サタン&アイムの場合 1
「それで…何か脅された訳ではないのですか?」
ジーンの言葉にサタンは慌てて否定した。
「そんなんじゃないんだ。ただ…彼は…どうやら私の部下だったようで…まだ本人の記憶は戻っていないみたいだけど、俺のために命を張ってくれた忠実な部下だったと…気付いてしまったんだ。だから…その…知らないフリをしているのは違うと思って…」
彼の言葉にアイムは困った顔をした。部下ならば彼の性格上無視は出来ない。キスマークに嫉妬した自分が悪いような気分になって、アイムは自分のモヤモヤする気持ちを落ち着けようと努力した。
「アイム…ごめん。君にもきちんと説明するべきだったと思っている。ただ最初は確信が持てなかったんだ…共演していくうちに…次第に何かが見え始めて…その…例のシーンでそれが決定的なものになった…」
サタンはそれでもどこか気まずそうな顔でアイムを見つめた。
「ま、脅されて魔力を要求された訳じゃなくて良かったんじゃないですか?敵じゃないなら…しばらくは記憶が戻るまで様子見かなぁ…」
ストラスの言葉にサタンはホッとする。
「ただ、魔力を奪われ過ぎないように注意はして下さい。念のために魔力回復薬もいくつか渡しておきましょう。妊娠しているアイムさんとの触れ合いも必要ですから、大盤振る舞いは控えた方がいいですよ」
ジーンが念を押したので、サタンは慌てて頷いた。
「遠野圭一朗か…なるほど。少々こちらでも調べておきます」
ジーンが言うと、床の辺りに何かの気配が近寄って来るのが分かった。使い魔なのだろうとサタンは思う。この家にいると普段よりも見えない物や気配を探りやすくなるのを感じた。ジーンが床下に向かって頷くと再び気配は遠ざかっていった。
「そろそろ、風呂にでも入るか」
ストラスが立ち上がると男女のルイも立ち上がる。行こう、と同時に二人のルイが声を上げてストラスの右と左の腕にそれぞれが腕を絡めた。
「じゃ、ごゆっくり」
ルイが少年と少女になって二人になっている事実にサタンはまだ慣れなかったが、近くにいるアサヒもどこか戸惑う様子に見えたので、この状況を皆が平気で受け止めている訳ではないと分かって少しホッとした。ところがいつもは誰も使用していないゲストルームのドアが開いて、少年と少女が出てきたのでサタンは再び困惑した。
「やっぱり早くベッドに入りすぎたみたいだよ…なかなか眠れないんだ。あ、こんばんは。きさらぎさん」
少年に挨拶されたサタンはその顔をじっと見て、そこにアルシエルの面影を見た。手を繋いで立っている少女も、どことなくリツに似ている。まさか、と思った。
「あぁ、僕とリツも分裂してるんです。そんなに驚かなくたっていいんじゃないですか?社長の安請け合いのせいで、実は今は四年生として小学校に潜入捜査中なんですよ」
「せ、潜入捜査!?セラヴィはそんなこともやってるのかい?」
「公にはしてませんが…前回は銀の枝に潜入してました。といっても半日もいませんでしたが。ターゲットを見つけて連れ帰るだけでしたから。今回は犯人探しも兼ねているので少し時間がかかるかもしれませんね。きさらぎさんは大人ですから、シールをもらうことはないと思いますが、シール絡みの事件なんですよ」
大人のジーンに言われたサタンは急に自信のなさげな顔をした。
「あの…シールって、こういうやつもカウントするのかな?」
サタンは手近な鞄の中から、いくつかシールを取り出した。なんと彼のドラマの登場人物をキャラクター化したものだった。
「…新シリーズが始まったら…エンディングの後にショートアニメをやる予定で…そのキャラクターのシールのサンプル…貰ったんだよ…」
「あーそれは楓が喜びそうですね…推しのグッズは欲しいと思いますよ」
リツが笑う。受け取ったジーンはシールを見て何の仕掛けもないことを確認すると彼に戻した。
「このシールは問題ないですね。小学校の事件は見覚えのないシールを貰った子どもが朝になったら眠ったままで目覚めない…という話なんです。魔力欠乏によって目覚めることが出来なくなる…」
サタンは不意に何かを考える素振りをした。
「ん…?そういえば…つい最近プロデューサーの息子が…そんな症状で眠ったままになったって言っていたような…ひょっとして同じ事件なのか?」
「息子?そのプロデューサーの名前は分かりますか?」
「あぁ、顔見知りだよ。一ノ瀬一輝だけど」
「息子は清葉学園に通っている…」
「さぁ、名前までは聞かなかったけど私立に通ってるって言ってたな。清葉なら芸能界にも卒業生は多いよ。最近は増えてるかもしれない」
「え?コーキのお父さんってテレビ局のプロデューサーだったの!?コーキ、一般家庭アピールしてるから何となく違うかと思ってた…!」
アサヒが思わず声を上げる。サタンがアサヒの顔を不思議そうに見たのでアサヒは慌てて言った。
「あ、あの、弟が小学生で兄の方が僕と同じ中三なんです。清葉学園の…弟がタイキで兄がコーキ…」
「なるほどね。じゃあ多分本人だな。うん」
「何か他に話は聞いていませんか?」
ジーンの言葉にサタンは考え込む。
「うーん…いや…これ、ここで話していいのかなぁ?でも、俺も無関係でもなくなってきちゃったから…聞き流す程度にして欲しいんだけどさ。遠野圭一朗の契約パートナーは…一ノ瀬一輝だったんだよ。奥さん公認の。でも急に一ノ瀬の方から別れを切り出された。まぁ芸能界じゃよくある話なんだけどさ。ドラマの撮影もまだ途中だから…ここでメンタルガタガタになってまた降板されても困るからさ、俺が最近は面倒をみてるんだよ…ま、一緒に飯食ったり酒飲んだり…って程度だけど…アイムに待たせることになるから、申し訳ないとは思ってる…」
サタンはアイムの顔を見た。アイムは小さく嘆息すると言った。
「私…向こうの家で一人で待つなら…やっぱりここにいる方が魔力も安定すると思うの…みんなもいるから…」
「あぁ、そうだな。その方がいい。明日も早朝から撮影なんだよ。それもあって…今日はここに来たんだ。アイムのフォローをしたいけど、ここ最近慌ただしくて…一人で待たせるのもやっぱり不安なんだ。都合良く利用して悪いとは思うけど、アイムのことをお願いしたい。それに明後日から地方ロケが始まるから、三日ほど戻れないんだ」
「忙しいですね。私は構いませんよ。戸籍上、アイムは私の妹になっていますからね。兄として妹のフォローをするのは当然でしょう。それに初めての妊娠中に一人で留守番させるのは、あまり勧められない…魔力が足りなくなってもここにいれば誰かしらが魔力を与えることは出来るから、不安要素は減ります」
ジーンの言葉を聞いたサタンはホッとした表情になった。リツは隣のアイムの様子を何気なく見る。アイムは笑っていたが、どこか少し無理をしているようにも見えた。サタンがいるから言いたくても言えないことがあるのかもしれない、とリツは考える。後で個人的にでも話を聞いてみる必要がありそうだと思った。




