新婚旅行の場合 47
ストラスは王宮に戻ってエストリエの寝室にいた。ベッドの中でエストリエを抱きしめて少しずつ慎重に魔力を流す。エストリエは点滴の輸液バッグを見上げてため息をついた。
「ルイがこんなときに私まで…本当に嫌になっちゃうわ。私はそろそろ大丈夫だから、ルイのところに戻ってあげて」
「ルイには陛下とリツさんがついていてくれているから今は大丈夫なんだよ…エストリエは無理をするな。それにしても…どうして俺の魔力は…相手を苦しめてしまうんだろうな…」
ストラスはどこか自嘲的にそう言ってエストリエの髪を撫でた。エストリエはストラスの肩に額を当てる。
「ルイは…ケビンまで妊娠してしまったから…焦ったんだと思うわ…それにいつものあなたなら、自分の魔力量を見誤るはずがないでしょ?だいたい…私のときだってそんなに突然魔力量が上がることだってなかったのよ?ルイとの間に想定外の何かが起こったのよ…」
想定外の何か…ストラスが考え込んでいると不意に枕元のタブレットが光った。片手で取るとビデオ通話の画面だった。
「あぁ、ストラス…ごめん、取り込み中だった?」
「王子…大丈夫ですよ。魔力を流していただけなんで…」
「えぇと…エストリエさん?こんにちは、遠く離れたエテルネル王国の王子のレイです。隣は妻のジュディス」
「……!?ジュディス?」
聞き覚えのある名前だとエストリエは思ってハッとする。
「あ!リツの魔法陣の!!」
「あぁ…そう。うん、やっぱり第一夫人も美人だなぁ。ストラスは面食いなのか?」
ジュディスに真顔でとわれてストラスは返答に窮する。
「…それは…あなたには言われたくないですよ…」
「うん?私は選んだ訳じゃない。選んだのはレイだよ?合意はしたけど」
「あ…そうなんですか?これは失礼しました。で、何かありましたか?」
ストラスの言葉にレイは頷くと言った。
「よく聞いて。前にストラスに飲んでもらった蔦の種…エテルネルと魔界を繋ぐのに利用したけれど、僕らが利用しているのは氷山の一角みたいなもので、使っているのが一番上の方だとすると、そのネットワークは下の方に下るにつれてもっと複雑になり細分化しているんだ」
「はぁ…なるほど」
「簡単に言うと、ルイの意識はその下の方に入り込んでしまった可能性が高い。私とレイも蔦を出して捜索していて、蔦持ちにも協力してもらっているんだけど、ストラスも自分の蔦を釣り糸みたいに出来る限り長く伸ばして夢の領域を探ってほしいんだ。ルイはストラスの蔦に一番反応するはずだから…ルイが精霊の転生者だとは知らなかったからさ。この蔦は精霊を引き寄せる。ストラスの蔦に魅力されたルイが覗き込んで転がり落ちたと考えるのが妥当なんだろうな…問題はその一番底には女神がいるんだ。便宜上女神と呼んでいるけど…悪魔よりもよほど貪欲な本能の塊のような存在が潜んでいる。よそ者が転がり落ちて、それを返して欲しいと望めば必ず代償を求められる…」
ジュディスが続けた。
「…それはまた…随分と物騒な存在ですね。女神は…敵に回して戦うとまずいんですよね?」
ストラスが言うとジュディスとレイは微妙な表情になる。
「困ったことにその女神はこの世界の別の脅威からの抑止力になっているんだ。ストラスが女神を敵に回して戦ったらこの世界の均衡が崩れるし、私もレイももしかしたら死ぬかもしれない…私たちの蔦は女神に連なっている…レイの命はそもそもがこの蔦を使って私が繋ぎ止めたものだから…だから戦うのはあまりお勧めしないし、多分勝てないと思う」
「そんな訳で、今できる最低限のことをしておくね」
レイが言うと画面の中から蔦が伸びてきた。エストリエはさすがにギョッとした表情になる。長年時空管理官をしていたがこんな光景を見るのは初めてだった。
「私の印をストラスにつけておくよ?ルイが万が一ストラスの蔦に引っかかったら多分釣り上げるどころかストラスごと女神の領域に引きずり込まれる可能性が高いんだ。そうなった時に追跡できるように…何だっけ…そうそうこれはGPSの代わり」
ジュディスはストラスのおでこに蔦で触れた。緻密な魔法陣が現れる。ストラスほどの悪魔に気軽に魔法陣を刻めるのは、陛下くらいだと思っていたエストリエは薄紫の美しい魔法陣に見惚れつつも、少し怖くなった。
「エストリエ、ごめんね。必ず二人とも戻す努力はしたいんだけど、どちらか一方しか戻せない場合は…ストラスを優先するよ?ルイは戻れても時間がかかるかもしれないし…形も変わるかも…」
「え…形が変わる!?それって…」
エストリエはギョッとする。
「私もね、ぱっと見は分からないだろうけど、角が生えたよ?まぁ、例えば尻尾が生えたり、鱗が出たり…どんな影響が出るのかは個々によって違うから分からない。レイは髪の一部が薄桃色になった程度で済んだけどね。でも、姿形の変化よりも女神が一番望みそうなものをルイが持っているのが困るんだよ。ストラスはお腹の子を女神に要求されたら渡す?ルイの命と引き換えにって言われた場合…」
「えっ…そんな…どちらか一方なんて…無理ですよ…俺は選べない!」
ジュディスは困ったようにため息をついた。
「どちらかを選ばないと、最悪ストラスが自分の命で代償を払わなきゃならなくなるかもしれない。私はそれは嫌だよ。女神が何を望むかは想像し得る範疇で言っているけれど、そのくらいのことは要求される可能性があるってことなんだ。十分に考えて…」
ストラスは押し黙る。
「ま、一応僕も差し出せる物は考えたよ。ジュディスと交換した片目、それと一度受け取った始祖の血…あぁ、薄桃色の髪のことね。あとは手持ちの蔦の何本か…」
レイが言った。ジュディスも口を開く。
「私もこの目と手持ちの蔦と角。はっきり言って角は返したいんだ。開放したら周りの雄が発情して群がってくる…最悪だろう。でもこちらの不要なものは向こうも受け取らない。対価の報酬が必要になる…だから最悪の場合も想定して、受精卵も用意することにしたよ。元はと言えばレイが気軽に渡した種が発端だ。私とレイの子は女神の領域で育っても問題はない…ルイとストラスの子よりも順応しやすいはずだから…」
「待って下さい!それは…いけません!!」
ストラスは青ざめた。
「選べる選択肢を増やすだけだよ。こういうときレイの始祖の血と私の角は役に立つんだ。すぐに子どもができる…悪魔のストラスたちとその辺は大差ないな」
ジュディスはニッと笑った。
「じゃ、少しの間通信しないけど、終わったらまた捜索を開始するから、ストラスはその間、蔦を伸ばす練習をしておいて」
そう言ってビデオ通話は終わる。
「な…」
「ストラス…今の話って…」
エストリエはあまりの情報量に頭がついていかなかった。エストリエは沈黙の後に口を開く。
「…ストラス…こんなときなのに…私は自分のお腹の子を差し出すって…言えなかったわ…」
エストリエの表情を見てストラスは頭を撫でた。
「エストリエはそんなことを考えなくていいんだよ。俺がもう少しルイを待たせて、完璧な状態で抱けばそもそもこんなことにはならなかったんだよ。俺の責任だ。王子は優しいからそんなことは言わないけどな」
ストラスは手のひらを見つめながらそう言った。身体の中にある蔦を意識する。伸びろ。ストラスは念じた。




