強張る。アサヒは静かに言った。
「うん、妊娠させた。でも失敗したとかそういうのじゃないから。二人で決めて子どもを作った。どっちにしても中学を卒業しても僕は実家には帰らないよ。進学はするけどセラヴィでバイトもする予定。進学しとけって、社長にも言われちゃったからね。何なら実家とはもう縁を切りたいんだ。僕から向こうに乗り換えたのに、あっちが期待外れだったら、またこっち…って、これからもこの先同じことが起こるに違いないって思うからね。それに僕のことを精神的肉体的にも支配したい義理の兄がいる家になんか帰りたくないよ。父は必ず追い出すって言ってるけど…週刊誌に書かれたことはほぼ事実だよ。突然できた義理の弟って言っても、実際には歳上だけど…とその友人複数人に僕は暴行されそうになった。ムカついて反撃したらちょっとやり過ぎて病院送りにしちゃったけどね。変な薬でもやってたんじゃないのかな。その後は会ってないから知らないよ。会いたくもない」
光輝にはアサヒの瞳がその一瞬見たことのない色に光った気がした。青と碧に見えた瞳は瞬きの間にいつもの黒い色合いに戻る。近くで話が聞こえてしまった遠野は棚橋議員邸の怪事件と題された週刊誌の記事を思い出した。美容院でたまたま手に取った表紙にそれは書かれていた。避難先にここを選んだのはある意味正しいのかもしれないと彼は思った。少し調べたらここはセラヴィ株式会社のシェルターとしても登録されていることが分かったからだった。民間企業だが評判はかなりいい。転生者の救済を謳っていてもその実搾取を目的とする会社も多い中、セラヴィはクリーンなイメージを貫いている。街中にある魔力回復スペースも好評だ。そして眼鏡で誤魔化しているがこの少年もよく見れば整った顔立ちをしている。男性に間違った方向から好意を寄せられるところからして自分と似たタイプかもしれないと遠野は思った。
「アサヒ…俺…どこまで踏み込んでいいか分からなくて…いつも通りにしてたけど…そんな大変な目に遭ってたのか…」
光輝はあ然とした表情のまま長年の友人を見返す。なぜか光輝はショックを受けていた。けれども、そのショックが何なのかを確認する前に光輝は深く考えることを強制的に止めてしまっていた。自分と同じだと思っていた友人が急に理解の範疇を超える存在になってしまった気がしたせいで、光輝はひどく困惑していた。




