92話
その瞬間、私たちには何が起きたのか分からなかった。刹那に蒼い閃光が見えた瞬間、部屋を揺るがすほどの衝撃と耳をつんざく轟音がほぼ同時に襲ってくる。
その音によって痛みが走る耳を押さえながら私は周囲を見ると、この部屋に小さく迸る蒼電。
やっぱり、今のは熾炎じゃない。と言うことは…………
「新手…………」
「ごほっ、ごほっ………まさか、ここで…………!」
先生が立ち上がりながら、熾炎の居た場所で巻き起こった黒煙を睨む。こうなった以上、もう戦闘続行は絶望的。
幸い、少し時間をもらえたお陰でまだ残る痛みには少し慣れてきた。今なら全員を転移させることは出来るけど、それにはまず熾炎を回収しなきゃ…………私が煙の中にいるであろう新手に先制攻撃を仕掛けるために転移門を開いたその瞬間だった。暴風と蒼電が黒煙を吹き飛ばし、私たちは咄嗟に防御の構えを取る。
「っ…………」
ダメだ。間に合わない。………こんな狭い場所じゃなきゃ、熾炎とフェニックスが揃っていて負けるはずなんか無かったのに。
こうなった以上、私たちに出来るのは二択。熾炎を見捨てて私たちだけでも脱出、またはこの部屋にいる人を全員外に転移させて仕切り直す。
前者は最も確実かつリスクが低い。今ならまだ間に合う。後者は…………賭けだ。失敗したら被害はより大きくなってしまうから。
自らの力不足が憎ましくて拳を強く握りしめる。そして、止んだ暴風に顔を上げ――――
「…………え?」
「なん、だと………!?」
そこに立っていた白い少女を見て、私たちは目を見開いた。白い片翼に青白い光を纏い、比較的身長が高めなはずの熾炎を、私と同じくらい小柄な少女はいとも容易そうに細い両腕で抱えていた。
そして、少女は閉じていた蒼い瞳を開き、話し始めた。
「………マスターの身体に、修復不可能な重傷を負うリスクを察知しました。リスクを回避するため、以後の戦闘行動は――――」
見た目相応の少女の声に似つかわしくない無機質な話し方。そして、それ以上に色んな情報が多すぎて私はフリーズしてしまう。
それは私だけでなく先生たちもだったけれど、少女は気にした様子もなく言葉を続けた。
「11号が、代行します」
その言葉と共に純白の片翼を広げた少女のは、その美しい翼と対になるにはあまりに歪な肉の片翼を、その背から伸ばした。
それを見て、やっぱりあの少年と同類…………私たちの敵なのだと理解してすぐに身構え彼女が抱える熾炎に視線を向けた時、少年は憎悪しかなかった鋭い目を見開かせる。
「姉さん!!!!!」
少年が歓喜に満ちた声を上げる。さっきまで獣のような咆哮を響かせていた人物と同一だとは思えないほどに、その表情は年相応の少年のように輝く。
「目が覚めたんだ………!本当に、本当によかったっっ………!!」
「…………」
「姉さん、そいつらは父さんを困らせる悪い奴らなんだ。でも大丈夫だよ、僕が―――――」
―――――瞬間、部屋に響いた肉が引き裂かれる音。嫌に耳に残るその音と、唐突に舞った鮮血に、私は最初理解が追い付かなかった。
ただそれでも、姉さんと呼ばれていたその少女から伸びる肉の翼が、まるで槍のように変形して少年の腹を貫いたと言う事実は変わりようがない。
「が、あっ………姉、さん?な、んで…………」
「直前の状況を判断した結果、貴方はマスターの敵だと識別しました。危険の排除のため、貴方を抹殺します」
「姉さ、ん…………?だって、そいつらは父さんの…………」
「私に父はいません。弟も同じく存在しません」
「―――――」
淡々と告げられた少女の宣言に、少年は当然に私たちすらも言葉を失って動きが止まる。
だって、彼があんなに重い感情を込めて守ろうとして、あれだけ荒れ狂っていた少年が彼女の顔を見た瞬間の喜ぶ顔ときたら、先程とは別人なのではないかと思うほどで。
そんな彼に、少女は躊躇なく告げたのだ。自身に弟などおらず、それどころか彼を殺すと。
「―――――ぁ」
長い沈黙のあと、腹部に視線を向けた少年が小さな声を漏らす。その直後、彼の腹を射ぬいていた翼が一気に引き抜かれ、再び嫌な音が響く。
真っ赤に染まった自らの腹を見て、彼は呆然として…………
「ぁ、あ…………あ、アァァァァァァァァ!?」
決壊したかのような慟哭とも、咆哮とも取れる声が部屋に反響した。敵ながら、そのあまりに悲痛な姿に先生が顔をひどく歪める。
しかし、少年はそのまま何かに突き動かされるように少女に飛びかかった。
まさかその傷で…………なんて考える私たちを他所に、少女は冷酷なまでに覚めた表情で目を細め…………
「…………」
瞬間、部屋の左右にあった鉄製の棚が彼を挟むかのように迫る。そしてそれはあまりに容赦のない音を響かせながら少女の目の前で少年を挟み込んでひしゃげる。それと同時に聞こえる幼い苦悶の声。
「ウゥ、あ、が………」
「電磁加速」
それを気にも止めず、少女の両の翼が大きく広がって棚を上下から挟む。そしてその両翼が刹那に青白い光に包まれ、少女は無感情に告げる。
「発射」
その言葉と共に、激しい轟音と火花を散らして少年を包んだ鉄の棚は消え去った。部屋を揺らす衝撃と、何より壁に開いた大きな穴があれを大砲のように発射したのだと言うのは理解できたけど、状況を事実として飲み込むことが出来ていない私たちは声すら上げることが出来ない。
そんな私たちを、少女が一瞥する。
「っ………」
思わず私は身構えた。彼女が彼を敵対視しているのは分かったけど、それは私たちの味方であることとイコールではない。
もしかしたら、私たちにも牙を剥くかもしれない………そう思ったのと、少女が私たちの目の前に現れたのは同時。思わず迎撃しようとする私を片手で制したのは先生だった。
「………どうかしたかな?私たちは、君の敵ではないと思うんだがね」
そう言って、少女の腕の中にいる熾炎に視線を向ける先生。その視線には、どうしようもなく心配と不安が混ざっていて、少女はそんな先生を見て口を開く。
「目標の言動から、貴方たちはマスターの味方であると判断しました。マスターの早急な治療を求めます」
「っ………分かった!勿論だ!」
ここで、マスターとは熾炎のことなのか、とか、何故彼をそんな風に呼んでいるのか、とか。そんな余計なことを聞く余裕なんてなかった。
先生は熾炎を受け取り、校長と顔を見合わせて頷く。そして、先生は少女に再び視線を向けて口を開こうと―――――
「………行ってしまったか」
既にそこに少女の姿はない。どこへ行ったのか、というのは愚問でしかない。彼女ははっきりと、あの少年を抹殺すると告げたのだから。
校長は床にどこからか取り出した大きな布を広げ、先生はその上に熾炎を寝かせる。そしてすぐに校長が魔法で治療を始めるけれど、ようやく少し落ち着いてきて、私は気づく。
肉が焼けたような、少し焦げ臭いその臭いに。
「…………熾炎?」
ようやく、私は彼の容態をしっかりと観察し始めた。彼の掌、その指が黒く染まっている。それは煤を被ったなどではなく、間違いなく彼の皮膚は焼かれていた。
それを見て、私は再び暫く思考が止まる。噂には、聞いていた。熾炎の貴公子は、自らをも焼いてしまうほどの劫火を以て吹雪を燃やし尽くしたと。
それを目の前で見てしまって………改めて何故彼は見ず知らずの誰かのためにそんな力を振るえるのだろう、と疑問が沸いてくる。
「校長、彼は…………」
「問題ない。命に大事はないようだ。傷は浅くはないが、この程度であれば跡も残らんだろう」
校長の言葉に先生はホッとしたように小さく息を吐く。そんなとき、あの串刺しの状態から抜け出したフェニックスが私たちの方へ駆け寄ってくる。
さっきまであまりに痛々しい姿だったとは思えないほどにその顔はただ心配そうなものだった。
「ご主人様!」
「大丈夫だ。大事無い………が、もし最後の一撃を放っていたら、どうなっていたか分からんな………」
「………」
フェニックスはその言葉に、どこか切羽詰まったみたいな顔をする。心配なのは当然だろう。無茶を当たり前にする自らの主人なんて。
けれど、何となく私にはそうじゃないように思えた。何故かは分からないけれど、まずはこの後どうするかの方が大事だ。
「こうなれば仕方あるまい。リリィ、彼を連れて街へ転移を頼む。ライナス、俺達は彼女らを追うぞ」
「いいのですか?私たちも…………」
「あれを放っておくわけにも行かんだろう!」
そう言って、治療を終えた校長は走り出す。先生は少し迷うような素振りを見せた後、ゆっくりと膝を曲げて私に目線を合わせる。
「彼を、頼んだよ」
「…………うん」
正直、あの少年や少女のことが気にならないと言えば嘘になる。けれど、そんな私情を優先して邪魔をするためにここへ来た訳じゃない。
すぐに校長を追いにいった先生を見送り、私はフェニックスの方をみる。
「いくよ」
「…………分かった」
私が声を掛けると、フェニックスはゆっくりと頷く。それを見た私は魔法陣を足元に作り出して集中する。
攻撃に転じればかなりの時間を要するけど、転移だけならそう時間は掛からない。…………ふと、帰った時のみんなの反応が気になる。彼がこんなことに帰ってきたら、領主やエリシアはなんと言うのだろう。
………いや、やめとこう。ひとまず彼を休ませるのが先だ。余計な考えを放棄して、私は魔法を起動した。
校長に追い付いて間もない頃。歳とは思えぬ全力疾走をする校長の後に続く中で、アジトは何度かの激しい揺れを起こす。地震のそれではなく、何か激しい衝撃が伝わったかのようなそれに、校長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「暴れすぎだろう…………!」
「資料は諦めた方がいいかもし…………っ!?」
私の言葉の途中、走っていた廊下の壁が爆発によって粉砕される。校長は結界を展開し、私自身はこの程度の瓦礫など特に微々たる傷にもならないが、それはともかくここまでド派手に暴れられるとは思わなかったね。
蒼電を走らせながらぶち破られた壁をみると、それは見事な大穴。更に、この先に広がっているのはまるでくり貫かれたかのように大きく広がる残骸の空間だった。
「おいおい、これをたった数分でやったっていうのかい………」
「彼らは…………」
瞬間、破られた壁を跨いで異形の何かが壁を横切る。それに私たちが反応をする間もなく、その何かを追うように青白い軌跡を残す光が横切った。鋭く空気を裂く音と、迸る電撃の嘶きが混じりあった異質なその轟音に、思わず私たちは一歩後ろへと下がる。
「………これが、人を超越した存在の戦いか」
「っ………奴はなんと言うものを………!」
このような力、本来人がどうこうできるようなものではない。人の手に余る力を持ち、それこそ英雄と呼ばれるようになった少年ですら、未だにその力を扱いきれずに自壊してしまうのだから。
魔神の力など…………いや、あれはそうなのか?いや、だが…………
「校長」
「………なんだ」
瓦礫が崩れ落ち続けるその空間で、二人は戦い続ける。少年は触手を鞭のように、あるいはロープ、そして時には壁に突き立てる鉤爪のように崩れ落ちる瓦礫を飛び移っては縦横無尽に動き続ける。
しかし、少女は青白い閃光を非対称な両翼に纒い、一瞬にして加速と方向転換、停止を繰り返す異次元の飛行能力を見せつけ、更には一瞬にして鉄を融解させるほどのエネルギーを持った電撃を収束させ、自在に変形する歪な翼を大砲のよう変えて放つ巨大な光線。
強力無比な電撃であることは間違いないが、ただ魔力を圧縮した雷の魔法というようには見えなかった。それは、私が今までその分野で研究を続けていたからこその勘だ。
「あの電撃………私には、魔力を圧縮させた物とは性質がやや異なるように見えます」
「………そのようだな」
「では、あの子はまさか…………」
「――――『五属の継心』の雷の継心、『覇雷』だろう」




