79話
「おい。エリシア。今日のあいつはどうしたんだ?」
「………さぁね。昨日就寝時間に別れるまでは特に普段と変わりなかったよ」
珍しくカインが僕に自分から声を掛けてくる。対抗訓練でノインはリリィと戦っているからだろうけど、今日の彼の様子は朝からおかしかった。
何かを思い詰めているのはすぐに理解出来たし、だからか今日は普段授業が始まるとともにどこかへ飛んでいってしまうフェリスも、僕と一緒に彼の様子を見ていた。
「…………」
無言のまま鋭い眼光を宿す彼は、リリィから放たれる四門の魔導砲の連続掃射を炎を纏った両腕による殴打で正面から打ち消していく。
圧倒的な火力によるごり押しは彼らしい戦い方ではあるけれど、それにしたって今日は強引過ぎる。
更にそのまま転移を決行し、連続転移によって強引に距離を詰めていくノイン。しかし、その途中で魔力を練り終えたリリィが膨大な魔力を放ちながら右手を空に掲げる。
「動かないで」
「っぐ…………!?」
瞬間、転移から現れたノインの体が地面に叩きつけられる。正確には、両足で踏ん張っては居るけど。
空間魔法で周囲の重力を操作したんだろう。相変わらず、発動さえすれば強力無比な魔法だ。
「まさか負けるんじゃないだろうな」
「………いや、そんな心配はいらないようだね」
自身を負かした相手が負けそうになっていると感じたのか、カインはやや切羽詰まった声をあげる。
しかし、彼の中から沸き上がるマグマのような魔力を見た僕は、首を振ってそれを否定した。その直後。
「吹き飛べ…………!!」
ノインは無理やり左腕を掲げ、その沸き上がった魔力を大火として纏って地面に叩き付ける。瞬間、吹き荒れる爆風と耳をつんざく轟音。僕が魔力による結界を咄嗟に展開しなければ、襲い掛かる熱波でただ見ていただけの僕らすらも火傷をしていたかもしれない。
リリィは今の爆風と衝撃波を間近で受けて吹き飛び、一瞬にして場外。そんな彼女に、数人のクラスメートが駆け寄っていく。
「………膨大な魔力にものを言わせて魔力抵抗を上げたのか。あの状況じゃ確かにそれしか手がなかったのかもしれないが………ここまで行くとあいつらしくない」
「普段の彼なら、リリィの魔法は最も警戒して動いただろうからね。あんな不必要なダメージを受ける戦い方は避けるはずだ」
ノインの魔力は言わずもがな、炎の適正を持つ魔力の中では間違いなく最上位の魔力だ。いや、寧ろ人間の中で並べる人はいないと断言出来る。
しかし、彼はその代償に自らの身すらも炎に焼かれてしまう。最近は例の篭手や彼自身の耐性によってそんなことは起こっていないけれど、場合によっては自身の力によってダメージを負うのだから、極力ダメージは避けたいだろう。
「心当たりはないのか?お前が一番あいつと付き合いが長いんだろう?」
「知らないよ。………ただ、彼は僕達が考えている以上に多くのものを抱えている。それが、誰の物だったのかは分からないけど、ね」
「っ…………」
僕の隣でフェリスが小さく息を飲む。ただの予想でしかなかったけれど、やはり彼女が現れた事とノインの変化は関わりがあるらしい。
ただ、今回の件と直接関係しているかは分からないけれど。
「放っていていいのか?」
「聞いて答えてくれるのなら、とっくに僕に話してくれているさ。そうでないのなら、僕が極力気付けるように努力するまでだよ」
「………」
ノインは続けて試合を行っていて、その相手はアリスだった。彼女も相手が熾炎の貴公子だと言うことで、いつもよりやや真剣な表情を浮かべている。普段彼女の傍にいるメイド達も少し心配そうだ。
「お前は行かないのか?いつもなら、あいつと連戦していたのに」
「今の彼と戦っても意味がないからね。僕らにとって、お互いの技を競うのはコミュニケーションのようなものだから。ただ力任せに火を振るう今の彼と、いつものやり取りが出来るとは思えないんだ」
「………やっぱり、お前達変わってるんだな」
「君が言えたことかい?」
恐らくこのクラス一番の変人にそんなことを言われても心外でしかない。とにかく、今は様子を見るしかない。それに、何だかんだと時間が経てば普段の調子に戻るだろうと思っていた。今はただ、彼には時間が必要なだけだ。
それはそうと、戦いの方は存外互角に進んでいた。ノインの無茶な接近戦を徹底的に潰すアリスの戦い方が上手いと言わざるを得ない。
彼が接近しようとすればすぐに大地から巨大な刃を作り出して道を阻み、すぐに空から降り注ぐ剣の雨が彼を襲う。流石に異名を持つだけあって戦いにはかなり心得があるようだ。ただ………残念だけど、ただ上手いだけでは覆せない理不尽みたいな存在が、僕の幼馴染だ。
迫る剣の嵐を劫火によって全て掻き消したノインが右手を掲げると、直後に太陽と見紛うような巨大な火球を作り出す。
「………あれ死ぬんじゃないか」
「大丈夫だと思うよ。彼女が極端に虚弱じゃ無ければだけど」
何かあれば、あの先生が止めるだろうし。先生は彼の試合を見て珍しくやや険しい表情を浮かべていたものの、動く様子はない。かく言う僕も、本当に彼が彼女を殺す程の威力を出していたら止めていたけれど。
いくら強引な戦い方とは言え、まだ特訓の範疇に収まる程度の魔力には抑えられている。例え直撃したとしても、死ぬことは無いだろう。
そして、ノインは腕を振り下ろし、その火球を地面に叩きつける。
「爆ぜろッッ!」
瞬間、その巨大な火球が弾けて大爆発を起こした。再び結界を展開して、迫る熱波と衝撃波を防御する。隣にいたカインは、それを見て引きつった笑みを浮かべる。
「………仮にも王女相手に容赦ないな」
「普段の思慮深さは落っことしてしまったみたいだね。まぁ、彼女も彼女で中々タフだけど」
爆炎が消えた先にあったのは、幾重にも重なった剣の山。それは徐々に融解し、中からは息を切らしたアリスの姿が現れた。かなりの魔力を消費したようだけど、一応戦闘自体はまだ可能だろう。しかし、当然ながらそれに待ったをかけたのは先生だった。
「そこまでだ。これ以上は怪我をしてもおかしくない。それでいいね?」
「………分かったわ」
「それと、ノイン君もそろそろ休憩をしなさい。根を詰めすぎるのは良くない。それに、君にはクールダウンが必要なように見える」
「………分かりました」
ノインは先生の言葉に頷いて、僕らの方へと戻って来る。そして、僕の隣に腰かけたノインに水筒を渡した。
「助かる」
「どういたしまして。少しは気分は晴れたかい?」
「………悪い。見苦しいとこ見せたな」
「僕は別に気にしないよ。リリィには後で謝っておいた方がいかもしれないけれどね」
「そうする」
ノインは頷き、渡された水筒を口にする。あれだけ戦ったと言うのに、息が上がっていないのは本当にどういう体力をしているのやら。深層まであるダンジョンを数時間のうちに駆け抜けたという話もあったけれど、改めて同年代の子供だとは思えない。
ただ、そこまでして彼が自分自身を犠牲にして、彼が得るものは何なのだろうか。彼が守り抜きたいと願った未来に………彼自身の姿はあるのだろうか。そんな不安を持ったのは、一度や二度ではない。
けれど、それを聞くのが怖い。誰よりも君が大事だからこそ、君が誰よりも自分を大事にしていない事を知ってしまうのが怖かった。
「さて、授業もあと少しで終わりか。今日は………」
「ノイン君、ちょっといいかい?」
「はい?」
ノインが僕に声を掛けようとした時、少し離れた所から先生がノインを呼ぶ。そして、彼はノインに小さく手招きをしていた。あの巨体でやるにはかなり違和感を覚える仕草だけど、まぁそういう人だと言うのはこの数週間ですでに理解していたから誰も何も言わないけれど。
名指しで呼ばれたノインは首を傾げながらも、先生の下へ向かう。
「説教だと思うか?」
「違うんじゃないかな」
実際には分からないけれど、多分違うんだろうと言う確信があった。声は聞こえないけれど、彼と話す先生は今までと変わらない笑顔を浮かべていた。まぁ、それが逆に恐ろしいと感じる人も多いけれどね。
取り敢えず、悪い話ではないだろう。少々ノインが怪訝そうな顔を浮かべているのが気になったけれど。それから数分程してからノインが戻って来る。
「悪い、放課後は予定が出来た」
「先生かい?」
「あぁ。なんか用があるらしい」
「ふむ………なら、僕は寮で待っているよ」
「分かった」
彼はそう言って、再び試合の見学に戻った。そんな彼の隣でフェリスは黙ったままだ。余計な事を言ってしまったかと思ったけれど、ノインがそんなフェリスに何か小さく声を掛けて、彼女は頷いて小さく笑みを浮かべた。
彼女には話せて、僕には打ち明けれない事だと言うことに少しだけもやっとした感情を抱いてしまう。ただ、彼らには彼らなりの事情があることも何となく察していた。
その日は以後特に何もなく。ノインがリリィに謝罪をして、彼女も特に気にしていなかったと言うことで問題にもならなかった。
彼が先生に呼び出された内容が気にならない訳ではないけれど、僕は約束通り寮で待つことにする。何となく晴れない気分のまま談話室の窓際に座って見上げた空はほんの少しだけ雲が掛かっていて、僕は小さくため息を着いたのだった。




