フィランジェル&ミカエルの場合 1
途中で百貨店に寄り一ノ瀬家への手土産を買ってから家に戻ると、分裂して家にいたカイムと駐車場でばったり出会った。ジーンが自分の食べたいチョコレートまで買ったので戻るのが少し遅くなった。ストラスがカイムに声をかける。
「お疲れ!大佐の回収?」
「そうです。まったく…自由人で困ります!お陰で短時間で運転免許を取得する羽目になりましたよ。魔界とこちらとでは運転技術も色々と勝手が違いますね」
カイムは首に清葉学園の登録証を下げると車に乗り込んで出発する。
「あの人も悪魔?大佐って…もしかして…ランチルームで会った六年生?」
「そうだよ。色気ダダ漏れで女子たちに呼ばれてたでしょ。ジーンの部下だよ」
リツが言うと六季は思わず笑ってしまった。
「あ、おかえりなさい」
大人のリツが出てきたので六季は隣の少女のリツと大人のリツを見比べて戸惑った表情になった。あまり目立たないが言われてみればややお腹が膨らんでいるかもしれない。
「あぁ、分裂してるから。あのお腹で小学生になるのはちょっと…ドッジボールとか怖いし」
「ストラス、おかえりーあ…!」
その後ろから美少女姿のルイが現れて六季を見て固まった。六季は明らかに見て分かる大きさのルイのお腹に、ますます戸惑いを隠せなくなった。話に聞くのと実際にこうして本人の姿を見るのとでは全く違うと六季は思った。本当に妊婦だ。そして男でも女でもルイは美しいとも思ったのは秘密にした。
「あ…ムツキ。久しぶり…えぇと…」
「分かってるから大丈夫。それ以上言わなくていいから。おめでと、兄ちゃん。あ、今は姉ちゃん…なのか。慣れないね」
六季は苦笑しながら、おじゃましますと言って部屋の中に入る。ルイは六季の背中を不思議そうに見送る。前回泣いて別れたのが嘘のようだ。
「どうもー」
ガブリエルも廊下を通って大人のリツが案内したリビングに入る。ガブリエルはリツの姿をじっと見た。
「その細腰で二人産むの?本当に大丈夫?」
「問題ないようにするのが私の役割だ。打ち合わせをするならリビングを使ってくれて構わないが…ガブリエルは、まずはお仲間に会っておいた方がいいんじゃないか?」
「あー別に会ってもそんなに用はないんだけどね…」
ガブリエルが言っている間に上の階から明らかに廊下を走る音が聞こえてきた。
「イオフィエル!走ったらまた階段から落ちるよ!」
「ガブリエルさま!!」
階段からイオフィエルが駆け下りてきてガブリエルにパッと抱きついた。
「ご無事でしたか?イオフィエルです。どれほどお会いしたかったことか…」
ガブリエルに抱きついた美少女を見てムツキは面白くなさそうに眉を上げた。
「…ヤヨイさんに言っちゃおうかな。ガブリエルが美少女に抱きつかれて鼻の下伸ばしてたって」
「ムツキ、捏造しないでよ。イオフィエル…久しぶりだね。何百年ぶりかな?」
久しぶりが百年単位の言葉だということにムツキはやはり彼は天使なのだと改めて思う。久しぶりのレベルが桁違いだ。
「四百年ぶりでしょうか…」
「あぁ…そっか。で?今の君の相方は?」
「えっ?ミカエルさまのことですか?」
「私は…別に特に用はないけどさ」
リツの中でフィランジェルが疑問に思ったのを感じた。ガブリエルとミカエルは仲が悪かっただろうか。足音が聞こえてミカエルが姿を現す。ミカエルはデニムに白いワイシャツを着ていて、ガブリエルよりはよほどまともに見えた。
「やぁ、ガブリエル、相変わらず自由人だね」
「君だって似たようなものだろう」
「イオフィエルは君のことを長い間慕っていたようだけど、君は下界で勝手に子どもを作って結婚までしたようだから、イオフィエルのことは私がもらうよ。おいで、イオフィエル」
「えっ?で、でもっ…」
ガブリエルにしがみついたままのイオフィエルを見てミカエルは嘆息した。
「…しょうがない子だね。君も。そんなにガブリエルがいいなら今日のところはくっついているといいさ」
ミカエルはきびすを返してあっという間に階段を上って姿を消す。
「機嫌が悪いなぁ…いつもあぁなの?」
ガブリエルは肩をすくめる。大人のジーンは大人のリツを見ると小さく合図した。リツは頷いて三階へと向かう。彼の姿はすでにない。リツはミカエルの部屋のドアをノックする。
「ミカエル上官…?」
言っている間にリツはフィランジェルになっていた。静かにドアを開けたミカエルは深いため息をついて、フィランジェルの肩に額をこつんと乗せた。短時間にこんなに疲労するものかとフィランジェルは呆れ果てながらも、思わずその頭を片手で撫でてしまう。まるで子どもだ。
「大人げないですよ?」
「分かっているよ。でもガブリエルを見ていたら腹が立ってきたんだよ…だいたい、何なんだよあの胡散臭いスーツ姿は!あの眼鏡だってオプションだろう」
「怒るとこ…そこなんですか?」
フィランジェルは広い廊下にあるソファーに座るように促す。ミカエルの神聖力が少し足りていなかったので額に口付けをして補った。隣に座って手を握るとミカエルはため息をついた。
「君は悪魔なのに天使みたいだねぇ…」
「ガブリエルはあれでも今日はマシな方ですよ。ふだんは胡散臭さ倍増ですから、不審者と間違えたアルシエルが殴ったこともあるみたいだし。そもそも…ミカエル上官はイオフィエルに気を遣いすぎなんじゃないですか?」
ミカエルは力なく笑った。
「あの子は昔からガブリエル、ガブリエルって…本当にうるさいくらいだったからさ…ガブリエルに伴侶がいないなら、本当は彼にイオフィエルのことを頼むつもりだったんだよ。私はあくまで同行するのみで下界にさえイオフィエルを連れてきてしまえばどうにでもなると思ってたんだ。そうしたら僅差で相手を妊娠させてるって聞いて…八方塞がりになった…」
「イオフィエルのこと…好きじゃないんですか?」
「…好きか嫌いかで言うなら好きに決まってるよ。でもフィランジェルなら分かっているかもしれないけれど、その好きは人が伴侶に抱く好きとは多分違うんだ。そうでなくたってガブリエルのことを慕っているイオフィエルを抱くのは…私にとっては、とんでもなく罪深いことのように感じるんだよ。それなのに、その役目は私なんだ…さすがに妻帯しているガブリエルがイオフィエルにまで手を出したら…堕天するだろう…」
「あぁ…まぁ、それは、そうならない方がおかしいかもしれませんね。魔界の薬がどこまで効果を発揮するのか試すにしても…堕天を賭けるのはちょっと怖いかな…少し失礼します」
フィランジェルはミカエルの手をマッサージしながら神聖力を流した。流れが滞っている。精神の有り様が身体に直に影響するタイプのようだった。ミカエルはフィランジェルの美しい顔を見つめる。
「…君が相手だったら…こんなに構えることもなく…もう少し気楽だっただろうか…いや、すまない。忘れてくれ。言葉の綾だ」
「今の私はお腹に二人も入ってますからね。さすがに三人目は無理だし、そもそも天使どうしで繁殖可能かを確認しなきゃならないんですから、堕天使の私じゃ意味がないんですよ。私やガブリエルの伴侶が妊娠したのは、天使じゃなかったからって可能性もゼロじゃないんですから」
フィランジェルはミカエルの顔を見上げた。百戦錬磨の天使がこんなことで悩むことになるなど、誰が予想しただろう。
「…君は…怖くなかったのか?」
「何がですか?悪魔に抱かれることが?それとも妊娠することが?どちらも怖くはなかったですよ。でもそれは相手がアルシエルだったからで、他の誰かだったら無理だったと思いますけどね。アルシエルから女性の扱い方は教えてもらったんですよね?ミカエル上官は何でも涼しい顔をして出来そうなのに、本当に戦うこと以外はポンコツなんですねぇ…心底同情します」
フィランジェルの言葉にミカエルは天使とは思えないほどのげんなりした表情を浮かべた。
「フィランジェル…慰めに来てくれたんじゃないの?それとも私を完膚なきまでに叩きのめすために来たの?」
「うーん、どっちでしょうね。少し喝を入れてほしいですか?別にミカエル上官が絶対にイオフィエルを抱かなきゃいけないって訳でもないんですよ。別に逆でも。そんなに勇気が出ないならイオフィエルに襲ってもらってもいいんですけどね。一服盛りますか?魔界の媚薬は効きますよ。ルイの唾液にも催淫効果があるからキスしてもらうって手も…そう考えると魔界は積極的に繁殖に関する行為を楽しむ傾向が強いから…妊娠するまでは毎日のように抱き合うし、ケビンってダンピールの友だちなんかは夜中寝かせてもらえなくて朝やっと死んだように寝てましたからね…私もアルシエルとそうすることに何の抵抗もなくなってしまったから、今のミカエル上官は、記憶がほとんどない頃のリツみたいで、初々しくて可愛いとは思いますよ?」
「可愛いって…格好悪いじゃないか…戦う方が楽だよ…目の前の敵を排除する以外は何も悩まなくて良かったから」
「…イオフィエルとキスしてますか?」
「え?それは…まぁ…何度かは…力が足りなくなったら…」
「うーん、まず、その考えは捨てた方がいいかもしれません。神聖力が足りていてもキスしてみて下さい。隙あらば唇を奪う。悪魔的なやり方ですけど、次のステップへのハードルは確実に下がりますよ。悪魔たちを観察していれば分かることですけど、魔力があってもなくても無駄に触れ合ってます。イオフィエルにもそうやって触れ合ってミカエル上官自身が慣れていくしかないですよ。そのうちに好きのその先の感情が何かが分かると思います。そうしたら簡単にガブリエルに頼むつもりだったなんて言えなくなりますから…それでもなお頼むのが正しいと感じるなら、イオフィエルにはこれ以上期待をさせるべきじゃないんだと思います。他の誰かに頼める程度の好きという感情で義務的に抱かれるのはさすがに私でも嫌ですよ?愛というのはそういうものです」
「やれやれ、フィランジェルに諭される日が来るとはね…あぁ…でも私もイオフィエルのことを余裕で笑っている場合じゃないんだということは理解したよ」
「ただ私は…恐れる必要はないと伝えたかっただけです。あぁ…アルシエル、大丈夫だよ」
「ミカエル、すまないな。ガブリエルは長年受けた下界の影響が強過ぎて…天使の君からすると少々理解不能なところもあるかもしれない…彼は悪魔じみた実験も平然と試すところがあるからね…」
フィランジェルが立ち上がると彼は自然と肩を抱いて、そのこめかみに口付けをする。フィランジェルは長身の悪魔に身を委ねた。ミカエルは自分がこんな風に自然にイオフィエルに触れられるようになれるのはいつになるだろうと思った。イオフィエルの前では余裕のあるふりをしているが、いつだって内心ではとても緊張していた。これでは素面で抱くのはまずもって無理だ。
「アルシエル…」
ミカエルは意を決して目の前の悪魔に告げた。
「私に、媚薬の使い方と効能を…詳しく教えてくれないか」




