リツ&ガブリエルの場合 2
リツはジーンと共に近場の魔力回復スペースを実際に見学する。モニターに清掃済みの表示があり、自動清掃と定期的な巡回が行われているのを知った。駐車場に停めた車に乗り込むとジーンは魔力で外からは見えない仕様に変更する。
「私たちには…あのスペースは必要ないな。この車の中でも魔力は補える…」
どこでスイッチが入ったのだろうと思ったら、リツのお腹の中で泡の弾けるような気配がした。
「あ…!」
リツがその気配に気を取られているうちに、ジーンの口付けが始まる。付き合い始めたばかりの頃よりも濃厚で長い口付けだった。お腹の子どもたちが父親の魔力を求めているのだと分かる。泡がはじける。
「…まだ欲しいのか?仕方ないな…」
ジーンは言いながらもどこか嬉しそうに唇を重ねてシートを倒す。少し窮屈な状態でリツはジーンの身体の上に乗せられた。口付けを交わしながらジーンの腕に抱きしめられる。ジーンの腕からも魔力が流れ込み、取り込んだ魔力は体内で神聖力に変わってお腹の子どもに届けられた。一部は魔力のまま流れるのを感じる。子どもたちそれぞれの好みなのだろう。
「ジーンは…銀の枝の元メンバーの面倒を見るつもり…?」
胸の上で抱かれたリツが小さな声を出す。
「トップのアリアがいなくなって…ここまで瓦解するとは読めていなかったんだ…だから行き場を無くして困っている者がいるなら、手を差し伸べようと思っただけだよ。それにケイはインキュバスのようだし…しかも、どうやら前世は精気を吸うのが苦手なインキュバスにしてはあるまじき落ちこぼれらしい…しばらくマゴトが魔力の吸い方を指導すると言っていたが…果たして本当に指導だけで済むのかは…マゴト次第だな。マゴトはあぁ見えてインキュバスやサキュバスと付き合いがある。後腐れのない間柄で毎回済ませているが…ケイはかなりマゴトのタイプの見た目をしていると思ってね…」
ジーンは言いながらリツを抱きしめる腕に力を込めた。リツはジーンの魔力の心地よさにうっかり目を閉じて眠ってしまいそうになる。慌てて目を開くとジーンの笑う気配が身体に振動となって伝わってきた。
「眠いなら寝てしまってもいいぞ。あと数分で昼だな。会社に車を戻してガブリエルの店に行こうか。リツのお姉さんにも会えるかもしれない」
「えっ?」
「三木弥生さんは、ランチタイムに仕事を手伝っているそうだよ。同じ空間にいた方が過ごしやすいんだろう。天使はお腹の子に悪魔のように魔力を注いだりはしないが、この淀んだ空気の世界で天使の子を育てるには、やはり神聖力が多く必要になるだろうから…ガブリエルの領域に長くいた方が安全なんだよ」
ジーンは再びリツの唇にキスをする。ジーンの唇から流れ込んでくる魔力はとても濃厚だ。リツはお腹の子が求めるままに魔力を無心になって飲み込んでいたことに気付いて慌てた。
「ジーン、大丈夫?」
「大丈夫だよ。この車自体も魔力を安定させる効果があるから問題ない。そんなに旨いか?」
「うん…子どもたちが…喜んでる…気がする」
「そうか。それは良かった」
ジーンは微笑んでリツと再び唇を重ねた。
***
会社の駐車場に車を戻して二人は徒歩でガブリエルの店へと向かう。いつものように喫茶楽園と書かれたプレートの下がった小さな木の扉からは想像もつかない、ゆったりした広さの店内にはすでに先客がいた。
「お疲れさまです」
そこには花咲楓と多田ひまり、向かいには宮森と武衛が座っていた。社長はカウンター席でガブリエルと何か話している。店の奥から若い女性が顔を出した。
「いらっしゃいませ!あ…!」
「あ…どうも…」
「こちらこそ…」
リツと弥生はお互いに緊張した面持ちになりペコリと頭を下げた。
「最初パッと見、暮林さんかと思ったよね。それにしては少し大人だなと思ったらお姉さんだったなんて、世間は狭いよねぇ…神くん、君も隅に置けないな」
いつの間にかやけに気安く喋るようになった社長をちらりと見てジーンは少し離れたテーブル席に座る。多田ひまりはどこまで知っているのだろう、とリツが思ったところで武衛が口を開いた。
「あー常務、多田さんにはこちらの事情は理解してもらっています。花咲さんの体調のことも含めて、部内にすぐフォローできる人がいた方がいいと思いましたから」
「そうか。多田さん、花咲さんのことを頼んだよ。本人はまだあまり自覚がないようだから、うかつに重いものを持ったりしない方がいいので十分に気をつけた方がいい。それと武衛先生も気を付けて下さいよ?多田さん、嫌な時はきちんと拒否して構わないからね。この先生は多田さんを相手にすると我を忘れるようだから…」
ジーンの言葉に多田ひまりは頷きながらも次第に恥ずかしそうな顔になった。こちらにまで情報が筒抜けだとは思っていなかったようだった。
「安心しろ。知ってるのはここにいるメンツくらいだ。ん?いや、違うか。瀬尾と成瀬にもバレてるか。どちらにしても把握してるのは悪魔だから気にしなくて大丈夫だ。自分たちにも不利になるような情報をベラベラ他の連中にまで喋ったりはしない。花咲さんのことだって打ち明けられるまで知らなかっただろ?」
「確かに…聞いてびっくりしました…いまだに宮森先輩は氷の王子で、そんな顔をして花咲先輩のこと見てるなんて言っても到底誰も信じないと思います」
多田の言葉に宮森は苦笑する。
「まったく…元々は社長の設定を忠実に再現していただけなんですけどね。おかしなあだ名が一人歩きして、僕が社員に蔑みの眼差しを向けると、皆がキャーキャー言って騒ぐ…僕は楓が愛おしい…それだけなのに」
さらりとのろけて目の前の伴侶に手を伸ばして触れた宮森を見ながらジーンは遠慮がちに話しているリツと弥生を見比べた。こうして見るとやはり姉妹の共通点はたくさんあった。どこかボーイッシュさも感じさせる整った顔立ちだ。黒目がちな瞳。色の白い肌。少し髪は弥生の方が長い。そしてその弥生のお腹にも天使の子が宿っていた。
「日替わり定食を頼むが、リツはどうする?」
「えっ?あ、じゃあ私も同じもので」
ボードに書かれた日替わり定食のポークソテーの字を見ながらリツも慌ててメニューを決める。注文を聞いていたガブリエルが、水を持ってやってきた。
「ま、姉妹で積もる話もあるでしょ、少し話してたら…って、リツ?なんか見ない間に神聖力がめちゃくちゃ増してるだろ。なんでだ!?」
「…お腹の中に天使と悪魔のハーフと…純粋な天使の子が入ってるから…って、言ってなかった?あ、そっか、あのときは一方的にそっちが話して切っちゃったから…」
「えぇ!?双子か?」
「厳密には違う…この話も何回も繰り返したから説明が面倒だ。時間差だな。ハーフの子が先だ」
ジーンが言って、弥生は驚いたようにリツのお腹を見た。服を着ている状態ではお互いにまだ分からない。けれども妹の身体からはガブリエルに少し似た気配が漂っていた。
「じゃあ…ひょっとして…同級生のママ友になれるってこと?あ、花咲さんも!?わーすごい!」
弥生は嬉しそうに微笑んでお腹に手を当てる。
「ねぇ…もしも、なんだけど、この先子どもが保育園とか幼稚園に通うようになったら…その格好はちょっとやんちゃ過ぎるでしょ…ムツキのときって…どうしてるの?」
リツの言葉にガブリエルは、わははと笑った。
「大丈夫だよ、そりゃ神力人のときは後ろに髪結んで銀縁の眼鏡かけてスーツ着てるから。ムツキってさーたまに呼び出されるんだよね。学校から。最近なんてムツキをボコろうとした奴らを片っ端からぶん投げて気絶させちゃってさー護身術学ばせない方が良かったかもね。あの子の貞操を心配して教えたんだけどさ。ルイ以外には触らせないって…それはそれでルイが聞いたら鳥肌立てそうな台詞吐いて、今じゃクラスどころか同学年の悪ガキ共はムツキの舎弟みたいになってんの。ヤバいよねー」
「…熾天使の教育はどうなっているんだ?イジメに遭わなくなったのはいいが、振り幅が極端過ぎるだろう…」
ジーンの言葉を聞きながらリツはガブリエルが髪を結んで銀縁の眼鏡をかけたところを想像する。無駄に整っている分たちが悪い。裏社会に精通していそうな見た目になる。
「あ、そうそう、それでさ、ちょっと清葉学園附属小で今なんか変な事件が起こってるんだよね。ムツキは男子だからあんまり関係ないっちゃ、ないと思ってたんだけど男子にも普及し始めててね。その一足先に小学生女子の間で流行ってたもの何だか知ってる?知らないよねぇ…?」
「あ、もしかしてシール帳じゃないですか?違いますか?上司がボヤいてて。今日こそ昼休みにショップに寄ってシールを買わなきゃって言ってたのを聞いたんですけど」
花咲が声を上げた。
「正解!さすが楓!」
「で?そのシール帳が…どうしたんだ?」
ジーンが不思議そうにシール帳をスマホで検索していた。リツもちらりと画面を見る。キラキラしていて立体のシールが多い。中には願いが叶う魔法のシールと書かれた液体入りの美しいものまで様々だ。バリエーションも豊富だった。
「学校の七不思議ってやつ?小学生って何年経っても好きだよねーこの手の話。その中に最近加わったのが…」
そこでガブリエルは声のトーンを落として、もったいぶって間を空けた。
「…いつの間にか誰とも交換した覚えのないシールが貼ってある…という怪談なんだよね」




