91話
先生と俺、そして校長たちの後方支援があってなお、戦いは一進一退を繰り返していた。その要因の一つは、やっぱりこの狭苦しい部屋だ。特に俺とフェリスは顕著で、炎と言う広範囲攻撃の代名詞とも言える属性では満足に戦う事すら難しい。正直ここは場所を変えて仕切り直したいが、そうなるとあの少女や残っている資料がどうなるか分からない。
となれば、どうしようもなく本当に押され始めた時が引くタイミングだが………
「中途半端に強いのやめろよマジで………!」
「正確にこちらの攻撃を捌き切るが、あちらの攻撃もあの時の少女に比べれば明らかに軽い………!胸糞悪いことこの上ないが、さしずめ失っても構わない駒ってところだね………!」
先生はそう言って少年の触手を躱す。それを掴んで引っ張り寄せようとして、まるでトカゲの尻尾切りのように触手を自切して再生させるのは、この数分で既に何度も繰り返した流れだった。
………ここで天赫を使って、とにかくあいつを他の部屋に移動させるのも手だ。あれは炎を圧縮しているから、周囲への被害も比較的抑えることは出来る。けど、敵がまだ一人だと決まったわけじゃない。
もし2人目が居た時、俺が天赫のダメージで動けなくなったら?たださえ今日は既にあれだけの熱を使ったんだ。フェリスに熱を排気してもらったとは言え、今度こそ使えば命が危ない。そう考えた時、あれはそう簡単に使える代物じゃない。
「ノイン君、ここで使える一番強い攻撃は」
「精々入学後の測定で使った火球くらいですかね………!」
「むう、やはり火力が足りん………!校長!」
「最大限、お前達に被害のない魔法は既に使っている!だがこれ以上は部屋が持たんぞ!」
「………時間稼いで」
リリィはそう言って瞳を閉じ、囁くように詠唱を始める。それを見て俺達は彼女が何をするつもりか理解して、校長は彼女を隠すように前に立った。
「ご主人様!私も前に出る!」
「………行けるのか?」
「勿論っ!」
そう言って彼女が後方から俺の隣に躍り出ながらその手に作り出したのは、焔翼の器と同じような意匠を凝らされた巨大な大鎌―――――――大鎌だと?
「お前そんなの本当に使いこなせるんだろうなッ!?適当に振り回して俺達に当てたら冗談じゃ済まねぇぞ!?」
「だ、大丈夫だってば!!!」
「信じるからな!?ほんっとうにやらかすなよ!?」
大鎌なんて人間にすら使う滅多に奴いねぇよ。それは武器に見せかけたデカいだけの刃物だぞ。最近は騒ぎを起こさないものの、逆に今まで起こさなかった分のぶっ飛び具合をここで一気に解放するんじゃないかとかなりの不安を覚えた。
彼女のやらかし部分を知らないであろう先生達も、この場で大鎌のようなドでかい武器を使うとは思っていなかったらしく、冷や汗を流して俺とフェリスのやり取りを聞いていた。
「じゃあ、ご主人様に見せてあげる………私が今まで、ただ遊ぶためにお散歩してたわけじゃないって事をさ!」
そう言ってフェリスはくるりと片手で大鎌を翻す。その動きはまるで達人の技のように洗練され、さっきまで覚えてた不安を一瞬忘れてしまう程に美しいものだった。
これなら、行けるかもな。そんな考えさえ浮かぶ彼女の姿を見て、俺は打って変わって笑みを浮かべる。
「………へぇ。んじゃ行くぞ!」
「うん!」
同時に焔翼の器を構えて走る。それを見た少年は忌々しげに歯噛みして俺たちを睨んだ。そして、まるで幼い容姿からは考えられないような狂暴な表情を浮かべて二本の触手を伸ばしてきた。
「やっぱり攻撃事態は身体能力でのごり押し………芸がねぇなぁッ!?」
「このくらい、目を閉じてても当たらないかもね!」
「お前は当たっても平気だからな!」
「えへへ、まぁねっ!」
触手を躱し、剣で弾き、炎で壁を作り出して防御する。速度はあの時の少女といい勝負だが、それだけだ。
動きも読みやすい直線的なもので、幾度となく戦闘を経験した俺ならば見切れないはずもない。そして、フェリスも俺が最初に抱いた不安を払拭するかのような見事な大鎌捌きだった。
自身の体長と同等かそれ以上はありそうな大鎌を軽々しく繰り、舞う刃は触手の接近を一切許さない。しかし、滅茶苦茶に振り回している訳ではなく、正確に触手の動きを捉えて鎌を振るっているその様子を見て、俺は彼女に声を掛ける。
「本当に大丈夫みたいだな!!」
「だから言ったじゃん!安心してって、さッ!」
そう言いながら、彼女は薙いだ大鎌を人の膂力では考えられない速度で切り返し、炎の斬擊を放つ。
元々険しかった表情を浮かべていた少年は、更にその顔を歪めて彼女を見た。
「アァッ…………!」
彼は獣か人か判別が付かない声を上げ、斬擊を防御するために俺を攻撃していた触手を一気に引き戻す。
「俺を無視するんじゃねぇよッ!」
剣に炎を纏わせて地面を蹴る。だが、俺の速度より若干フェリスの斬擊が早い。つまり、彼女の斬擊を防御した後、最速の動きで俺も今までと同じように再び伸びた触手に接近を阻まれた。
「―――けどなっ!」
「私がいることを忘れてはいないかなァッ!!」
一瞬で少年の傍に現れた先生。速度だけで言えばこの中にいる誰よりも早く、だからこそ最も少年が意識を向けていたであろう相手。だが、フェリスと俺の大声でのやり取りや、彼女の取り出した巨大な武器のインパクト、そしてそもそも存在としての格が違いすぎるフェリスが前衛に出たことは、彼もその意識をこちらに向けざるを得なかったようだ。
結果として、最も彼が接近を許しては行けなかった先生が、血管が浮き出るほどに固く握りしめた拳を構えていた。
「はァァァァッ!!!」
「ぎっ…………」
先生の鉄拳が少年の右頬にめり込む。およそ人体から鳴ってはいけないような鈍い音が響き…………だが、先生のパンチを受けて吹き飛ぶ直前、少年は目にも止まらない速度で尻尾を捻らせて先生の横腹へ叩き付ける。
「ごはッ…………!?」
互いの攻撃により、二人は真逆の方向へそれぞれ吹き飛ぶ。俺たちの隣を通り過ぎ、そこにあった棚を破壊しながら激突した先生を見て、俺は大声で先生を呼んだ。
「先生!!」
「っ…………私は問題ない!だがなんと言うガッツだ………!私の一撃を顔面に受けて、意識を保つどころか即座に反撃してくるとはね………!」
同じように吹き飛んだ少年は舞い上がった埃を触手で振り払って立ち上がる。そして、本来曲がってはいけない方向を向いていた首を自ら掴んで無理矢理矯正する。
その際に聞こえたイヤな音が、若干だが俺たちを気張らせる。
「…………なんつー生命力だよ」
「これが、魔神の試作体か………!」
触手は俺達に向けられ、少年は牙を向くという人らしからぬ顔で俺たちを睨み付けている。その獣のような純粋な殺意に冷や汗を流したが…………
「でも―――――これでお終い」
その声と同時に、少年は突如地面に叩き付けられる。四肢も触手も地面に張り付いたかのように動かず、彼は苦悶の声を上げる。
「ガァァッ!アァッ!ッ、離せッッ!離れろッッッ!!姉さんに…………近付くなッッッ!!!」
「………なんて憎悪だ。しかし、姉とは………まさか、実験前の記憶をそのままにしているのか…………いやそんなまさか」
「どのような実験をしていたのかは知らんが、どうあっても常人では耐え難い苦痛を伴うだろうことは確かだろう。それを考えれば…………」
「記憶を残してたら、今頃襲われてるのは俺達じゃなくてあいつらですよね。…………まぁ、そうなると姉という意味が余計に気になりますけど、本人に聞いても答えてはくれなさそうですし」
諦めた様子もなく、俺達を睨み付けたままの少年に視線に戻し―――――彼から伸びる触手の一本が、地面に突き刺さっているのを見て叫ぶ。
「避けろッッ!!!」
「――――え?」
しかし、そんな俺の声と同時に地面が砕かれ、薙いだ触手がリリィを吹き飛ばし、彼女の小さな体躯が部屋の壁に叩き付けられる。
「リリィ!ッ!?」
当然、重力魔法の拘束から解かれた彼は、気が付けば既に俺の目前にいた。向けられた触手はまるで槍のように先端が鋭く尖り俺に突き出される。
「ちッ…………!」
ここで後がどうとか言ってられる場合じゃないだろう。必要があれば余力を残した状態で解除すればいい。
「天赫ッ!」
瞬時に天赫を発動し、僅か数ミリまで迫っていたそれを体を逸らして躱す。そしてすぐに右手に魔力を集めて圧縮し、赫い焔を纏わせて少年の腹へと叩き込む。
「悪ぃな」
それが寸分の狂いなく彼の腹部に命中したとき、その赫い焔は余波で地面を融解させる熱を放ちながら爆ぜた。
「――――」
少年は声を上げる余裕もなく、まるで弾丸のような勢いで吹き飛び壁に激突する。だが、こうなればもう容赦は出来ない。こいつも犠牲者なのは分かってるけど…………
「炎の槍!!」
俺が左腕を掲げると彼が吹き飛んだ土煙の上に赫い炎の槍が五本浮かび、俺が左腕を振り下ろすと同時に全ての槍が落とされる。
だが、彼はその直後に地面を触手で叩き、体を一瞬にして浮かび上がらせることでそれを躱し、そのまま二本の触手を俺に振り下ろしてきた。
「いい加減に倒れやがれ…………!」
両腕に赫焔を纏い、交差して触手の叩き付けを防ぐ。そのまま無理矢理腕を振り払ってそれを弾き、俺が右手の五指に炎を纏わせた直後にそれは巨大な炎の爪となって空中にいる少年を挟み込む。
「グッ、アアアアァァァッッッ!!」
少年は触手を伸ばして自身を包み込み、壁のようにそれを阻む。だが、動きさえ止まればそれでいい!
「フェリスッッ!」
「わかった!」
フェリスは炎の鳥の姿となり、全身の炎を激しく燃え上がらせる。その輝きと熱で、この狭い部屋が一気にサウナのようになった直後、彼女はそのまま彼へと突撃する。
「ホルルルルルッッッ!!」
瞬間、激しい光と熱が周囲に広がった。直後に校長が何かの魔法を唱え、直後に自身と先生、そしてフラフラと立ち上がろうとしているリリィが青い光に包まれる。
恐らくは熱を遮断する魔法か。そう考えている間に爆発が止み、そして…………
「なっ!?」
俺の目前に、彼が迫っていた。その背から伸びている触手は殆どが真っ黒に燃え尽き、彼自身も右半身に酷い火傷を負った姿で腕を振り上げている。その執念はあまりに異常としか言いようがなくて、咄嗟に反応することが出来なかった。
「アァァァァッッッ!!」
「ごはッ…………!?」
怒号と共に突き出された左手に、その少年の体躯からは考えられない膂力によって俺は吹き飛んで壁に叩き付けられる。
それを見た先生は目を見開きながら俺の名を呼んだ。
「ノイン君!っ、いくら子供とは言え、こうなればもう容赦は出来んぞ!」
「ウるさい」
瞬間、少年の燃え尽きた触手から肉を裂くイヤな音を立てながら、まるで尾のような刺々しい骨が生えてきたのだ。
それを見た俺達は一瞬だけ唖然とし、それはすぐに再生した触手によって包まれるが、直後に振るわれた触手の一撃は…………
「ぐゥッ!?」
先生が受け止め切れずに苦悶の声を漏らす。それに留まらず、更に触手は先生の体に巻き付き、彼を無理矢理持ち上げた後で猛烈な勢いで壁へと放り投げる。
一連の流れを見ていた校長は、唖然と少年はを見つめ、彼もまた校長を睨み付ける。
「なんという………こいつ、まさか進化しているのか………」
「校、長……ここは、もう、引くしか…………」
「分かっている!だが…………」
校長と少年は睨み合う。互いに隙を見せれば待っているのは確実な死。そんな状態で転移などの魔法を使えるわけもないし、何より俺自身もかなりのダメージを受けてしまった。
天赫も解除されてしまったし、短時間とは言え蓄積した熱もある。フェリスは…………
「っ………マジかよ…………」
部屋の天井に、フェリスが翼と胴体に分離した触手の先端を深々と突き刺されて張り付けにされていた。何とかしようと踠いているが、今すぐ脱出するのは難しいようだ。
なら…………もう。
「ノイン!君はもう大人しくしていろ!」
「それが出来たら………俺はここに立ってねぇんだよッ!!」
もう一度天赫を発動する。操作は先程より正確に出来ず、全身に走る痛みを堪えて立ち上がる。
「ノイン君やめなさい………!」
「熾炎………もうやめて…………」
「フォルルルッッ!」
腕に赫焔を纏わせると、手の末端が黒く染まって激しい痛みが広がった。死ぬ覚悟なんかとっくに出来ているが、それを加味してももう数分とは持たない。
ならせめて…………!!
「首吹き飛ばせば、いい加減大人しくなってくれるだろ………なァ!?」
ここまで暴れて増援が来ないんだ。二人目なんて考えなくていい。目の前のこいつをどうにかしろ。
そう自分に言い聞かせながら足に焔を纏わせて飛び込み、同時に足にも腕と同じ痛みが走る。けど、それだけの加速は得た。
赫焔を一点に集中し、最大まで威力を上げた爆発を叩き込む。多分、既に耐性限界を超えた俺の腕じゃその爆発で完全に燃え尽きるだろうが、リスクを取らずに勝てる道はもうない…………!
「はぁぁぁぁ!!!!」
この瞬間に得た加速は先生以上。今から回避するのは不可能な距離。これで死ななきゃ、言い方は悪いがもう本当に生物を止めてやがる。だが、その心配はいらないみたいだ。
拳が迫るにつれて彼の顔に広がっていく火傷を見て、同時に俺自身に襲い掛かるであろう痛みに備えて歯を食い縛り―――――そこで、俺の意識は途絶えた。




