ストラス&ベルフェゴールの場合
ベルフェゴール大佐が気絶したカイムを抱き上げて浴室から出ると、ドアの向こうに悪魔の気配がした。大佐が鍵を開けるとストラスがいて、無言のままタオルを手に取って広げるとカイムを抱き留めてくれた。
「で?…治ったか?」
ストラスはまるで少女のようなカイムの姿を見てわずかに動揺した。力を込めたら壊れてしまいそうだ。
「…もちろん、この通りきれいに治りましたよ。やれやれ…やはりお見通しでしたか」
大佐は言いながら身体を拭いてバスローブを羽織る。鉛のように重かった身体が軽い。ストラスもその間にカイムの身体をそっと拭いて手際よくバスローブを着せた。その際に華奢なカイムの背中に残る傷跡を見つけたストラスは眉をひそめた。
「カイムは…いつになったらこれを消すんだ?」
「さぁ…それはカイムの心次第なんじゃないですかね。少なくともまだ俺には勝手にこれを消す資格はない…」
「風呂の中で抱いておきながら資格がないなんてよく言うよ…で、今日はボロボロにされて可哀想な大佐に少しは同情したのかな?カイムは」
大佐は国王補佐官の顔をちらりと見て盛大なため息をついてしまった。まったく、こちらの作戦まで見抜かれていたのかとガッカリする。
「…絡まれたのは本当だから、少しこの状況を利用しただけですよ。風呂に誘ったら断らなかったし…触れ合うだけで済まないのはカイムだって分かっていたはずです。それでも怖がってましたから…半ば強制的に抱きました。実際…変身して殴られて魔力も減っていたし…キス程度じゃ足りなかったのは事実ですから」
「大佐くらいにミカエルも大胆になれればねぇ…って天使を悪魔と比べるのは酷な話か」
「愛が何なのか分かっていないんですよ、カイムは。そこのところは天使と大差ないかもしれませんね」
「理論的に考え過ぎるきらいがあるからなぁ。大佐にあれだけつきまとわれて、自分に好意がないって思ってるから厄介なんだよ…」
「…アスモデウス元帥につきまとわれている国王補佐官の口からそんなセリフが出るとは思いませんでしたよ?」
大佐の言葉にストラスは思いきり嫌な顔をした。
「…元帥は好みが合わないんだよ。だいたい見るからに魔力の相性が悪そうな相手に平気で声をかけてくるから…むしろ正気を疑うね。俺は女になったってカイムみたいな可愛らしいサイズにはなれないんだ。趣味が悪いよ」
「…必死に求愛しているのに報われませんね、元帥も」
「大量に嫁がいる時点で俺なんかに声をかけるなと言いたいよ。それに、こっちにだってもう嫁が二人いるんだから、ややこしい関係性を築きたいとは思わない」
「…人数は関係ありませんよ。個々の素質で集めている…元帥はコレクションをするのが好きですからね…」
「…コレクションね…ますます趣味が合わないな。俺はモノじゃない」
ストラスは大佐の腕にカイムを渡すと言った。
「食事は後で部屋に運ばせるよ。少なくとも大佐はコレクション派じゃないってことは一応理解しているから、カイムを任せるんだ。本来なら魔界の精神科医にでも相談すべきトラウマをカイムが抱えているのは分かっているけど…医者よりも、大佐の方が最短距離で乗り越えられそうだから託すんだよ」
「…ルイも…そうなんですか?カイムとは種類は違うようだが…繋いでいるところを見ると…」
大佐は朝に見て気になっていたことを口にした。ストラスはあいまいな笑みを浮かべる。
「あぁ。でもルイの場合は…人としては病と捉えられても悪魔としてならたまにいるよなって程度のやつだから、最近はかなり安定してるよ。なんだかんだで俺の子どもを生むって覚悟を決めて女の姿になったんだ。大事にしていれば問題ない。カイムもいつか…大佐の子を生んでくれるといいな」
「…あぁ、そうですね。カイムは今まで一度も…罰金を払わないために有精卵すら作った経験がないそうですから。淡々と言われた日には抱く気力を削がれたんで、もう徹底的に魔力を削って強行突破するしかなかったんですよ…」
大佐の背中を見送りながらストラスはカイムが鳥に変身することを思い出す。ストラスもその気になればルイに産卵させられたかもしれなかったが、さすがにルイを鳥の姿に変えてまでするかといったら、いくらなんでも動揺するに違いないと思った。あえて獣の姿を好んで用いる悪魔もいるが、ストラスは違った。人の姿のルイを抱くのがいい、と思ったところで少年のルイが廊下に顔を出す。
「ストラス…僕も今日一緒にお風呂入りたいな」
廊下に出てきたルイはストラスの腰に手を回してぎゅっと抱きついてきた。ストラスは見上げてくるルイの頭を撫でると軽いキスをする。
「いいよ、入るか」
「カイムさん…大丈夫だった?大佐に搾り取られてげっそりしてなかった?」
ルイが心配そうに言うのでストラスは笑ってしまった。
「大丈夫だよ。あの二人は魔力の相性はいいから、むしろ二人とも帰宅したときよりも魔力量は格段に増えていたよ」
「そうなんだね。なら良かった。僕も早くストラスの魔力がほしいな」
ルイは可愛らしく微笑んでストラスを見上げる。ストラスはもう一度ルイに口付けをした。
***
その頃アサヒはベレトの姿でラウムの腕の中にいた。今ラウムの身体はまるで子どもなどいないように引き締まっている。いったいどういう仕組みなのかと思ったが、アサヒは久々に青と碧の瞳の美少女になっていた。
「ベレト…」
ラウムの望み通りにベレトの姿になったアサヒは先ほどまでの熱の名残を身体に抱えていた。ようやく少し落ち着いたがまだ人前に出られる状態ではなかった。今は耳も尻尾も出して男性の姿のラウムに抱きついてラウムの香りを嗅いでいた。
「好きですね…」
すん、と鼻を鳴らしたベレトの耳をラウムの指先がくすぐる。ベレトは胸いっぱいに香りを吸い込んでうっとりと頷いた。
「落ち着きます…」
「私たちの魔力も…混ざり合って高まりやすくなってきましたね。元は異世界の使い魔だったあなたとの相性がどうなるのか最初は分からなかったのですが…拒絶反応もなくて本当に良かったです…」
「拒絶反応…とか…あるんですか?」
「魔力の相性が悪過ぎると…こうして触れ合っても魔力が上がるどころか減る場合があるそうですよ…」
ラウムはベレトの顔を覗き込むと唇を重ねた。
「陛下が戻りましたから…我々の魔力も安定しますね…感じるでしょう?」
ベレトは頷く。新婚旅行で不在の間は途中からこの家に居住を移したにも関わらず魔力の増え方がゆっくりだった。なのに今は魔力が驚くほどに安定していた。そのせいかアサヒは風邪を引かなくなったし熱も出なくなった。ベレトの姿でラウムに愛されることにも次第に慣れて、少し悪魔の力を解放したラウムに抱かれても怖くはなくなった。今もラウムの肌は黒く変わり、光る紫の模様が浮き出ていた。魔力が上がっている証拠だ。ベレトは自分の魔力がラウムに役立って嬉しかった。しばらく二人は名残を惜しむように抱きしめ合っていたが、やがてラウムは起き上がった。
「そういえば明日の打ち合わせをしなければなりませんでしたね。一ノ瀬くんの家に同行するのでしょう?」
「あ!そうでした!」
ベレトは起き上がってアサヒの姿に戻る。ラウムも雨宮涼の姿になった。こちらの姿も凛として美しいとアサヒは思った。眼鏡をかけていないと少し表情が丸くなる。ラウムはお腹に手を当てて微笑んだ。
「喜んでいますよ。あなたの魔力を感じて…」
アサヒはラウムの手の上に自分の手のひらを重ねた。
「…人として伝えても怪しまれない日数になったら、妊娠証明書を出してもらおうと思っています。アサヒに責任を取ってもらいますからね」
「はい、それはもちろんです」
「その結果、棚橋の家がどう出ても、私たちの関係は変わりませんから」
ラウムはアサヒの肩を抱く。アサヒは頷いた。とっくに覚悟は決まっている。アサヒはそう思った。




