新婚旅行の場合 17
王宮に戻ってケビンの話を聞いたストラスとエストリエは夫婦揃ってニヤニヤしていた。今は昼の休憩時間で皆で緑のテラスに集まって食事をしていた。エストリエがケビンの顔を見つめて少し考える。
「実際のところ…本音ではケビンはどっちが好きなの?男?それとも女?抱く方?抱かれる方?男のまま?それとも女になって?」
エストリエの言葉にケビンは真面目な顔をして考え込んだ。
「そんなん…突き詰めて考えたこともないな。抱くか抱かれるかについてなら…抱いた方が多いけど…それに男女の比率で言っても男が圧倒的に多い。苦手なタイプの女性はとことん苦手だけど、案外平気なのもいるし。ちなみにこのテーブルにいる女性は平気だよ。それに、やっぱりルイはどっちの姿でも抱きたいと思うし。女の姿にはなれたことがないから今はまだ分からないな」
ケビンの言葉にルイは咳払いをする。そもそも昼食を食べながらする話題なのかと思う。けれども今は食事をするように愛し合う魔界だからそれが当然なのかもしれない。エストリエは黙って聞いていたがニコリと笑った。
「ケビンは女性になったとしたら、妖艶な姿になりそうよね?それにダンタリオンさんって…物静かな印象だったけれど、本当は情熱的な方だったの?」
「ケビン、ダンタリオンに悪魔に変えてもらうか?別に俺は止めはしないよ?まぁ、ケビンならひょっとしたらその姿のままでも、うまいことやれば妊娠できそうな気もするけどな。そんな魔力の相手の能力を過去にコピーしてないか?」
ストラスがラザニアを取り分けながらニヤリと笑う。
「そう都合よくコピーしてなんかいないって。それに男のままで腹がでかくなると単なる肥満にしか見えないだろ。そんなの嫌だよ!!」
それはケビンの美的センスに反するのか、と皆が思っていると、隣の席に再びベルフェゴール大佐とカイムが姿を現した。恐らくこのテラスは上級の悪魔が利用できる場所なのだろう。カイムはやはり居心地が悪そうに一礼をした。エストリエがそんなカイムの姿を見て苦笑する。
「カイムったら、堂々としていればいいじゃないのよ。大佐のお誘いを受けたんでしょ?」
「国王補佐官の妻である時空管理官と私とでは、天と地ほどの差がありますよ…!それに、誘われた訳ではなくて上空から現れた大佐に攫われたんです!拉致です!」
「あら…」
「やれやれ…こんなに毎回熱心に口説いているのに、俺の部隊に入ってくれないのはカイムくらいだよ…だったら夜の誘いになら乗ってくれるのか?どちらか選ぶとしたらどっちがいい?」
「ですから…どちらもお断り致します!私は戦闘能力も高くなければ、夜の方も…」
何かを言いかけたカイムは口ごもって気まずそうに押し黙った。王宮の使い魔たちが料理を運んでくる。テーブルに並べ終わると、ベルフェゴール大佐は頬杖をついて、カイムの頭を撫でた。
「夜の方が…何だって?」
「大佐には…関係のないお話ですから…聞かないで下さい」
「面白味がないと…?」
「聞こえていたなら、聞き返さないで下さい。私だって恥ずかしいんですから」
「おや、これは失礼」
言いながらもベルフェゴール大佐はカイムの頭を撫でて髪に触れた。カイムは肩より下に伸びた黒髪を一本にきっちりと結んでいる。大佐はその髪を解いてしまった。それだけで少し印象が変わる。
「俺はカイムと話すのが楽しい…お前の話を面白味がないと思う女悪魔はその程度の頭しか持っていなかった、それだけのことだろう?気にするな」
何やら妙な空気感になりつつあって、エストリエも口を挟むのは止めて静かに食事を口に運ぶ。怠惰に見えるが、部下のことはよく見ている悪魔なのかもしれない、とリツは思いながらラザニアを食べた。日本で食べたものとはチーズの風味がどこか違う。まろやかなのに深みのある味だった。
「カイムは…俺がちょっかいをかけるから上司に妬まれるのか?だとしたらお前の疲労は俺の責任だな。どうして黙って従う?俺は陛下にカイムの配置替えを申し出ることもできるんだ。それとも…それほど今の仕事が気に入っているのか?どうなんだ?」
ベルフェゴール大佐はカイムの肩に触れた。カイムはわずかに顔を歪める。大佐は魔力を流しながら、ゆっくりとこちらのテーブルを見た。
「陛下…カイムは昼間、上司から余計な仕事を無茶振りされてゆっくり食事をする時間もないようなので、こうして余計なお節介を焼いている訳なんですが…それなら、自分の目の届くところで働かせたいと思ってしまうのは…えこひいきなんですかねぇ…」
「…それは問題だな。報告してくれて感謝するよ。配置替えも含めて早急に検討しよう」
アルシエルの言葉にホッと息を吐いた大佐はラザニアをスプーンですくうとカイムの口に押し込んだ。
「ほら、もっと食って太れ」
カイムはもう抵抗を諦めて、大人しく従った。大佐はカイムに餌付けをしながら反対の手でスプーンを持って自分も器用に食べている。
「大佐って両利きなんですね」
「あぁ、両刀遣いだよ。だから君のことも口説いてる」
「だから、そういう意味じゃありません。右手でも左手でも食事ができるという意味ですよ。毎回故意に話をそちらに捻じ曲げないで下さい!」
「ハハッ…そちらにも、両刀遣いはいるじゃないか、ねぇ?ストラス補佐官」
ラザニアを食べていたストラスはピクリと眉を上げた。
「それこそ…相手によるな。少なくとも俺は大佐と寝たいとは思わない」
「おやおや、ひどい言われようだ。ではそこのケビンくんはどうなんだ?何やら女性になる算段をしているような話が聞こえたが…具体的に抱かれたい悪魔でも?」
「……あの…その話は…聞かなかったことにして下さい…」
「陛下のご友人の悪魔の名前が聞こえた気がしたのだが…あの御仁が情熱を燃やす日が来るなど、魔界の終わりまでないかと思っていたから面白くて仕方なくてね。君が恋しているなら応援してあげようと思ったんだ」
大佐の言葉にこれまで黙っていたアルシエルが口を開いた。アルシエルは今は元の姿に戻っていた。
「いや、どちらかと言うと向こうだな。燃え上がっているのは。ケビンは考え中だ」
大佐は心底面白そうにニヤニヤと笑う。
「なるほど。では俺が彼にちょっかいをかけたら、怒られそうですね。さすがにそれは怖いからしばらくは止めておきますよ。彼は他の悪魔の気軽な味見を好まない性格ですから…ところでケビンくん、残念ながら君にはもはや選択肢はないと言ってもいいに等しいよ。君は近々、彼の腕の中で甘やかな悲鳴を上げることになるだろう。女性の身体の楽しみも知るといい。健闘を祈るよ」
「えぇ…?いや…マジで本当に俺はどうすりゃいいんだ?」
「どうもしなくていい。成り行きに身を任せることだ。下手に抵抗しても…それはそれで更に燃え上がっていいのかもしれないが…」
アルシエルが微笑んでグラスを傾ける。
「あぁ…あと、突然眠気に襲われたら、周りにいる誰かに部屋に連れて行ってもらうことだな。ケビンが眠るのを待たない可能性もある」
「え?そんなことも可能なの?国王陛下!そこはなんとか、助けて下さいよ!」
ケビンが情けない顔をしたがアルシエルはフッと笑うと告げた。
「日本には、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら…ということわざがあるらしいからね。私だって、そんな無粋なことはしないさ。その時は優しくベッドに運んでおくから、安心するといい」
このときアルシエルは、いくらダンタリオンでもそこまで強引なことはしないだろうと思っていた。だが、その予想は数時間後に見事に外れることになる。それはダンタリオンが本気を見せたことを意味してもいた。その結果、ケビンは夕食も食べずに歩いている途中で深い眠りに誘われてしまったのだった。




