ラウム&アサヒの場合 7
アサヒがラフな格好に着替えてラウムと共にリビングに行くと、いつの間にかサタンとアイムもこちらに帰ってきていた。
「ベレト!」
相変わらず現実離れした見た目のアイムがアサヒに向かって駆け寄って抱きしめる。アサヒの姿のままでアイムを抱きしめたアサヒはそこで何となくアイムの匂いが変わったような気がして思わずもう一度嗅ぎそうになったが、慌てて身体を離した。ベレトの姿のときはともかく、中学生にしては長身なアサヒの姿でそれをやったら単なる危険人物にしか見えない。そんな慌てるアサヒの様子を見ていたジーンがソファーの上でニヤリとした。ジーンの膝の上に座っているのはリツではなく少女姿のルイだった。
「…アサヒが遅いから先に始めちゃったよ。僕はもう少し先生から魔力を貰うから、ちょっと待っててね」
ルイはそう言うとぺたりとジーンに身体を密着させて目を閉じた。アサヒは更に慌てた。
「アサヒ、別に怪しいことをしてる訳じゃないから安心しろって」
ストラスはそう言いながらもリツの肩を抱き寄せて唇を重ねていた。アサヒの姿に気付いたリツはパッと赤くなり気まずそうな顔をした。そういえば魔界から戻ってきてから、リツは人前でもストラスともキスをするようになったとアサヒは思って、魔界でいったい何があったのかと訝しむ顔付きになる。すると傍らのラウムが口を開いた。
「…お腹の子どもを魔力に慣れさせるためですよ。私もこれからは参加しますから、アサヒも同席して下さいね」
「えっ?参加って…何をするんですか?」
「…色んな悪魔から魔力を注いでもらうんです。王妃はお腹に二人も子どもがいますから、相手から漏らさずに魔力を受け取るには、補佐官レベルの魔力の方が、あのようにして行う必要があるんです。この世界は魔力の吸収効率が魔界よりも低いですから」
「そういうことだよ。アサヒ」
ストラスはそう言って再びリツに魔力を注ぎ始めた。今度は首の後ろからだ。リツは目を閉じてストラスの腕の中にいる。立ち尽くすアサヒの手を引いてアイムが言った。
「ねぇ、今はアサヒなら男の子の魔力だよね?私にもちょうだい。私も体験してみたくて。その代わりに私のご主人さまが、ラウムさんに魔力を注ぐから。いいでしょう?」
「え?アイム…それって…」
「うん、私もお腹に赤ちゃんがいるみたいなの」
アイムは屈託なく笑う。アサヒはアイムの香りが変わったように感じたのがやはり気のせいではなかったことを悟った。雌猫から母猫になったせいだ。アイムはアサヒを座らせるとその膝の上にちょこんと乗った。今はアサヒよりも小さい。
「お、おめでとう…アイム…」
「ありがと、アサヒ」
アイムはアサヒにぎゅっと抱きつく。サタンの隣にラウムが座ったのでアサヒは妙に緊張した。
「あの、アイム、キスは…なしで…!」
アサヒが慌てるとアイムはクスリと笑った。
「大丈夫。ご主人さまもあなたのラウムさんにキスしたりはしないから。ただこうやって少しくっついているだけ。リツはたくさん魔力が必要だからあぁしないといけないだけで、みんながキスする訳じゃないわ。でも同じ部屋でこうしていると、いつもよりも魔力が上がる気がする。見られてるって思うせいなのかな?」
左右で色の違う青と黄色の瞳に見つめられてアサヒは戸惑う。光の加減で煌めく白っぽい銀色の髪も美しくて、自分はいつもアイムに憧れていたのを不意に思い出した。ベレトの記憶だ。
「懐かしい魔力に違う魔力が混ざってる…でも気持ちいい」
アイムは目を閉じてアサヒの魔力を感じ取っていた。一方でサタンはどこか緊張した面持ちで隣のラウムのお腹に手を当てて魔力を注いでいるようだった。ジーンの見様見真似なのだろう。ジーンは時折ルイのお腹を撫でて首の後ろに口付けをしていた。ルイは心地良さそうな顔付きのままアサヒを見つめる。少女姿のルイのお腹が一番大きくてアサヒは友人の身体の変化に戸惑いを隠せなかった。不意にアサヒが視線を感じてキッチンの方に目をやると、キッチンのカウンターで少年の方のルイがチョコレートアイスを食べていた。ルイはアサヒと目が合うとニヤリとした。
「アサヒも終わったらアイス食べたら?美味しいよ」
ルイはアイスを口に含んでフフッと笑う。アサヒにとって何とも落ち着かない時間がようやく終わると、大人の悪魔たちは酒を飲み始めた。妊婦たちは身体に良さそうなお茶を淹れ始める。アサヒはルイにチョコミントアイスを渡された。
「アサヒ、これ好きでしょ?」
「よく覚えてるね」
「うん?だって、コーキがチョコミントなんかあり得ないってうるさかったからね。でも僕は食わず嫌いは良くないって思った。あれから、たまに食べる日もあるよ」
「一口食べる?」
アサヒが差し出すとルイは苦笑した。
「ごめん、食べたくない訳じゃないけど、今一口貰ったら、そのスプーンは使えなくなるから止めておくよ。忘れたの?僕の唾液は危険だってこと。今のアサヒならまだ効くから、止めた方がいいよ」
ルイはアイスを食べ終わったスプーンをキッチンに下げると戻ってきた。
「洗えば問題ないから今のとこ、学校には通えてるけどさ。もう少し魔力も強くなって唾液の成分も上がってきたらマイ箸持参で行かないとダメかもしれない。事情を説明するのが面倒だよねーあ、そうそう、コーキで思い出したけど、明日弟のお見舞い行くんでしょ?」
「あ、うん。そうだね。まだ目が覚めないってコーキも心配しててさ。ただ眠ってるだけだけど、魔力を補う点滴もしてるのに、って」
そんな話をしていると、ジーンとリツもやって来た。
「明日はアサヒの終わる時間に合わせてムツキとヨシノというクラスメイトも乗せて一ノ瀬の家に向かうことにするつもりだよ。ヨシノを通じて保護者にも連絡済だ。こういうとき、セラヴィ株式会社の名を出すと話が早くて助かる」
ストラスがテレビをつけると、ちょうど死にたがり探偵の新シリーズの予告が流れるところだった。皆が一斉に画面に注目すると、サタンこときさらぎきりとは慌てたように言った。
「そんなに注目しないでよ。恥ずかしいなぁ!」
画面では猟奇的な表情を浮かべた女優が彼が演じる探偵の上に馬乗りになりアーミーナイフを片手に彼に迫るところだった。今度こそ死なせてあげる、と囁いて紅い唇が微笑む。きさらぎきりとの切羽詰まった表情と蠱惑的な女性の横顔がクローズアップされ画面は暗転した。
「なんだなんだ。今の予告は」
ストラスがニヤニヤしながらサタンの方を見る。
「相手の女優って誰?どこかで見た気がするんだけど…女優だったかな?ん?」
「あぁ…撮り始めた段階では某アイドルが起用されてたんだけど、演技があまりにもド素人な上にセリフも覚えられなくて、本人もやる気を失っちゃって監督ともすったもんだあって結局降板になったんだよね。で、急浮上してきたのが、若手俳優の遠野圭一朗」
「えっ?あれ、男なの!?女装男子は嫌いだったんじゃないのか?」
ストラスが叫ぶと、サタンは困ったように頭を掻いた。ジーンが思わず低く笑う。
「さしずめ…花咲と話しているうちに偏見がなくなったんじゃないのか?良い傾向じゃないか。今までは見向きもしなかったジャンルにも今後は挑戦できる…」
「でもキスシーンあるんだよね、今回は。撮影が終わって控え室に来たら真っ赤な口紅がまだ残ってて…」
アイムが口を尖らせた。
「アイム、ネタバレは良くないよ?」
サタンがたしなめる。けれどもアイムは更に言った。
「遠野さん、絶対にご主人さまのこと狙ってるじゃないですか。やたらとボディタッチも多いし…私、不安なんです。外では猫のフリしてるから…」
「違うよ!断じて違う。でもボディタッチが多いのは…認めるよ…。それに…遠野くんは…今、魔力不足なんだ。契約パートナーがいたんだけど解消になってしまって…だからドラマの設定を利用して俺の魔力を掠め取ってるんだよ。キスシーンがあったせいで俺の魔力が多いことに気付かれた。あー言っちゃったよ。他所では喋らないでほしい。彼も…同郷の悪魔の転生者だったんだよ…」
サタンは声を振り絞るようにして、とうとう白状した。




