リツ&ガブリエルの場合 3
「わ!随分と可愛らしい怪談ですね!」
多田ひまりがフフッと笑う。ガブリエルは、でしょーと言いながら頷いた。厨房からもう一人のガブリエルが顔を出す。こちらは少し若い。
「日替わり定食二人分お待たせ!それが可愛らしい笑い事じゃ済まない話なんだよね。さっさと続き!」
「あー分かったよ」
社長からこちらにいるガブリエルの手に定食が渡されてジーンとリツの元に届く。二人は手を合わせて同時にいただきます、と言った。弥生がその様子をじっと見る。
「息ぴったり…この二人はさ、こういうとこ、さりげなーく見せつけてくるんだよねー。あーやだやだ」
ガブリエルは言いながら厨房に入ってビンのコーラを片手に戻ってきた。前にも飲んでいた気がする。
「ただ交換した覚えのないシールが混ざってる、で済めば可愛い話で良かったんだけど、それでは済まない事態に発展していてね。ムツキが手下を使って色々と調べた結果、原因はシールなんじゃないかというところまでは探れたんだけどさ…」
そこでガブリエルはコーラをグビグビと飲んだ。この勢いで顔色も変えずに一気飲みできるところが、尋常ではない。
「見覚えのないシールを持っていた子が、眠ったまま起きないんだ。呼吸は正常。ただずっと眠り続けてる。危ないからムツキには手を引けって言ったんだけど聞かなくてさ。学校側は因果関係を認めてはいないのに、とりあえずシール帳は禁止にしたんだよね。それでもこっそり持ってくる子がいるみたいでね。何人眠ったままなのか。ムツキのクラスにも病欠って言われて何日も来ない子が四人くらいいるみたい」
あれだけ飲んだのにガブリエルはゲップ一つしない。
「何も対策してない訳じゃないんだろう?」
ジーンの言葉にガブリエルは頷いた。
「まぁねー。試しに眠っている子を探ってみたら急激に身体の魔力量が減ってたんだよ…でも、子どもだから大人みたいに一気に注ぐ解消法が使えない。少しずつ魔力回復薬を投与してるみたいだけど、正直なところそれで目覚めるのかは微妙なラインかなーと」
そう言ってガブリエルは目の前にシールを並べた。
「ってことで、とりあえず魔力を溜められるシールを作っちゃいました!!」
「は?発想が斜め上だな。デザイン性はないが…機能重視か?」
ジーンは自慢げなガブリエルにやや呆れた顔をした。シールはただの透明の丸だ。
「だからさ、小学生が好きそうなデザインを誰か得意な人にお願いできないかと思ってさ…魔力を蓄積した状態になると透明じゃなくなる。その魔力によって色は変わるから」
「ふーん」
そう言いながらリツがシートを手に取ると、あっという間にシール全てがオパールのような虹色に染まった。
「わ!ほんとだ、吸い取られた!」
「おいおい、一個あたりけっこうな魔力量が溜められるのに全部に注いじゃって…平気か?」
今度はガブリエルに呆れた顔をされたリツが曖昧に頷く。少し前に車内で嫌というほどジーンから注がれたせいだとは言えない。
「まぁ…リツのこの色合いなら、丸だけでもシールとしては成立しそうだが…その見覚えのないシールはないのか?」
「あー実物はないんだけど、写真ならあるよ。これ」
ガブリエルがスマホの写真をスクロールして表示した。ポークソテーを口に頬張っていたリツはそのシールを見て吹き出しそうになる。何か種類のよく分からないがくりくりな目をした動物がこちらに向かって大きなおしりを突き出していた。やけにリアルなおしりが立体になっている。
「一部こんな風にスクイーズになってるシールの交換レートが高いんだよね。このシールは実物は全体で五センチくらいで大きいから、交換したなら忘れるハズはないし、でも誰も記憶がないから貰った子は最初はラッキーくらいに思ってたみたいだね。あとは唇の形みたいなのもあったらしいけど…それは写真がない…」
ジーンはじっとそれを見つめる。そして眉をひそめた。
「ひょっとして誰かが…シールを使って…子どもの魔力を集めているのか…?」
「やっぱりそう思うよね。僕もそれを疑ってる。だからもしシールを受け取って魔力を吸い取られても一気に魔力切れになって倒れないように、僕の魔力を込めたシールをムツキの身体に貼ってる。魔力が不足したら補充できるようにしたんだけどさ…活動してる時間に倒れたって話は聞かないから、シールの効果が現れるのは眠ってからなんじゃないかって疑ってる」
話を聞いていた社長はにこりと笑って振り返る。
「魔力を集めるなんて、魔力切れを起こす転生者が関わってそうな事件だよねぇ。面白そうじゃない。ジーン・フォスター、リツ・フォスターの二名は清葉学園附属小への潜入捜査に行って真相を究明せよ!」
「は!?社長!リツは妊娠しているんですよ!?」
「もう…妊婦の方は分裂でもして家で休ませておけばいいでしょ?君の忠実な部下がキスして魔力を補ってくれるだろうから、心配いらないよ。大佐もいるんだし。あーそうそう、神くんの同僚が遊びに来てるよ?そのうち会いにおいでよ。ミカエルとイオフィエル。遊びにって言うのは言い過ぎか。天界子作り計画…だっけ?」
「社長!話し過ぎですってば!」
リツは声を上げたが、もう諦めたのかジーンは黙ってポークソテーを食べていた。相変わらず旨い、とその表情で思っているのが分かる。
「えっ?ミカエルとイオフィエルが?子作り計画っていったい何の話?」
「社長、ざっくり説明をお願いします。リツ、とりあえず…目の前の食材に感謝して食べてから次のことは考えようか…」
「小学生って…私…普通の小学校じゃなくて札付き転生者だけを集めた学校にしか通ったことがないから…一般的な学校での過ごし方が分からないです…」
「あぁ…会社に戻ったら一般的な小学校の知識を二時間で詰め込む。大丈夫だ。私もいるからどうにでもなる。このシールは何シートかもらっていくよ」
「あ、あぁ…」
ガブリエルはちらりと社長を見る。社長は涼し気な顔で食後の珈琲を飲んでいた。
「あの…いつも、潜入捜査とか…やってるんですか?」
弥生が遠慮がちに尋ねて来たのでリツは頷いた。
「毎回ではないけど…前回は清葉学園の中等部に潜入してました…私は学生で…ジーンは養護教諭…」
「わーすごい!」
「いや…そんなすごいってこともないですけど…あ、附属の小学校ってことは、あの敷地内にあった学校か…うーん、性格の悪い天使の転生者とかがいないといいけど…」
リツはつぶやく。誰のことか分かったジーンはひそかにニヤリとした。
「ルイに嫌がらせしてた天使がいたよね。そういえば…ムツキくんって…何の転生者なの?前に会ったとき…気配が読みにくくて分からなかったんだけど…」
リツは首を傾げる。ガブリエルはあぁ、と苦笑した。
「あの手の転生者の子は気配を隠すよね。ムツキもからかわれたのがきっかけで無意識のうちに気配を読まれないようにしてたみたいでさ…ムツキはインキュバスだよ」
「奇遇だねぇ。今、会社の医務室にも拾ったインキュバスがいるじゃない。あーそうだ二人分テイクアウトお願いしたいんだけど、一人はガッツリ系でもう一人は…お腹に優しそうなもの…頼むわ」
ブエルが言う。どうやらマゴトとケイの昼にするようだ。
「費用は社長持ちで」
「えぇ!?ま、仕方ないか。新事業には投資も必要だからね。ねぇ、ムツキくんがインキュバスならさ、会社で開発中の新薬…子どもでも使える即効性の魔力回復薬の治験に協力してもらおうよ。それこそ、神くんのシールみたいなのを身体に貼って補充できるタイプのやつを量産できたら、役立つんじゃないかなぁ。今ってちんたら点滴してるんでしょ?子どもなんて長時間そんなことで拘束されたくない生き物なんだからさ…」
社長がニコニコ笑う。何も考えていないように能天気な笑い方をしながら、きっちり会社の利益になりそうなことには抜け目ない。
「つきましては、神くん、そのシールの製造方法については共同開発者として協力してもらえないかな?もちろん報酬は支払うよ」
元魔王と熾天使が何やらまともな取引とは到底思えない顔付きで真面目なビジネスの話を始めた。ジーンは自分が触れたシールの色を見る。夜になる直前の魔界の空のように濃いブルーと薄紫、桃色が入り混じった中にキラキラと光る星のような輝きが時折明滅していた。
「わー!ジーンの色もきれい」
リツがシールを光にかざして感嘆の声を上げた。




