84話
「………本当、あれから五年も経ったのにこの辺の気候は変わらないよな」
「昔話しただろう?魔龍の呪いは解かれたからと言って全てが元通りになるようなものじゃないと。少なくとも、僕らが生きている間はずっとこの雪景色とお友達だと思うよ」
「だよなぁ………ま、慣れた景色ではあるけどさ」
白銀に包まれた森を歩きながら、俺とエリーは話す。最近はカインやルリアも一緒に何かすると言うことが多く、二人っきりで出掛けると言うのは本当に久しぶりだ。
ちなみにだが、スピネル王国の王女アリスは未だに周りと常に距離を取った態度を取っている。ルリアも相変わらず声を掛けたりしているようだが………まぁ、結果は察してほしい。
いくら王女とは言え、あそこまで一貫して態度を崩さないのは逆に大変なのではないだろうか。
「ところで、例のシーカーという組織について、僕も少し聞き込みをしてみたんだけど」
「おぉ、どうだった?」
「あまり収穫はなかったよ。名前は知っている人はいたけれど、やはりどこにでもいる小悪党と言う話だった。…………ただ」
そこで言葉を切ったエリーを疑問に思い、俺は首を傾げて続きを促す。
「ただ?」
「魔術会の人間………先生達にシーカーの事を尋ねてみた時の反応が少し妙だったんだ。もしかすると、何か隠しているのかもしれない」
「………その言い方だと、シーカーと魔術会が裏で繋がってるって風にも聞こえるんだが?」
「さてね。確証がない以上は何とも言えないよ」
返ってきたのは肯定でも否定でもない言葉だった。実際のところは流石にあり得ないだろうとエリーも思っているだろう。
あの学校が設立してから一年、ようやく街からの信頼関係出来てきて、この地に根付いてきた頃なのだ。
ここでその信用を失墜させるような真似をするのは、余程のアホでなければあり得ない。
「………だとしたら、噂でも良いから教えてくれればいいんだけどな」
「僕達に関わらせたくないのかもしれない。生徒が厄介事に首を突っ込むなんて、学校側からすれば御免被りたいだろうからね」
「はっはっは。言ってくれなきゃ自分から行動するのが俺達なんだけどな」
「………大人からすれば困った子供だろうね。僕達は」
まったくその通りだ。まぁ、もしもそんなことを俺の父さんの前で言ったら青筋を立てて怒られそうだが。
ごめんな父さん。俺やっぱ大人しくって言葉の対極におるんだ。
「今回の調査を提案したのはお前だけどな」
「僕が提案しなきゃ、また君は一人で行っていたかもしれないだろう?」
「………」
わざわざ「また」と言う部分を強調して言うエリーに、俺は何も言えなかった。実際、シーカーの話を聞いた時から何らかの行動はしようと思っていたし。それが見透かされているのは………まぁ、当たり前っちゃ当たり前か。今まで積み重ねて来た実績があるんだし。
「それに、結局君は学校に通う一番の目的も忘れて新しい修行に没頭してるんだろう?」
「一番の目的?………いやまて、新しい修行って」
「一年を通してほぼ毎日夜な夜な寮を出て修行をしていて、誰にも気づかれないと思う方がおかしいとは思わなかったのかい?」
「………他にも知ってる奴いるかなぁ」
「さてね。先生は少なくとも気付いてそうだけど………と言うより、先生から教わった物なんじゃないかな」
「うーん………ノーコメントで」
まぁ、それが何より結果を物語っているが。先生は当然のように俺の修行についても気付いていて、たまに個人的にアドバイスをくれたりと色々世話を焼いてもらっている。が、まだまだ完成には程遠い。なんでも、先生は幼少のころから修行し続けて、成人手前でようやく完成した技術らしいし。一朝一夕で完成するはずはないと分かっていても、焦りは少しずつ募ってしまう。
ところで、最初の目的ってなんだったっけか。
「君、貴族としての振る舞いを学ぶために学校に通うんじゃなかったのかい?」
「あっ………」
そういやそうだった。いや、実際にはある程度の学びはあるんだ。あるんだが、意識している訳ではないから自信になるほど身についているかは怪しい。一年も経てば、そろそろ貴族の奴らは学校内で他の貴族と関わりを持とうとする奴も多くいる。
俺も何度かそういう奴に接触はされそうになったが、考えてみれば俺の周りにいるのはアゲード帝国の次期皇帝や、アクアマリン王国の水狐の巫女。早々声を掛けてくる奴がいるはずもなかった。
ルリアは割と口説かれてるのを見てるけどな。やっぱり性格なんだろうか。
「………頑張るか」
「頑張りたまえ」
にこりと笑みを浮かべるエリー。こいつは何だかんだと必要になれば必要な礼儀は出てくるから羨ましい。マジで使ってるところは片手で数えるくらいなんだけど。
正直なところ、当主になるって言う実感が今になってもあまりない。それよりも、もっと大きな問題が迫っているのが理由なのは自分でも分かっているけどさ。父さんは今の俺を見ても、本当に家を継ぐに相応しい人間だと思ってるんだろうか?
なんて事を考えていた時だった。エリーが唐突に立ち止まり、それを見た俺も思考を中断して彼女の方を見る。
「何かあったか?」
「魔力の残滓がここからあっちまで続いている。………けど、これだけはっきりと感じられるのは人間じゃありえない。それこそ、魔龍や君のような存在がいたとしか考えられないほどにね………辿ってみるかい?」
「当然」
ここで行かないと言う選択肢を取ったとしたら、ここまで来た意味がない。魔力の残滓はあの山のような例外を除けばすぐに消えてしまうしな。
俺とエリーはその魔力とやらを辿って森を進み始める。さて、鬼が出るか蛇が出るか。楽しみになってきたな。
「ノイン、悪い笑みが出てるよ」
「おっ、悪い」
久しぶりの本気の戦闘が出来そうで、思わず顔に出ていたらしい。自分で言うのもあれだが、本当こう言うところ貴族としては失格なんだろうな。
まぁ、今回は治安維持のためだし仕方な…………ん?
「なんか、揺れてないか?」
「………そのようだね。もしかして地し―――」
そうエリーが続けようとした直後だった。微かに感じる程度だった揺れが、一気に立っているのが困難なほどの大きな揺れへと変わる。
俺とエリーは姿勢を低くして倒れないようにしつつ、どうするかを考える。
「っ、ノイン!街に戻ろう!」
「ちっ、そうするしかねぇか………!」
とは言え、結論はすぐに一致する。こちらの世界で地震は初めてだから、街の皆が心配だ。家が倒壊してしまえば火事だってあり得るのだから。
焦燥に駆られつつも、俺とエリーは揺れの収まりを待つことにする。…………いや、そうしようと思ったときだった。更に激しい揺れとともに、俺達の立っていた地面が崩れたのだ。
「なっ!?」
「はぁっ!?ふざけっ………!」
地震で姿勢を落としていた状態では咄嗟に跳んで逃げることも出来ず、そのまま俺達は空いた大穴へと落ちていく。ちらりと確認した穴の先は光が届かずに先を確認出来ない。流石にこの深さはそのまま叩きつけられれば無事では済まない。
「エリー!手出せ!」
「っ、分かった!」
俺の言葉に頷いたエリーが伸ばしてきた手を掴み、そのまま引っ張り寄せて彼女を抱える。
「えっ、ちょ、ノイン………!?」
「後にしてくれ!」
動揺するエリーを制した俺は暗闇の先を見据え、魔法陣を作り出す。そこから一発の火球を放ち、火の明かりで地面の位置を…………って、もう間近じゃねぇか!?
「ちッ………!」
足から一気に炎を噴射し、落下の勢いを弱める。もうこの距離じゃ完全に止まることは出来ないだろうが、ギリギリ怪我は防げるはずだ。
急激に落ちた速度の反動で強めの衝撃が走るが、それでバランスを崩すことなくなんとか両の足で着地することに成功する。
「あっぶねぇ………!」
「…………え、と。その………ありがとう」
「気にするな。怪我は?」
「ううん、ないよ。…………それより、早く下ろしてくれないかな?」
「あぁ、悪い」
暗闇の中でエリーを下ろす。互いの姿も見えないほどの暗闇で彼女がどんな顔をしているかは見えないが、声の感じからして恥ずかしがっているのは理解できた。案外女の子らしい反応だなぁと思いつつ、上を見上げる。………うん、光が見えねぇな。こんな真っ暗闇で転移で飛ぶのは危険すぎるし、上に続く道を見つけたいんだが………なければ一か八かやってみるしかないだろうけどな。
「周り照らすぞ」
「ちょっと待って」
「あー………悪い、恥ずかしいのは分かるんだけど――――」
「バカ。そうじゃなくて、二つの魔力がこっちに来てるんだ」
「………人か?」
「魔力量と動きからして恐らくは。様子を見よう、瓦礫の一つでもあればいいんだけど………」
エリーは俺の手を引いて暗闇を少し歩く。良くこんな真っ暗な中進めるな、俺怖くて一歩も踏み出せないぞ。
「ん、ここが良さそうだ。しゃがんで」
エリーが小声で囁く。恐らく例の魔力が近いのだろう。エリーに言われた通り姿勢を低くすると、そのまま手を引かれて狭い場所に入る。………本当に何で分かるんだ?実は夜目でもめっちゃ利くタイプなんだろうか。
そのまましばらく待っていた時、俺の耳にも二人分の足音が聞こえてくる。音の感じからして、確かに間違いなく人間っぽそうだ。同時に光に照らされ始めた岩の壁を見て、その誰かが光を持っているのも理解した。
「………ノイン、動かないで」
「ん、おい、ちょ――――」
「声も出したら駄目だ」
暗闇の中、エリーが覆いかぶさるように俺を壁に押し付ける。そして俺の終わってる感知能力でも密着していれば流石に彼女の魔力は感知でき、その魔力でエリーが何らかの魔法を使用していることが理解できた。
流石にこうなると俺の方が少し恥ずかしいんだが。さっきまで抱えられるだけで照れてた奴はどこ行ったよ。ふざけている訳ではないらしいから取り敢えずは従うけどさ。
呼吸を浅くして、可能な限り音を潜めるエリーに倣って俺も呼吸を浅くする。そうして十数秒、とうとう人の話し声が聞こえた。
「ここか………派手に壊れたなぁ」
「つってもこの深さだ。流石に降りてくるような奴は居ないだろうよ」
「ボスは用心深いからなぁ………どうせ塞げって言うさ」
「はぁ………ったく。だからあんなもんの起動実験はまだ早いって言ったんだ。まだ土台も整ってねぇのに派手な事しやがってよ」
明らかに俺達とは違う境遇の話題。同じくここに落ちてしまった人間だったらよかったんだが、そういうわけにはいかないらしい。それどころか、今聞こえた話を考えるにさっきの地震は………
「取り敢えずこの辺ちゃんと見ておくぞ。トラブルがあったら、始末されんのは俺達なんだからな」
「分かってら」
そう言って二人の男は周囲を散策し始める。これまずくね?そう思ったのと、足音が近づいてくるのは同時。どうするんだと思ったが、エリーは相変わらず俺を押さえつけたまま動かない。取り敢えず迎撃の準備は出来るように魔力を練ろうとしたのと、俺達の隠れている場所が光に照らされたのは同時だった。
「…………よし、何もないな」
「???」
え、今思いっきり目が合ったよね?いや、もしかして盲目か?じゃあ、なんで見回りに来たよ。あまりに不可解な出来事に俺の頭が疑問で埋め尽くされる中で、彼らは彼らで仕事を終えたのか来た方向へと引き返していく。足音や彼らの持つ光が完全に見えなくなったところで、エリーは大きくため息を付きながらそっと俺から離れる。
「………行ったようだね」
「あ、あぁ………何したんだ?」
何であんなことになったか、と言うのはやはり彼女が何かをした以外には考えられないだろう。が、何故ああなったのかは全く分からない。
「学校の図書室にあった本で見たんだけど、光には屈折と言う現象があるらしくてね。それを利用してみたんだ」
「あ、あー………なるほど」
光の屈折か。確かにそんなのあったなぁと思いつつ、それを実行できる彼女の才能に改めて感心する。………いや、多分知らないところでかなり練習してたんだろうが。
「君が気が付けない程だから自信はあるんだけど、他人も同時と言うのは初めてでね。強引になってしまって申し訳ない」
「いや、助かった………ところで、俺が気付かないって言うと?」
「少し前にそれっぽい話題はしただろう?」
「………なるほど、理解した」
俺の修行か。気付いていたどころか、ちゃんと見てたわけだ。性格わりぃ。
「………まぁいいや。取り敢えず、あいつらどう思う?」
「どうもこうも、十中八九僕らのターゲットじゃないかい?」
「だよな。となると………出口もあっちにある可能性があるわけだ」
「丁度いいじゃないか」
「俺も同じことを考えていた所だ。………って言いたかったんだけどな」
「どうしたんだい?」
恐らく彼女の中では、俺たち二人で突貫して暴れ回り、組織を壊滅………とまではいかずとも、ここに作られているアジトは潰すくらいの算段をしていたのだろう。けど、俺はそう簡単に行くとは思えなかった。
「あいつら、地震を起こせるんだろ?もし俺らが派手に暴れたせいでそれをまた起動されたら、街が危ない」
「………なるほど。確かにその通りだ」
「だから、今回はなるべくバレないように出口を探して、街で数を集めた後で速攻戦法を取る方が良いと思う。地震を起こされたとしても、備えがあるとないとでは違うと思うし」
「………君らしくない冷静さだ。分かった。君の言うとおりにしよう」
「一言多いんだよ」
いつまでも脳筋の馬鹿だと思うなよ。取り敢えず、作戦は決まったところで俺達は歩き出す。バレないようにと言った手前、明かりを出すわけにもいかないから、エリーに手を引いてもらう。
「お前なんで暗闇の中でそんなに迷いなく進めるんだ?」
「魔力感知の応用さ。魔力を少しだけ放って、その動きで周りの地形が何となく分かるんだ」
「おぉ………」
蝙蝠のエコーみたいなものか。相変わらず器用だなぁ………と思いつつ、俺達は暗闇を進む。とは言え………もしここから出口を探すとしたら、相当昇らないと駄目だろうなぁ、と。長丁場になりそうな予感に、少し不安を抱いたのだった。




