マゴト&ケイの場合 1
呼ばれたマゴトは小さく会釈してカーテンの中に入ってきた。相手の顔を見て慌てて目を逸らす。ケイは微笑んで言った。
「助けてくれて、ありがとうございました…今度こそ…本当に死んじゃうかもって…怖かったから…」
思い出したのかケイは震え出した。マゴトが困ったようにこちらを見るので、リツとジーンは部屋を出ようとした。
「しばらくついてやっていてくれ。彼のことは…マコトとでも呼んでいい。見たところ魔力の相性も悪くなさそうだ」
「えっ、あの、ちょっ…お待ち下さい…!!」
「これは上司命令だ。いいな?」
「えぇ!?は…はい」
上司命令だと言われてマゴトは逆らえなくなった。恐る恐るそっと相手の手に触れる。途端に自分の魔力が吸い取られるようにそちらに向かって流れるのが分かった。運んでいる間にも無意識のうちに流してしまった。確かに相性がいいと流やすいとは聞く。だがこれは少し度が過ぎている、そう思って相手を見ると、ケイは困ったような恥ずかしそうな顔をした。
「あの…もしかして…」
マゴトは思い当たった可能性を口にすべきか迷った。
「君は…サキュバスの…転生者…?」
マゴトの言葉にケイは慌てて首を横に振った。
「ちっ…違うんです…いえ、違ってないんですが、少し違うというか…私…転生前はインキュバスなんです…今はたまたま…女なんですけど…他の人に知られるの…恥ずかしいから…気配を隠してたんですけど、もう薬を買うお金もなくて…あ!」
そこでケイは一気に青ざめた。
「助けていただいたのに…私…治療費…払えません。なので…治ったら…身体で返しますから…傷だらけで醜くなってしまってるかもしれませんが…」
マゴトはこちらでここ最近はセラヴィ株式会社の社員のようなフリをして過ごしていたので、他の転生者たちの様子も見てきていた。だから彼女の申し出がおよそこの世界での通常の考え方として普及しているようには思えなかった。
「あの、まずは身体を治すことだけ考えて下さい。その後のことは上と相談して決めましょう…それに…簡単に身体で返すなどと言ってはいけません…」
ケイは不安そうな顔をした。途端に幼く見える。
「…呆れましたよね?すみません。私…勉強もしなかったし、これしか出来ることがないから…」
マゴトはまだ繋いでいた手から自ら魔力を流した。今はアルシエルが会社にいるからか、会社でも過ごしやすかった。ルシフェルだけのときよりも魔力が安定している。
「あの…前世の記憶、あるんですか?」
マゴトは気になったので聞いてみた。出会った頃の王妃が記憶をほとんど失っていたとアルシエルが言っていたからだった。ケイはしばらく沈黙した。
「あの…こんな話をしたら頭の打ちどころが悪かったと思われるかもしれないんですけど…私、悪魔に…抱かれたことがあるんです。多分、転生者じゃなくて本当の悪魔で…それで、そのときに記憶が…甦ったというか…おかしいですよね、こんなの。自分でも夢だったんじゃないかって…思ったくらいで」
マゴトは目の前のどこか色気のある女性を見つめた。握っていない方の手で思わず頬に触れる。
「…おかしくは、ないですよ。そういうことは時として起こります。前世の記憶を刺激する魔力…魔力の相性が良ければそうなります。恐らく私とあなたの魔力も相性が良い…だから、あなたは飲むように吸収する…」
ハッとしたようにケイは手を離そうとしたがマゴトは離さなかった。
「マコトさん…離して下さい…あまり触れていると…具合が…悪くなるかもしれませんよ?」
「大丈夫です。私は悪魔ですから」
マゴトが言うとケイは眉を寄せた。
「こんな時に、冗談言わないで下さい!」
「冗談に聞こえますか?でも、大丈夫なのは本当ですから、心配しないで下さい」
マゴトは言った。
***
マゴトはケイの魔力を満たすと眠らせてベッドから離れた。カーテンの仕切りの外に出ると、まだアルシエルとリツがいて、真面目な顔をしたブエルと話していた。
「…何か分かったのかな?その表情からすると」
アルシエルに聞かれて、マゴトは頷く。
「彼女は…インキュバスの転生者で…どうやら、過去に悪魔と接触しているようです。交わったときに前世の記憶を少し取り戻したようです」
「なるほど。リーか異世界の別の悪魔の仕業かは分からないが…悪魔と接点があった訳か。魔力回復スペースで今回のような異常事態が起こらない限りはマゴトは待機だから、今日は念のため、ケイについていてもらうことにしよう。魔力の相性も良さそうだ。相手が同意するならお前の魔力で上書きしてやってもいいぞ?」
「え…いや、そんなことを言われましても…」
マゴトは挙動不審になり、今は無難な黒に変えている短髪を掻いた。元々マゴトの髪は青みがかった黒でそこそこ長い。だが、この世界の男性に長髪の者は少なかったし、青みがかった色のままで歩いていたら視線が気になったので馴染むように少し変えていた。目立たないに越したことはない。顔付きも弱く見えない程度に元々の鋭さを少し減らした。一つ目のときの彼は三白眼ですこぶる目付きが悪かった。
「…魔界にいた頃はサキュバスたちともうまいことやっていたと聞いているが?ま、判断はお前に任せる。欲しがったら与えてやれ。恐らくケイは無意識のうちに強い悪魔の魔力に惹かれるのだろうな。相性が良いとインキュバスは身体の方が先に納得する。むしろ感情は後付けだ」
「それはそうですが…彼女は転生者ですし…」
マゴトの言葉にブエルがニヤリと笑う。
「別に君が躊躇するなら、私が与えてやってもいいよ?ただ…私にはひまりがいるからな…この世界では複数人と関係を持つと心象が悪くなるようだから、せいぜい抱きしめてあちこち撫で回しながら魔力を分け与える程度だな…」
マゴトはブエルがケイを抱きしめてそうしているところを想像し、どういう訳か、それはそれで面白くないと思った自分に驚いた。魔力を流してすんなりと受け取られたことで、マゴト自身がケイの影響を少し受けてしまったのかもしれない、と考えた。たかが転生者相手に不本意だと思う自分と、本来のインキュバスとしてのケイの力が一部覚醒しているせいだと納得しようとする自分がいて、マゴトは柄にもなくそわそわした。
「異世界に来て面白いのは悪魔たちの意外な一面が見られるところだな…マゴトもそうだが…ブエル、君もだ」
「私ですか?私は普段とそう変わりませんよ。生き物の身体を治すのはもはや趣味のようなものですからね」
ブエルは笑ってお茶を飲む。そして眉をしかめて苦そうな顔をした。ルシフェルから分けてもらった魔力の入ったお茶はとてつもなく苦かった。
「そっちの話じゃない。多田ひまりの方だよ。今回は随分とご執心じゃないか。任期が終わったらすぐに魔界に返せと念を押してきたくせに」
ジーン姿のアルシエルに言われたブエルはお茶の苦味で顔をしかめたまま、ふぅとため息をついた。
「私は今まで異世界には興味がなかったから、魔女の魔力がどんな味かなど知らなかったんですよ。少し味見をする程度で済ませるつもりが、それでは済まなくなった…まったく、自分でもどうかしているとは思っていますが…失礼を承知で言いますが、天使の力を飲み込んで平気でいる陛下に言われても…どうかしているのはお互い様なんじゃないでしょうかね…」
ブエルの言葉にジーンはハハッと笑った。笑いながらリツの肩を抱く。
「君もいつか愛する者が天使だった時には分かるさ。私にとってはフィランジェルでリツだから格別なんだ…」
盛大にのろけた相手にブエルは深いため息をついた。まったくこの世界の空気は悪魔すら自分らしくない方向に変えてしまう、彼はそう思った。だがそれはそれで今まで感じたことのない刺激を受けて、どこか楽しみな気持ちがあるのも否めなかった。どうかしている自分も悪くない、ブエルはそう思った。




