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78話

「で、先生のことなんか分かったか?」

「いいや。爺にも引き続き彼のことを探るようには言ったが………貴族ですらなく、家系も分からないとなるとな」


 あれからまた数週間が経った。そろそろ俺以外のみんなもここの生活に慣れ、それぞれ仲の良いグループが出来始めていた。

 そんな中で、俺は何だかんだとよく話すようになったカインに声を掛ける。が、返ってきたのは予想していた答えだ。


「やっぱり情報はなしか」

「………そんなに彼が気になるのか?」


 訝しげな表情を浮かべて聞くカイン。しかし、気になるかと言われれば当然気になる。あの人が使っているのは間違いなく魔法ではない。

 ならば、理論上は俺でも出来るはずなのだ。この炎の熱を育てることも、強くなる上での前提ではあるが。これから起こる戦いのために、俺はもっと強くならなければいけない。その為に、彼の技を身に付けたいと思うのは不思議なことではないだろう。


「先生の技を盗めれば、俺はもっと強くなれるはずなんだ。まずはどんな手段を使ってるのかから知りたいんだが…………」

「直接聞いてみたらどうだ?」

「魔術会の人だぞ?自分の手の内をそう簡単に明かすとは思えないだろ」

「………あれが魔術会の人間ってことが、まだ信じられないんだけどな」


 それは分かる。だが、他のクラスの担任とも普通に話しているところをみれば、疑う余地はなかった。授業も魔術会の学校と言うだけあって、かなり質も高い。俺にあまり利にならないのは変わらないが。

 最初はかなり生意気な態度を取っていたアリスも、先生が相手では大人しく言うことを聞くようになっているし。まぁ、近づき難い雰囲気は変わらないせいで、未だに一人でいることが殆どだが。たまにルリアが声を掛けているようだが、あまり会話が長続きしているようには見えない。


「ところで、彼女は何を弄ってるんだ?」

「さぁ?」


 カインが指差したのはリリィ。彼女の机の上には、これまた見た事が無い何らかの………まぁ、十中八九古代遺物だと思われる何かがあって、彼女は無言でそれを弄っていた。今までの彼女を知っている誰もが、巻き込まれたくないと言わんばかりに彼女の席から一定の距離を保っている。

 彼女の空間魔法は強力な代わりに、使い勝手がいいとは言えない。そんな彼女が普段の戦いで使うのは、自身が修理した古代遺物だ。以前舐めてかかったエリーが酷い目に合っていた。最終的にはちゃんと勝利していたが、流石に彼女も突然現れた転移門から魔導砲をぶっ放されるとは思っていなかっただろう。

 と、まぁ。その日は休み時間になると古代遺物を弄り出すリリィに誰もが気を張る一日にはなったが、結果的には何も起こらずに授業を終える。そして、放課後に俺はエリーと共に二人で作り出してしまった塔の下に来ていた。


「ふむ。やはりと言うべきか、傷一つすらないようだね」

「まぁ、俺の一撃を受けてもびくともしないからなぁ………」


 軽く手の甲でそれを叩く。響くのはかなり独特な甲高い音で、まるで一種の音色のようだ。とても硬い鉱物を叩いた音とは思えないが、そもそもの性質がかなり変質しているらしい。宝石として見てもかなりの価値があるのは間違いないが、マジックアイテムの素材にすれば相当な効果を発揮するだろうな。

 問題は、素材にするために採取することが出来ないと言う事だが。【焔翼の器】ならもしかすれば行けるかもしれないが、駄目だった時が怖すぎて試そうとは思えない。


「更に魔力を流して許容量を超えさせてみるか?」

「やめておいた方がいいだろうね。最悪、この領地が全て吹き飛ぶことになる」

「………ですよね」


 分かってはいたが。だが、エリーも気が付いてはいるだろうけど、放っておこうとも思えない理由があった。


「この周辺、この鉱石から魔力が流れて土地そのものが変わってるよな」

「うん。君がそう感じる程度には、膨大な魔力がこの地に流れ出ている。一種の聖域のような状態だ。下手をすれば、あの山と同じようにモンスターが寄って来る可能性だってあり得るね」

「それは困るんだよな………」


 そういえば、最近あの山の噂をあまり聞かないな。今はどうなっているのやら。まぁ、あの山の周辺だけずっと雲が掛からないと言うのを見れば、恐らくは未だに俺の魔力が影響を残しているのだろうが。

 しかし、明らかに他の場所と雰囲気が変わってしまったここが、少しだけ好んでいる俺がいた。俺自身の魔力だからだろうか。普段なら気にしないようなそよ風が、妙に心地よくて。少しだけだけ、その感覚に浸っていたいような気がした。

 暫く周囲の状態を確認して、街に帰ろうと思った時だ。


「あら?ノインさんにエリシアさん?」

「ん?………ルリア?こんな所で何してるんだ?」


 背後から俺達に声を掛けたのはルリアだった。清楚な白いワンピースを身に纏っているのは良いのだが、この地では寒いのではないかと思ってしまう。


「寒くないのか?」

「この辺りは少しだけ気温が高いですし、私の故郷もどちらかと言えば気温が低い場所ですので」

「なるほどな。………一応、なんでここに来たのか聞いても良いか?」

「特別な理由はないんですけどね。ここ、故郷にある大聖堂に雰囲気が似ているので、少し落ち着くんです」

「…………大聖堂?」


 こんな雪原の森の中にそびえ立つ塔の周りが?と、俺とエリーは同時に訝しげな顔をしてしまう。

 しかし、そんな俺達にルリアは小さく笑みを浮かべて頷いた。


「大聖堂には、海の主と呼ばれる幻獣リヴァイアサンを模した水晶像があるんです。その像が持つ雰囲気と、この鉱石の塔は…………姿形や、周囲の環境は全く違うのに、似たようなものを感じます」

「…………」


 俺とエリーは一瞬だけ視線を交わす。恐らく、考えたことは同じだろう。俺達の魔力から作り出されたこの塔に似ている雰囲気を持つ水晶像。

 断言するには証拠が少し薄いが、可能性として考えられるのは、【五属の継心】の継承者が作り出した物だ。

 しかし、いくら新興国と言えどもここ数十年と言うわけではない。【五属の継心】が再び現れたこの時代とは、どう考えても重ならないはずだった。

 そして、エリーはルリアに視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。


「それ、誰が作ったか分かるかい?例えば…………そうだね。君のご先祖様だったり」

「え?いえ、私の一族ではないと思いますが…………申し訳ないのですが、あれを誰が作ったかは、私も分からないんです」

「ふむ………なるほどね」


 誰が作ったか分からない、か。少なくとも、彼女が生まれるよりも何代も前の話なのだろうが…………やっぱり、判断するには情報が少なすぎるな。

 ルリアが水の継心、【原蒼】の継承者の可能性を少し考えてしまったが、すぐに頭の中で否定する。

 言っては悪いが、以前見たルリアの戦いは、印象に残るほどの物ではなかったと記憶している。普通の人とは比べ物にならないほど巧みに水を操りはしていたが、【五属の継心】とは明らかに出力が違いすぎる。


「この塔、お二人で作ったのでしょう?」

「まぁ、な。意図してじゃないんだが」

「そうだね。僕らとしては誇れない出来事ではあったよ」

「…………なるほど」


 ルリアは一言だけそう呟き、苦笑を浮かべる。なんとなく事情を察してしまったのだろう。雰囲気が落ち着くと言ってくれた手前とても申し訳ないが、これ普通にやらかしの産物なんだ。

 ただまぁ、父さんには冗談でああ言ったが、本当に観光資源として残してもいいのではないかとも思う。目立ちすぎるのはちょっとあれだが、鉱石として見れば十分綺麗だし、奇跡的に造形も案外綺麗に整っている。

 まぁ、俺が言わずともそういう方向で話を進めてそうだけど。これどうしようもねぇもん。とまぁ、たまたま合流したルリアと雑談をしつつ学校に戻った。何だかんだと言っていたが、案外普通に友達もできたし、楽しいと言えば楽しい学校生活になっていることに改めて少し安心したな。

 その日はいつも通りに過ごし、夕食を寮のダイニングルームで食べた後はエリーと就寝時間まで雑談をする。明日は何をしようかとか、読んだ本の話とか、魔法の話とか。

 もう何年もの付き合いになるのに、未だに話題が絶えないのはやっぱりこいつとは相性が良いんだなぁと思う。


「さて、そろそろ就寝時間だね」

「ん、もうそんな時間か」

「ふふ。君と話しているといつも時間があっという間だ」

「本当にな………さて、先生に叱られる前に部屋に戻るか」

「うん。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 俺とエリーはそこで別れ、それぞれの部屋に向かう。今日は既に他の皆は自室に戻っているらしい。まぁ、こんな時間まで話し続ける俺達の方が珍しくはあるが。

 取り敢えず、しばらくは平和な日常になりそうだな。飽きない奴らもいるし、結構満足して…………


「………」


 自室の扉に掛けた手が止まる。俺は魔力を感じることは出来ないが、それでも何故かこの先に誰かがいると分かってしまった。

 知っているような………なのに、あまり身に覚えがないような。そんな気配に、俺はしばらく硬直して………意を決し、ゆっくりと扉を開いた瞬間、冷たい夜風が俺の頬を撫で………そこに映った光景に、俺は咄嗟に声を出せなかった。

 月明かりの差し込む開いた窓に、一人の少女が腰掛けている。艶やかな紺色の長い髪に対照的な、光をそのまま形にしたかのような純白のドレスが月明かりを反射していた。

 そして、少女は月を見上げていた視線を俺に移し………驚くほどに穏やかな笑みを浮かべる。


「お久しぶりです。ノインさん」

「なんで、お前が…………」

「………貴方に逢うためですよ」


 当たり前のようにそう言って、少女は窓から立ち上がる。明かりの点いていないはずのこの部屋は、妙に明るかった。

 けれど、そんなことを気にするより先に、俺は彼女に言わなきゃいけないことがあった。


「ルーナッ!俺は――――」

「しーっ」

「ッ………!?」


 いつの間にか目の前にいた少女………ルーナは、人差し指を俺の口元に当ててそれを制した。

 唐突に目の前に現れた整った顔立ちに心臓が跳ねる。無論、それは危機感という意味ではあるが。


「皆さん、もう寝ているみたいですから。大きな声を出したらダメですよ」

「お前………っ、自分の立場が分かってるのか………!?」

「勿論です。父が私を敵として認め、討ち取る覚悟を決めたことも………けれど、いいんです。私は、貴方さえ守れればそれで」

「違う………!俺はあいつの言った未来の通りにはならない!だから…………」

「ノインさん」


 俺の言葉を遮って俺の名を呼んだルーナは、悲しそうな表情を浮かべて首を横に降る。

 そして、そっと俺の手を取って話し始めた。


「貴方は、真実を知らないんです。【天焔】が持つ、本当の姿を」

「本当の、姿?」

「………今からでも遅くありません。あの人の言う通りにすれば、貴方は一生を何事もなく、穏やかに過ごすことが出来ます。だから………」

「そんなこと出来るわけないだろっ!」


 言葉の続きを遮り、彼女の手を払う。皆を守るために灯したこの炎を手放すなんて、他人から言われてそう簡単に出来るはずがない。

 ルーナは払われた右手を握りしめ、悲しそうな表情のまま俺と視線を交わした。


「…………残念です。また来ますね」

「っ、待てっ!」

「おやすみなさい。ノインさん」


 そう言って。俺が動くよりも早く、一瞬の閃光を残してルーナの姿がこの部屋から消える。

 彼女がいなくなる寸前に伸ばし掛けた自分のその手を、俺は暫くの間見つめることしか出来なかった。

 ルーナが居なくなった部屋は、本来の夜闇に包まれたかのように暗い。暗闇に慣れてない目に、未だに彼女の姿が焼き付いていた。

 それを振り払うように、俺は無言で開け放たれている窓を閉じ、鍵を閉めてベッドに入った。またいつかのように色々と考えてしまいそうになるのを必死に押さえ込みながら、俺はゆっくりと目を閉じた。





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