ベルフェゴール&カイムの場合 2
やがてガブリエルとムツキはストラスの運転する車で帰って行った。入れ違いに少年のルイとカイ、ハルが仲良く帰宅する。ルイは帰る途中でストラスの車とすれ違ったと言っていた。話を聞く限りハルとカイの方は比較的穏やかな学校生活を送っているようだった。ルイの牽制の効果があったらしい。ルイは得意気な顔をした。夕方過ぎになってようやくラウムとアサヒが帰宅する。ラウムは今日は自室で食べますと言って、アサヒの肩を抱くとすぐに部屋に消えた。少し呆気にとられたリツは明日の打ち合わせをしていないことに気付き、急いで階段に片足をかけたところでジーンに止められた。
「アサヒはすでにベレトになっている。明日の朝でもいい。今は二人にしてやろう…」
「えっ?あ…そういうこと?」
リツは思わず赤くなる。気配を読んだつもりはなかったのに、上の階に強い魔力が広がるのが分かった。どこで寄り道をしていたのか、それよりも遅くなってからようやくベルフェゴール大佐がカイムの車で帰宅した。どういう訳か制服がやけに汚れている。
「いやー女の子たちと仲良くなって昨日陛下が話していたシールの件について情報をゲットしようとしたんですけど…たいした収穫はありませんでしたね」
「大佐、その汚れはどうしたんだ?」
「あー大したことじゃないですよ。調子に乗るなってケンカを売りに来た奴に少し制裁を加えただけですから…」
「…大佐までムツキ方式なのか…まったく。穏便に済ませないと保護者の出番になるから、カイムが迷惑するぞ?」
「本当ですよ、まったく…先にお風呂に入りましょう」
カイムはそのまま廊下を通り過ぎて大佐を浴室へと引き立てて行く。脱衣所に入ると給湯のボタンを押してカイムは内側から鍵をかけた。これで見られる心配はない。最初はもっと酷かったのだ。カイムは今は自分よりも身長の低い相手の服をそっと慎重に脱がし始めた。
「制裁って…どうして一方的に殴られてきたんです?加えられた方じゃないですか…」
体中に残る青痣にカイムは手を当てて魔力を流す。顔を狙わない卑怯な相手だと思った。制服で見えない場所を執拗に狙っている。骨折はしていないが、それは単に大佐の筋肉が人間よりも頑丈だからだ。在校生たちは防犯カメラの死角を熟知しており、素行の悪い中学生と高校生の兄を呼び寄せた。大佐は初日から目立ち過ぎたツケを払う羽目になった。
「あーだって、カイム…呼び出されたら俺の保護者のフリできるのか?無理だろ。それよりカイムも脱げよ…一緒に風呂入るぞ」
「……分かりました」
カイムは手早く服を脱ぐ。別にこの姿を晒すのは初めてではないから照れたりもしなかった。カイムはシャワーで大佐の身体を流すとボディソープでゆっくりと身体を洗い始めた。あえて背後から抱きしめるようにして身体を密着させると、少年姿の大佐は背後を振り返った。
「…不快でしたか?」
「そうじゃないけどさ…落ち着かないな…」
「こうした方が魔力が多く流れますから…」
大佐は小さなため息をつくと目を閉じた。しばらくカイムの手のひらの動きに集中する。心地よい。
「この程度のことなんて…お前が魔界でされたことと比べたらかわいいもんだろ」
大佐はくるりと反対を向くと目を開けてカイムを真正面から見上げた。そうして、かつて自分が癒したカイムの傷があった場所に手で触れる。今はもう何も残っていないにも関わらずカイムはビクッとした。
「ここがぱっくり裂けてて…引きずり出された腸でお前は両手を縛られてたんだよな…」
「私の話は今はどうでもいいでしょう」
「いや、大事な話だから今言う。あのとき息も絶え絶えだったお前を見て俺は柄にもなく焦ったんだよ。死なせたくないと思った。だから迷わずに抱いた。それでお前の中に俺の魔力を嫌というほど残して他の悪魔たちの痕跡に上書きをした…それでも消えない傷もあった…」
大佐は今は自分よりも背の高いカイムの頭を引き寄せると唇を重ねた。そのまま大佐はカイムの魔力を吸い取って飲み込む。シャワーの音だけが浴室に響き二人の口付けの音は掻き消された。こうやって触れ合うだけでも大佐の魔力は上がるのだと、カイムは分かっている。ただ抱きしめ合って口付けをしているだけなのに。それはお互いに信頼しているからだ。何だかんだ言い合いをしているが、上司としては信頼している。彼は見て見ぬふりはしない。そのとき風呂の沸き上がった音に二人は一瞬現実に引き戻された。カイムは少年姿の大佐と共に浴槽に入った。染み渡るように温かい。疲れを取る効果のある魔界の入浴剤を一粒入れると、シュワシュワと泡の弾ける音と共に爽やかな香りが広がった。大佐はカイムの膝の上に乗ったまま、肩に両手をかけてカイムの瞳を覗き込んできた。入浴剤の泡の音が消えると急に静かになってカイムは気まずくなった。少年なのに色気のある瞳がこちらをじっと見ているので、カイムはようやく声を出した。
「大佐のことは…信頼して…います」
カイムはその瞳を見つめてつぶやいた。
「それから?」
「えっ…あの…ですから、こういうときには反撃して下さい…一方的にやられるのではなくて…」
はぁ、と大佐は息を吐く。また落胆させたのだろうかと、カイムは今言った自分の言葉の意味を頭の中で反芻した。言い方がまずかったのだろうか。
「まだ…手加減が…難しいんだよ。ましてやガキなんて…ちょっと殴ったらすぐに壊れる…それなら、何もしない方がいい…」
大佐は再びカイムに口付けをする。しばらく大佐はカイムの舌を吸ったり甘く噛んだりして感触を楽しんでいたが、やがてゆっくりと顔を離した。
「……理性の塊かよ。全然乗ってこないねぇ…」
「今は治療が優先ですよ。内臓の損傷は…大佐の腹筋が強くて避けられていますが…それでもダメージは大きいですからね。別に少年姿の大佐が何の魅力もないとは言っていませんが」
「…俺はお前に欲情されたいのに、この姿でもダメならこっちなのかな?」
大佐はカイムから吸い取った魔力で少女の姿に変わった。カイムの慌てる気配がした。それもそのはず、カイムは今まで大佐が女の姿になったところを見たことがなかったからだ。
「カイム…抱いて…もっと魔力がほしいの…」
どことなく大佐の面影はあるのにその姿は紛れもなく少女でカイムの脳は混乱した。無駄に一気に心拍数の上がったカイムは咄嗟に自分も同年代の少女の姿に変わってしまった。大佐は目の前の相手の姿を見下ろして目を丸くすると、思わずハッと短い笑い声を立てた。
「なんでカイムまで女になっちゃう訳?せっかく俺が珍しくこの姿になったってのに」
大佐は再び少年の姿に戻ると少女姿のカイムの頭を撫でた。
「この姿もそそるけど、他の悪魔にいいようにされそうでちょっと不安だな。人間の前でも女にはなるなよ?」
「…なりませんよ。大佐の前だけです…」
大佐は今は美少女のカイムを見下ろして濡れた髪を搔き上げた。
「…サラッとシビれるようなこと言うんじゃないよ。今子どもを作ったら婚外子になるだろ。まだ正式に第四夫人として登録はしてないんだから」
「あの…本気で仰ってるんですか?第四夫人などと…」
「本気じゃなかったらアグラットだって教育なんかする訳がないよ。それに俺は少しカイムに足りないものが何か分かったんだよ。熱だよ、熱。こうやって男と女が向かい合っているときにでもすぐに冷静になろうとするなって話だ」
大佐はカイムの腰を引き寄せると両手で掴んでそこに一気に少し強めの魔力を流した。カイムは思わず仰け反って声を漏らす。刺激が強過ぎて思考が停止した。
「た…大佐!や…めて下さい…!」
「止めないよ。いつまでも身体の中の機能を小さいままにしておくから、カイムは男女の愛が何なのか、快楽が何なのかも分からないんじゃないのか?知るのが怖いか?理性を失うのが怖いのか?アグラットの教育を忠実に再現できる夫人なんか、一人もいないんだよ。どこかしら自己流になる。なのにカイムは一挙手一投足まで同じに再現できる勢いだ…最初はカイムの記憶力が優秀だからだと思ったがそれだけじゃないな。カイムはそのとき快楽に溺れなかった。常に冷静だった。まるで教師から学ぶ優等生みたいに…結局、カイムは心も身体も中学時代の経験に未だに縛られたままなんだよ。だから俺が解放してやる。あのとき傷付いて半分意識を失っていたお前の身体はもっと素直に、俺の魔力を吸収して悦んでいたんだよ。俺はそのお前を知ってるんだ。すでに見ている。だからもう一度見せろ。俺の魔力に…もっと溺れろ!」
カイムは身体に流された過剰な魔力に再び思考が停止した。身体が熱い。大佐はカイムを抱きしめる。この感覚は怖い。みっともない姿を見せたくないだけだ、カイムはそう思ったのに大佐はそれを許さなかった。強力な魔力と共に大佐の指先がカイムの閉じた部分を少しずつ抉じ開けてゆく。媚薬を盛られた訳でもないのに身体の感覚は妙に研ぎ澄まされていて、まるで彼の与える刺激を一つも漏らさずに受け止めようと待ち構えているかのようだった。醜い己が姿を現す。咄嗟にカイムは身体の機能を子どもに戻そうとした。けれども出来なかった。大佐の魔力がカイムの時間を止めていた。
「…止めて下さい…怖い…」
「怖いならしがみついておけよ。そうすれば怖くないから」
いつの間にか大人の姿に戻った大佐がカイムの耳に低い美声で囁く。カイムはその声を聞かされただけで身体の強張りが緩んでしまうのが分かった。大佐の怠惰の魔力だ。脱力させることには長けている。やがて大佐の手が大人のカイムの欲望を暴いてゆくのを感じた。カイムは喉から出た吐息と淫らな声が自分のものだと分かるまでに少し間があった。
「お前を俺の…第四夫人にする…カイム…いいな?」
「……」
「返事は?」
「…は…い」
大佐と一つになった瞬間、カイムはとうとう声を上げてしまった。その後はもう何も考えられず、快楽に支配される。カイムは言われた通りに大佐から注がれる魔力に溺れ、何度も悲鳴を上げた。身体が悦ぶと言ったその意味をカイムは嫌というほど理解させられた。まるで痕跡を刻みつけるかのように執拗に魔力を注がれる。
「これが…カイムに与えられる…俺からの愛だ…」
いつになく真剣な表情を浮かべた相手の口からそんな言葉がこぼれ落ちて、カイムは愛が何なのかもっと理解しようとした。けれども次から次へと与えられる荒波のような感覚に翻弄されて考え続けることができなかった。
「考えるな…この熱を…ただ感じていろ…それだけでいい」
大佐の声を聞いた気がしたが、カイムの視界は互いの熱と絶え間なく訪れる高揚の頂点で白く染まり、どこまでも続く開放感と共にやがて何も見えなくなってしまった。




