77話
俺達が入学してから一週間ほど。元々三年間家を離れて暮らしていた事もあったし、慣れるのは案外早かった。
しかし、授業に関してはやはり退屈としか言いようがない。本をよく読む性分だったこともあるし、魔法理論を教わったところで俺の魔力は普通とは違うのだから。
もうちょっと魔力の応用的な使い方を教えてくれれば良いんだけどな。特に先生のあの高速移動とか。めっちゃ気になる。
あと、フェリスは最初の予想通り、授業が始まるとどこかへ出掛けるようになっていた。まぁ、モンスターと人間では根本的に魔法の使い方が違うし、その他の授業も興味ないだろうならしょうがない。
「まだ学校も始まったばかりなのに、早くも授業中は眠そうな顔だね」
「魔法学とかじゃなきゃ、少しは興味も湧くんだけどな」
「でも今日は午後から対抗訓練だろう?ある意味、僕たちにとっては最高の機会じゃないか」
「まぁな」
お咎めなく、正当な理由で戦えるしな。勿論、そんな考えは互いに口にせずとも一致していた。
そうして退屈な午前の授業を終えて昼休みになる。この後はいつも食堂で昼食を食べているが、そこで集まるメンバーも少しずつ固まり始めていた。
俺とエリーは当然として、ルリアとカインの四人。端から見れば、これ程近寄り難い集団もいないだろう。
「ノイン。今日の対抗訓練、僕とどうだ?」
「悪い。先約があるんだ」
「彼女とは何度も戦ってるんだろう?違う相手と戦ってみるのも一興だと思わないか?」
「………それは確かに一理あるな」
カインは変人だが………いや、変人だからか?その能力が十分に秀でているのは疑いようのない事実だ。エリーと並ぶかどうかは分からないが、少なくとも全く歯ごたえが無いと言うことは無いと思う。
なら、ここで一戦交えてみるのもいいか?と、思ったんだが。当然、それに不満を持ったのはエリーだった。
「勝手に決めないでくれ。僕がノインと先に約束してるんだから、君が入る間はないよ」
「いつも同じ相手と戦っていたら学校に通う意味がないだろう?」
「他の人とか、環境がどうとか僕にとっては関係がないからね」
「はっ。独占欲の強い幼馴染みを持つと苦労するだろうな?」
「理解してもらおうとは思わないさ。少なくとも、君には僕にとってのノインのような相手なんていなかったようだからね?」
こいつら仲悪すぎるだろ。同族嫌悪ってやつか?何となく雰囲気が似てる部分があるからか、エリーもカインも互いに何となく険悪な態度を取り合っていた。
それを諌めるのがルリアになりつつあり、この変人二人を相手にする彼女の心労が伺える。
「まぁまぁ。ですが、エリシアさん。対抗訓練は今回限りと言うわけではないのですし、ノインさんの実力を体験してみたいと言う方も多いはずです。エリシアさんは既にノインさんの実力は誰よりも分かって入るでしょうし、今回はカイン様に譲ってみてはどうですか?」
「………」
「ノインさんもきっと埋め合わせはしてくれると思いますよ?ね?」
「え?あ、そう………っすね」
唐突に話を振られ、驚きつつも頷いた。今の「ね?」に、相当な圧を感じたぞ。お前が原因なんだから責任は取るよな?みたいな。
エリーは暫く考えるように眉間に皺を寄せて黙る。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「…………わかった。今回は譲ろう」
「ふふ。ありがとうございます」
「ノイン。埋め合わせは必ずしてもらうからね?」
「あぁ。分かってるさ」
まぁ、カインと戦ってみたいと思ったのも事実だしな。楽しみにしてくれていたエリーには悪いことをしてしまったと言う気持ちもある。
まぁ、エリーの事だから無茶振りとかはないだろう。と言う信用もあったが。そして、カインも満足げに頷く。
「じゃあ、今日は手合わせ願うぞ。熾炎」
「こちらこそ」
と、言うわけで。昼休みが終わり、Aクラスは外に集まっていた。全員、制服から自分が一番動きやすい服に着替えている。俺の場合はいつもの服だな。
勿論、篭手もしっかり身に付けている。これを使うかは相手次第だが、基本的には使えるものは全て使う事が許されているのだから。加減は考えなきゃダメだが。
「ははっ。僕たちが最初とはな。待ち時間がなくて助かった」
「ま、先生としては一番気を張るマッチングだろうしな」
「確かにな。だが………もし僕に対して加減でもしてみろ。殺すぞ」
「その忠告をする前に、自分の心配をしたほうがいいぞ。殺すつもりはないが…………命の保証はない」
胸の内に灯る火が激しく燃え始める。それと共に上昇していく周囲の温度。上がっていく俺の中にある熱を掴み、放つ。
「点火」
炎が燃え広がった訓練場で、俺はカインを見据える。
雪地の中にいるとは思えない光景と熱に、周りから声が上がった。以前は手加減も良いところだったからな。
それを正面から浮けたカインは、その熱か緊張か額から汗を流していた。しかし、彼の顔に浮かぶのは笑み。
「くくっ。やっぱり、前のあれは実力の内ですらなかったんだな?」
「当たり前だ。もしあの程度の温度を期待してたのなら、今すぐエリーと交代した方がいい」
「抜かせ。この程度で背を向けるなど、風王の名が泣く!」
カインは腕を振り払い、周囲に暴風を放つ。それによって、大地の火が少しだけ掻き消された。
互いの緊張が高まっていき………先生の開始の合図と共に動き出したのは俺だった。両手に大火を纏い、一気に飛び出す。
それを見たカインはすぐに右手に暴風を纏い、それを突きだして渦巻く旋風を放つ。
「へぇ………ならっ!」
俺はその旋風を正面から迫る竜巻を殴りつける。大火と旋風が激突し、余波が衝撃波となって周囲を襲う。俺とカインは込める魔力を高めていくが、真正面からのぶつかり合いに分があったのは当然俺だ。
徐々に竜巻を炎が浸食し、俺が一気に力を込めて拳を振るうと同時に竜巻は雲散する。それに目を見開いたカイン目掛けて、足に炎を纏わせた俺は爆炎と共に急加速して更に距離を詰めた。
「っ………!?」
驚いた表情を浮かべるカインに、炎を纏った右足を振り下ろす。しかし、直後に風を纏い高速でその場から消える彼の姿。なるほど、純粋な移動能力なら流石に俺より上か。
一瞬にして背後に回った気配を感じながら、俺はそのまま地面に足を叩きつける。直後、巨大な火柱が大地を砕きながら吹き上がり、天を射抜く。吹き荒れる熱波に、それを見ていた生徒全員が受け身を取った。
そして、その熱を最も近くで受けたカインは引きつった笑みを浮かべている。
「出鱈目すぎるだろう、お前」
「その出鱈目に挑んだのはお前だろ?もう手札はないのか?」
「はっ………」
カイン再び両手に暴風を纏うと、それと同時に青い空に雲が掛かり始めた。そして無風だったはずの訓練場に突風が吹きすさぶ。頬を撫でる鋭い風に、俺も笑みを浮かべた。
「ならば見るがいい!風王の由来をっ!!」
瞬間、彼の背中に巨大な風の翼が作り出され、その身が空を舞う。色んな魔法があるのは知っていたが、空を飛ぶ魔法も使える奴がいるなんて聞いたことがない。エリーも流石に驚愕の表情を浮かべていた。
こいつも大概だな。俺がそう考えたのと、カインが無数の風弾の段幕を展開したのは同時だ。
おい、こいつ…………!
「威勢の割にはやることは空からチクチクかよ………!」
「そんなちょこざい程度の攻撃だと思うな!」
段幕を躱しつつ、熱線を放つ。しかし分かっていた通り、滞空だけと言うわけではないようだ。寧ろカインは高速で空を飛び回り、俺の炎を躱していく。
彼の放つ段幕は大地をえぐり、同時に吹き荒れる突風にすら下手をすれば体勢を崩されてしまいそうになる。
転移を使って不意打ちをするのも手だ。しかし、それは土台の違うこいつに対しての切り札になり得る。タイミングは今ではない。ならば………
「温度を、上げるぞ!」
熱量を更に上昇させ、大気が揺らぐ程の炎を纏った右腕で地面を殴る。それと同時に広がる炎の嵐が風の弾幕を掻き消し、周囲の温度を更に引き上げる。そのあまりの温度に、遠くの景色が揺らぎ始めていた。
そして、溢れる熱を胸の前で重ねた両手の間に集め、膨大な熱量を持つ輝かしい炎を作りあげる。回避など無駄だ。必ず正面から受け止めるしかない理不尽を押し付ける。
それを瞬時に理解したであろうカインは、俺が認識できるほどの魔力を放ち始める。
「風よ、我が名を以て命ずる!荒れ狂う災禍の化身となり、その姿を表せ!!」
詠唱魔法か。初めて見るな。出力は最も高い方式だが、声を出すという特性上リスクが伴う発動法だ。しかし、彼は空を飛ぶことで実質そのリスクを踏み倒している。上手いやり方だな。
膨れ上がった熱を放つのと、彼が暴風を放ったのは同時だ。
炎は一瞬にして大地を赤熱化させ、表面を融解させる。対する暴風は、あまりの風圧に景色が揺らぎ、一瞬にして大地を削り取っていく。
過剰なまでの破壊の激突に、堪らず一部の生徒は逃げ出す。しかし、それでも俺とカインの力のぶつかり合いは止まることを知らず、寧ろ更に魔力は膨れ上がる。
力は拮抗し、互いに譲らない。カインはいつの間にか地に降りて、魔力を込めるのに専念しているようだった。互角なように思えたが…………残念ながらここまでだ。
「ッ…………!?」
カインが目を見開く。大火と暴風に紛れて俺の姿が確認できなかったのだろう。俺は炎と共に彼の背後に転移していた。その魔力を感じ取って振り向いたのだろうが、もう遅い。
既に振るった燃え盛る左腕。それが彼の腹部に迷い無く突き進み――――
「そこまでだ。ノイン君」
「なっ………!?」
そんな声と共に、俺の拳は受け止められた。直後に巻き起こった、大地に罅を作り上げる激しい衝撃波がこの一撃の威力を示していた。
それを、一瞬にして俺達の傍に現れた先生はいつもと全く変わらない笑顔で受け止めたのだ。それも、片手で。
「この試合はノイン君の勝ちだ。大怪我をされては困るのでね。それで構わないかな?カイン君」
「…………っ!?あ、あぁ。それでいい、が」
彼がちらりと未だに掴まれている俺の左腕を見る。勿論、意地でも攻撃をしようとしているわけではない。
だが、彼に掴まれている腕が一切動かないという事実に、俺は目を見開くしかなかった。
そんな俺を見て、先生はゆっくりと俺の手を離す。まさか、俺に魔法が掛けられていたのか?と、自分の左手を凝視するが、勿論そんな感覚はなかった。
感じたのは、遥かに固く、強い壁にぶつかったような感覚。間違いなく、彼は俺の一撃を膂力で受け止めたのだ。
「…………先生って、何者なんですか?」
思わず、そんな質問をしていた。殺さない程度に加減はしていた。それでもカインの魔力ならば恐らく耐えられるだろうと思ったギリギリのラインであるため、その威力は相当な物だったはずだ。
十分に構えを取って受け止めるのなら分かる。しかし、唐突に現れ片手で受け止めるなど、流石に考えもしなかった。
「私かい?無論、生徒を守る先生さ」
「いや、そうじゃなくて…………」
「それより、二人ともナイスファイトだったよ。しかし、もう少し周りに気を遣おうね。それでは、次のペアを始めようか。二人は休んでなさい」
「…………分かりました」
俺とカインは頷き、訓練場から去っていく。
「おい、あの先生やっぱり変だぞ」
「………何者なんだろうな、マジで」
勝てない、と言うのは簡単には認められない。少なくとも、あの人と直接手合わせをしてみないことには。
しかし、彼が今まで戦ってきた誰よりも強い人であることは、疑いようの無い事実だ。
「…………そう言う意味じゃ、ここに来た甲斐があったな」
少なくとも、彼から得られる何かはあるはずだ。しかしまぁ…………
「ずっと笑ってんのこえぇ………」
俺の左腕を受け止められ、見上げた彼の強面の顔に浮かぶ笑顔は、少しだけトラウマになりそうだった。




