宮森&花咲の場合 4
その後ストラスは暮林ハルの父親になり遡って学校に連絡をした。ハルの気が変わらないうちに明日から登校させる為だった。カイ・フォスターの転入手続きも同時に行うのにジーンは養父の立場でカイになった黒髪に美しい瞳の美少年を連れて学校へと足を運んだ。リツも一応は養母なので同行していたが現状の設定ではジーンとの年齢差の方が大きかったので、対応した教師はすっかり挙動不審になっていた。ハルはとても緊張しているようだったが、カイが手を握ると少しホッとした表情をした。帰りの車の中でもハルはカイと隣り合って座っていた。カイはアルシエルの指示通りにひっそりとハルに好意を抱かせる魔力を使っていた。あまり褒められた行いではないが、最初に好意を示したのはハルの方だった。同じように酷い目に遭った仲間だとハル自身が認識した為だ。その好意にほんの少しカイムの魔力を上乗せさただけで予想以上の効果が発揮された。
「…二人とも同じクラスになれそうだし良かったな」
運転しながらストラスが笑う。ほんの少し時間を遡って、元々転校予定だった生徒の親の人事異動も早めて空きを作った。元々一年二組は生徒の人数が少しだけ一組よりも少なかったので、そこにハルとカイが転入することになった。そんなことを知る由もないハルはカイに無邪気に魔界の様子を質問していた。途中で制服を扱っている店に寄って二人の制服を購入する。ジーンとカイの流暢な日本語に店員が目を丸くしていた。帰宅するとリビングに社長と宮森、それに花咲がいた。昼休みに最短経路を通って戻ってきたようだった。
「おかえりなさい!」
花咲はリツに足早に近付いてくると抱きしめて、それから妙な顔をした。
「リツ…気配が何だか不思議…でも…落ち着く…」
社長はわずかに目を見張りジーンの顔を見た。
「社長…報告することがありますよね?私はすでに伝えたかと思いますが、既読スルーで一向に返信がないので何かに腹を立てているのかと勘繰ってしまいましたが」
ジーンの冷たい言葉に社長は気まずそうな顔をして俯いた。
「いや…だって…君たちに影響されたみたいで恥ずかしくってさ…イチカはまだ十六歳だから…気を付けていたつもりだったんだよ。なのに…」
社長は髪を掻きむしる。
「社長…この際、イチカの年齢のことはとりあえず横に置いておきましょう。それよりもイチカが不安に思っていることの方が私は問題だと思いますよ?もっと喜んでいると伝えないと、望まない妊娠だったと思ってしまう…イチカがどうやって今まで食いつないできたか知らない訳でもないのに…悪魔の母体は精神面の不調が魔力にも影響を与えやすい…こちらの世界では特に顕著に出ます。だから恐らくイチカは具合が良くないんです。今すぐに行ってその辺りも含めて安心させてあげないと」
社長はハッとしたように顔を上げると慌ててリビングから出てゆく。そしてすれ違いざまにつぶやいた。
「ありがとう。だけど…あいつまで連れてくるなんて聞いてないよ」
「…大佐のことですか?既読スルーから未読スルーになった辺りに連絡を入れていたかと思いますが…」
社長は急いでスマホを取り出してチッと舌打ちをした。本当だ。見逃していた。ジーンは余裕の笑みを浮かべる。
「私は何も隠し事はしていませんよ。むしろ隠し事が多いのは社長の方でしょう…」
社長は物言いたげな顔をしたが、イチカの方が先だと思い直した様子でバタバタと部屋を出てゆく。社長が消えたところで、ジーンは改まった様子で宮森と花咲に向き直った。
「な…なんですか?」
「…やれやれ…二人とも無自覚か?君もそうだな。宮森…いや、ハウラス…我々に影響されたな…」
「えっ…!?まさか…」
ストラスの方が先に気付いた様子で慌てて花咲の腹部を凝視する。ストラスは目を丸くした。
「あーほんとだ。また妊婦が増えましたね。ベレトもでしょう?ま、あっちは夢の中で俺がちょっと余計なことを言っちゃいましたから、俺のせいでもあるんですが…そうか、こっちもか…」
ストラスの言葉に一番慌てたのは花咲だった。
「えっ!?そんなまさか…だって、女性の姿になったのは夢の中だけだし…そんなはずありません!だいたいこの身体は男なんですから、生理だってないのにそんな訳ないです」
ジーンは、やや気の毒そうな表情で花咲を見る。
「いいかい?悪魔の紡ぐ夢は現実とも繋がっているんだ。そうでないならどうして感覚までがリアルだと思う?だからたとえ君が気紛れに女性の姿になってハウラスと交わったのが夢の中での出来事だけだったとしても、ハウラスが避妊していなかったらそういう可能性はじゅうぶんにある…ハウラス、どうなんだ?さすがに身に覚えくらいはあるだろう?」
「……!!」
宮森は話の途中からすっかり青くなっていたが、最終的には赤くなって小さく頷いた。あの日は確かにみんなどこか様子がおかしかったのだ。料理に媚薬でも盛られたのかと思うほど歯止めの利かない日があったのは事実だった。
「この際だからはっきりさせておこうか。二人とも、夢の中で何の姿になった?」
「…悪魔の姿になりました…その…豹になったので…楓もつられたのか…同じく雌豹に変わって…後は仰る通りです。記憶が飛びそうでした…あの日は二人とも本当にどうかしていたとしか思えないくらいに理性を失ってました…」
宮森はついに白状した。そのときに自分の噛んだ歯型がまだ楓の肩と首の下に残っている。力加減も出来なかったから、酷い目に遭わせてしまったと翌日になってから傷跡を見た宮森は激しく後悔した。
「そうか、豹なら決定的だな。ベレトには説明したからあの子は分かっていたとは思うが、君たちに言っておかなかった私の責任かな。ハウラスは分かっていたと思っていたが認識が甘かったようだ。猫科は交尾排卵動物だから生理はないんだよ?だから刺激を与えられたら妊娠可能になる。ハウラスは魔界では猫科の女性とは経験がなかったのか…」
宮森はとうとう顔を覆って座り込んでしまった。彼の言うことが全て当たっている上に、現実の楓の身体が男性だから問題はないだろうと、どこかで気が緩んでいたのも事実だった。うかつだった。これでは秋村と大差ない。それらを全て見抜かれたようで、穴があったら入りたいとはまさにこのことだと宮森は思った。
「楓…ごめんなさい…責任を取らせて下さい」
そのまま宮森は土下座をした。一方で花咲の方は自分の身体に何の異変もないので言われてもなお半信半疑だった。
「…異世界では、処女懐胎と言って性行為なしに神の子を身籠るという説が神聖なものとして語り伝えられているが、実のところ、このトリックは夢の領域での交わりが現実にも影響を及ぼしたに過ぎない話なのだよ。神であろうが悪魔であろうが…力が強ければ可能だ。ま、いずれにしてもめでたいことじゃないか。だが、問題は花咲楓の戸籍が男性で、この世界ではいくら手術で身体を変えても男性は妊娠まではできないという点だな。お腹の大きさが目立つ前に長期療養で休むか退職するかしないとまずい…それに今の君の魔力量で妊婦とそうでない君との二人に分裂するのはリスクが高いから勧められない。ちなみに魔界の猫科の女性の妊娠期間は概ね六ヶ月程度だ。人より少し早いから腹が膨らむ速度も早いだろうな」
具体的な話をされて、花咲はいよいよこれが冗談でも何でもなく自分の身に起こったことなのだと理解し始めた。
「私…ほんとに妊娠…してるんだ…」
花咲は何の兆候もないお腹に手を当てる。宮森は不安そうな顔のまま立ち上がるとその手に自分の手を重ねた。
「楓、僕の子を…産んでくれますか?」
花咲は頷いた。
「当たり前です。産まない選択なんて元々ありませんから」
宮森を見上げると、彼は微笑んで抱きしめた。
「ありがとう、楓…」
宮森がつぶやく。
「…魔界から医療器具一式を持ってきているから、そのうちお腹の子を確認しよう。私もストラスも産婦人科医の資格も取得しているから問題はないよ。先ほども話したが不安に思うと身体にも良くない。後はこちらでサポートするから、無理のない範囲で日常生活を送るといい。当たり前だが飲酒及び喫煙は厳禁だが、その辺りも問題ないだろう?魔界からノンカフェインの珈琲を大量に買い込んできたから、珈琲が飲みたかったらそちらを飲むといい」
「僕もリツも妊婦だから、魔界から食品はたくさん買い込んできたんだよね。それにホラ、僕も元々は男だからさ。今はすでに、お腹がもう出始めてるけど」
ルイが笑ったので花咲はホッとした。そうだ、ここにいるのはみんな妊婦なのだと思ったら妊娠したと分かった瞬間に感じた不安が軽減されるのが分かった。それに自分と同じで元々は男性の身体のルイまでいる。この状況で一人ではないことに花咲は感謝して、同時に安堵した。




