五十嵐警部&ラファエルの場合 1
その頃出社したアルシエルとリツはラウムとオセの働きによって休み中もほぼ滞りなく仕事が進み、残っているのは常務本人の決裁の必要なもののみになっていたことを知った。そして今、常務室には来客があって五十嵐警部と樋口巡査部長ことラファエルが来て談笑していた。ソファーの上でラファエルはリツを抱きしめて、しきりにお腹を撫でていた。
「本当ですね…すごい力が溢れてます…神聖力なんて…久々に聞きました。こっちじゃ魔力で一括りですから。あぁ…純度も高くて心地いい…とっても…」
目を閉じてリツにすり寄るラファエルの言葉に五十嵐警部は首をひねる。
「…シンセイリキ…?新しい消臭剤の一種か何かみたいだな」
「もう!ケイイチさんったら、神聖な力に対してなんてこと言うんですか!」
リツは二人の会話を聞きながら、それでも樋口巡査部長が相手の下の名前を呼んでいることに気付く。交際は順調のようだ。
「あの…双子…なんですか?」
樋口巡査部長の声にジーンが返答した。
「いや…厳密には時間差で仕込んでいるから違うな。一人目はリツの姿のときだったし…二人目は…天界の近くでフィランジェルとだったから…」
「…天界の近く…?そんなところで…?えっ?」
平然と言ったその言葉にラファエルはぽかんとして、五十嵐警部は更に苦虫を噛み潰したような顔になった。
「おいおい、色男。随分と楽しんでるねぇ…」
「新婚旅行を楽しまずに何を楽しめというんです?浮島がいつの間にか空高く上がってしまってね。ところで五十嵐警部の方こそいかがなんですか?確かパートナー契約を結んで…その後は…?」
「いや、俺の話は…いいだろ、別に」
五十嵐警部は照れたように咳払いをする。リツは美しい樋口巡査部長の顔を見上げた。
「ガブリエルがね、私の姉を妊娠させたみたいで…だから、元天使の樋口巡査部長も何か影響を受けてないかなって思っていたんだけど…」
途端にジーンがじっと樋口巡査部長のお腹の辺りを見つめたので、彼女はどこまで見られているのだろうかと思い少し動揺した。確かにパートナー契約を結んで警部とそういう仲になってから、魔力切れを起こすことはなくなり身体が楽になった。だから相性は悪くないのだと思う。
「なるほど、あの日少なくとも君の方は影響を受けたようだな…とすると、元勇者殿か。随分ときっちりした性格のようだ。いや、褒めているんですよ?ガブリエルのように妊娠させてから結婚するような性格ではない、その点については五十嵐警部の方が順序としては正しい…」
「いやぁ…全く褒められている気はしないが、これでも国家公務員なんでね。そういうことになったら大変なのは女性の方だってことは分かってるつもりですから」
五十嵐警部は思わずリツの顔を見た。まだ若い少し子どものようなこの華奢な身体に二人分の命が宿っているのだと思うと、とても信じられない気持ちでいっぱいになる。しかも一人は天使だと断言した。旦那が悪魔でも天使を産めるのかと、不思議な気分になる。不意にリツの姿が揺らいで警部の目の前に銀髪に青い髪の天使が現れた。立ち上がった天使は五十嵐警部を面白そうに見つめる。五十嵐警部は驚きのあまり固まっていた。
「えっ!?フィランジェル!?」
樋口巡査部長までが驚きの声を上げる。フィランジェルは女性とも男性ともつかない中性的な姿のままで少し膨らんだお腹をそっと撫でた。
「五十嵐警部もさ、もっと積極的に天使の繁殖計画に協力してくれないかな?ラファエルと早く結婚しちゃいなよ。そうしないとラファエルのことを狙ってる若いのが横槍入れてきて面倒なことになるよ?他の誰かに取られてもいいの?」
「えっ…その姿は…天使!?横槍…?」
フィランジェルの言葉にジーンは微笑むと頷いた。
「早く自分の妻だと主張しておかないと、ラファエルの力に吸い寄せられて勘違いをした輩が自分のものにしようとするあまり強硬手段に出るのは、どの世界でも起こることですよ?だから私は何でも早めに済ませることにしている…自分の正当な権利を主張するためにね」
ジーンは後ろからフィランジェルのお腹に手を回して撫でながら、もう片方の手でフィランジェルの顎を持ち上げた。ちらりと五十嵐警部の顔をみてから唇を重ねる。たっぷりと濃厚な口付けを終えるとジーンは微笑んで天使の顔を見つめた。見せつけられた五十嵐警部はまだ固まっていた。
「フィランジェル…またお腹の子らが父の魔力を求めているのか?」
「うん…そうだよ。よく分かったね」
「リツが我慢していると、最近はフィランジェルが求めてくるからな…二人いるのだから遠慮するなと言っているのに。あぁ…悪魔は子どもを育てるにも魔力を消費するんですよ。その子どもの力が大きければ大きいほどに。これでも私は最上級の遺伝子を用意して臨んだつもりですから…」
後半は五十嵐警部に向かって言うと、中性的な天使はジーンの胸元に頬を寄せて自らの手を彼の腰に回した。リツならそんなことはしないだろうと五十嵐警部は思って天使は別人格として存在しているのだろうかと考える。天使の方が随分と積極的だ。そう思って自分の契約パートナーのラファエルもそうだと思い至る。警部の方がラファエルに押され気味だった。
「お互いこうやって日常的に触れ合っていた方がラファエルももっと楽になると思うよ?記憶を取り戻し始めたら本来持っていた力も蘇るから、今よりも五十嵐警部の力が必要になるかもしれない。この会社は魔力切れに対応できるように、ちょっとした個室を各地に設けていて社員じゃなくても契約パートナーは先に登録しておけばいつでも使えるし公共施設にある個室よりきれいだから、万が一のときのために二人も帰りに名前を登録しておくといいよ。そうすればセラヴィのマークの入った各拠点にある個室はどこでも使える…あ、このパンフレットはリツが用意していたんだよ。登録してからQRコードをスマホで読み取れば、近くでどこが空いているかすぐ分かるから、車の中じゃ対応しきれない事態になった時にも有効」
五十嵐警部はパンフレットを渡された。
「ま、少し前から考えていた新規事業の一環です。個室にはセラヴィで開発した魔力回復薬のサンプルも置いていて、利用者が試せるようになっている。こちらは契約パートナーのデータを貰って解析により今後更に効果の高い魔力回復薬の製造に役立てる…もちろん未登録の方の緊急避難の場所としても時には機能しますが、悪いことを考える者もいるので今回は魔力回復薬のサンプルを盗むために入った者の対策を強化しました。個人データを入力しないと出られない仕組みになっています。それで、何人もストリートキッズが釣れてしまいました…五十嵐警部にご足労願ったのは他でもない、このストリートキッズに関する案件ですね。新事業担当の者から詳しい話を伝えます。入っていいよ」
ジーンの言葉に、失礼しますと言って常務室に入ってきたのはラウムである雨宮涼と、オセである瀬尾一星、そして成瀬恭也だった。




