82話
「熾炎、これを見てほしい」
「………悪い。設計図だけ見せられても分かんねぇんだ。これは?」
「この前回収した遺物を復元した設計図。多分、形状的には腕に装着して使うものだと思う」
「へぇ………」
「…………」
「………言っとくけど、俺は実験台にはならんからな?」
と、今までは1人で古代遺物を弄っては周りを戦々恐々とさせていたリリィが、ノインと親しげに話している様子はそれだけでもこのクラス全員にとって大きすぎる衝撃だった。
あのルリアすらも驚いた表情を浮かべ、普段は何事にも我関せずと言ったスタンスを貫くアリスも怪訝そうな顔をしていた。
「…………あいつらどこで接点持ったんだ?」
「さぁね…………考えられるとすれば週末だろうけど」
「確かにノインは出掛けてたな。………それか?」
「多分ね」
声を掛けたエリシアからは冷めた回答返ってきたが。しかし、冷静なように見えてその視線はしっかり二人のほうに向いてるところを見るに、気にならないと言う訳ではないようだ。
「………にしても、一番の被害者と言ってもいいあいつが何故奴と」
「ノインは自身の事について軽く考える傾向があるからね。あの日は彼女に悪意がなかったし、謝意を見せたから後まで引きずることがないのは不思議じゃない。それにしても、何故と言う疑問はあるけどね。彼は古代遺物に興味なんて無かったはずだし」
興が乗ったのか、いつもより口数の多いエリシアの話を聞き流しながら考える。
彼女は元々口数も多くはなく、何より初日にやらかした遺物の暴走もあってこのクラスで進んで奴に近付こうとする奴はいない。
伯爵令嬢かつ、その技術や能力もあってシーリス家はクリフォト国王から重用されているとも聞くが、それを含めたとしても関わりたいと思う奴がいないのだから相当なものだ。
そんな考えを他所に、注目の的になっている二人は雑談を続けていた。
「…………じゃあ、こっちはどう?」
「………一応聞くけど、これは?」
「さっきの靴タイプ」
「手か足かの問題じゃねぇんだよ」
軽口を叩き合う様子から、ノインのほうが気まぐれに付き合ってやってるとかではないらしいのはすぐに分かる。リリィが4言以上人と言葉を交わすのを見たのは初めてだ。………少し気になるな。
「………まぁいいか」
さて、僕も次の準備をするとしよう。実戦訓練は少しでも時間を無駄には出来ないからな。
さて、ようやく俺が待ちに待った実戦訓練だ。1週間に3時間しか設けられないからなぁ。俺としちゃ、一日3時間が望むところだったんだが。それに………一応授業だから、好き勝手出来る訳じゃないのが辛い所だ。
「今日はお前が対戦相手か。ま、よろしく頼むよ」
「よ、よろしく………」
気弱そうに答える少年。言葉を交わすのは初めてだが、流石に名前くらいは憶えている。彼はロウェン。平民の出身で銀髪に狼の耳と尻尾が特徴的な狼の獣人だが、その金色の目は不安に揺れていた。
さて、肝心の彼の戦い方だが………可哀想な事に、彼も俺と似て炎の傾向が強い魔力。それ以外何も出来ないという程ではないが、当然俺程の火力があるわけがない。となれば―――
「点火」
「っ、蒼炎!」
赤い炎と蒼い炎が激突する。ほう、気弱な割には強火なことだ。二つの炎によって、今までにないほどに周囲の温度は上がっていく。だが、残念ながら真っ向からの火力勝負で俺が負けるはずもなかった。火炎は蒼炎を難なく穿ちロウェンに迫る。
「くっ………!」
それをロウェンは獣人特有の優れた身体能力で回避する。その動きは手練れの戦士を彷彿とさせる速度で少し目を見張るものがあるが、続けて放たれた蒼炎を見て、俺はため息を付く。
「おいおい、たった今火力じゃ敵わないって学ばなかったのか?」
俺も同じように火炎を放ち、再び彼の蒼炎は一瞬にして押し負ける。このままロウェンの魔力が切れるまで付き合ってやってもいいが、そんなことをするくらいならさっさと終わらせて次の試合を待つ方がいい。
火炎を回避したロウェンに、両手に炎を纏って突っ込む。だが、彼はそれに驚く様子はなく、しっかりと俺を見据えていた。
「そう………ぼ、僕の炎じゃ君には勝てない………!だから!」
「………へぇ」
「君が接近戦を選ぶのを待っていたんだ…………!」
同じように蒼炎を両手に纏ったロウェンは、俺の右腕を受け止める。全ての勢いを殺しきれた訳ではないようだが、有効打にはなっていないか。
面白い。すぐに終わるかと思っていたけど、案外楽しめそうだと俺は思わず笑みを浮かべていた。
続いて俺とロウェンの間で激しい格闘戦が始まる。わざわざ俺を誘っただけあり、肉弾戦はかなりの腕前だ。
「はは、なるほどな。俺に接近戦を選んだだけあるな」
「まだ………っ!喋る余裕があるじゃないか………!」
キツそうな声を張り上げながらも、俺の攻撃を卓越した動体視力で見てから対処し、そこから十分反撃にも移れている。動きから察するに、全く経験がないと言う訳ではないらしい。
蒼い炎と赤い炎が幾度となく交差し、少し彼の評価を俺の中で改める。が、それでも今まで踏んだ場数も火力も根本的に違いすぎた。
俺は振るわれた右ストレートを首を曲げて回避し、そこから飛び上がって炎を纏わせた回し蹴りを放つ。
「はぁっ!」
「ぐぅ!?」
咄嗟にガードをしたロウェンをそのガードの上から吹き飛ばし、受け身を取りながら着地した彼が体勢を整えるよりも早く足から爆炎を放って急速に距離を詰める。
「なっ………!?」
顔を上げたロウェンは目を見開き、再びガードの姿勢をとる。けど、それは今一番の悪手だったな。
「甘いっ!」
俺はガードをしている彼の片腕を速度を保ったまま掴み、更にそこから炎による推進力を足して彼を乱暴にぶんまわす。
そして、恐らくロウェンが平衡感覚を失うほどに勢いが着いたところで場外まで放り投げた。
「ぐッ…………!」
地面に勢い良く叩きつけられ、そのまま地面を転げるロウェン。投げる直前で速度は少し殺したし、投げる際も加減はしたから大きなダメージはないはずだ。
俺のその考えの通り、周りが駆け寄るよりも早くすぐに立ち上がるロウェン。しかし、彼の顔にはやや悔しさが滲んでいた。
「ガードに移る判断が早すぎたな。あれだけあれば、そのガードを崩す技を選ばせるのに十分過ぎる猶予を与えることになるし。ああいう時は迎撃をする判断が出来るようになるといいな」
「………うん。ありがとう」
言葉では感謝を伝えているが、その表情は暗い。軽く耳に挟んだ程度だが、彼は金銭的に余裕がある訳ではない家の為に、この学校で好成績を収めて魔術会に所属するのが目的らしい。余裕がない状況でこの学校に入学したところを考えるに、かなり無理をしたのかもしれない。
それか、俺が思っている程学費が高くないかだな。この学校の学費相場が分からんから何とも言えないけど。ま、知ったところで俺が何かできる訳でもないが。
戦闘エリアから離れていくロウェンを見送りながら軽く体を伸ばしていると、同じく初戦を速攻で終わらせてきたエリーが声を掛けてきた。
「お疲れ様。さっきの対戦は………少し先生の采配に疑問が浮かぶね」
「俺は別にいいんだけどな。あいつは少し可哀想だけど」
同じ属性同士の戦いでは当然、より出力が高い方が基本的には勝利する。フェリスあたりになって来ると、俺と対等かそれ以上かもしれないが。
敗北を知れば強くなれると少し前に言ったばかりだが、どうあっても有利不利というのは存在する。
まぁ、それすらバネにしてどこまで上昇志向を持てるかと言う話ではあるんだろうけど…………逆に悪い影響を与えなければいいんだがな。
「ほら、準備運動が終わったなら次は僕とだ。まさか、今の一戦で疲れたなんて言わないだろう?」
「当たり前だ。俺もやっと温まってきた頃だしな」
俺とエリーは同時に笑みを浮かべ、直後に一瞬で距離を取る。俺は両腕に大火を纏い、エリーは無数の魔方陣を作り出す。そして
「いくぞッ!」
「こい!」
俺は掛け声と同時に連続転移を行い、エリーとの距離を詰める。それに対し、エリーは魔方陣から無数の光線を弾幕を放って応戦してくる。
一撃一撃が地面を砕く程の威力を持った眩い弾幕。訓練場が舞い上がる砂塵で覆い隠され、エリーの姿が確認できなくなってしまう。
「ちッ!!」
火炎を纏わせた腕を地面に叩きつけ、巻き起こした爆風で砂塵を吹き飛ばす。しかし、彼女の姿は既にない。
俺は直感的にその場を跳ぶ。その直後、俺のいた場所を光の柱が射抜き、爆発を起こす。そして、空から楽しげな声が響く。
「見ることもせずに回避するなんて、君もついに魔力感知に目覚めたかい!」
「んなもん無くたってお前の動きは分かるんだよなぁっ!!」
空中を結界を使って跳び回るエリーに、炎の槍を生成と同時に投擲した。周囲の空気が一気に熱されて衝撃波になるほどの高温を放ちながら突き進む炎の槍を、エリーは足場にしている結界を蹴って飛ばし、槍にぶつけたのだ。
その直後に空中で巻き起こる巨大な爆発。爆煙のせいで彼女の姿を確認できないが、範囲だけで考えればエリーも巻き込まれたであろう距離だった。
けど、これで終わりなはずがない。そんな予感に答えるように、爆煙を吹き飛ばしながら巨大な光線が俺に迫ってきた。
それを跳んで回避するが、光線は地面を薙ぎ払うように大きく訓練場を横断し、薙ぎ払われた地面は地盤を砕かれながら、天まで届くほどの光を吹き上げた。思わず目を覆ってしまう程の光量と、襲い掛かる暴風。
「はははっ………!」
吹き飛ばされないように堪えつつ、溢れたのは笑みだった。そして、ふわりと軽やかに地面に降りてきたエリーにも、似たような笑みが浮かんでいる。
既に一戦目が終わった組がいくつか出ているが、次の試合に移る前に俺たちの試合を見学する奴も集まっていた。その中には、先ほど戦ったロウェンの姿もあった。
「…………」
無言で、それでも真剣な眼差しで俺とエリーの試合を見つめる彼の目を見て、少し前の心配はただの杞憂に終わりそうだと確信する。
んじゃ、もう少し暴れるか。
「温度を、上げるぞ………!」
「さあ、更に輝け………!」
互いの背後に幾つもの魔方陣が作り上げられていく。俺たちの魔力は可視化するほどに高まり、周囲は明るく、更に暑くなっていく。
瞬間、双方の魔方陣から無数の弾幕が放たれる。その数は千など優に越え、弾幕同士が打ち消し合うたびに爆風を伴う爆発を巻き起こす。
そうして俺とエリーは夢中で力比べをしていたが、結局、の日は決着が着かないまま授業は終わってしまった。………これが先生が俺達を対戦相手としてマッチングさせたくない理由かもなぁ、とか考えてしまう。
まぁ、それでもしばらくは退屈しなそうだな。あれの完成も急がなきゃだし、先を見据えるとこの学校の三年間はあまりにも一瞬だろう。
今のうちに得られるものは少しでも多く。最初は不安だった学校生活で、俺には明確な目標が出来たのだった。




