少年ジーン&少女リツの場合 1
夕方になって最初に帰宅したのは中学生の三人だった。ルイはなんだかんだで放課後に部活動の見学をする二人に付き添ってハルの兄アピールをしていたようだった。帰宅したハルは朝家を出たときの緊張とは打って変わって、朗らかな様子で帰宅した。カイムはカイムで人間の学校生活に興味を示したようで、家に入るなりルイに言った。
「こちらの学校は給食という制度を導入しているんですね!入り口で靴を履き替えるのも新鮮でした」
「あー僕の前いた私立の学校はビュッフェ形式だったけど、それでもアレルギーのある子は別メニューが提供されたりはするよ?靴を履き替えるのはほとんどの学校がそうだと思うなぁ」
ルイが笑う。
「カイには給食も新鮮に感じるんだね。私、カイがいてくれたお陰で久しぶりの学校だったけど平気だったよ。ありがとう」
ハルの元気な声をリビングで聞いたストラスはホッとして微笑んだ。同じくリビングでくつろいで留守番していた少女のルイもニコニコした。部屋に入ってきた少年のルイは部屋の隅のクローゼット前に設けられた下足スペースに並んだ靴を見て首を傾げた。一つはよく磨かれたマゴトの革靴でもう一つは、かなりくたびれたスニーカーだった。サイズと色から何となく女性だろうかと推理する。
「あれ?マゴトさんって戻ってるの?早いね…もう一人は誰?」
「目敏いねぇ…セラヴィの魔力回復スペースでぶっ刺されたイチカのお友だちを拾ってきたんだよ」
「えぇ!?刺されたの!?物騒だなぁ…」
「あんまり公にはできない事件も起こるからな。ちんたら救急車を呼んでたら死んでただろうから、ブエルが治療したってさ。刺した相手を捕獲したら、他所ですでに一人殺してたのが分かったから、警察に引き渡してきたみたいだな。銀の枝から下請けで仕事を回してもらっていたチンピラだったよ」
「おかえりーおやつ食べないか?」
イチカも現れて声をかけると、ハルのみではなくカイまでがその言葉に釣られてリビングから出てゆく。カイも甘い物には目がないのかと思ったが、ストラスの仕事の邪魔にならないように気を遣ったのかもしれなかった。
そのときクローゼットの近道の方から誰かがこちらに近付いてくるのが分かった。ストラスが魔力の気配を探って眉をひそめた。知っている気配のはずなのに何か違う。
「ん…?」
「ただいま、ストラス!」
クローゼットから出てきたのは小学生のリツとジーンだった。少し警戒したストラスはホッと胸をなで下ろす。
「あ、おかえりなさい…どうしたんですか?その姿」
「小学生がオフィスをうろついているのも変だから、分裂した方だけ近道で帰ってきたんだ。清葉学園附属小の四年のクラスに明日から潜入捜査だ」
「えぇ!?清葉の附属小に行くの?四年ってムツキの学年だけど何かあった?潜入捜査ってどういうこと?」
美少女のルイが首を傾げた。
「あーうん、ちょっとガブリエルから聞いた結果、社長がノリノリで提案してきて潜入することになったんだけど…あれ?今更だけど…附属小って共学なの?四年生のクラスには女の子がいたと思ったけど…」
リツは男子よりはやや少ない女子の顔ぶれを思い浮かべて不思議そうな顔をする。ルイの顔を見て思い出したようだった。
「あーリツは転入したから知らないのか。このご時世男子校じゃ経営が厳しくてやってられないじゃない?だからムツキが入学した頃には女子の募集も始まってたんだよ。今は共学になる移行時期ってとこかな…だって中学には女子の制服も売ってたでしょ?えっ?まさかあれ、ほんとに僕みたいな趣味の変わった男子が着るとでも思ってたの!?」
ルイがリツの表情に途中から呆れた顔をする。実際にルイはスカートを履いていたし、夏には涼しいと聞いた気がするから、そんなものなのかと鵜呑みにしていた。男子が女子の制服を選ぶ必要はないが、選んでも別に学則には抵触しないから、ルイはスカートを履かされる羽目になった。
「だ、だって、ジーンが男子校に潜入するから男子になれって言った…!」
リツは慌てて弁明をする。
「…実際、ルイの学年には男子しかいないんだから、実質は男子校のままだろう。そこに女子として転入したらどうなると思う?想像もしたくない」
小学生のジーンが真顔で言うのでリツはものすごい違和感を覚えた。けれどもクラスには今野のような元天使の転生者だっていたのだ。確かに女子として転入したら更なる好奇の目に晒されていたことは想像に難くない。リツはそこまで考えると自分を男子にしたジーンの選択が妥当なものに思えた。
「中学も高校にも残念ながら女子は在籍していないからな。ムツキの学年が中学に上がるまでは、しばらくは男子校の空気のままだろうな」
ジーンは言いながら手を洗いに行く。リツもなんとなく帰ってきた習慣で手洗いうがいを済ませてリビングに戻った。
「それにしても…二人ともスーツ姿のまま縮むなんて…ちょっと着替えましょうよ。さっき宅配で荷物が届いたから何かと思ったら…あれ、制服や学用品ですか?」
「あぁ。そうだよ」
ジーンが手をかざすと、彼はティーシャツにハーフパンツの姿に変わった。ジーンはリツにはワンピースを着せる。水色の涼し気な見た目のワンピースはリツによく似合っていた。一方でリツは子ども姿とはいえ、ジーンがここまでくだけた格好をしているのを見たことがなかったので見慣れず、どういう訳かちらちらと見ているうちに照れてしまった。
「リツ、どうした?さては、こっちの姿にも惚れたか?」
ジーンが笑う。そしておもむろに口を開いた。
「そろそろ、話し方も変えておかないとダメだね。リツ、僕のこと好き?」
ジーンはリツの前で微笑んで見せる。間近にジーンの顔が迫って軽く唇が重なった。
「うーん、ダメだなぁ。十歳児なのにリツを見てるとやっぱり性欲が治まらないんだけど、どうしたらいい?ストラス?」
「…可愛い顔してエグいこと聞かないで下さいよ…まぁ、別に家にいる間は二人で何をしていても構いませんけど、人目につかないとこでやって下さいよ?」
「だってさ。ハルに見られても困るから、少し魔力を補いに行こう。この大きさなら魔力回復スペースの試作用に作った部屋で足りそうだから行くよ」
「ちょっと!ジーン!!」
少年姿のジーンに手を引かれて、リツは小走りにリビングを出てゆく。
「…あんな調子で小学校に潜入?大丈夫なのかなぁ?」
見送った二人のルイは揃って首を傾げた。




