マゴト&ケイの場合 4
魔力がいつになく満たされたお陰で空腹を感じていなかったケイだったが、マゴトが何か少しは食べた方がいいと言うのでそこは素直に従うことにした。恐る恐る部屋から出てマゴトに手を引かれて階段を降りる。とても立派な家だと思った。さりげなく置かれた調度品も高価な物に違いない。
「あーさっきはうちの部下がごめんねー」
長身の金髪碧眼の男性が突然二人に話しかけてきた。知らない顔だとケイは警戒したが、マゴトが言った言葉に納得した。
「ミカエル…申し訳ないと思うならもう少し部下の教育をしておくべきかと思いますが」
「悪かったよ。ごめんって。でも興味があったのも事実だからさ。ねぇインキュバスってそんなに相性がいいの?ちょっと今の君は怖いくらい魔力が安定してるからさ…」
「…誰でもという訳ではありませんよ。インキュバスで彼女だったからという偶然の賜物です」
「ふーん」
爽やかな笑顔で質問されたせいでマゴトはうっかり答えてしまったが、律儀に答える義務はないのだとも思った。リビングのソファーにいたジーンが振り向いて声をかけた。
「ミカエル…あまりちょっかいをかけるな。私の部下は概ねこの世界の礼儀作法を身につけた者のみ連れてきているから問題ないが、大佐の陰に入っている部下などはまだ勉強中で荒っぽい連中も多い…彼らに余計な刺激を与えないでほしい」
「えー?怖いなぁ。大佐の部下って…先鋭部隊でしょ?私だって一応相手は見て絡んでるよ」
すると隣の銀髪の青年が振り返り口を開いた。青い瞳だ。ケイはその美しさに思わず息を飲む。
「違うよ、ミカエルはそうかもしれないけど、イオフィエルの方だよ。うっかり見つけた相手にハグしろなんて言わせないようにしないと…ハグどころじゃ済まなくて堕天しちゃうかも」
「あ!そっちか。薬は飲ませてるけど、そっか、うん。それはそうだね。あの子は…ちょっと天然だからなぁ…君たちの寝室を覗き見して、真っ赤になっちゃって…」
「見てたなら止めてあげなよ?」
銀髪の青年の言葉にミカエルは苦笑した。
「いや、失敗から学ばせる必要もあるかなと思ったんだけどね…」
「私とジーンの寝室に入ったら、ジーンに目玉をくり抜かれるかもしれないよ?私の裸を見たら最後…」
青年はクスクス笑いながらジーンの膝の上に乗る。ジーンは銀の髪に指を絡めながら言った。
「あのときフィランジェルは起きていたのか?あれは相手がストラスだったからあぁ言ったんだ。悪魔は予備の目玉を身体のどこかしらに持っているからな」
「それにしてもモーニングコールをしにきてくれた相手にあれはないよ…いくらリツと初めての日だったからってさ。そういえば、彼女にまだ言ってないの?」
「ん…?あぁ、そういえばそうだったな」
ジーンはそう言って立ち上がる。
「私は今はジーン・フォスターを名乗っている。セラヴィ株式会社の常務で君とは以前にも面識がある悪魔だよ…」
目の前の男性の姿が揺らいで黒髪の美少女が姿を現した。隣の銀髪の青年も消え失せて小さな白猫になるとニヤァと鳴いた。
「えっ…!?あ、嘘っ!ラ…ライラ!?」
「お久しぶり。あのときはイチカを連れて来いっていう社長の命令で動いていたんだ。だから、一夜にしていなくなったけど、別の誰かにさらわれた訳じゃないから安心して」
ライラはそう告げるとあっという間に男性の姿に戻る。ケイは目の前の光景がにわかに信じられなかった。白猫はいつの間にか若い日本人女性になっている。医務室で会った女性だった。
「あ、えっと…私はさっきのフィランジェルっていう堕天使で…今は彼のつ…妻のリツ・フォスター」
ケイははっきりと話す天使と遠慮がちなリツとで性格が違うのだろうかと不思議に思った。ジーンはケイに向かって言った。
「君の中に残っていた悪魔の痕跡は上書きが完了したよ。それから君の相手が悪魔だけの身分では不便だろうから、人の名前も作っておいた。武衛眞人。不本意だろうが医務室の悪魔の弟ということになっている」
マゴトは神妙な顔をして頷いた。三度の飯より治療が好きなあの悪魔も相当変わってはいるものの、話が通じる分ずっとマシだった。セラヴィ株式会社で働き始めてからマゴトは彼とも交流するようになった。旧知の間柄で言えばフルフルは一方的に話し過ぎるしネビロスは口数が少ない。ラウムはすっかりベレトに夢中で飲酒も減ったから、一緒に酒が飲めなくなった。そこまで考えてマゴトは自分の交友関係の狭さを再認識した。顔見知りは多いが腹を割って話せるのはごくわずかだ。
「ふぅん、マーキングもしたのか」
ジーンはマゴトを見てニヤリと笑う。
「その調子だとすぐにでも治験に参加できそうだな。あの部屋はしばらく二人で好きに使うといい。それで仮に魔力回復薬が完成したとしてもケイを追い出したりはしないから安心していい…ところで、何か用があったのではないのか?」
「あ…あの、夕飯を食べ損ねてしまいまして、それで…」
「君が夕飯を食べ損ねるなど…それだけ相手が魅力的だったということだな。リビングの冷蔵庫に入っているものは何でも食べていいことになっている。個人的に購入して誰かに食べられたくない物は自室の冷蔵庫で管理することだ」
マゴトはケイと共に冷蔵庫を覗き、冷凍のラザニアを見つけた。ケイも頷いたのでそれを温める。出来上がるのを待っているとパタパタと軽い足音が近付いてきた。
「リツ!待って!」
「ジーン!」
どこか二人に似通った少女と少年がパジャマ姿でリビングに入ってきた。名前まで同じだ。
「え?」
ケイの心を読んだかのように、ジーンが言った。
「悪魔は分裂できるんだ。こっちの小さい方は社長の思いつきでとある附属小へ潜入捜査に行くことになったから分裂したんだ。同じ顔がいたら分裂していると思っていい」
とんでもないことをサラリと言われてケイは子どもと大人の二人を見比べる。
「お姉さん、マーキングされたんだね。知ってる?悪魔は魂を自分の物にしたいと思った相手にマーキングをするんだよ?お姉さんも、ずっと一緒にいたいって思ったら心と身体を契約して悪魔に変えてもらうといいよ。治験が終わったらね」
子どものジーンが美しい顔で微笑む。
「僕はそうやってリツを手に入れたから、ずっと一緒にいられるよ」
ジーンは少女のリツの頬に軽い口付けをして見せた。
「ちょっと、ジーン!」
「今は家だからいいでしょ?ねぇ、大人の方の僕?一階の空いてるゲストルームをしばらく二人で使わせてよ。いいでしょ?」
「あぁ、構わないが、あまりリツにしつこく迫るなよ?」
「分かってるよ」
ケイはあまりに奇妙な光景に驚きっぱなしだった。
「ジーン、アイス食べる?」
子どものリツが冷凍庫を開けて言う。
「食べよ!」
二人は仲良く大人一人掛けのソファーに二人でくっついて座ってアイスを食べ始めた。
「…ちょっと、私、って言うのも変だけど…あんまり勝手にカロリーの高いもの食べないで!」
リツが慌てて子どものリツに声をかけた。
「まだ、食事制限しなくたってリツは細いから大丈夫でしょう?太り過ぎて産道が狭くなったらそれはちょっと困るけどさ」
「もう!」
大人のリツは恥ずかしそうに少し顔を赤らめた。ケイと目が合う。
「あの…えぇと…実は妊娠してて…」
「えっ?あ、それで…おめでとうございます。私が見ても細いと思うからアイスの一つや二つ食べても大丈夫だと思うけど…」
電子レンジが鳴ってラザニアが完成する。
「ケイ、私たちも食べましょう」
マゴトに呼ばれたケイはキッチンカウンター横に並んだ椅子に座ってラザニアを食べ始めた。
「あつっ!おいしい!」
「んーなんか、旨そうな匂いするなぁ」
リビングに入ってきたストラスが言って、二人の食べているラザニアに気付いた。
「それ、旨いよね。ルイ、ゼリーにしとくか?あーこっち入んない方がいいかも。悪いね、もう悪阻みたいでさ。そっち持ってくから、みかんとフルーツミックスどっちがいい?」
廊下でフルーツミックスと声が聞こえた。ドアが開いて入ってきたのは少年の方のルイで、廊下の奥に向かって頷いた。
「ストラス、分裂したままで大丈夫なのかな?一回戻るべき?」
「戻るのは寝るときでいいよ。負担かけて悪いな」
ストラスは冷蔵庫からゼリーを取り出し、スプーン片手に少年のルイと去ってゆく。
「妊婦…多くないですか?」
ケイの言葉にマゴトは頷いた。
「私とストラスはいわゆるハネムーンベビーというやつだ。しばらく新婚旅行に行っていたからな。ちなみにイチカの他にもう二人、この家に妊婦がいるのは私たちの魔力がこの場にも影響を及ぼした結果だな…ケイも来るタイミングがあの何日か早かったら悪魔の子を宿していたかもしれないね。そのくらい…私とリツが抱き合うと周囲の悪魔に影響を与えるらしい」
「影響…?そんなことって…」
ケイは騙されているような気がして傍らの悪魔を見上げたが、彼は真面目な顔をして頷いた。
「お二人は魔界の国王陛下と王妃ですから、私のように直属の部下でなくとも影響は受けますよ。実際に武衛先生も影響を受けて危なかったですからね。私と先生は抑制剤と度数の高い酒を浴びるように飲んで衝動を忘れようとした結果、翌朝の気分は本当に最悪でした…」
マゴトは思い出したように言ってラザニアを口に入れる。
「それは悪かったな」
ジーンはリツの肩を抱きながら笑ったが、お陰でケイは肝心な部分を聞き逃すところだった。
「魔界の国王陛下!?それって魔王じゃないですか!」
ケイの言葉になぜかジーンは嫌そうな顔になる。
「我々の魔界では先の国王である…社長の方が魔王の称号を使っていますので、国王陛下とお呼びするのが正しいのですよ?」
「そ、そうなんですか…知らなくてすみません」
「知ってる人間の方がごくわずかですから、非礼には当たりませんし、今は会社の常務ですからそのように接していただいて問題ありません」
マゴトに微笑まれて、ケイは今ここでラザニアをのんきに食べている場合ではないのかもしれないという気がしてきた。社長が魔王ならイチカは魔王の妻なのだ。知らない間にとんでもないことが起こっていた。そして自分の身にもこれから起こりつつあることをケイは自覚した。
「あの…私も…悪魔に…なれるんですか?」
ケイは恐る恐る質問をする。隣の悪魔はケイを見つめると頷いた。
「私がケイと儀式を行えば…なれますよ?インキュバスの転生者用の魔力回復薬が完成したら…そうなりたいですか?ケイはすでに悪魔の姿の私と抱き合っても平気でしたから…それでいくなら儀式のハードルは低いですね」
ケイはこくりと頷いた。子どもの頃からなぜか悪魔が好きで変な子だと思われていた。だから少し知恵がついてからはそのことを隠すようにしていたが、悪魔の出てくる話を読むとやはり興奮した。そしてあこがれの悪魔に出会えたばかりか、自分も悪魔になれるのだと知ってケイは魔力回復スペースに逃げ込んだ自分は幸運だと思った。刺されても諦めずに生きようとして良かった、そう思った。




