新婚旅行の場合 18
歩いている途中で眠ってしまったケビンをアルシエルは宣言通りに寝室へと運び込んだ。ただし、いつもよりも豪華な寝室を選んだ。彼はある種の予感がしていた。先に夢の領域で慣らしてから、いずれはダンタリオン本人が訪れる、そう感じていた。ルイが夢の領域に入ろうとしたので、アルシエルはそれを止めた。
「止めておいた方がいい。ダンタリオンは他者の介入を嫌う」
「分かった…」
どこか落ち着かない様子のルイの頭をストラスが撫でる。
「大丈夫だよ。別に酷いことをされる訳ではない。むしろ…」
言いかけたストラスはベッドの上のケビンが身体をくねらせて妙な呼吸を始めたことに気付き、レイの手を引いて寝室から出た。アルシエルはそのまま残って少し様子を見ていた。ケビンは眠っている。そしてダンタリオンはケビンの意識に入り込んで誘惑していた。アルシエルはしばらく様子を窺っていたが、やがて静かに部屋を出る。
「ケビンは大丈夫?」
リツに聞かれたアルシエルは頷いた。
「そのうちダンタリオン本人がやってくるだろう」
「えっ?分かるの?」
「単なる勘だ」
アルシエルは微笑んでリツの腰に手を回した。
***
一方でケビンは夢の中で、ダンタリオンの濃厚な口付けに翻弄されていた。身体中に口付けされて、ダンタリオンは合間合間に愛を囁く。そうしてケビンが頷くのを待っていた。
(いつになったら…その唇で愛を囁き返してくれるのかな?)
(…っ…俺はっ…!)
ケビンは夢の中にも関わらず、相手の催淫成分は効果があるのかと、ゾクゾクしながらも必死に抵抗しようとしていた。ダンタリオンは再び唇を重ねてくる。息をしようとして口を開けた隙に相手の舌が入り込みケビンはとうとう思考が停止した。
(無理だ…こんなの…)
すでに身体のあちこちが疼いて仕方ないのに、彼はただキスを繰り返すだけだった。本当にケビンが同意しないとそれ以上奪うつもりはないのだと、絶妙なところで線を引かれて弄ばれているケビンは、唇が離れた隙にとうとう禁断の言葉を口にしてしまった。
(分かった…分かったから…降参…!)
ダンタリオンはケビンを見下ろして満足気に微笑んだ。
(降参?それは、私の愛を受け入れるという意味と捉えていいのかな?)
(そうだよ…受け入れる…)
(君は私の子を産んでくれるのかい?)
(あぁ…女になれたらの…話だけど)
(では早速そちらに向かうとしよう)
ダンタリオンはそう言うと夢の中から去ってゆく。ケビンは辺りを見回そうとして、唐突にそこで目が覚めた。慌てて起き上がると遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。
「ケビン…起きた?」
ルイの声がする。
「ケビンが目覚めたら、この子の能力をコピーしろって…」
部屋に入ってきたルイの肩にはフルミリエに少し似た生き物が乗っていた。
「どういうこと…?」
「魔界では珍しい種類みたいなんだけど…ダンタリオンさんの使い魔が届けに来て…要するに月の満ち欠けによって性別を変えられる能力があるみたい…今日は満月なんだよ…だから女性になれるって…」
「あーそれでコピーか…傷つけて貰えばいいの?」
「ううん、大丈夫。ケビンの血を飲むように指示してるって…いいよ?」
そう言うと、ルイの肩に乗った生き物は羽ばたいて飛んできた。そして、あっさりとケビンの首に噛みついた。
「…っ!痛…くない…えっ?何なんだよ?ヤバい…気持ちいい…」
ケビンは途端にとろんとした目付きになる。少しの間ケビンから血を吸った生き物は、ケビンから離れてルイの肩に乗った。
「お前…なんで…懐かれてんの…?」
「…あー多分…僕は元々は男だけど今は女の子だから性別を変えたって意味での仲間意識なのかな。ケビン…あのさ…女の子になったら…僕、少し前に生理が来ちゃったんだよ…びっくりした…ちょっとお腹も痛いし…魔界の薬がなかったら今頃寝込んでたかも…リツが辛いって言ってたのをまさに体感してるとこでさ…」
キュルルとその生き物はルイの肩の上で鳴いた。ルイを慰めるかのように身体をこすりつける。ケビンは少し白いルイの顔を見つめた。
「はぁ?マジで?あーそりゃ、そうか…え?ってことは俺もそうなるのかよ?マジか…?ヤバいな…返事…しちゃったんだよ…ダンタリオンに…」
「…そんなことだろうって思ったよ?アルシエルは、多分ケビンがイエスと言うまでは目覚めないって言ってたからさ…同意したんだろうなって…」
「ルイ…悪い…俺の方が先に妊婦になりそうな気がしてきた…」
「うん…ま、頑張って?それしか僕は言えないよ?初めては…思ったよりもキツかったし…」
「あーあ、やっぱり早まったかな…でも、ルイに俺の子を産んで欲しいって気持ちも本当だからな?」
「うん、それは分かってるつもりだよ?それに国王陛下の友だちだもん、そう簡単に諦めるような悪魔じゃないと思うし、ロックオンされたら絶対に逃れられないんじゃない?リツが逃げられたと思う?」
ケビンは首を横に振った。仮に逃げたとしてもこの世の果てまでも追いかけるに違いない。ドアの外の方で何やら声が聞こえた。ルイは振り返って言った。
「噂をすればなんとやら…だね。到着したんじゃないかな?」
「アルシエルよりもせっかちなんじゃないのか?」
ケビンは諦めたようにため息をついて、どこか恥ずかしそうに顔を覆った。
***
早速王宮を訪ねてきた友を出迎えてアルシエルはダンタリオンを寝室に案内しているところだった。
「やれやれ、私ではなく本当にケビンに会いに来るとはね」
「善は急げというのはどこの異世界のことわざだったかな?奪われる前に奪え。悪魔の常套句より、そちらの方が言い方が柔らかいな…だが今すぐにでも奪いたかったから訪ねてきたんだ。それに心変わりをされても困る。次の満月までの間に…そうならない保証はないだろう?」
「そこまで気に入るとはね。偶然彼を拾ったストラスとルイに感謝するといい」
「あぁ、感謝してもしきれないよ…それは本心だ」
ダンタリオンは部屋のドアをノックする。入れ違いに出てきたルイが一礼をした。
「あの、ケビンは血を飲まれたので多分準備は…出来ていると思います…心の準備が追いついているのかは…分かりかねますけど…」
ダンタリオンの使い魔は部屋の外で待っていた。ルイの肩に乗った生き物は、その使い魔の肩に羽ばたいて乗った。キュルルと先ほどよりも甘い声で鳴く。何となくその親密な様子から二人はひょっとして夫婦なのではないかとルイは思った。ルイが頭を下げると彼は微笑んだ。
「君も女の子になったばかりなのですか?まだ慣れないでしょう?ストラス補佐官の第二夫人の座を射止めるとは、大勢の女悪魔を敵に回しましたよ?補佐官の牽制の魔力が強くて誰も近寄れないようですが…」
そこで彼は慌てて口を閉じた。アルシエルが面白そうに彼の顔を見ていたせいだった。
「ルイはストラスのところに戻るといい。あまり顔色も良くないな。ストラスは…ルイの体調が戻ったらお祝いをしたいと言っていたが…ルイは恥ずかしいか?」
「え?お祝い…って…?」
「ストラスを受け入れて初めて女性の身体として機能面も本格的に変化を遂げた…そのお祝いだよ?」
「…そういうのって…魔界では祝うものなんですか?ちょっと…恥ずかしいですけど…」
「まぁ、ストラスと話し合って決めるといい。祝うかどうかで言ったら…まぁ、ストラスの性格なら祝いたいだろうな」
アルシエルはルイの頭を撫でた。少し魔力が流れて身体のだるさが軽減される。
「おめでとう、ルイ」
ダンタリオンにまで微笑まれてルイはどんな顔をしていいのか分からなくなった。
「さて、私はケビンを愛でてくるとするか。こういう気持ちになったのは数百年振りでね。柄にもなく焦ってしまったんだよ」
ダンタリオンはどこか楽しそうに言うとケビンの寝室へと姿を消した。




