ベルフェゴール&ミカエルの場合 1
大佐は数時間眠って目が覚めた。相変わらず美女の姿のままで無防備に眠るカイムを見下ろして頭を撫でる。ハルに対して少し苛ついていたカイム自身に全く同じ気持ちを抱えている自分に少し呆れながら、階下に降りようと部屋を出たところで、ミカエルに遭遇した。
「おや、奇遇だね。追い出されたの?」
「違うよ。あんたと一緒にするな。自分から出てきたんだよ」
「ふーん、ま、じゃあ軽く一杯どう?酒の置いてある場所は把握済みだし、その辺の引き出しに魔力回復薬もゴロゴロ転がってる…ここって外からの侵入は難しそうだけど、中にいる者にはとことん甘いよね…」
「…天使のくせに素行不良だな…」
言いながら悪魔と天使は連れ立ってリビングへと向かうと、オレンジ色の間接照明に照らされた中に複数の気配があった。
「じゃあ…こっちも素行不良って言うのかな?」
リビングにはストラスがいて膝の上にリツが座って抱きしめられていた。アルシエルの膝の上には少女姿のルイが乗っている。その光景に特に違和感も感じなかったベルフェゴールは、傍らのミカエルの妙な顔を見て、ようやくミカエルの疑問に気付いた。
「眠れない大人たちまで来てしまったな…」
アルシエルがルイのお腹に手を当てたまま笑った。アルシエルはゆっくりとルイのお腹に魔力を注ぐ。ルイが小さな笑い声を立てた。
「…これ、どういう状況?って、聞いていいのかな?」
ミカエルは首を傾げながらも、テーブルの上にラム酒を見つけてグラスを取りに行く。ちゃんと二人分持ってきて、注いだ片方をベルフェゴールに渡す。
「ま、とりあえず異世界に乾杯!」
よく分からないままに乾杯してミカエルはラム酒を飲んだ。恐らく上質な酒なのだろうと思うが、細かい分析は苦手だった。
「はー大した仕事もしないで飲む酒は最高だね」
ミカエルは悪びれもせずにそう言って笑う。
「あー今やってるのは、お互いのお腹の子に夫以外の悪魔の魔力にも触れさせて慣らすための、言ってみれば魔界の子育て方ですね。腹の中にいるときからすでに父親として自分の子どもに認識させるのと、他の悪魔の子に対しては父親じゃないが困ったときには頼れる存在であるって意味を知らせておく…そんなとこです。頼れる悪魔がたくさんいる方が子どもも腹の中で安心できる…精神的にも強い子に育てるための儀式です」
ストラスがミカエルに説明をした。
「へぇ…じゃあ私がフィランジェルにするのはどうかな?」
「えっ?」
ストラスの膝の上にいたリツは、興味のないものにはとことん無知な天使の上司を見つめて、驚いて顔を上げた。なぜそこには興味を示すのかと思う。お茶の一杯もまともに淹れられないくせに。
「あぁ…天使の力ならすぐに取り込めて今のリツなら楽かもしれないな」
アルシエルまで同意したので、彼の精神疾患を知っているベルフェゴールは不審そうに思わずその顔を見てしまった。
「…この程度なら別に平気だよ。慣れた。それよりも大佐の方が何やら厄介なことになっているんじゃないのか?カイムの魔力をあまり感じない…魔力回復薬を使ったのか?」
指摘されたベルフェゴールは仕方なく頷いた。アルシエルは魔力の気配に鋭い。すぐにバレるだろうとは分かっていた。
「…君に開示すべきか迷っていたが、その様子だとカイムの経歴を知っておいた方がいいのかもしれないな。王宮で雇用が決まる以前の記録だ。犯罪歴はないよ。ただし性犯罪に巻き込まれた回数が他の悪魔よりも多い。その様子だと何か聞いたな」
アルシエルは中空にカイムの経歴を呼び出して大佐の前に表示した。ミカエルには見えない。ただそれを目にした隣の悪魔が一気に酒をあおったところを見ると、腹立たしい内容が多いのだろうと傍らの天使にも予測はついた。
「カイムは…一見すると真面目に働く悪魔だ。目立った奇行もないし、大佐に気に入られるくらいの仕事はこなせる。だが…ま、後は語らずとも分かるだろう。手強いよ?愛に自由奔放だったリリスよりも攻略は難しいかもしれない」
不意にストラスの膝の上からリツが立ち上がると、うーんと伸びをしてその瞬間にフィランジェルの姿になった。そのままテーブルを回ってミカエルの膝の上に座る。流れる銀の髪に青い瞳の天使がミカエルを見下ろして微笑んだ。
「ミカエル上官、お酒なんて飲めたんですね」
「私を何だと思ってるの?飲めるよ。むしろ好きだよ?」
「ふーん。本当に?上官の言う好きって概念は嫌いじゃないと同等だったような気がするから、当てにならないな。本当に自分の好きな物…分かってますか?」
そう言われるとミカエルは急に自信がなくなった。好きと嫌いではないの違いは何か。フィランジェルはミカエルの肩に手を回して、隣のベルフェゴールの顔を見た。天使の姿で見つめられると途端に大佐は落ち着かない気持ちになった。フィランジェルはクスリと笑う。
「しばらくカイムを抱くのはお預けになりそうだね。大佐って面白いね。グイグイ行きそうなのに、話を聞いたら抱けなくなっちゃうなんて…リツを見つけた頃のアルシエルみたいで悪魔らしくないよ。むしろカイムはもう腹を括っちゃったからウェルカム状態だったのにね。さっさと自分のものにしておかないと、ハルに盗られるよ?」
「フィランジェル…気配を探ったからって、大佐に言うんじゃない。彼は案外細かいことを気にするタイプなんだ」
アルシエルが言うのでストラスまでが苦笑する。
「いや、まぁ分からなくもないですよ。逆に腹を括られてどこからでもどーぞと差し出されたら躊躇する…」
「僕はそんな風じゃなかったと思うけど」
アルシエルにお腹を撫でられていたルイが首を傾げた。
「ルイだってやり方は違うけど誘惑しまくってたじゃないか。大差ない」
ストラスが立ち上がって冷凍庫を開ける。
「アイス食いたい奴は挙手」
見事に全員の手が挙がってストラスは笑いながらアイスとスプーンを持って戻ってくる。
「…甘い物食いながら酒も飲める口なんですか?」
うっかりつられて手を挙げたベルフェゴールが尋ねると、アルシエルは笑った。
「それぞれが旨ければ別に何だって合わせられる」
「わーどれにしようかな」
子どものようにミカエルが目を輝かせる。
「天界もアイスを輸入したらいいじゃない。魔界のアイスもなかなか美味しかったよ。昆虫の卵で作られてたけど」
フィランジェルが笑う。ストラスはチョコレートアイスにラム酒を垂らしていた。それを見たベルフェゴールが真似をする。
「あーうまいな」
「だろ?」
フィランジェルはミカエルの膝から降りてアルシエルの隣に座った。ルイもストラスの隣に戻るとリツよりも膨らんだお腹を撫でた。
「あーもう半分の僕は明日から学校かぁ。ねぇ大佐、カイのことで僕に頼んでおきたいことがあるなら、学年は違うけどフォローするから遠慮なく言ってね」
「あ、あぁ…。中等部であんなことがあったと知ってたら中学に入れるんじゃなかったかな、とちょっと思ったな。おかしな性癖の教師がいないといいが…中等部時代にカイムに手を出した悪魔がいたのが、カイムがこうなった原因のような気もしてるんだ。あーやっぱりもっと不細工な顔に変えておくんだったな。あれじゃ飾っておきたいような美少年じゃないか」
アイスを食べながら大佐が悶々としている。
「カイって、ちょっとミステリアスな美少年っていうかどこか陰があるから、気になっちゃう人はいるかもね。僕を見ても変な反応をする教師はとりあえずいないけど、どうだろうなぁ…」
「ルイ…自分を犠牲にして特殊性癖な奴を割り出そうとするのは止めろよ?今は半分なんだからな?いくら自分の精霊だった頃の力の大きさに気付いたからって、過信するなよ?」
ストラスが釘を刺す。
「だって僕って今学校では、男女問わずモテモテだからさ。とりあえずハルは義理の妹だから手を出すなって牽制はできるけど、カイはどうしようかなぁ?あ、そっか。僕の義理の姉の弟ってポジションなのか。よくよく考えたら。カイに変なことしようとしたら姉の旦那が激怒する…とりあえずはそのくらいでなんとかなるのかな…」
ルイはバニラアイスを口に入れていたずらな瞳で笑う。
「それにさ、僕はロウソクの炎じゃなくて火山の炎だったんだよ。半分になってたって今ならその気になれば学校一つくらい簡単に燃やせるって分かっちゃった」
「おいおい、止めろよ?校舎を全焼させたら、隠蔽工作がとてつもなく面倒なことになる。頼むから大人しくしてろ。胎教に悪いことはするな」
ストラスの言葉に大佐はルイを思わず二度見した。火山の炎?一見するとそんな風には見えないのにルイの中には確かに炎が燃えている。ストラスの近くにいると、その炎はより一層燃え上がるように見えた。
「あーカイムに足りないものがなんなのか…分かったかもしれない…」
大佐はつぶやいた。
「燃え上がる炎のような熱だな…カイムは冷めすぎているんだ…」




