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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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少年ジーン&少女リツの場合 11

 ストラスが差し出したジーンとリツの分の飲み物は一見すると何の変哲もなかったが、魔力が入っていることに一口飲んだ二人はすぐに気付いた。恐らくヒトミの分は違う。魔力が含まれているにしても微量だろう。ストラスは二人に悪魔の気配を消す薬を渡した。


「一応飲んでおいて下さい」


「ん…」


 二人は無造作にそれを口に放り込むと、飲み物で流し込んだ。ちょうど服用の目安時間を告げるリストウォッチが鳴る。ヒトミはお菓子を口に入れながら、二人の様子を興味深そうに見ていた。ストラスは駐車場に六季が現れたのに気付いて車の外に出て手を振った。六季は何か話しながら車に乗り込んできた。


「遅かったね」


「あーちょっとね。トラブル。あのさ、ベルって子が旧校舎裏に呼び出されてたから、こっそり様子を見に行ったら、片っ端から気絶させてて笑っちゃったよ。すごいなーあの技、僕にも教えてほしい」


「あぁぁ…」


 ストラスも含めてジーンとリツは微妙な表情になる。あぁ見えても大佐は戦うときは徹底している。殺さずに静かにさせる方法がそれしかないときの戦い方だとジーンは思った。子どもの相手など指一本あれば足りる。それはジーンも同じだったから彼は何としても面倒な相手との衝突は避ける方向で進めたかった。

 少し遅れてカイムの運転する高級車が駐車場に入ってくるのが見えた。カイムはストラスの車の向かいに停めて車から降りる。ストラスが手を振るとカイムは一礼をした。しばらくして駐車場にようやく大佐が現れてカイムに抱きつくのが見えた。カイムは困ったような顔をしてベルの頭を撫でていたが、不意にストラスの車を指差した。見られているとでも言ったのか、大佐はパッと離れた。ストラスは窓を開ける。


「カイム、お疲れ。俺らはこのまま見舞いに行くから今日は少し遅くなる」


「分かりました。お気をつけて」


 カイムは大佐を助手席に乗せると車を発進させた。


「あーベルも同じ家に住んでるんだよ。自宅が会社の社員寮とシェルターも兼ねてるから、色んな人がいるんだよ」


 ジーンが不思議そうな顔をしているヒトミに説明する。ヒトミは分かったような分からないような顔でうなずいてから言った。


「シェルターって…子ども一人でも利用できる?一泊…幾ら?」


「…ヨシノは誰かから逃げたいの?」


 ジーンが言うとヒトミは慌てて首を横に振った。


「少し…興味があったから…聞いてみただけ」


「シェルターじゃなくても…逃げたい日があったら、遊びに来てくれてもいいよ?ヒトミにとっては…ちょっと変なところかもしれないけど…」


「ありがとう、リツ…」


 六季にもお菓子と飲み物が渡されて、六季がストローで飲み始めたとき、アサヒたちが姿を現した。ストラスを見てアサヒはペコリと頭を下げる。


「お待たせ!」


「コーキ、一番デカいんだから助手席に乗りなよ」


「あー分かったってば。みんな、ありがとうね。タイキのために集まってくれて」


 助手席に乗り込みながら光輝が言う。ヒトミは弟と兄が全く似ていないことに気付いた。兄はやたらと体格が良い。太輝はその名前に似合わずどちらかと言えば線の細い儚げな見た目の少年だ。だから幼い頃はよく女の子と間違われていた。まだ細身の友だちの方が兄だと言われた方が納得できたかもしれないとすら思った。車は滑るように走って高層マンションの立ち並ぶエリアに入る。しばらく走ったところでとあるマンションの地下駐車場に車が入ってゆく。来客用と書かれた場所に車を停めると光輝は鞄の中からプレートを出して外から見えるようにフロントガラスのところに立てかけた。降りたストラスは手土産の紙袋をジーンに渡した。


「ストラスさんも来て。どうせ家政婦さんしかいないから」


 光輝の発言に家政婦のいる家は一般家庭ではないと思ったが、リツは余計なことは言わずについてゆく。エレベーターに乗り込んで光輝が押したのは四十階建ての三十八階だった。エレベーターを降りた光輝はドアの一つにカードキーをかざす。ドアが開いて、中年の丸顔の女性が姿を現した。


「ハナエさん、ただいま。今日はもう帰っていいよ。後は俺がやっとくから」


「そうですか?お客様にお茶くらいはお出ししないと…」


「いいよ、いいよ」


 光輝はハナエと呼んだ女性と会話しながら、帰宅の支度を促す。何となく二人の仲は良さそうだと思いながらリツはその様子を見るともなしに見ていた。


「いつも、ありがとう」


「いえいえ、困ったことがあったら、遠慮せずに言って下さいね」


「ありがと。ハナエさんこそ、気を付けて帰ってよ」


「それでは失礼致します」


 ハナエは一礼をして帰ってゆく。皆の視線が集中したのでどこか光輝は照れたように頭を掻いた。


「…コーキの言ってる一般家庭の基準が違うってことだけはよーく分かったよ」


 アサヒに言われて光輝は困ったような顔をした。


「…親父が再婚する前は本当に一般的な家庭だったんだよ。このマンションは…再婚相手の父親の不動産だってだけ」


「これ、お見舞い…って言っても本人は起きないと食べられないから、一応日持ちしそうな物にはしたけど…みんなで食べてもいいから」


 ジーンが気まずい空気を破って手土産を渡した。


「あ、ありがと。とりあえず…タイキの部屋にでも行く?っても寝てるだけなんだけどさ」


 光輝が言って奥の部屋を指差す。


「タイキの鞄の中とか荷物、見せてもらってもいいですか?」


 六季が言うので光輝は頷いた。


「別にいいけど…」


 光輝は一応ドアをノックして開けると、ベッドに眠る弟の顔を見た。


「定期的に医者が来て点滴を取り替えてって感じ。荷物はこれだよ。学校に持っていってるカバン。ブレザーはクローゼットに入れてある。ま、別に荷物見てもいいよ」


「…あの、シール帳とかって…タイキ…持ってたりしましたか?」


 六季が言っている間にジーンは遠慮なくカバンを開けてすでに中を漁っていた。タブレットは机の上に出ている。


「これだな。シール帳は」


 ジーンは中を開いてペラペラとめくる。特に変わったシールは見当たらない。リツは鞄の内側にあるポケットに手を入れた。何もない。外側のポケットに手を入れた瞬間にパチッと音が鳴って静電気が走った。


「あ…!」


 ジーンが険しい顔をしてポケットを覗き込む。


「…あった…リツ、大丈夫か?」


「うん、別に…大丈夫だと思う…」


 ジーンが指を鳴らすとポケットの中からシールが一枚現れた。


「あ、本当に同じシールだ!」

 

 六季が声を上げる。ストラスは手に持っていたビジネスバッグの中から、小ぶりな金庫のような物を取り出した。ふわふわと浮かんだシールはストラスが開いた金属の箱に収納される。ストラスは素早く蓋を閉めた。


「…うーん、確かにこれが媒体になってるんでしょうね」


 ジーンはシールと太輝を繋ぐ魔力を読んでいた。ストラスが用いたのは魔界の道具だ。魔力の強い物を封印する際に使用する。太輝と繋がっていたシールの魔力は箱に収納したことで、すでに切れている。けれども太輝は目覚めなかった。


「何かが足りない…?不足は…なんだ?」


 ジーンは考える。すると六季が言った。


「目覚めない誰かを起こすのに必要なものって…典型的なのは愛する人のキスってのが定番だけど…」


 六季の言葉に、ストラスは眉を上げた。


「…愛で目覚めるなら苦労はしないよなぁ…ま、でも試す価値はあるのかな。異性の生態エネルギーが着火剤になる可能性は確かにゼロじゃないからな。問題は試すにしても誰がキスするのかって話」


「え!?ふざけてる?…マジな話なの!?」


 光輝はそう言って、不意に部屋に飾られた写真を見た。皆も同じ方を見る。ヒトミが小さな声を上げた。幼稚園の制服に身を包んだ天使のような女の子二人が笑っている。片方にはヒトミの面影があった。リツは少し遅れて隣に写るのが太輝だと分かった。


「…ね、もしかしなくても…吉野ヒトミちゃんだよね?」


 光輝に言われてヒトミは慌てて頷いた。それだけで顔が真っ赤になる。


「…あのさ、この中で一番太輝のこと知ってるのってヒトミちゃんだと思うんだよね。この写真、太輝が大事にしてるの…俺知ってるからさ…太輝のこと…ちょっとでも心配してくれてるなら…キス…試してみてくれないかな?」


「えっ…でも…私…」


「もちろん、嫌なら断ってくれていいけど。ちょっとでも気持ちがあるなら…恥ずかしいなら部屋からは出ておくし…」


「ただ、万が一のことがあると困るから、ストラスにはいてもらおうとは思うけど…どう?」


 ジーンの言葉にヒトミは真っ赤になったまま、困ったように考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。


「何も…起こらなかったら…ごめんなさい…でも、少しでも可能性があるなら…やってみる…」


 ストラス以外は皆一度部屋から出た。ドアを閉めるとストラスは真っ赤になったヒトミを見た。


「後ろ向いてるんで…心が決まったら唇にキスしてみて…魔力の経口摂取と同じって言っても…十歳だとまだハードルは高いか…」


 ストラスは後ろを向く。ヒトミはベッドに横たわる太輝の顔を見つめていた。手を伸ばして頬に触れる。少し痩せたような気がした。


「タイキ…」


 ヒトミはそっと屈むとバクバクする自分の鼓動がうるさいと思いながら太輝の唇にそっとキスをした。幼稚園のとき以来だ。悪いことだと思いながら太輝とこっそりキスをしたのをヒトミは忘れていなかった。


(タイキ…お願い…起きて…!)


 ヒトミは祈るように唇を重ねていたが太輝の目覚める気配はなかった。


「…私じゃ…ダメみたい…」


 ヒトミの悲しそうな声にストラスは振り返って、ヒトミの元に歩み寄る。頭を撫でるとヒトミは泣きそうな顔のままストラスを見上げた。


「よく頑張ったよ。すぐに効果が現れる訳ではないのかもしれないから、少し待ってみようか」


 ストラスは再びヒトミの頭を撫でる。ヒトミはうつむいて言った。


「私…何をやってもダメなの…姉たちみたいに…魔力も強くないし…要領も良くないから…全然で。私を引き取って…失敗だったって…養父母が話してるの聞いちゃって…女王の転生者だからって期待してたみたいなの…」


「それは…相手の勝手な思い込みだよ。期待されても困るだけだな。それよりも、今日は金曜日だから外泊しても大丈夫じゃない?必要なら親御さんに連絡するよ?」


「でも……」


 ヒトミの言葉にストラスは微笑む。


「素直な気持ちは?」


「…泊めて…ほしい…です」


「オッケー。じゃ親御さんに連絡するよ?」


 ストラスとしては太輝と接触した以上、何が何でもヒトミを帰らせる訳にはいかなかったので渡りに船だった。ストラスはドアを開けて終わった旨を伝える。太輝は目覚めなかったが、そのことに対して誰もヒトミを責めたりする風はなかった。それどころか光輝にはお礼を言われた。


「ありがとう。弟のために勇気を出してくれて」


 ヒトミは慌てて首を振って赤くなる。太輝とキスをしたことで、ヒトミはやっぱり自分は太輝のことがまだ好きなのだと気付いてしまった。鈴本に太輝に近付くなと牽制されてから、できるだけ関わらないようにしようと思っていたのに、到底無理だと思った。はやく目覚めた太輝と話をしたい、ヒトミはそう望んだ。

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