少年ジーン&少女リツの場合 10
食後にリツとヒトミはトイレに寄った。ジーンは警戒を徹底していて、腕組みをして近くで出てくるまで待つ様子だった。トイレに入ると鏡を見て入念にリップクリームを塗っている滝野と目が合ってしまう。色付きは禁止のはずなのにうっすらピンク色の物を使っている。滝野は二人を見るなり振り返らずに言った。
「ヨシノ、随分と調子に乗ってるよね。神グループに取り入って、守ってもらおうとでも思ってるの?」
神グループ?とリツは思って、言われてみれば、六季の姓は今は神なのを思い出した。ジーンがガブリエルに適当な名前をつけたせいだ。改めて実際に聞くと絶妙に格好の悪いグループ名だなと思う。
「ムツキとは元々親同士が知り合いだっただけ。別に取り入ってる訳じゃないから」
リツの言葉に滝野は鏡越しに睨み返してくる。トイレが空いたのでヒトミに先に入るように促すと出てきたのは鈴本だった。
「カズミ、止めなよ。関わんない方がいいって」
鈴本の言葉に滝野は腹立たしげな顔をした。鈴本はそれでも続けた。
「神グループに目をつけられる方が不利だよ。ジェシカにも言うべきだと思う」
「私にだって中等部に知り合いくらいいるんだから、どうにでもなるって!フォスターさん、分かった?」
滝野は怒ったように口を開く。トイレが空いたのでリツは取り合わずに入ろうとした。
「ちょっと!フォスターさん!まだ話は終わってない!」
「私は話すこと別にないから」
リツはそう言ってトイレに入った。トイレから出ると二人はもういなかった。廊下に出るとヒトミとジーン、それになぜか入江までがいた。
「大丈夫だった!?」
ヒトミに言われたのでリツは笑ってみせた。
「大丈夫。それよりも、ムツキたちって神グループって言われてるの?変なの」
リツが笑うと入江はどこか落ち着きない様子で眼鏡をクイッと上げた。
「あのグループはメンバーも多いんだから、あまりバカにしない方がいいよ。ま…素行が悪かった奴らも今はわりと真面目にやってるから、むしろ校内の雰囲気は良くなった方だし」
「えぇ?じゃあ元々は今よりも悪かったの?」
ジェシカ率いるメンバーはなかなか辛辣だと思いながらリツが言うと入江はうなずいた。
「男子は殴り合いで解決しちゃったかもしれないけど、女子だとそうする訳にもいかないし…滝野さんが中等部に知り合いがいるから、どうにでもなるとか言ったけど…」
入江はその言葉を聞くと険しい顔をした。
「…中等部の知り合い…?嫌な言い方だね」
「こっちにも知り合いならいるけどね。私、殴り合いは得意じゃないからなぁ…」
リツがふざけて言うと入江はギョッとした顔をする。
「僕たちは野蛮な戦い方は好まないからね。ま、僕も気を付けているけど、呼び出されてもついていっちゃダメだからね?だいたい…他の奴の手を借りないと何もできないとか、格好悪いと思わないといけないのにね」
ジーンはどこか呆れたようにそう言った。
***
やがて放課後になり、ジーンとリツは少し教室に残って担任と話をしていた。主にクラスに慣れたかどうかだったが、二人ともジェシカを始めとする三人の話題には特に触れなかった。けれども担任が居住まいを正すと急に言った。
「リツさん、今日は水泳の時間に嫌な思いをさせてすまなかったね」
担任の言葉にリツは首を横に振った。
「先生のせいではないですから。それに…ヨシノさんにも脱げと言ってました」
「…そうだったのか。それは…どうしても目の敵にしたいようなんだよなぁ…毎回毎回…」
担任は思わず本音を漏らすとため息をついた。彼女たちがクラスの問題児であることはもはや明白だった。
「よくあることですから、気にしないで下さい」
リツが言うと担任は困ったような顔をした。
「そんな風に言われてしまうと…教師としては、無力だと実感せざるを得ないよ…」
「リツの背中の傷は大きいから…僕としては、あんな風に脱げと強要されると腹立たしいですけど、本人がこの調子なので…それに二人も相手に対して配慮のない発言をしていると反省している風ではないと感じました。あくまで僕個人の見解ですけど。それにトイレでも脅されたんでしょ?」
「え?あぁ…中等部に知り合いがいるから、どうにでもなるって?あれ、脅しだったの?」
「リツ…別に中学生が怖くないからって、脅しを脅しとして認識しないのはどうかと思うけど…」
「…そんなことも言われたのかい?中等部…ってことは…滝野さんの方かな?鈴本さんに兄姉はいないから…」
(滝野…?そんな子いたっけ…?クラスが違ったから分からないや)
リツはジーンに心の中で会話する。
「リツは施設でも色々と酷い目に遭っていたから、酷いことを言われたりされたりするって感覚が他の人よりも麻痺してるんです。この程度のことは序の口だと思ってるから、僕も手に負えません」
ジーンが言うと、担任は目をしばたかせた。
「君は本当によく日本語を知ってるねぇ…」
「あぁ…それは…ベビーシッターが日系人で、色々と日本の言葉も教えてくれたからです。お陰で今は何の問題もなく話せてます」
(大嘘つき…!)
リツは滔々と話すジーンに呆れる。そのとき廊下で待っていたヒトミに、誰かが近づくのが見えた。瞬時にリツは立ち上がって廊下に出る。怯えた表情のヒトミと上級生と思われる男子は教室から出てきたリツを見て、明らかに驚いた顔をした。
「ヒトミに何か用!?」
「なに…!?」
少し遅れてジーンと担任も廊下に出る。担任はリツのおっとりした反応と直前に見せた素早さが意外で、こちらもやはり驚いた顔をしていた。
「…いるなんて、聞いてないよ…」
ボソッと男子はそう言うと、頭を下げて去ってゆく。
「…ヒトミ、何か言われた?」
「うん…旧校舎で…待ってるって。行く訳ないから大丈夫」
「…旧校舎は閉鎖しているのに、まだ勝手に出入りしてる生徒がいるのか。さっさと解体するべきだと言っているんだけどね…三人とも気を付けて帰るんだよ」
「はい、先生さようなら」
タイミング良く三人のリストウォッチにストラスが駐車場に到着したことを告げる連絡が入った。駐車場に向かうと警備員と話しているストラスが目に入る。金髪で青い瞳のガタイの良い外国人に、ヒトミは面食らったようだった。三人はリストウォッチを見せる。
「後は…神くんに中等部の棚橋くんと一ノ瀬くん…今日は随分と多いですね」
「あぁ…そうなんですよ。ま、俺の仕事は運転手なんで問題はありませんよ。揃うまで、すみませんが駐車場で待たせてもらいます」
ストラスは車内に三人を案内する。いつもの車とどこか違うと思っていたら、後部座席が増えていた。車に乗るとストラスは飲み物とお菓子を渡してきた。
「少し待つことになりそうですから、まぁ、のんびりしましょうか」
ストラスはそう言って笑った。




