フィランジェル&ミカエルの場合 2
「じゃあ、媚薬の説明を始めるなら私はこれで」
フィランジェルはそそくさとその場を去ろうとしたが、アルシエルの手に引き留められた。
「説明をするにしても…実践する相手が必要だろう。一部残して戻ってもらうよ」
「はい?」
するりと抜き取られる感覚がして、妊婦の姿になったリツが去ってゆく。フィランジェルはアルシエルの腕の中に取り残された。ものすごく嫌な予感がする。
「講釈だけ垂れて逃げるのは感心しないな。最後まで責任を取るのが部下としての誠実な態度だと私は思うよ。お待たせしたね、ミカエル。私たちの寝室に移動しようか」
「アルシエル…正気?」
「正気だとも。それに大概の媚薬なら試したじゃないか。何を今さら怖気づく?」
「いや、それは…」
ミカエルがいるからに決まっているだろうとフィランジェルは思ったが、絶妙なタイミングでミカエルに言われてしまった。
「なんだか悪いね、フィランジェル。私のために身を削って協力してくれるなんて、なんて上官思いな元部下なんだ…」
フィランジェルは嵌められた気がしたが、すでに遅い。ミカエルごと瞬間移動したアルシエルはドアに丁寧に鍵までかけた。ベッドの横の引き出しを開けると、ずらりと色とりどりの美しい媚薬が並んでいた。手近な椅子に座ったミカエルは引き出しの中を覗き込んで、子どものように目を輝かせる。
「ここにあるのは経口摂取の媚薬だ。段階は様々あるが、あまり強力なもの使うと意識が飛ぶから、初回は強くてもこのくらいの物をお勧めする」
そう言ったアルシエルはフィランジェルにその小瓶を渡す。
「え?飲めってこと?」
「当然だ」
「……分かったよ…あぁ、もう、どうなっても知らないからね。アルシエルが責任を取ってよ?それと上官?必ず一回で覚えて。そう何回もやりたい訳じゃないから」
フィランジェルは小瓶を開けると一気に飲み干した。
「何度使っても耐性が上がらないようにするのが、難しかったと開発した者から聞いている。服用する回数を重ねるごとに効かなくなるようでは困るからね…」
アルシエルが言っている間にもフィランジェルはすでに身体が熱くなってきていた。その様子を純粋に興味深そうに見ているミカエルに少しだけ腹が立つ。まるで少年のように澄んだ瞳でこの状態の自分を見つめないでほしい。
「この小さな瓶でこんなに違うものなんだね…もう赤くなってるよ?フィランジェル」
ミカエルは飲み終えた瓶の口に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「何の香りもしない…味は?」
「味…?ほとんど…ないよ。少しだけ甘い…水みたい…」
フィランジェルはのぼせたような状態のままでつぶやく。まだ意識はある。けれども、何を併用するかによって変わるのが魔界の媚薬だ。
「この次は事前の準備だ。塗るタイプの媚薬があると早いかもしれないね。どこに塗るかは…まぁ、見ていれば分かるだろう」
アルシエルは別の引き出しからチューブを取り出した。
「まさか…それも…塗る気?」
「嫌か?」
「多分……説明…できなく…なる…」
「説明なら私がするから安心しろ。何なら恥ずかしい記憶も部分的に消してやる」
アルシエルは媚薬を手に取ると服の中に手を入れてフィランジェルの敏感なところに塗り始める。どうにでもなれとフィランジェルは諦めた。これも元はと言えば愛も欲もなんだか分かっていない間の抜けた上官のせいだ。ガブリエルの方がまだ欲だけはあった。支配欲に近いものだったが欲望を知っていれば別の欲に置き換えるのも比較的ハードルは下がる。ミカエルはどうだろう。地上で暮らしていない分、知ったフリをしているだけで恐らく何も分かっていないに違いない。どこまでも澄んだ無垢なこの瞳に欲望が過る日などそもそも来るのだろうか。
「フィランジェル…」
アルシエルが自分を見下ろしている。
「アルシエル…!早く…もう…待てない…!」
フィランジェルが息も絶え絶えに言うと、アルシエルは悪魔の微笑みを浮かべて媚薬を塗り込んだ手でフィランジェルの身体をゆっくりと撫で始めた。
「こうやって優しく触れるだけも相手はこうなる…二人とも媚薬を飲めば、こんな風に相手が欲しくて欲しくてどうにもならなくなりますよ。ためらう感情は二の次だ。本能に支配される。元天使のフィランジェルですらこうだ…」
その後も何かアルシエルはミカエルに話していたようだったが、フィランジェルにはその会話の内容はもうどうでもよくなっていた。早くこの熱を解消してほしい。頭がおかしくなりそうだった。もう一人のアルシエルがミカエルの肩に手を回して部屋の外に出てゆくのが見えた気がした。いつの間にか目の前のアルシエルは服を脱いでフィランジェルの上に覆いかぶさっていた。
「協力ありがとう。待たせた分、これからたっぷりとご褒美をあげよう…」
フィランジェルはようやくアルシエルと口付けを交わし始めた。目の前の相手がほしくてたまらない。フィランジェルは理性を手放して目の前の悪魔にその身を差し出し、欲望の赴くままにアルシエルに与えられる快楽を貪り始めた。
***
そのとき少女のリツはリビングで昨日ストラスたちが試験的に作ったシールを六季に選ばせているところだった。男子が好みそうなモチーフもストラスはいつの間にか追加していた。主に魔界の生物や空想上の生き物などをデフォルメしたシールだったが、六季は小学生らしいキラキラした目で、目の前のシールに見入っていた。
「ん…?」
リツは身体に違和感を感じてハッとしたように少年のジーンの方を振り返る。ジーンの方もピクリと眉を上げた。
(フィランジェルもアルシエルも何を考えてるの!?)
「シール…選んでて。ちょっと、急用を思い出したから。リツも来て」
ジーンに呼ばれてリツは慌てて今は二人が使っているゲストルームへと避難する。ドアを閉めるとリツはベッドに倒れ込んだ。顔が赤い。
「…媚薬を使ったんだ…ミカエルに説明するために」
ジーンはリツを抱きしめて魔力を流した。
「同じ家の中にいるのに…何も今じゃなくても…!!」
ジーンはリツの火照った身体を抱きしめて口付けを始めた。この溜まった熱を解消しないことには、どうにもならない。しばらく唇を重ねるうちに、リツの乱れた呼吸はようやく少しマシになる。二階の気配をできる限り読まないようにしていたが、漏れ出てくる魔力を感じずにはいられなかった。そのときドアをノックする音が聞こえてストラスの声がした。
「…入っていい」
ジーンが鷹揚に応える。
「お二人とも大丈夫ですか?」
ドアを開けたストラスは水と何かの薬を持って入ってきた。
「僕は大丈夫だけど、リツがね…」
ジーンは迷わずにカプセルを口に放り込んで水を飲む。
「…媚薬の効果を消す薬です。リツさんも今のうちに飲んでおいた方がいいですよ?」
リツもやっとのことで薬を飲む。キスだけでは解消し切れなかった身体に残っていた火照りがようやく消えてゆくのを感じた。ストラスはリツの額に手を当てると軽く魔力を流して頷いた。
「…戻りましたか。まったく…大人の主は時々こういうことをしますからね…」
「僕の顔を見ながら言うな。文句は二階にいる方に言ってほしい。僕はそこまでしろとは言ってない」
少年のジーンが言うと、ストラスは少年の頭を撫でた。
「こちらの小さな主は可愛らしいですが…大人の主は今、欲望を解消するのに大忙しですからね。リツさん、大丈夫ですか?一番影響を受けるのはリツさんですから…。他の悪魔のいない時間帯を狙ったとはいえ…少々盛り過ぎだ…」
ストラスは二階の気配を読んだのかそう言って苦笑した。




