94話
ベッド生活1日目。全く自慢にはならないが、俺は今までもこんなことはあったし、今更気にする事でもないんだが。
「ほら、しっかり食べなきゃ駄目だよ」
「自分で食うからそれよこせよ」
「断るよ。君が嫌がると思ってやってるんだからね。これに懲りたら、もうベッドとお友達になるような無茶はしない事だ」
「ちっ………」
俺の扱いを良く分かってやがる。それはお互い様だが。そして、こいつが「どうせまたやるんだろうな」、と思っているのも何となく分かるし、俺はそれを否定も出来ない。エリーから差し出されたご飯を食べながら、俺は考える。
今回はあれだけの無茶をして、明確に届かなかった相手だ。奴に勝つには、もっと力が必要だった。けれど、幾つかの疑問も浮かぶ。
「………あいつ、なんであんなに強いのに、裏でコソコソしてたんだろうな」
「アルヴィースのことかい?」
「あぁ。自慢じゃないけど、俺は魔龍を倒した。今の俺はあの時より強くなってる自覚もある。なのに、あいつは俺の全力でも倒せなかった。そんなに強いなら、もっと大胆な動きを見せても良かったんじゃないかって思うんだよな」
あの少年は、場所や状況が悪いのもあって苦戦したが。勝てないとは思わない。次に戦う時は状況さえ違えば必ず勝てる。だが、あの男には今の俺の全力だけでは勝てない。
今の状況でリベンジしても、また同じ結果を繰り返すだけだろう。そんな確信があった。
「………まぁ、その疑問は僕もあったよ。ただ、幾つか仮説も浮かぶ。あんまりやりすぎて各国から指名手配されしまえば、それこそ各国の最高戦力を一度に向けられる可能性もあるからね。そうなれば、彼とは言え厳しいんだろう」
そんなに馬鹿げた奴らがいっぱいいるなんて、あんまり思いたくないんだけどな。未だに俺はSランクと評される奴に会ったことは無いし、上には上がいるのも分かってはいるが………
「………はぁ」
「ため息なんて君らしくないね」
「まぁ、な」
「自分の力不足を感じたかい?」
「………それは元々感じてたけど、そんなところ」
天赫さえ完成すれば、もっと強くなれるはずなんだが。今のペースだとあとどれくらい掛かるか。どうにかして卒業までには完成させなきゃいけないんだが。
「全く、君のそういう所を改めた方がいいと言っているんだけどね」
「………なんだ急に」
「何度も言ってるだろう?僕は何があっても君の隣にいるし、そのために共に戦うと決めた。君一人でダメなら、僕がその隣に立つ。僕達だけでだめなら、僕達と共に戦ってくれると言ってくれた人たちがいるだろう?」
「それは――――」
「君が言いたいことも分かるよ。僕達は【天焔】を持った君とは前提となる土台が違う。それは、今まで僕がずっと感じて来たことだから。でもね」
俺の言葉を遮ったエリーは、そっと俺の手を握った。
「それは、君の隣に並ぶことを諦める理由にはならないと思うんだ。君がどれだけ強くても、僕は君の友で、幼馴染で、ライバルでありたい。一番近くで君の成長を見て来たこの立場を、これからも誰にも渡すつもりもない。だから、僕は強くなるよ。君とまた、対等に肩を並べる事が出来るように」
「………そうか」
リリィに言われた言葉が、エリーに言われてようやく本当の意味で理解できたのかもしれない。結局、俺は皆の事を守るべき対象だと思っていた。
「………そういえば、カイン達は?」
「ん?………あぁ、うん。正式に許可を貰ったらしいよ」
「へぇ、案外すんなりといくんだな」
「王族だからね。僕らとは根本的に考え方が違うところもあるんじゃないかな」
「………」
それは………どうなんだろうな。確かに、表面上はそう見えると俺も思ったことはある。けれど、実際はちゃんと親として子供の事で苦悩する姿もあった。多分、違うのは考え方ではなく、振る舞い方なんだろう。
内心では死地に飛び込む子供の事で頭を悩ませているかもしれない。ま、良く悩ませる側の俺が言っても説得力は無いけどさ。
「それと。リリィから君に伝言を預かっているよ。元気になったら必ず顔を見せに来てってね」
「あ?………あぁ、あいつには心配かけただろうしな」
「君の戦い方を間近で見たらね………腕を捨てる覚悟だったそうじゃないか」
「………フェリスから聞いたか」
「まぁね」
自分の魔法で傷付く人間なんて、普通なら有り得ない。噂ではすでに広がっているみたいだけど、それを実際に見るのではやはり違ってくるはずだし。
そんなことを考えていると、俺の手を握ったままエリーは少し真面目な表情で何かを考えている様子だった。
「………どうした?」
「ふむ。君がどうしたら無茶をやめるのか………それを真面目に考えてみたんだ」
「ふーん………それで、結論は?」
「無理だね」
「だと思った」
そんな会話をしながらも、エリーは甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれていた。まぁ、明らかに動いてはいけないという立場を利用した嫌がらせのような事もしていたが、最初に行っていた無茶をやめる気になるか、という奴なのだと思って仕方なく受け入れた。
まぁ、重傷を負っていたのは腕だけだし、今までに比べればベッド生活はそう長くないのが幸いだったな。翌日には殆ど腕は治りかけ、その回復速度にはエリーも首を傾げていた。
更に大事を取って1日経った後、ベッド生活は終わりだ。色々とやるべきことはあるけど、一番優先すべきはやっぱり少女のことだ。父さんにも説教を受けた後で俺とエリーは学園に戻っり、職員室の先生の元へと向かった。
「っ!ノイン君、傷はもういいのかい!?」
「はい。ご心配おかけしました。もうこの通りです」
俺は右手を先生に見せて、軽く動かす。いやまぁ、火傷の跡は少し残ってるんだが。考えてみれば、俺が今まで受けた傷は相手から受けた傷より自分で負った傷の方が多いんだな。
「…………そうか。それと、本当にすまなかった。私がいながら、君に無茶をさせてしまった」
「あれは俺が勝手にやったことなので、先生が気に病む必要はないですよ………ところで、少女の件は?」
「うむ。すぐに校長に伝えてこよう」
「その必要は無い」
俺達が視線を向けると、既に校長が職員室にやってきていた。なんでも、この学校に掛けた結界内ではあらゆる出来事が校長に筒抜けらしい。流石に寮までは監視はされていないらしいが。
「大事ないようで何よりだ、ノイン。だが、あの無茶は到底褒められたものではない」
「………はい。すみません」
「………悪い事だという自覚はあるのだな?」
「えぇ、まぁ………悪癖なんですかね。追い詰められたら、後のことを考えられなくなるんです」
「嘘だな」
校長はズバリと俺の言葉を否定する。それに驚いて校長の目を見ると、彼は真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
「どうなるかなど自分が一番わかっていただろう。お前は自身の事を軽視しているだけだ」
「………」
「………まるで物語に出てくる英雄の姿そのものだ。しかし、現実は物語のようにそう都合が良いものではない。お前が守りたいと思う人たちがいるように、お前を守りたいと思う者もいる。故に、校長としてお前に課題を出そう」
「課題?」
校長の言葉に思わず眉を顰めるが、冗談や適当を言ってるわけではないのは当然分かっている。順当に考えられるものとしては、自身を犠牲にした戦い方を改める事だろうか。そう思っていた俺に告げられた言葉は、そんな予想とは大きく異なる物だった。
「今後、授業での接近戦を禁止する。これより、君は魔法を用いた遠距離戦闘を鍛えることに専念しなさい」
「………え?なんでですか?………元々得意な接近戦を伸ばした方が良くないですか?先生もそっちが得意みたいですし」
「ライナスとお前の戦い方は接近戦という部分以外で類似点はないだろう。寧ろ、それだけ過剰な火力を持ちながらリスクの高い接近戦のみで戦うなど本来なら考えられないのだ。その火力を、より器用かつ効果的に使えるようにならなければ、今後も本来勝てる戦いに苦戦を強いられることになるぞ」
淡々と告げる校長だが、やはりそう簡単に納得できるものではない。俺には【焔翼の器】もあるし、絶対に接近戦が向いているという自信があった。
そんな考えの元、難色を示す俺に言葉を続けたのはこの中で最も付き合いの長いエリーだった。
「僕も校長の言葉に賛成だ」
「………エリー?」
「君はただでさえ自分を危険に晒しがちなんだ。リスクの高い接近戦より、遠距離戦を取るのは理にかなっている。と言うより、その方が僕としても見てて安心できるからね」
「それは………」
「寧ろ、本来なら接近戦より遠距離での戦いの方が有利なのは当然だ。ただ、その戦い方を得意とする者は接近された時の自衛能力が乏しい者が多い。その点、君は既に十分すぎるほどの自衛能力はあるだろう?」
そう話すエリーの言うことは至極真っ当なことだった。と言うより、思い返せば昔は俺も遠距離攻撃が主体だったはずなんだが。いつの間にかこんな戦い方になっていたが、何故だろうか………これもこの火の影響なのではないか、というのは流石に考え過ぎだろうか。
いや待て。そうでない場合、俺が成長と共にただの脳筋になって来たと言うことになってしまうか?………じゃあこれは火のせいだ。そうに違いない。
「………そうだな。じゃあ、これからは遠距離主体の戦い方も鍛えていくか」
「いずれはそれだけで戦えるようにしてほしいものだけどね」
「まぁ、努力はする」
とは言っても、折角身に着けた剣技や体術を腐らせるのも勿体ないし、自主練はするつもりだが。まぁ、今はそれより大事な事がある。
「それで、見つかった少女はどこなんですか?」
「あぁ、今から案内しよう。だが油断はするな。相手はお前と同じ【五属の継心】の継承者。その上、人という枠から逸脱した存在だ。常に警戒を怠るでないぞ」
「はい、分かってます」