少年ジーン&少女リツの場合 2
ゲストルームに入ったジーンはそのままリツを抱きしめて動きを止める。リツは少し緊張したままその腕の中にいた。
「リツ…明日から…アサヒと一緒に登校するよ」
「あ、そっか」
リツは何気ないジーンの口調にホッとして顔を上げた。途端に唇が重なる。油断したと慌てる自分とジーンなら当然だと思う自分がいた。子ども同士の軽いキスではない。それに応じる自分も含めて心と身体のアンバランスさに戸惑う。
「ジーン…学校では…しないでね?」
「誰にも見られなければいいんでしょ?」
「そ、そういう問題じゃない」
「じゃあ何が問題?」
再び唇が重なり柔らかい舌に言葉を封じられる。
「リツ…可愛いよ…」
ジーンはリツを抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。両手を絡めたまま上から見下ろす。
「今どんな気分?」
「どんなって…子どもの頃はもっとガリガリだった気がするから…変な感じ…」
リツの言葉にジーンはプッと吹き出した。
「あえて雰囲気をぶち壊すの?いいけどさ。この姿でこれ以上どうこうしようって思っても…どうにもならないし」
ジーンは力を抜いてリツの上に降ってきた。リツは軽く潰される。外国人の男の子の設定だから日本人の標準体型よりも大きいのだろうと思う。リツはそっとジーンの背中を抱きしめた。
「これはこれで…悪くないね。今日は一緒にお風呂に入ろう。お互いの身体を隅々まで確認し合うんだ。どう?」
「どう…って…それは…恥ずかしいよ」
「だからいいんだよ。恥ずかしくてドキドキするだけでも、好きな相手なら魔力は上がるんだ…」
「そういうこと?えぇ…?」
「じゃあリツは大人がするみたいに、ベッドの中であちこち触られる方がいいの?僕…我慢できなくなるよ?身体中にキスマークつけちゃうかも」
「それは絶対にダメ!!」
「じゃ、一緒にお風呂ね。約束」
ジーンはズルい顔をして微笑みながら小指を絡めてきた。悪魔と約束をしてしまった。リツはまんまとジーンの口車に乗せられた自分に気付いて、ひっそりとため息をついた。
***
やがてわずかな時間差でどんどん大人たちも帰宅して家の中はいつもの賑わいを取り戻していた。大人のジーンとリツの近くに子どものジーンとリツもいて、同じく二人のルイとイチカ、ハルとカイと話している。そばにはアサヒもいて、特に二人のルイとリツを見て困惑した表情を浮かべていた。アサヒに明日からしばらく清葉学園附属小に通う旨を伝えると、とても驚いた顔をした。
「やっぱり事件なんですか?」
大人のジーンにアサヒは問いかける。
「何か聞いているのか?」
「いえ…クラスに附属小の方に弟が通っている子がいるんですけど、弟が…眠ったままになってしまったって聞いて…それで…他にも何人かいるみたいだって話だったから…あ、ルイもリツも知ってるよ?コーキだよ。コーキの弟…えっと…名前は何だったかなぁ…」
「あ!一ノ瀬太輝じゃない?えー?写真を見てもコーキの弟だとは思わなかった!」
少女のリツが声を上げる。四年生のクラスには確かに一ノ瀬の苗字の子はいたが、ガタイの良い兄とはむしろ正反対の線の細い少年だったから兄弟だと分からなかった。
「あぁ…コーキんとこって確か再婚って言ってなかった?お母さんが二人目で確かかなり若いから、コーキにとってはちょっとビミョーだって言ってたこと、あったよね?会社の上司と部下でさ…あ、なんかリツみたいだね」
少年のルイが言う。
「私は再婚じゃない。失礼だな」
ジーンが味噌汁を置いてルイに冷たい視線を送ると、ルイは慌てたように言った。
「あ、二人の年齢差がってことだけで、他意はアリマセン!」
「なるほど。アサヒ、コーキの弟の荷物を調べたいのだが、見舞いと称して予約を取り付けることは出来ないか?相手が眠ったままなら、友人でもそうでなくてもあまり関係はないだろう。とりあえずムツキを引っ張っていけば私がついて行っても問題ない。シールの現物が見たいんだ」
「シール…ですか?」
アサヒはきょとんとした。会話を聞いていたらしい社長が横からスマホの画面をひょいと見せる。
「これこれ。どうやらこれを貰った子が眠ったままになってるんじゃないかって話になってるから、本当にそうなのか確認する意味もあって、シール帳が見たいんだよねー」
「シール帳?」
「こらこら、アサヒくん、疎いなぁ。世間の流行りは浅く広く知っておかないと。小学生女子の必須アイテムと言っても過言ではないかもしれないよ?そして、この度セラヴィ株式会社も新事業として、可愛い魔力回復シールを販売しようと準備しているところだ。ガブリエルが基礎は作ってくれているから、魔力回復薬よりも早く量産できそうだし、こちらの期待値は高いね」
「あー中学でも持ってる子、いたよね?」
ハルがカイに言うとカイが頷いた。
「さすがに男子にはいなかったけど、女の子が昼休みに交換してたね。ハルも欲しかったら今度買いに行こうか?」
ところがハルはあまり気乗りしない様子で首を捻った。
「私は…あまり興味ないかなぁって。でも友だちを作るならこういうのって必要なのかな?自分にはあまり興味がなくても…周りに…合わせる…努力?」
ハルは言いながら次第に自信なさげな声になる。
「とりあえず持ってみて、やっぱり負担だなと思ったら止めちゃうくらいでいいのかもしれないよ?ね?ストラス?」
美少女のルイがそう言って、ストラスの方をちら見した。
「あー分かった分かった。どれどれ…なるほど。これがシール帳ねぇ…」
「シールのサンプルならあるぞ?魔力回復シールだけどな」
そう言ってジーンがリツと自分の魔力の入ったシートをストラスに渡した。
「へぇ。なるほど。じゃあ少々形を変えて…」
ストラスは魔力でシールを変形させる。様々な形のガラスの小瓶に宝石が入ったようなシールが出来上がった。ストラスはシンプルな黒いスケジュール帳を出すと、魔力でラメの入った薄い透けるブルーの素材に変えてしまう。そしてその中に大きさを調整したシールをあっという間に挟んで、それっぽいものを作ってしまった。
「…こんなもんかな。ま、及第点ってところか。手帳に貼って持ってる分には魔力回復シールでも別に大きな影響はないだろ?せいぜい体調がいいってくらいだ」
「ストラス、そのシールは魔力を消費すると色が抜けるぞ?魔力回復シールは宝石の部分か?何か色をつけておいた方がいいな。最後には透明になってしまうからな」
「おっと、危ない。それなら色が変わるってことで魔力が消えたら別の色が出てくるのも面白いかもしれませんね。青系のシールは暖色に、乳白色のシールはビビットなカラーの宝石に変化する…」
食事そっちのけでジーンとストラスがシール帳を覗き込んで、あぁでもないこうでもないと話を始めてしまったので、リツはルイと思わず顔を見合わせる。
「ストラス、知識豊富な君がシールの開発部にちょっと知恵を貸してあげてよ。給料は出すからさ」
社長までがストラスの作ったシールに興味津々な様子で身を乗り出してきた。大の大人が、しかも男性が三人集まって覗き込んでいるのが、少女が好きそうなモチーフの散りばめられたシール帳なので、近くで食事をしていた宮森は何とも言えない表情をしていた。リツは悪魔は凝り性なのではないかと、三人の会話を聞きながら思っていた。何かを作り上げることにおいて、妥協することなく更に上を目指す会話が繰り広げられる。最終的に出来上がったシールには液体が入っていて、その立体の小瓶の中に美しい宝石が閉じ込められていた。瓶の形も魔界の怪しげな媚薬の入っていたお洒落なデザインの瓶になっている。社長はさっそく写真を取って、出来上がった一枚を自分が確保した。
「ハル!これ持って行け!」
ハルの手元に空中を漂って届けられたシール帳の完成度に、あまり興味がないと言っていたハルまでが、目をキラキラさせて中のシールを眺め始める。
「うわぁ!キレイ!!」
「パパの会社の試作品って言っておきな。だからまだ販売されてない。レアだよ」
ストラスがハルに向かってレアの部分を強調した。




