83話
俺が学校に通い始めて一年が過ぎた夏。夏と言う季節には全く似合わない気温は相変わらずだが、二年生になった俺もようやく15歳になって身長はますます伸びてきた。
イリスも入学して三ヶ月程が経ち、クラスにも馴染むことができて、更には学年での総合成績一位を取っているらしい。流石は我が妹だ。
お昼休みに一緒にご飯を食べるために食堂の同じ席に来るのは可愛いが、そろそろお兄ちゃん離れした方が良いのではないかと心配にもなってくる。
まぁ、それはいいとして。俺自身もクラスの奴らとの関係は悪くない。何だかんだと、楽しい学校生活は送れていると思う。
「そうかい。…………最初は色々言っていたけれど、君が楽しくやれているようでホッとしたよ」
「俺もそう思う。最初は本当にどうなることかと思ったけど」
「ははは。けど、良い友人が出来たと私は思うけどね」
父さんはそっと笑みを浮かべながら執務室の窓から庭を見下ろす。そこには、庭に設置しているテーブルを囲み、エリー、フェリス、イリス、ルリア、カインがお茶とクッキーを楽しみながら談笑していた。
週末に父さんから呼び出しがあり、現状報告を兼ねて帰ってきていて、それに皆が付いてきたと言う流れだ。
「アゲード帝国の次期皇帝カイン様と、アクアマリン王国の巫女ルリア様を家に招くまでになるなんて、入学が決まったときの君の姿はどこにいったのかな?」
「まぁ、成り行きで。ルリアはともかく、カインは相手するのまぁまぁ大変だったし。学校でイリスが初対面から普通に話せてたことの方が驚きだよ」
実はコミュ強だったのかもしれない。まぁ、俺よりずっと貴族とのコミュニケーションは多かったようだし、会話を円滑に進める能力も培ったのかもしれないが。
俺もエリーも最終的に貴族との交流は断ってたからなぁ。と、妙なところで似ている幼馴染みの事を考えていると、父さんは庭から俺に視線を戻す。
「ところでノイン。今回君を呼んだ理由なんだけどね」
「あぁ、うん。なんかあった?」
「国王陛下から君宛に手紙が来ているんだ。中身は確認していないから、自分で読みなさい」
「………国王陛下からか。ここで見てもいい?」
「構わないよ」
なんだろうか。まさかルーナが………と嫌な想像が頭を過る。あの日、彼女はまた来ると言い残して消えてしまったが、その次は未だに来ていなかった。
まぁ、彼女の今の立場上、そう簡単にここへ来れてしまったらそれはそれで問題なんだけど。移動速度と言う面では最速と言って過言ではない【命煌】の覚醒者だから出来る芸当だろう。
手紙を開けて中を確認する。お決まりの挨拶文に始まり、本題が続く。その内容に、俺は眉を潜めた。
「………もしかして、また厄介事かい?」
「いや、うーん………厄介事っていうか」
もう一度内容を軽く読み返す。それはどちらかと言えば警告を含む内容で、それを聞いた父さんも眉間に皺を寄せる。
なんでも、ここ最近シーカーと言う組織がクリフォト王国で暗躍しているらしい。またベラクルス帝国が関わっているんじゃ、と思ってしまったが、恐らくそうではないらしい。
なんでも、その組織自体は俺が産まれるよりも前から続いていたようで、今までは比較的小さな国を中心として活動していたはずが、ここ数年になってクリフォト王国やその他大国として名を連ねる国々に手を伸ばしているらしい。
「父さんはこのシーカーって組織は聞いたことある?」
「いや、初耳だよ…………詳しい事は書かれてるのかい?」
「うーん………人を誘拐したりだとか、貴重なモンスターの素材を強奪したりとか、そういう悪事はやってるっぽいけど…………わざわざ手紙まで使って警告してくるのもちょっと不自然だよな」
「決して許される行いではないけど、確かにそういう事は珍しくはないからね………もしかすれば、カイン様なら名前くらいは知っていたりするんじゃないかな?」
「あー………そうだな。聞いてみるか」
俺は父さんの言葉に頷き、少し言葉を交わした後で執務室を出る。あいつは一応次期皇帝だし、シーカーとやらの事を知っていてもおかしくはない。
手紙を持って庭に出た俺に気付いたフェリスが大きく手を振って俺の名を呼ぶ。
「ご主人!お話は終わったの?」
「あぁ。………カイン、ちょっといいか?」
「ん?なんだ。僕に用か?」
「用って程じゃないけどさ。シーカーって聞いたことあるか?」
「シーカー?………あぁ、確か父上がそんな話をしているのを聞いたことがあるな。ただ、僕が調べさせた限りだと、どこにでもいる小悪党でしかないようだが、それがどうかしたのか?」
「ふむ…………いや、ありがとな。気にしないでくれ」
有益な情報はなしか。少なくとも、こうして手紙を送ってくると言うことは、国王はこのシーカーがフロスディア領を狙う危険性を考えていると見ていいだろう。
すると、話を聞いていたイリスが口を挟んでくる。
「兄さん、また危ないことに首を突っ込もうとしてるの?」
「あー………いや、そうじゃないんだけど…………」
「歯切りが悪い。怪しい」
じとー、と言う効果音が聞こえそうな視線を向けてくるイリス。当たり前と言えば当たり前だが、イリスは俺がトラブルに関わることに難色を示す事が多い。
なるべく心配させないように曖昧にしようと思ったが、正直に話した方がいいか。
「本当に違うんだよ。ただ、何かあるかもって国王陛下から警戒するように手紙が来たんだ」
「国王陛下から………?」
俺の言葉に、イリスだけでなくエリー達も怪訝そうな表情を浮かべる。
そして、エリーが顎に手を添えて口を開いた。
「………となると、少し気にした方がいいかもしるないね」
「そうなんだけど、こう言うのも今更って言う感じもしないか?」
「ふむ。………敢えて詳細を伏せながらこんな警告をすると言うことは………もしかすると、彼らには裏の掴めていない噂が立っているのかもしれないね」
「噂?」
「噂はあくまでも噂に過ぎないから、それを含めて伝えれば君に不必要な不安を与えることになるかもしれないだろう?杞憂に終わればそれでいいけれど、もしも何かあった時にほんの僅かでも情報があるかないかでは大きな違いがある」
エリーの話す内容は、確かにあの国王の考えそうなことだと納得出来るものではあった。というか、ここまですぐに頭が働くのは相変わらずだなぁと思うが。
ルリア達もエリーの憶測には納得がいったらしく、しかし同時に難しい顔をする。
「僕が言えたことじゃ無いけれど、君は本当に厄介事に好かれるね」
「まだ巻き込まれると決まった訳じゃないが?」
「時間の問題だと思うよ」
淡々と答えるエリー。その妙に確信を持った様子が若干苛立たしいが、実は何故か何事もないと言う訳には行かないんだろうなぁ、と予感してしまっていた。
自分でも否定できない予感に反論も出来ずに小さくため息を着いた俺へ、エリーは思いだしたかのように声を上げた。
「あぁ、ノイン。次の週末は開けておいてくれるかな?」
「ん?…………それはいいけど、何でだ?」
俺の問いに対して、エリーはちらりと意味ありげな視線を俺に向ける。その視線で、何となく彼女の考えている事を察するが、取り敢えず彼女の次の言葉を待った。
「最近は二人で外に行くこともなかっただろう?」
「………あぁ、なるほどな。分かったよ」
「ありがとう。楽しみにしているよ」
この辺りを見回りをするんだろう。もしこの街がターゲットであれば、子供が2人で街の外にいるのは恰好の的だろうし。そもそもこの街まで来ているのか、と言う疑問もあるわけだが。
まぁ、それは定期的に哨戒してればいいだろう。街の中は警備があるし、そう簡単には行動は起こせないはずだろうから。
「くく…………」
「…………なんだよ?」
カインの堪えたような笑い声を聞いて、俺は若干少し身を引きながら尋ねる。しかし、カインだけではなく、ルリアとイリスも小さく笑みを浮かべて俺とエリーを見ていたし、フェリスはそんな三人の様子が分からないようで首を傾げていた。
「いやいや、気にするな」
「………あ、そう」
正直、彼らが何を考えたのかは分かってしまったが、わざわざ言うと自分が不利になるだけだから大人しく相槌を打つ。エリーも彼らが何を考えたかは察しているだろうが、特に反応などはせずに紅茶を口に運ぶ。
元々噂の絶えなかった仲だし、その手のからかいを受けたのも一度や二度ではない。こういった時でも一々取り乱したりはしないし、どうやって受け流すかも何となく身に着けていた。
「ふふ、流石にちょっとからかわれたくらいでは動揺しないですね」
「そりゃな。一時期は本当に婚約を結ぶ話になってたんだし」
「「「え」」」
カイン、ルリア、イリスが同時に声を上げる。それはもう、拍手を送りたいほどに完璧なハモリ具合だった。軽い気持ちで口にしたつもりだったけど失敗だったか?そんな事を考えた俺を、エリーは自分で何とかしろと言わんばかりの視線を向けていた。そして、イリスが慌てたように席を立った。
「え!?話になってたって………もしかして、兄さん振られた!?」
「ちげぇよ、もしそうだとしたら俺の精神強すぎるだろ」
「なんだ。と言う事は、完全に無い話ではないのか」
「あぁ、なるほど………びっくりしました」
合点が行ったとばかりの表情を浮かべる三人。フェリスは何となくこの話をしたことがあるから驚く様子もなくクッキーを頬張っているが、内容に興味はあるのか俺達を交互に見ていた。
まぁ、それ以上にツッコまないといけないところもあるが。
「驚くところが違くねぇか?」
「………妥当だと思うが?お前達が既に婚約を結んでいるという話なら今更誰も驚かないだろうが、もし破談になっていたという話なら流石に信じられないからな」
「もうそういう扱いなのかよ」
「はっきり言うが、お前もいずれ家を継ぐ。その時にエリシア以外に婚約を結ぶ相手がいるのか?」
「………さぁ?そんな先の未来まで考えた事ねぇよ」
まだ目先の問題が多く残っているのだし。それに、こんなことを考えるのは不謹慎だが、俺がこの先生きて家を継ぐことが出来るという確証もない。フェリスの願いを背負ったけど、それが叶えられるという保証はない。
もしこの炎の運命に抗えず、災厄を齎してしまう事になったら、その時俺は………
「ノイン」
「………ん?あぁ、悪い。どうした?」
「いや、急に真顔になるものだから心配になっただけだよ」
「あー………いや、なんでもない。気にしないでくれ」
盛り上がっていた熱が急に冷めてしまって、曖昧な返事を返してしまう。勿論、こんなの何かあったと言ってるようなものなのは分かっているが、幸いにここでその事を問い詰めようとする奴は居なかった。それに感謝しつつ、恐らくもうそう遠くない未来が迫っているのを感じて、それを自覚してしまうとあまり気分を上げる事も出来なかった。
それから夕方くらいまで家で久しぶりにゆっくり過ごした後、全員で寮に帰る。その頃には流石にいつも通り振る舞うことが出来ていたが、フェリスには何を考えたか察されてしまったらしく、彼女も少し様子がおかしかった。
俺がこんなんじゃどうしようもないなぁ、と。少し反省しつつ、早めに安いんで気持ちを切り替えることにした。取り敢えず、シーカーとやらの調査もしないといけないな。
本当に俺の周りは退屈しない事ばかりだが、この地で好き勝手をする事だけは許せない。国王がわざわざ警告をしてくるのだし、少し気を張らないとな。




