ジーン&リツの場合 52
同じ頃ジーンとリツは清葉学園附属小へ潜入するための情報を集めていた。電話で話した清葉学園の学園長は極秘にしていた附属小での不可解な現象がなぜバレたのかと冷や汗が止まらない様子だったが、社長のフリをしたジーンはにこやかに言った。
「知人の子が通っているんですよ。世間は狭いですねぇ。つきましては内部調査員を派遣したいので、小学生二名の受け入れをお願いします。一番謎の現象の広がっている四年生に二名…小学生で何が分かると?ご心配には及びません。札付きの転生者の多くが高い知能を有しているのはご存じでしょう?それとも四年生の担任を無理矢理病気休養にでもしてくれるのですか?私はそれでも構いませんが…担任が急に変わると生徒たちも不安に思うでしょうし…転生者絡みの案件ではないかと思いましてね。お節介ながらもこうしてお願いをしている訳です。手をこまねいている間に学校全体に被害が及んでもいいのですか?」
にこやかに話しながらも相手が承諾しなければならない雰囲気に巧みに誘導する魔力をジーンは使っていた。声色を変えるだけで思考回路が徐々に麻痺して相手の言うことが正しいと思うようになる。傍らで聞いていたリツまで、ジーンの声色に酔い彼の言葉が全て正しいと思いかけてハッとして自分の頬を叩いた。リツがぼんやりしてしまった間に交渉を終えたジーンは元の姿に戻るとニコリと笑った。
「さて、リツは小四女子と大人のリツに分かれなくてはね」
ところがジーンが言い終える頃にはすでにリツは分裂を終えてしまっていた。自分は完全に無自覚にも関わらずだ。リツは互いに目の前に突如として現れたもう一人の自分に困惑した。
「え?あれっ?」
少し高い声で小学四年生のリツは傍らの大人のリツを見上げる。年齢の違う自分が自分を前にして戸惑っている。二人とも実に奇妙な感覚に陥りお互いを見つめて固まってしまった。そうしてしばらく見つめ合ってから、魔界でも同じようなことがあったのにと思った。もっともあのときは切羽詰まっていたから、こんな風にゆっくりとその事実に向き合う時間はなかったことを思い出す。
「あぁ…私の言葉の魔力がリツにも影響を及ぼしたのか。私の言うことは全て正しい…だから君たちは即座に分裂した…上出来だよ。ちゃんと子どもだ。理解が早くて助かるよ。子どものリツの方にはこれから一般的な小学校のことを学んでもらおう。清葉学園附属小の情報も抽出しておいたから、これで時間を短縮して学ぶといい」
ジーンはソファーにリツを座らせると魔界でストラスが使っていた資格取得プログラムの装置に似たものをリツの頭に被せてサイズを調整した。すぐに目の前にはリアルな学校の様子が広がり、女性の声でアナウンスが始まった。
「すごい…触れそう!」
リツが何もない空間に手を伸ばす。
「気分が悪くなったらここのスイッチですぐに中止できるから、無理はしないように」
ジーンはリツの手を取ってスイッチの位置を教える。リツは分かったというように頷いた。
「四年生の自分がいるって…変な感じ…」
大人のリツはそう言ってお腹を撫でる。ここにちゃんと子どもたちがいることに安堵した。泡の弾けるような感覚がする。
「子どものリツも可愛いな。何歳であってもリツはリツだ…」
デスクでパソコンを立ち上げたジーンはおよそ四年生に向けるべき視線とは言い難い熱い眼差しでリツを見つめていた。
「ジーン…さすがに四年生にはどうこうしようとは思わないよね?」
「さて、どうだろうな」
言ったジーンから、子ども姿のジーンが現れてするりと分裂した。少しクセのある明るい茶色の髪に碧眼の美少年が、小学校について学んでいる最中のリツの隣に密着して座った。少年はリツの手をそっと握る。
「これから仲良く学校に行こうね」
美少年はリツの手の甲に口付けをする。
「ジーン!恥ずかしいことはしないで!今、勉強中なんだから!」
少女のリツが言うとジーンは含み笑いをした。
「可愛いね。これだけで照れるなんて」
大人のリツは少年のジーンを見やって思わず深いため息をついた。小さくてもジーンはジーンだと思う。少年のジーンに気を取られていたリツは後ろから大人のジーンに抱きしめられてうなじに口付けをされていた。
「少年の私に見惚れるからだ…油断しているとこうなる」
「油断って!それよりも、犯人について何か他には分からないんですか?」
「今のところは……分からないな…シールの実物を手に入れないことには」
たっぷりと首の後ろから魔力を注がれたリツは思わず目を閉じそうになった。
「だから、今回はどちらかが囮になる…というか、ならざるを得ないだろうな…ムツキにも協力してもらうさ。人脈を利用したいからな…」
「協力してくれるかなぁ…」
「協力してもらうのに最適な人物がうちにはいるじゃないか…」
「えっ…まさかルイ?それはダメじゃない!?」
「ルイの写真だよ。魔界で過ごしていたときの。それを見せて、好きな写真を何枚か渡せばおそらく交渉成立だ」
「えー?写真なんて撮ってた?」
「ストラスのカメラが姿を消して同行していたからな。ルイには打診済みだ」
「うーん…写真…」
リツは六季の気持ちを知っているだけに複雑な心境になる。
「まぁ…男女問わずムツキのことを気に入ってる者はいるようだが…ムツキは今は子どもには興味がないからな。相手も成長しないことにはね。四年生の顔と名前を一致させるのに今、子どものリツにもデータを送ったが…彼らがどうやらムツキの手下になっているようだ」
パソコン上の小学生の写真に印が現れる。ムツキのところから他のクラスの者にも糸が伸びて印がついた。糸には薄いブルーとピンクがあった。
「ガブリエルがムツキの記憶を覗いて、交友関係を割り出したものを視覚化した」
「糸の色の意味はあるの?」
「あぁ、水色は単なる手下。ピンクはムツキのことが好きだと思って集まっている者だな。好きの種類としては…友だち以上、恋人未満だな。色が濃いほど思いも強い…」
「えぇ!?ムツキは四年生だよね?」
リツは自分が四年生の頃を思い出して、誰かのことを好きだっただろうかと考えて諦めた。生き残るのに必死で多分それどころではなかった。ひときわ濃いピンク色の線の出ているのは女子ではなく男子だった。しかもクラスも違う。眼鏡をかけて真面目そうな顔をした少年で入江海斗という名前だった。
「この子は…ムツキのことが好きなの?」
ジーンは笑った。
「あぁ…そのようだな。今は友だちの一人だが…ちなみに彼は学級委員だよ。真面目で品行方正。今のムツキとは一見すると真逆にも見えるタイプだな…どこに接点があったのか」
ジーンは画面の少年を見て低く笑った。




