ストラス&マゴトの場合
一方、ジーンの自宅に近道で戻ったイチカはクローゼットのドアを開けてストラスに出迎えられた。ストラスはイチカをハグして魔力を注ぐ。
「おかえり!魔力足りてるか?」
「大丈夫だよー先生も分けてくれたから」
それでもイチカはどこか嬉しそうにストラスに抱きつく。
「お帰り、マ…コト」
危なく悪魔の名を呼びそうになり、ストラスは咳払いをする。
「いらっしゃい、ケイさん。ここは…まぁ、変な奴らが揃ってる分安全だ。部屋に行ってゆっくり二人で過ごすといいよ。足りないものがあれば内線で届ける。ま、だいたい引き出しや冷蔵庫に入ってるから使っていい」
「すみません…では、お言葉に甘えて…」
マゴトは頭を下げる。三〇七のカードキーを片手に階段を登ると以前よりも廊下が広くなっていた。各部屋のドアの間隔も広くなっている。
「あの…さっきの人は…」
「あぁ、彼も悪魔です。私のお仕えする方の補佐をしている階級の高い悪魔です」
「お仕えしているのって…もしかして、社長ですか?」
「社長!?違いますよ…常務です」
マゴトは部屋の鍵を開ける。ケイの脳裏に明るい茶色の少し長めの髪の外国人の姿が勝手に浮かんだ。
「そう、その方です。イメージが伝わりましたね。中へどうぞ。今は優先すべきことがありますから…」
ケイは部屋の中を見渡して驚いた。これまでもホテルを利用したことはあったが、これほどまでに立派な部屋を利用したことなどなかった。気後れしてドアの前で立ち尽くすケイの手を引いてマゴトが閉める。
「何か飲みますか?それともお風呂を入れますか?さっぱりしたいでしょう?」
「あ…その…はい…」
マゴトは緊張した様子のケイに微笑むと言った。
「リラックスして下さい。他意はありませんから。常務はあぁ言いましたが…ケイの意に沿わないことはあまりしたくないので…それに、悪魔本来の私の姿は人の感性からすると化け物じみていると思いますから…キス以上の行為に及んであなたを恐怖に陥れるのもどうかと思いますし…」
「…どんな姿…なんですか?」
「…知らない方がいいこともありますが、よくよく考えると常務には、この姿では無理だから断られたとお伝えすることも可能ですね。先に言いますと本来の姿の私には目が一つしかありません」
「えっ…?」
なぜ本当の姿を晒そうと思ったのかそのときはマゴト自身も不思議だった。そんなことをした人間の相手はいない。適当に魔力を補充するなら今の姿のままでいればわりと簡単に魔力不足の転生者は男女問わず釣れた。本当の姿を見せれば悲鳴を上げるに決まっている。マゴトは力を少し開放した。髪が青みがかった色に変わりうねうねと長く伸びる。髪よりも明るい青色の一つ目の三白眼はかなり目付きが悪い。鼻と口はほぼそのままだが、両頬に入れ墨のように濃い青で爪で引っ掻いたような二本線の模様が浮かび上がる。マゴトはケイが沈黙しているので、気絶したかと思いながらそっと目を開いた。ケイはポカンとした顔でマゴトを見上げていた。やがて頬が上気し始める。どういう訳か分からないがケイは興奮しているようだった。
「なるほど…こういう姿なんですね…美しい髪…素敵な瞳をしてますね。色も綺麗です…あの…私…こんなこと言うと逆に引かれるかもしれないと思っていて、言わなかったんですけど…実は悪魔フェチ…なんです…翼や尻尾もあったりするんですか?」
ケイはあろうことか微笑んでマゴトの頬に触れた。そうして後ろを見ようとする。
「えっ?ちょっと…待って下さい…怖くないんですか?魔界のサキュバスでも…この姿を嫌がる者はいますよ?」
「そうなんですか?私は平気ですよ?あ…尻尾はトカゲみたいなんですね。瑠璃色で光ってて綺麗!!触ってもいいですか?」
返事を待たずにケイの指先が尾に触れてマゴトは柄にもなく少し震えてしまった。この娘は頭がどうかしているのではないかと、マゴトの方が疑い始めた。ケイの瞳はまるでおもちゃを見つけた子どものようにキラキラしている。これは本気だ。
「あの…全身を…裸の状態で…見てみたいって言ったら…怒りますか?」
「いや…別に怒りはしませんが…それでは一緒に…風呂にでも入りましょうか?」
マゴトは半ば諦めて、さすがにそれは断られるに違いないと思って口にすると途端にケイの顔がパッと輝いた。
「入りましょう!!嬉しいです!!」
***
やがて数時間が経過して三階からマゴトが降りてくる。珈琲片手に小休憩をしていたストラスは魔界でもないのに悪魔本来の姿のままで現れたマゴトを見て、魔力が暴走でもしたのかと思って珈琲を吹き出しそうになった。濃紺の翼まで出ている。
「おいおい、どうした?マゴト?大丈夫か?」
「この状態で……大丈夫そうに見えますか?」
「全然見えないなぁ…取っ組み合いのケンカでもしたのか?でも、その割には魔力は足りてるどころか溢れんばかりだけど…相性が良すぎてそうなったってことか?」
ストラスは首をひねった。あまり気配を読まないようにはしていたが、あれからけっこうな時間が経っている。
「いえ…あぁ…そうではあるんですが…あの…悪魔フェチってなんなんですか?あの札付き転生者のインキュバスは…どうかしてますよ…」
ソファーに座って顔を覆ったマゴトにストラスは珈琲を差し出す。
「まずは、これ飲んで落ち着けって」
「ありがとうございます…」
マゴトは珈琲を一口飲んだ。
「んで?悪魔フェチ?」
「はい…あのケイと呼ばれているケイナという女性なんですけど…この姿を見せても驚かないばかりか、興味津々であちこち触ってきて…あろうことか、この姿のままで自分を抱いてくれと頼まれまして…」
「へぇ…なかなか見ないタイプだなぁ…よほどマゴトのことが気に入ったんだろ」
「そう…なんでしょうか…今は魔力も満ち足りて深く眠っていますが…こんな調子で求められたら勘違いしそうです…私は魔力の吸い方を指導するだけのつもりでしたのに…」
ストラスはわりと性には悪魔らしい奔放さを発揮するマゴトがこんなところで躓くとは思っていなかったので、笑いそうになってしまった。
「勘違い?しとけばいいだろ。お互いの相性がいいなら、しばらく利用し合うのもよし、飽きなかったらそのまま関係を続けてもよし…俺とルイだって最初は今みたいな関係になるとは思ってなかったしな…案外マゴトも身を固める時期になったのかもしれないよ?だいたい今まで誰かをそんなに気にしたことなかっただろ。後腐れない関係ばっかりでさ」
ストラスに言われてマゴトは自身の遍歴を振り返る。通り過ぎた者が多過ぎて記憶に残るのはわずかだ。だいたい目付きが悪いだの色々と欠点を並べられて一方的に振られる。もちろん自分の方から関係を自然消滅させたものが圧倒的に多い。そこまで考えて、彼はケイのキラキラした熱のこもった瞳を思い出した。
「あんな瞳で…自分の容姿について…褒められたことは…今までなかったんですよ…調子が狂って…抱き潰すところでした…」
「やっぱ恋だろ。いいねぇ。始まったばかりで手探りで相手の喜ぶところを探す感じ…インキュバスだから感度の方はいいんだろ?」
ストラスはパソコンの画面を見ながらニヤリと笑う。マゴトは珈琲を飲みながら頷いた。
「あれだけ感度はいいのに、ちょっと油断すると魔力を吸い取り切れずに放出しがちなんです。漏れ出さないように何度も唇を塞ぐ羽目になったんですが…舌の長さって重要ですか?」
「んー?どうだろうね。人の標準サイズくらいで相手しとかないと、奥に突っ込みすぎると吐きそうになんないか?」
ストラスはそう言って舌を出す。
「私もそう思ったんですけど…長いならフルで口の中に入れてくれと言われまして…」
「それで大丈夫だったの?」
「少し苦しそうでしたけど…くせになると…言われまして…」
「なるほどねぇ。もしかしたらちょっとばかり厄介なのに引っ掛かったかな?」
「厄介…?」
「マゾ気質が強いのかなと。だからって別に問題な訳じゃないけどさ。マゴトが相手の欲求に付き合い切れるなら」
ストラスは珈琲の残りを飲むと立ち上がってキッチンに下げる。
「目が覚める頃には隣に戻っていてやれよ?慣れない場所で起きて誰もいないと不安になるだろ?そのままの姿で抱きしめてやるといいさ。少なくともケイはお前を必要としてる」
ストラスの言葉にマゴトは頷く。いずれにしても自分が必要とされているのは感じたからだった。




