少年ジーン&少女リツの場合 5
騒ぎを聞きつけて校内を巡回していた警備員までがやってきてしまった。昨今のセキュリティ対策から警備員を導入する私立学校が増えていたためだった。その後副校長がやってきて事情を大まかに把握し、スクールカウンセラーが現れて荻原は連れて行かれた。専科の教師は困惑する生徒たちに呼びかけて、教室で起こったことは他のクラスの生徒に話さないよう注意を促した。
「荻原さんへは、落ち着き次第事実確認を行いますから、絵を提出して片付けが終わった人はまだ終わっていないお友だちの手伝いをして下さい」
「あの、先生!」
ジーンが挙手をする。専科の教師は一瞬身構える表情をした。ジーンは意に介さず口を開く。
「リツが筆洗いとパレットを洗いに行くときに、滝野さんが足を引っ掛けようとしてました。リツはギリギリで飛び越えたけど…その後、吉野さんがその足に引っかかって転びました」
「滝野さん、それは本当ですか?」
「そ、そんな…たまたま立ち上がろうとしただけです。わざとじゃありません!」
「リツ・フォスターさんは…どうですか?」
訊かれたのでリツは仕方なく答えた。
「目の前の通路に突然足だけ出てきました…たまたま足元を見ていたから平気だったけど、そうじゃなければ転んでいたかもしれません」
「リツは反射神経がいいからできたけど、誰しもそうとは限りません。たまたま立ち上がろうとしたタイミングだったのかもしれないけれど、誰かが通っているときにいきなり足を出すのは危ないから止めた方がいいと思います。たとえそれが荻原さんに命令されて絶対にやれと言われていたことだったとしても…」
最後はいたずらな笑みまで浮かべてジーンは滝野の顔を見つめた。滝野はみるみるうちに赤くなる。そして、真っ赤な顔のまま声を張り上げた。
「だって!ジェシカに逆らえる訳ないじゃない!転校してきたばっかりのあんたに分かる訳ないでしょう!ジェシカは女王様気取りで私とサナは召使いなんだから!!もう嫌!!やってられない!」
「話を聞く必要がありそうですね…滝野さんは少し残って下さい。そろそろ終わりの時間ですね」
専科の教師が言うのと同時にチャイムが鳴り響く。日直が号令をかけて、起立し礼をして解散となった。涼し気な顔をして隣にやってきたジーンの脇腹をリツは小突いた。
「…初日から目立ち過ぎ」
「仕方ないでしょ。リツにちょっかいをかけようとする方が悪い」
話しながら教室を出たところで入江が待ち構えていた。
「…何か僕に用?」
ジーンはしらばっくれる。入江はムッとした顔付きでジーンに向かって言った。
「名推理、お疲れさま。次は負けないからね!」
「え…?」
「ジーン・フォスターくん、このクラスの学級委員長は僕なんだよ。あまり君に出しゃばられるとクラスの統率が取れなくなるから困るんだ。ここは一つ取引しないか」
「は?何のメリットがあって僕は君と取引しなきゃならないのかな?」
ジーンはげんなりした顔付きになる。
「僕はゆくゆくは児童会長を目指してるんだ。だからフォスターくんを僕の右腕として採用してもいいって言ってるんだ」
「…結構だよ。僕はそういう権力争いには興味ない。リツが無事ならそれでいいんだ。行こうリツ!」
あれほど念を押したにも関わらずジーンはリツの手を握ると歩き出した。しかもいつもの恋人つなぎだ。入江は一瞬ポカンとしたが、その次の瞬間にはなぜか嬉々とした表情を浮かべた。
「なにそれ、格好つけてるの?アメリカではそういうのが流行なの?ねぇ、じゃあこれは知ってる?学級委員長と児童会のメンバーはプレミアムデザートに意見できるんだよ?」
ジーンの足がピタリと止まる。
(…ちょっとジーン!児童会に入れる学年になるまでこの学校にはいないでしょ!)
(参考までに話を聞くだけだ。ムツキの件も少し確認したいしな。こいつにはそれなりに用がある。親しくなっておいて損はない)
「…その話、もう少し詳しく聞こうか」
「そうこなくっちゃ」
リツはジーンが手を離してくれないので結局、入江からプレミアムデザートに関する話を延々と聞きながら教室に戻る羽目になった。
***
待ちに待ったランチタイムを迎えたリツは、猛烈に今の状況を少々後悔していた。うっかり声をかけた吉野と共にリツはランチルームの一角に座っていたが、周りは全て男子で埋め尽くされていた。六季の友人とその舎弟なのだった。しかもすでに噂が一人歩きしていて、ジーンは六季よりもケンカに強く、中学生にまで舎弟がいるという話になっていた。舎弟とはアサヒのことだろうか。誰かが見ていたのかもしれない。
「なんかごめんね…ヒトミ…」
吉野の名前は瞳だったので、リツは下の名前で呼ぶことにした。
「ううん…いつも一人で隅の方で食べてたから…すごく変な感じだけど…」
そこまで言ったリツはランチルームに入ってきた人物を見て思わず吹き出しそうになった。隣のジーンも一瞬妙な顔をする。けれども相手は臆することなく歩み寄ってくるときれいに一礼をして見せた。
「お疲れさまです。我が主」
「……何しに来たんだ…」
(制服が着たかったんで、六年生に空きがあったから入っちゃいました。ベルとお呼びください)
およそ六年生にしてはあり得ない色気を漂わせた相手は長身のベルフェゴール大佐なのだった。少し日焼けした肌に肩の辺りにまで伸びたクセのある黒髪は立っているだけで目立つ。小学生サイズと言っても外国人の顔立ちなので違和感はないが、周りはギョッとしたように動きを止めていた。
「何って…今はランチを食べに来たに決まってるじゃないですか!」
「ベルー!こっちこっち!」
「早く!」
後ろの方から六年生の少女たちがベルを手招く。大人気だ。
「じゃ!また後ほど!」
リツはぽかんとその姿を見送った後で傍らのジーンの顔を恐る恐る見た。ジーンは苛ついたようなため息をつく。
「なんなんだ、まったく…」
「六年にも?すごいですね」
六季の隣ではさっそく勘違いした少年が目を輝かせてジーンを見ていた。確かに魔界では部下だが誤解だ。むしろ面倒事が増えた可能性もあった。
(馬子にも衣装の使い方すら間違ってたのに、小学校になんか来て大丈夫かなぁ…)
「さっきの人も知り合いなの?」
ヒトミの言葉にリツは頷いた。
「う…うん、お父さんの部下の…子ども…」
「あ、それで同時期に転入?そっかぁ…」
「ちなみに、例の件も協力してもらうことになったから。情報共有よろしく。今日の長期休みは増えてない。二組も欠席が一人のままなら増加なしってこと」
六季が小声で言う。ジーンも小声で返した。
「あぁ、一人だ。ところでこの中に一ノ瀬くんの知り合いはいないかな?」
「一ノ瀬?タイキのこと?僕はあまり接点がなかったけど…フミヤ、仲良くなかった?」
フミヤと呼ばれた向かいの席の少年が頷く。
「今年はクラス違うけど三年までずっと同じクラスだったから…まさか、タイキまであんなことになるなんて思ってなかったけど」
フミヤはうつむいた。
「中学の方の知り合いが、弟の見舞いに来るならいつ来てもいいと言っていたみたいだから、顔を出すなら知り合いがいた方がいいと思ってさ。僕は少し調べたいことがあるから行きたいだけなんだけど」
ジーンは六季に言った。
「じゃあ僕とフミヤも行くよ。お父さんにまずは確認が必要だから明日以降がいいかな。ヨシノも来る?タイキと同じクラスだったよね?」
「えっ!?あ…うん」
話を突然振られたヒトミの顔が赤くなる。リツはおや?と思ったが何も言わなかった。ひょっとして六季のことが気になっているのかもしれないと思ったが、そうなると望みは薄い。
「僕よりヨシノの方がタイキとは長いよね?だって附属幼稚園時代からの幼馴染でしょ?」
フミヤが言って、ますますヒトミは慌てた様子になる。
「そ、そんな幼馴染だなんて…タイキくんは私のこと、覚えてないと思う…」
ヒトミはふるふると首を横に振った。
「覚えてない訳ないよ!仲良かったって聞いたことあるよ?タイキ本人から」
「それは…昔の話だから」
「フミヤ、しつこい。終わりにしなよ」
六季が言ってその話題は本当に終わりになったが、タイキ本人が言っているのにヒトミが頑なに否定するのは何か訳があるのだろうと、リツは思った。




