72話
翌日。普段より少し早く起きた俺は、着慣れない制服を着て朝食を食べていた。
そんな俺に、また暫く会えないであろうセリアが声を掛けてくる。本当は貴族ならメイドを寮に連れてきていい事になっているんだけど、俺には必要ないからな。身の回りのことは自分で出来るし、どちらかと言えばプライベートを優先したい。
「ノイン様、よくお似合いですよ」
「ん、ありがとう。………ちょっと動きづらいけどな」
「ふふ。でしたら、これからはノイン様のやんちゃも見られないかもしれませんね」
「かもなぁ」
なんて軽口を言いながら朝食を食べ進める。フェリスは俺より早く起きて既に食べ終わっているらしい。実はいつもの事ながら、あいつは案外早起き早寝が俺以上に徹底している。野生の習慣と言うものなんだろうか。
そして動きづらい動きをしながらも着ている制服だが、実は校則的には強制ではない。
「でもまぁ、これも勉強の内だしなぁ」
「そうですね。領主になられたあとは、場に合った服装をすることになるでしょうから」
「分かってるけど、やっぱり俺には向いてないなって思うよ」
「そんなことありませんよ。ノイン様なら、将来立派に領主様の責を果たせると思います」
「………ま、そのためにも学校に通うわけだけど」
と言うわけで、俺が学校に行くのは将来のための振る舞いなどを学ぶと言う理由もあるし、ならば今のうちに正装にも慣れておくべきだと思ったから、基本的にはこの服装で過ごすつもりだ。
とかなんとか考えていると、食堂のドアが開かれる。そうして現れたのは緋色の髪の少女。彼女は輝くような笑みを浮かべて、朝から元気な声を張り上げた。
「ご主人様おはよ!見て見て!似合ってるかな!?」
「おはよう………なんでお前が制服着てんの?」
「折角学校にいるなら、馴染めた方が良いだろうって魔術会の人たちが送ってくれたんだって!」
「ほーん………うん。良く似合ってるんじゃないか?」
「えへへ。やった」
無邪気な笑みを浮かべるフェリス。そんな微笑ましい様子に俺とセリアは小さく笑みを浮かべる。フェニックスとは言うが、人の姿では天真爛漫な少女にしか見えない。
なんなら、正真正銘の人間であるエリーや俺よりも年相応と言えるかもしれない。
「ご主人様も凄く似合ってるよ!」
「ありがとう。準備は………といっても、お前は特にないか」
「うん!制服の換えも用意してもらってたし」
「そうか。んじゃ、父さんに挨拶してから行くか」
「はーい!」
俺はそう言って席を立ち、フェリスと共に食堂を出た。新しい服だからか、いつもよりフェリスのテンションが高い。装い一つ変えるだけでこんなに喜ぶのなら、これまでに何着か買ってやっても良かったかもしれないな、と少し思ったりした。
執務室の前に着くと、俺は一度自分の身なりを確認してからドアをノックする。
「父さん、準備終わったよ」
「あぁ、どうぞ」
父さんの返事を待って、俺とフェリスは中に入る。お、今日はいつもより書類が少ないな。
部屋に入った俺とフェリスを見て、父さんは満足そうに頷く。
「うん。良く似合っているよ、二人とも」
「ありがとう。あんま慣れないけどな」
「すぐに慣れるさ。………それにしても困ったなぁ。元々ハンサムだったうちの息子が、正装をして更に男前になってしまった。これはまた私の仕事が増えてしまうかもね?」
「からかうのはやめろって………あんなことがあったばかりだし」
もう縁談がどうとかはうんざりだ。将来の事はある程度前向きに考えようと思えるようにはなったけれど、未だにそう言う話だけは中々気が進まない。
俺にとっては、唯一とも言える失敗となったあの出来事が尾を引いているのは自覚している。
「そうだと思って、届いている面会などの類いはこちらで断っていたんだよ。ルーナ様が行方不明となったことで、どれだけの人がこれをある意味での好機と捉えたか想像出来るかい?」
「………なんとも薄情と言うか、浅ましい奴らが多いんだな」
「貴族社会と言うのは、そういう人たちの中で如何に上手くやっていけるかを試される場でもある。だから、多くを学んできなさい」
「あぁ、分かった」
それから少し父さんと話して、俺は荷物を取りに行くために自分の部屋に向かった。と言っても、家具の類いは寮内に既に用意されているらしいし、持っていくものは俺のごく僅かな私物くらいなんだけど。
そうして用意も終わり、イリスが起きていれば挨拶をしようかと思って彼女の部屋に向かおうとする途中で、丁度本人と出会う。
「あっ、兄さん。………もう行くの?」
「あぁ。遅れるわけにも行かないしな」
「そっか。頑張って」
「おう。けど、お前も来年からは入学だからな。お兄ちゃんは一足先に学校で待ってるぞ」
「ふふ。うん。その時が楽しみ」
「俺もだ。じゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
父さんとイリス、そしてメイドと執事たちに見送られながら荷物を持って屋敷を出た俺とフェリス。そんな俺とフェリスを見て、街の人たちが次々と声を掛けてくる。
「ノイン様!入学おめでとうございます!…………今度は何を為さるのか、少し楽しみですね」
「いやぁ………そろそろ父さんに怒られるのもあれだし、大人しくしておくよ」
「ふっ。大人しいなんざ、ノイン坊っちゃんに一番似合わねぇ言葉だわな!」
「ノイン様の事だから、向こうから騒動がやってくるわよ」
「おい誰だー?好き勝手言ってるのはー?」
自業自得ではあるが。俺とエリーが巻き起こす騒動は、ある種の名物となっているそうで。だとしても、領主の息子に掛ける言葉として考えれば良い顔をしない貴族もいるだろうが。
勿論、俺はあまり気にしていない。
「えへへ。ご主人様、相変わらずみんなに慕われてるね!」
「慕われてる………のか?仲が良いとは思うけど」
「そうなの?」
「多分」
まぁ、嫌われているよりはマシだ。この地を治めるフロスディアの人間として、最もあってはいけないことだろうからな。
そんな会話をしつつ、俺とフェリスは学校の校門まで着く。入学の時期と言えば春のイメージがあるが、生憎ここは寒冷地だ。季節感なんてあったものではない。
これでも昔よりは遥かに暖かくなってるんだがな。そして、以前見たときとは違い、新たな生徒を迎え入れるかのように開かれた真新しい校門を通ろうとして、聞き慣れた声が掛けられた。
「ノイン。おはよう」
「エリーか。おはよう」
「おはよう!」
「あぁ。フェリスもおはよう」
と、もはや見慣れた…………いや、エリーも支給された制服をちゃんと着ていて、かなり普段の雰囲気とは違うように思えた。
しかし、それより気になったところがある。それは、エリーの普段を知っていれば仕方のないことだろう。
「………今日はちゃんと早起き出来たんだな」
「心外だね。僕が気を抜くのは、君の前だけだよ」
「俺の前でももう少し気を張れよ」
「ふふ…………さぁ、折角早く来たんだ。ちょっと中を見回ってみようじゃないか」
あ、逃げやがったなあいつ。そそくさと校門を抜けて中に入っていくエリーを見て、俺はため息を付く。そんな様子を、フェリスは愉快そうに見ていた。まぁ、こんな所に突っ立っていてもしょうがない。
早く早くと俺を呼ぶエリーに苦笑をしつつ、俺も門扉を抜けたのだった。
さて、そんなわけで校内に入ったわけだが。やっぱり新築なだけあって綺麗だなぁ。それでいて、魔法学校と言う雰囲気もちゃんとあるし。いくら人が多かったとはいえ、この規模を短期間で完成させた大工には脱帽だ。
「………ふむ。やはり魔術会が運営すると言うだけはあって、内装にも拘りが感じられるね」
「だな」
「それに、幾重にも張られた結界。かなり厳重な事故対策や防犯対策をしているらしい」
「へぇ。そんなことまでしてるのか………ま、ここまで力を入れていたら色々と万全を期していても当然か」
「そうだね。魔術会が運営する魔法学校は世界的にも貴重だ。掛けられたコストも想像に難くないし、特に今回は魔法の才能に溢れた生徒を多く迎えるそうだからね」
そんな話だったな。魔法の才能さえ見出されれば、平民でも入学を認めているらしいし。学費はどうするのかとも思ったが、そもそも魔法に長けた子供は親も魔法使いであり、稼ぎには問題ない所も多いらしい。
まぁ、一番の問題はここが貴族学校としての側面も兼ねているというところだが。平民に差別意識を持つ奴が好き勝手しなきゃいいんだけどな。
そんなことを考えながらエントランスに入る俺達。マジで広いな。流石にクリフォト城程ではないが、俺の屋敷よりは比べ物にならないほど大きい。………いや、そもそも外から見てこんなに広かったか?
「エリー。これもしかして………」
「そうみたいだね。恐らく空間魔法で拡張されているようだ。………これほどの規模で術式を作れるとなれば、相当の魔法使いだろう。もしかすれば、大魔術師が派遣されているのかもしれないね」
「術式的にはダンジョンの応用みたいだね………人間もいつの間にかこんなに高度な魔法を使いこなせるようになったんだ」
「ここまでの魔法を扱えるのは人間の中では限られているよ。少なくとも、君のように術式を一瞬で看破出来るような存在に並ぶには、まだまだ遠く叶わないと思う」
「えへへ。伊達に長生きしてないからね!」
えっへんというように胸を張るフェリス。最近少し忘れていたが、こいつは人間の歴史よりも遥かに長く生きて来た最古の生物だもんな。この程度の魔法なら見抜けて当然なのかもしれない。
とまぁ、そんな所に感心しつつも俺達は校内を歩き始める。先生いるかなぁ、とか思いつつ、エントランスの階段を上って2階に向かう。
「俺達が一番乗りか?」
「どうだろうね。この学校の開校を待ち望んでいた人も多いはずだ。僕達より早く登校している生徒がいるとしてもおかしくはないよ。………ほら、あの子のようにね」
「お?」
エリーが視線を向けた先を辿る。すると、そこにはマフラーなどで少し厚着をしつつもこの学校の制服にきちんと身を包んだ長い銀髪の少女が校庭、またはその先に広がる街をテラスから眺めていた。後ろ姿だから顔は分からないが、近くにメイドがいるのを考えれば貴族なのは間違いないだろう。
そして同い年の男の中でも少し身長が高い部類に入る俺より少し低いか同じくらいの、女子の中では恐らくそこそこの長身。エリーとは比べるまでもないな。
「今、失礼な事を考えなかった?」
「いや、何も?」
こえーよ。何でわかるんだよ。とまぁ、俺達が一番乗りではない事は確定したわけだが。同じ学校で学ぶ仲間なんだし、声を掛けようか悩んだが、素性も分からないまま声を掛けられても相手も困惑するだろう。取り敢えず、入学式とかが終わった後で機会があれば話すくらいだな。
そのまま2階の廊下を進んでいると、大きな両開きの扉の向こうから大勢の話し声が聞こえてくる。あれ、これ一番乗りどころかまぁまぁ遅い部類か。
「みんな気が早すぎるだろ」
「言っただろう?それくらいこの学校の価値は高いとね。まぁ、人が集まっているなら丁度いいじゃないか」
「ま、それもそうだな」
どこに集まればいいか分かんなかったし。俺とエリーがそのまま扉を開くと、そこは大きな広場の部屋となっていた。豪華そうな絨毯まで敷かれてるし。そして、俺達とそう変わらないであろう年齢の少年少女たちと、貴族の付き添いであろう大人も数名見受けられる。
誰が先生なのかは分からないな。もしかしたらここにはいないのかもしれないが。
「結構多いなぁ」
「一期生だからね。まずは数を集めない事には、実績になりづらいだろう?」
「………魔術会と言えど、ちゃんと学校としての実績とかは気にするんだな」
「この学校は英雄の一族であるフロスディアの名と土地を借りているからね。その名に恥じない名門校となる責任があるんだよ」
「へー………」
まぁ、名前って結構大事だよな。と、思う事は多くある。こう言ったらなんだが、俺がノイン・フロスディアだと知れば下手に手を出してくるような奴は居なかったし。熾炎の貴公子と言う異名も、フェリスを守るうえで大いに役に立った。
その名を借りることで、今回のように多くの才能に恵まれた生徒が集まる。魔術会は魔法研究を行う機関だし、そういった優秀な魔法使いを集めて育成することが出来るのは、あちらにも利があるのだろう。どんな利があるかは………まぁ、俺が考える事じゃないな。
とまぁ、色々と考えていたが。やはり、俺の容姿は目立つのだろう。扉の近くにいた数人が俺に視線を向ける。そろそろ慣れてはいるけど、やっぱり居心地が悪いんだよな。
「ご主人様、注目されてるよ」
「分かってるよ。………まぁ、慣れたもんだ」
「王都でもモテモテだったもんね」
「モテモテとは違うだろ」
軽口を言い合いつつ、俺達は広場の中で比較的人が集まっていない場所を探す。が、やはりここに殆どの人が集まっているようで、あまり期待は出来なさそうだ。
さっきみた銀髪の少女のように広場から離れるのも一つの手か。そう思った時、ふと俺達に透き通るような少女の声が掛けられる。
「ノインさんですよね?人混みを避けたいのでしたら、良ければこちらにどうでしょうか?」
「ん?」
その声に振り返ると、そこには白い髪の一部に青が混じった、かなり特徴的な長い髪をした少女がいた。その頭頂部には大きな狐の耳。そして少女の黄色い瞳が俺達をはっきりと捉えている。
少女の言葉通り、彼女の周りには数名を除いてほとんど人がいない。避けられてる………という様子ではないが。明らかに周りとは違うようで、意識して近くに人がいないのはすぐに分かった。
「………えっと。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、すみません。申し遅れました。私はアクアマリン王国から来た水狐の巫女、ルリア・クリスタルと申します。以後お見知りおきを」
「あー………なるほど。巫女様でしたか」
彼女が。なるほど、どうりで周りに人がいない訳だ。後からエリーに聞いた話だが、巫女の一族はアクアマリン王国で政治的な影響力も強く持つらしい。そりゃあ下手に近付かねぇわ。
「ふふ、ご存じ頂けていて光栄です。熾炎のノインさん」
「こちらこそ、ご存じ頂けていて光栄ですよ。本当にお邪魔しても良いのですか?」
「勿論です。私達と同い年で英雄となった、貴方のお話も聞きたいですし」
「あはは………あまり人に話すような事でもないですけどね」
まぁ丁度いいか。ただの勘ではあるが、彼女に悪意はなさそうだし。もし間違ってたら相手の演技が上手かっただけだな。まぁ、いくら周囲には人が少ないとは言え、この場で俺を貶めることが出来るとは思わないが。
取り敢えず、エリーとフェリスも異論はないようだ。そうして彼女の誘いを受けて、俺達は一旦人込みを避けることに成功したのだった。




