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90話

 俺は右手に炎を構え、皆もそれぞれが何が起きても良いように構える中で、部屋の中を覗き込んだ校長が待ったの合図を出す。


「子供が寝かされている。………息をしている様子はないがな」

「子供が?」

「あぁ、二人とそう変わらないくらいの少女だ。………普通の人間じゃなさそうだが」

「………」


 校長の言葉に、俺と先生とフェリスは同時に表情を曇らせてしまう。思い浮かべたのは数時間前に見たあの少女の姿。

 分かっていた事とは言え、やっぱり被害者は彼女だけではなく…………寧ろ、アルヴィースの言葉通りなら、あの少女の後ろには何人もの"失敗作"が積み上げられているはずだ。

 けど、確かに俺は何かの気配を感じたはずだし、今もその気配は感じている。校長は何かの魔法を使ってもう一度部屋の中を見渡していたが、ゆっくりと首を横に振った。


「ふむ。それ以上は何もなさそうだ。あまり手を付けた様子がないようだから、実験の資料は残っているかもしれんがな」

「では早く調査しましょう。奴らが何を仕掛けているかも分かりません。時間を掛けるのは悪手です」

「あぁ、行くぞ」


 校長と先生が部屋に入っていく。それを見て、俺は隣のリリィに視線を向けた。俺とフェリスはもう、あいつらの所業をこの目で見てしまっている。何を見ても胸糞悪い以上の感想は出ないだろうが、彼女はまだ実験体になったあの姿を見ていない。

 知るべきでないこと事は知らないままで良いとも思う。俺が言うのもなんだが、リリィはまだ子供なんだし。


「お前はどうする?正直、見て楽しい物でもないと思うけど」

「………別に。今更だから」


 そう言って、リリィは部屋に入っていく。不機嫌そうにしているのは、やはりさっきの事があったからか。離れていく彼女の後姿を見ながら、俺は彼女に言われた言葉を思い出す。


「………俺だけじゃない、か」


 思えばいつからだろうか。俺が皆を守らなきゃいけないと思ったのは。あの吹雪が故郷を奪うと知った時?それとも、エリーが山賊に連れ去られた時?それか、父さんが氷身病に倒れていたのを見た時だろうか。

 そんな考えに立ち止まっていると、ふとフェリスが心配そうな顔で俺を見ていた事に気付く。


「ご主人様………大丈夫?」

「悪い。ちょっと考え事をしてただけだ。気にするな」


 もう一度、ちゃんと話し合わないといけないかもしれないな。フェリスだけではなく、父さんとも。でも、今はその時じゃない。まずは目の前の事をどうにかしない事には、先に進めないだろうから。と、何もせず突っ立っていると、当然それを不思議に思う奴もいる訳で。

 リリィがひょこりと部屋の扉から顔を出し、呆れた表情を浮かべていた。


「熾炎。なにしてるの」

「あぁ、わりぃ。すぐ行く」


 俺とフェリスはすぐに部屋の中へ入る。そこには最近まで使われてたであろう実験器具や資料が多く残されていて、部屋の中央にある大きな鉄の椅子には白いワンピースを着せられた小柄な少女が座っていた。


「…………この子が?」

「うん。近付いても、全く反応はないし、先生の言った通り息はないみたい」


 彼女はそう言って少女に視線を向ける。白いショートヘアと言う点はあの時の少女と少し似ているが、頭の左右に小さな角が後ろに向けて伸び、その白髪には正反対の水色が混じっている。そして何より、その背に生えているのは片方だけの純白の翼だった。


「………本当に動かないのか?」


 声を掛ければ目を覚ましてしまいそうなほど、その状態は綺麗なものだ。しかし生気の宿らない白い肌や、呼吸をしている様子もない様子で、本当に死んでしまっているのだと言うのは俺の目で見ても明らかだ。でも、何故か俺はそう思えなかった。


「そんなにこの子が気になるの」

「まぁ、少し。………フェリスから見てこいつはどう思う?」

「え?…………んー………私には、生きてるようには見えない、かな?」

「………フェニックスがこう言うんだから、生きてるはずがない」

「………そう、か」


 じゃあ、さっきから感じてるこの気配はなんだ?部屋を見渡しても、校長と先生が資料を漁っているだけで、他に何かがあるようには見えない。

 この納得の出来なさが不快で、不気味にも感じていた。部屋は比較的広くはない。目に見える範囲以上に何かある訳ではないだろうが………


「ご主人様?」

「………いや、なんでも――――」


 言葉の途中で少女の方を見て、俺は呼吸が止まる。閉じていた少女の瞳が、俺を見ていたのだ。少女の蒼い瞳と目が合った瞬間、バチッと電気が走ったかのような音が頭の中で響き、強烈な頭痛が俺を襲うと同時に視界が真っ黒に染まって俺の体の感覚が遠ざかる。…………あぁ、この感じは。前にも何度か経験したことがある。

 だが、まず入った最初の情報は人々の怒号と慟哭。少しずつ浮かび上がる景色を見た俺は、息を飲んで目を見開く。


「なんだよ………これ」


 栄えた街を、多くの人々が何かから逃げようと走る。無数の人が互いを押し合い、我先にと逃げ惑う。

 夜空が見えないほどの黒煙と火炎がこの街を包み込んでいた。そんな中で、大気を震わせる咆哮が響き渡り、同時に無数の悲鳴が上がる。

 そしてそれは次の瞬間だった。俺の立っている通りを熾烈な業火が凪ぎ払う。


「っ!?」


 咄嗟に腕を交差して構える。しかし、直撃したはずのその熱は俺に伝わってこない。そこで、やっぱりこれは現実ではないのだと理解する。

 だが、ゆっくりと目を開いた俺の目に映った景色は、地獄と言う他になかった。逃げ惑っていた人々は物も言わぬ炭となり、骨すら残さず肉体が殆ど焼失している。

 俺は唖然としつつ上を見上げる。俺の視界に現れたのは、まるでフェリスのように炎で作り上げられた巨体を持つ炎の怪物………敢えて姿を表現するのなら、それは龍のようなナニカだった。


「魔龍…………なのか?」


 口に出してみたが、絶対に違うと言う予感があった。燃え盛る炎に見えるナニカの双眸には、あの時対峙した魔龍にあった理性や知性といったものは一切感じられなかった。意志や感情などなく、ただ力のままに破壊を振りまく炎の災厄。

 その怪物が持つ熱を感じることは出来ないのに、恐らく俺の持つ何倍………いや、比べる事すら出来ない程の熱を放っていることが分かってしまった。


「………誰の記憶なんだ」


 これが過去の記憶であることは今までの経験上すぐに察することが出来た。けれど、それが誰のものなのかがまだ分からない。そして、これが一体いつの………あれが何なのかすらも。更に怪物が大きな口を開き、火炎を放とうとした直後だった。

 空に掛かる雲を照らす程の迸る雷閃と、余波だけで建築物を吹き飛ばす凄まじい水流が怪物を襲う。


「あれと何かが戦ってんのか………いや、待てよ」


 炎の怪物に対して、水と電気。それも、並外れた威力だ。あの威力は間違いなく【五属の継心】………海容と慈しみの継心である【原蒼】と、不屈と戦意の継心【覇雷】の継承者だろう。

 ここでその二人が揃っていると言うことには疑問はない。だが、だとすればこの記憶の主は………そこまで考えた直後だった。

 視界が真っ白に染まり全ての音が消える。何が起こったか分からず顔を腕で庇うが、当然衝撃や痛みは襲ってこない。一切の情報が断たれた中で、直後に俺の中でさっきの攻撃が思い浮かんだ。


「水と電気………火」


 前世での記憶が蘇る。それに関わる人や声などは忘れていたけど、知識だけはしっかりと残っていた。水が電気分解させ、火を近づけた時に小さな爆発が起こった。理科の実験と言う小さな規模だからこその結果だったが、今の攻撃は圧縮された大量の水に、恐らく落雷以上の出力を持つ雷があの温度とぶつかったのだ。

 その結果など、正しく火を見るより明らかで。そう思った直後、白く染まっていた視界が再び黒く染まり、全身が急激に引き戻される感覚に陥る。そして


「――――っ!?」

「ノイン君!大丈夫かい!?」

「ご主人様!いったい何があったの!?」

「怪我はないか?もしや、体調が良くなかったのか?」

「………大丈夫?」


 目を開くと、四人が俺を見下ろしていた。恐らく、あの時に倒れてしまったのだろう。若干痛む頭を抑えつつ、俺は立ちあがる。


「すみません、大丈夫です。体調も問題は………それより、あの子は?」

「あの子?いや、何事も無いが………なにかあったのかい?」

「目が開いて………」


 そう言って少女の方に視線を向けたが、あの時見た青い瞳は変わらず閉じられていて、まるで最初からそうであったかのようだった。何が起こったのかが自分でも分からなくて、思わず無言で少女を見つめてしまう。


「目………?おいおい、ノイン君。こんな時に怖い話かい?実は私、その手の話が苦手でね。場は考えて貰えると――――」


 瞬間、部屋の扉を破壊して何かが侵入する。直前でそれに気が付いた先生と校長は即座にリリィを後ろに庇い、校長が結界を作り出して瓦礫や破片を防御する。しかし、次には舞い上がった煙の中から二本の触手が迫って来た。


「実験体………!」

「こいつが………!」

「クソっ、最悪なサプライズじゃねぇか………!」


 校長は更に結界を増やし、その触手を防ぐ。晴れた煙の中から現れたのは、白い髪をした少年。そしてその少年はあの時の少女と同じような赤い瞳と一部が赤く染まった髪色をして、その背中からは二本の触手が伸びていた。

 まさか姉弟………いや、そもそも実験の影響でこうなるのか?それとも………いや、そんなことは今はいい。少年の敵意に満ちた赤い瞳を見て、戦いは避けられないと判断した。

 だが、場所が悪い。俺が万全に戦うには狭すぎるし、人が多すぎる。こんなところで全力で火を使おうものなら、リリィたちを巻き込んでしまうのは避けられなかった。

 そんな迷いが頭を過ぎった中、少年が俺達を睨んだまま口を開いた。


「姉さんから………離れろ………!」

「………姉?」


 全員が意表を突かれたように動きが止まるが、直後に少年は地面を蹴って天井に張り付いた。こいつ本当に人間かよ………!?


「戦うしかないようですね………!」

「分かっておる。ノインはライナスの補助、リリィとフェリスは後方から俺と二人の支援だ、良いな!?」

「分かった!」

「うんッ!」

「………分かりました」


 俺は【焔翼の器】を呼び出して先生の隣に立つ。大規模な炎は使えない。なら、先生と一緒に短期決戦の近接戦闘がベスト。


「ノイン君、準備はいいね」

「あぁ、当然!!」


 瞬間、再び二本の触手が俺達に迫る。それを見て俺と先生は同時にその場を跳んだ。出来れば生け捕りにして、少しでも情報が欲しい。だが、彼や彼女のような被害者があとどれくらいいる?

 まさか、もうこんな悪趣味な『サプライズ』に使えるくらいには、何人もの被害者を作っているのか?


「マジで胸糞わりぃんだよ………!」


 唾を吐き捨てたくなる衝動を抑え、迫る触手を切り捨てる。強度はないが、速度とパワーは並外れている。一撃食らえば戦闘の続行は見込めないかもしれない。ついでに言えば、触手はいくら傷つけてもすぐに再生しやがる。

 もしもの時は脱出も視野に入れなきゃ駄目か。回避した触手の一撃が壁を貫通するのを見て戦慄しつつ、先生が彼の元へ飛び込むのを見て俺は再び駆け出したのだった。







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