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93話

「…………んん」


 目が覚める。見知った天井を見て、俺は混乱する事もなく木を失う前の事を思い出す。あ、右手………そう思って右手に視線を移したのと――――


「お目覚めかい?」

「ん?あぁ………今回もお前が看病してたのか?」

「当然だよ。君の幼馴染で、君の父君は仕事で忙しい。僕が様子を見ているのは当たり前だと思わない?」

「まぁ、言われてみれば………どんくらい寝てた?」

「今回は丸1日で済んだよ。………と言っても、その右手は暫く動かせないだろうけどね」


 本を読んでいたエリーは、手に持っていたそれに栞を挟んで閉じた後に俺の右手に視線を向けて言う。包帯でぐるぐる巻きになっていて、全く動かせない。感覚も若干鈍いような気がする。完全にやったなこれ。

 若干ため息を付きたくなるが、自業自得だ。そして、代わりと言わんばかりにため息を付いたのはエリーだった。


「はぁ………それで、何か言うことは無いの?」

「………わりぃ。心配かけた」

「全く、君はいつもいつもそうだ。ボロボロの君が帰って来たのを見た時の父君の顔を、君にも見せてあげたかったよ」

「………」


 俺は彼女の言葉に何も言えずに目を逸らす。分かってはいた。考えはした。あんな約束をしたその日にあんな無茶をして帰って来たんだ。父さんとしては気が気じゃないだろうし、何ならあの心配を無碍にされたと思っても仕方がない。

 じゃあ他にどうしろと言われて思いつくわけではないが………いや、これは言い訳だ。どうにもできなかったのは結局俺なのだから。


「………ごめん」

「もう僕は謝罪を聞いたよ。取り敢えず、今は安静にしている事。命に関わるほどじゃなかったとは言え、十分に重傷だからね。父君には僕から起きたと伝えてくるから」

「あぁ、頼む」

「うん、すぐ戻るよ」


 エリーはそう言って椅子から立ち上がり、部屋から出ていく。まぁ、流石に今の状態で出歩こうとは思わないが、それはそうとして間違いなく説教コースかな………いや、最早既にそう言うものとして諦められた可能性もあるか。

 それに自分で言うものあれだが、正直俺は何を言われてもこの性分は変わらない気がしている。


「昔はこんな命張って戦うなんて、バカらしいと思ってたのになぁ………」


 きっと、俺はろくな死に方は出来ないだろうなぁ。とか、そんな風に思ってしまったのはここ最近の事じゃない。

 あの火を継いだあの時から、何となくそんな予感を覚えてしまっていた。その予感は俺の成長と共に少しずつ確信に変わっている。今の右手を見て、小さくため息を付いた。


「………はぁ、やめだやめだ。こんな時に暗い考え事とか更に気が滅入るし」


 自分の死を想像するなんて縁起でもない。縁起でもないが、俺の選んできた道には幾つもの間近な死があったのは事実だ。

 せめて、あの日にフェリスの語った未来だけでも変えなきゃな。窓の外を見て少し頭の中を空っぽにしようとしていた時、再びドアが開く。


「ノイン、戻ったよ」

「おかえり。父さんなんか言ってた?」

「取り敢えずは安堵していたよ。後で時間を見つけて様子を見に来るってさ」

「そっか………なぁ、エリー」

「ん?なんだい」


 エリーは先程座っていた椅子に腰掛けながら首を傾げて俺を見る。どうせこのベッドから暫くは動けないし、その間のちょっとした雑談だ。まぁ、さっきまでの考え事の延長っぽい物でもあるけど。


「いや、もう子供って言える歳もあと少しで終わると思ってさ。将来の事とか、考えてるのかなと思って」

「………君の口からその言葉を聞くなんて驚きだ」

「ほっとけ」


 微かに笑みを浮かべながらからかうエリーに、若干拗ねながら顔を逸らす。まぁ、ずっと色んな事を先延ばしにし続けている俺の口から出る言葉じゃないと自分でも思うけどさ。ただ、少ししてエリーは口元に手を添えて考え始める。


「ふむ………そうだね。正直なところ、漠然と考えていると言うしかないよ。僕たちは既に一人の意思で将来を決めれるような単純な立場にはいないからね。成りたい将来を考えていても、あまり意味がないと僕は思っているんだ」

「へぇ………そんなもんか」

「まぁね。ただ、何も願いが無いわけじゃない」

「………それ、聞いても良いのか?」


 俺がそう訊くと、エリーは真っ直ぐに青い瞳で俺を見つめてくる。その表情は何となく読み取りづらいが、それでも言いたいことが伝わる気がするのは今までの長い付き合いが故だろう。

 聞くまでもあるのか、と。そんな風に言いたそうな彼女の表情を見て、俺はそっと視線を逸らす。


「………はぁ。聞いておいてその態度はどうかと思うんだけどね」

「あー………そうだな。悪い」

「ふむ。今日の君は謝ってばかりじゃないか。何かあったのかい?」

「まぁ、ちょっとな」


 らしくないのは俺が一番理解している。そんな日もあると言うことで納得してほしいが、俺が彼女の事を理解できるように、エリーも何となく察しているのだろう。

 それが気まずくて、俺は話題を変えるために再び口を開く。


「そういえば、あの後どうなったんだ?先生達、ちゃんと帰ってこれたよな?」

「あぁ。みんな無事だ………あぁでも。その事で、少し話しておかないといけない事があるんだけどね」

「………なんだ?」


 まさか、あの中の誰かに何かあったのか?俺の声色が思わず変わってしまったのを聞いたエリーは、小さく笑みを浮かべて首を横に振る。

 それにホッとした俺は、すぐに表情を崩して次の言葉を待った。


「君達が施設で見つけた実験体の少女が動き出して、君を救ったらしいんだ」

「…………は?」







 エリーから信じられない言葉を聞いた俺は、少し冷静さを欠きながらも彼女の説明を聞いていた。…………が、エリーも何が何なのかは分かっていないらしく、当然そんなエリーから話を聞いただけで納得できるはずもなかった。


「…………つまり?」

「君をマスターと呼んで救ったこと、敵対した少年には施設にあったワープゲートを使って逃げられたこと、そして君を救ったその少女は学園で校長が封印を掛けた部屋で一時的に隔離している。と言う三つの事実以外に、僕から確かな情報は伝えられないよ」

「そうか………助けてもらった身としては、軟禁状態にしてるって言うのは少し気になるけど」

「仕方ないさ。暴れられると困るだろうし。それに………」

「それに?」


 俺が言葉の続きを促すと、エリーは暫く無言になって首を横に振った。そして、また口元に手を添えながら話し出す。


「………いや、憶測で話すのはやめよう。取り敢えず、動けるようになったら彼女と会ってほしいんだ。僕たちが何を言っても、マスターからの命令が無いから応答を拒否する、としか答えなくてね」

「………感情が無いのか?」

「そうだね。そんな感じだ」


 感情がないと聞いて、俺はあの少年の事を思い出す。無感情とは程遠い、子供の癇癪にも似た言動。

 理性などない獣みたいなあの振る舞いに、無感情と言う言葉を当て嵌めるのは難しい。初めて見た実験体の少女も、あそこまで感情的ではないが、確かな自我は存在した。ならば、あの翼の少女は何か事情が別なのか?

 その言動を見ていないから、まだ何とも言えないな。


「………なぁ、やっぱり腕くらいなら別に動くのには問題な――――何でもないからその顔やめろって」

「ふふ」


 言葉の途中でとてもにこやかな笑みを浮かべるエリーに恐怖を覚えた俺はすぐに前言を撤回する。下手をしたらベッド生活が長引いてしまうかもしれない。


「………あー。そうだな。フェリスはどうしてる?」

「ん?彼女なら今は散歩に行っているはずだけど………うん。フェリスともちゃんと話しておいた方がいい。なんだか思い詰めた顔をしていたからね」

「そうか」


 当然と言えば当然か。あいつの中では、俺に大きすぎる使命を負わせてしまって、そのせいで俺が傷つくことになっていると思っている節があるから。

 勿論、この火を継ぐと決めたのは俺の意思で、こうして傷付いてるのも俺の選択が故のザマな訳だが。幾分、あいつは長生きしてるだけあって意外と色々と考えてしまう奴だからな。


「全く。君達のひみちゅ――――っ!?」

「ひみちゅ?」

「………こほん。秘密主義には困らされるよ。何でも背負う前に、もう少し僕の事を信じてほしいんだけどね。何があっても、僕は君の隣にいる覚悟があるって約束しただろう?」

「いや、噛んだ後でそんなこと言われても胸に響かねぇって」

「………」


 俺の指摘に澄ました顔を崩さないようにしつつ、明らかに顔を赤く染めるエリー。ふざけてる訳じゃないのは分かっているし、そういう空気ではなかったのも承知はしているが。だとしても、流石に今のはそんな空気が全て台無しになってしまうくらいの破壊力があった。

 ついに堪えきれなくなったのか、ふいっと顔を逸らして手をきゅっと握る。申し訳ないが、普段ならば絶対に見れない姿に少し可愛らしいと思ったのは仕方ない事だと思う。


「………うるさい」

「お前のそういうの初めて見た。可愛いところあるんだな」

「っ」


 あ、まず――――









 俺の額に本を投げつけて駆け足で部屋を出て行ったエリー。マジでいてぇ。額を抑えつつベッドの傍に落ちた本を拾い上げる。全く、本は貴重なんだから丁寧に扱えよな………。

 ぞんざいな扱いに呆れつつ、少し本のタイトルを見る。…………なるほど、物語か。


「暇潰しには丁度良いかもしれないな。投げてったあいつが悪いんだし、少し読ませてもらうか」


 取り敢えず、栞はそのままにしとけば良いだろう。最初のページを捲り、ちらりと著者に目を通して本文に移ろうと思っていた。

 しかし、その手は完全に止まって著者に視線が釘付けになる。


「カグヤ………?」


 綴られたその名前を口に出す。明らかにこちらの世界では異質なその名前に、本どころの話ではなくなってしまっていた。

 まさか、俺以外にもこの世界に来た奴がいるのか?だったら、会って話をしてみたいと思うのは当然で。

 そうは思ったが、保存状態が良かったからか綺麗でこそあるもののやや古めかしい紙と革。少なくともここ最近の本とかでは無さそうだ。

 しかし、気になることがもう一つ。


「………どこでこんなの手に入れたんだ?」


 内容をパラパラと見てみたが………以外と内容は普通だ。細かく読んでないからそう見えるだけかもしれないが。

 しかし、こんな浮いた名前であれば多少なりとも目に付くはずだ。元より本が量産出来るものではないし、幾つもの本を出していると言うわけではないだろう。

 ただの偶然?正直、そう考えるのが自然ではあるが………今度、これをどこで入手したのか聞いてみるか。











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