71話
さて。それから一週間程。ちょいちょい寮生活のための準備とかをしつつ、平和に過ごしていた。父さんに暫くは自重して大人しくしてほしいと言われたのもあるが。
まぁ、勿論日課の特訓やエリーとの模擬戦は行っていたけど。それはともかく、ある日の昼過ぎごろ、俺とエリーは父さんの執務室にいた。
「ノイン、エリシア。あれは?」
「魔鉱石………っすね」
「………君達は定期的に目立つような事を起こさないと気が済まないのかい?」
「いやぁ………そんなことは……ない、んだけど」
「………申し訳ない」
そして絶賛説教中。内容は以前話していた魔鉱石の件。ふと思い立った俺は、ちょっとやってみるかなと実験をしたのが今日の朝。あ、もしものためにちゃんと街の外でやったぞ。
そして出来上がったのは予想通り高純度の魔鉱石。だが、ここからが事件の始まりだった。
俺一人でこれだけの物が出来るなら、エリーと一緒ならもっと凄いのが出来るのでは?と、エリーも合わせて別の鉱石に魔力を流したのだ。
…………結果的に出来上がったのは、この執務室の窓からも確認できるほど巨大な、真紅と黄金の混じりあった鉱石の塔。綺麗だなぁ。
「ノイン?」
「はい、すみません」
いや、まさか物理的に膨張するとは思わないじゃん?最悪、魔力の許容量を超えて爆発するかもなぁとは思ってたけど、でっかくなるなんて聞いてねぇよ。
エリーも気まずそうな顔をしながら顔を背ける。
「まさか、僕もあんなことになるとは………」
「そもそも何故あんなことを?」
「ほら、魔鉱石を作れば産業になるかなぁって………」
「…………商売にならないことはないだろうけど、そもそも君がいなければ成り立たない物を産業とは呼ばないよ」
「ごもっともです…………」
至極真っ当な意見に項垂れるしかない。まぁ、資金を作ると言う意味では俺の一代でもそれなりに稼げるだろうけどさ。
それに依存した産業にするのは流石に無理だとは思う。
「それに、あれに関してはどう考えてもやりすぎだ。含有魔力が多すぎて、上昇した硬度は少なく見積もってもオリハルコン以上。………さて、どうやって処理しようか?」
「いっそのこと観光資源に…………」
「ノイン?」
「ごめんなさい」
でも、割り切ってそうする以外に方法はないじゃん。やった本人が最初から諦めてるのはどうかと思うが、あれを破壊するのは………出来なくはないだろうが、かなりの熱が必要になるだろう。
街から遠く離れてるわけではないため、あんまりやりたくはない。
「はぁ…………」
「………ごめん」
「本当に申し訳ない………」
「子供のやったこと………で済むわけはないけれど、何か大きな害がある訳じゃない。ただ、何度も言うようにあまり大きな騒動を起こさないように」
「分かりました………」
「じゃあ、取り敢えずここまで。………あれについてはゆっくり考えるよ」
父さんの言葉に、俺とエリーはもう一度頭を下げて部屋を出る。そして、二人で同時にため息をついた。
「…………まさか、あんなことになるなんてな」
「本当にね。………恐らく、君の魔力の特異性があの鉱石に特殊な変質を起こしてしまったんだろう」
「まずいな。このままじゃ、フェリスより俺達の方がお騒がせ共になるぞ」
流石にあのお騒がせフェニックスを越えるのはまずい。そろそろ落ち着かなきゃいけないぞ。マジで。
なんて危機感を募らせていたら、廊下の先から誰かが歩いてくる。父さんも忙しいなぁと思いつつ、執務室の前からはなれようとした時、聞き覚えのある声が掛けられた。
「おや、ノイン殿とエリシアじゃないか」
「………ギルバートさん?」
廊下の先から歩いて来る長身の男。整った顔立ちに長い金髪のその姿は、忘れる事など出来ないだろう。俺の隣にいたエリーが彼の姿を見て少し緊張したのが伝わって来た。
「久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「お久しぶりです………何故ここに?」
「分家とは言え、一族の者がこの地の学校に通うんだ。一度話をしようと言うのも、おかしな話ではないだろう?」
「………まぁ、そう、ですね?」
そうなのか?………理由を付けて会いに来ただけな気がするけどな。勿論、建前とは別に本命の目的があるんだろう。そこでギルバートさんは顎に手を添えながら話し出す。
「そういえば、また愉快な事を起こしたそうだね」
「あ、あははは………」
「やんちゃが出来るのは子供の特権だ。今のうちによく遊ぶと良いさ。その責任を負うのは、大人の役目だからね」
「………」
傍から聞けば、大人が子供に対する諭しのように聞こえるだろう。だが、彼の言葉にはそれだけではない含みがあるように思えて、言葉を返すことが出来なかった。
それを見たギルバートさんは小さく笑みを浮かべ、エリーに視線を向ける。
「エリシア。ノイン殿とは仲良くしているかい?」
「………はい。勿論です」
「それは何よりだ。では、私は失礼するよ」
そう言ってギルバートは俺達の横を通り過ぎて、執務室の戸を叩いた。数秒ほどして父さんの返事が返ってきて彼が中に入ったのを見送ると、俺とエリーは無言のまま顔を見合わせて廊下を歩いていく。やっぱり、まだあの件に関して諦めたという訳ではないらしい。
だが、今更ながらに疑問が湧いて来る。そこまで俺に執着する理由はなんだ?魔龍を討ったという名声が貴重なのは理解しているつもりだが………彼が、ただその名声が欲しいと言う理由だけでここまでするとは思えなかった。
ならば、やはり欲しているのは力。だとしたら、彼はこの力を何に使うつもりなんだ?
「本当に、俺の周りじゃ厄介ごとが尽きないよなぁ」
「………申し訳ない」
「気にするな。お前といて楽しいしな。………あれに関しても、元はと言えばうちの契約が原因だし」
そもそもドタキャンだしなぁ。そう考えたら、ギルバートに迷惑をかけたって言うのも事実ではあるんだよな。だからと言って、彼の策謀通りに動くつもりは無いが。
さて、そんなことがありつつも時間は流れる。学校やその他にも様々な設備や人が入り、この街は更に人が増えて来ていた。最近では、空いている宿を探すことも難しいらしい。
そんな1ヶ月など案外短い物で、気が付けば入学を控えた前日になっていた。流石に入学前日にエリーが泊まっている訳もなく、彼女は自分の屋敷に帰っている。本来は変なんだろうが、エリーはうちにいる時間の方が長いから、ちょっと慣れない気もするな。
「さて、今日は早く寝るか」
ちなみに制服は既に送られてきている。ついにコート以外の服を着ることになるのかぁ。………流石にこの篭手はどっか置いておくとか出来ないから身に着けるしかないんだが、それだと制服の上から着けることになるんだよな。
アンバランス感が凄い。どうしようもないが。そんなことを考えつつ籠手を外して、俺より先にベッドに入っているフェリスの横に入ろうと思った時だ。不意に部屋の扉がノックされる。
「ノイン、まだ起きてるかい?」
「父さん?起きてるけど」
「ホルル?」
「少し話がしたくてね。入学を控えた日に申し訳ないとは思うんだけど」
「いや、いいけどさ。どうしたんだ?」
俺が返事をすると、扉を開けて父さんが部屋に入って来る。その表情を見るに、特に事件や事故と言った様子ではないらしい。穏やかな笑みを浮かべたまま、父さんは部屋のソファーに腰かける。その様子を、俺とフェリスは黙って見ていた。
「なんかあった?」
「いや、思えば最近あまりゆっくり話す時間が無かったと思ってね。この機会に、少しね」
父さんの言葉に、俺はフェリスと顔を見合わせる。が、彼女はそのまま毛布の中で目を閉じた。どうやら気にせず眠るらしい。そして俺はベッドから離れ、父さんの隣に腰を掛けた。
「ま、最近父さんは忙しそうだしな」
「はは、慣れない事ばかりでね。多くの変化に振り回されないようにするので必死さ」
「………変化、かぁ」
最近、それについて考えることが多い。何の変化かと言われればいくらでもあるけどさ。そんな俺を見て、父さんは笑みを浮かべたまま頷く。
「ノイン。君は、昔の自分から今の自分が変わったと思うかい?」
「………俺?そりゃ変わったよ」
変わっていないことの方が少ないんじゃないかな。と、昔の俺を思い出してみる。無邪気………と言うと少しあれだが、将来がどうとか何も考えず、ただエリーと好きなように学び、遊び、高め合った日々。
今は………もう、それをするには多くの枷と責任を負うことになってしまった。子供のままではいられないと悟った三年前が少し懐かしいくらいだ。
「………私はね。君は昔から全く変わっていないように思うんだ」
「え?………どういう意味で?」
「馬鹿にしているわけではないよ。君は立派なフロスディア家の人間だ。そして、君は幼い頃から誰かのために立ち上がり、悩み、力になろうとする勇気と優しさを持った子だった。それは、今も変わっていないと私は思う」
「………」
父さんの言葉に、俺はなんと返せばいいのか分からなくて黙る。そんな俺をみて、父さんはふっと笑みを零す。
「君は聡い子だから、自分の負う責任や使命について沢山考えてしまうだろう?けれど、そんな中で君が下してきた選択は常に一貫して、誰かのためだった」
「でも、それは………」
「分かってる。君が、君のためにそうしてきたことを。………そして、きっとこれからも君はそうするだろう。山賊たちからエリシアを助けたあの日と同じようにね」
父さんは少し懐かしむように話す。俺の火が、明確に俺自身を変えたあの出来事。未だに鮮明に思い出せるほどはっきりと覚えている、エリーの傷だらけの姿。
二度と、俺が知っている人があんな目に合わなければいいと思った。だから俺は………
「そして、君が大人になっても、私の息子であると言う事実は未来永劫変わることは無い。………君たちの事だから、エリシアともこういう話はしたかもしれないけれどね。何があっても変わらない物があると言うことも、覚えておいてほしいんだ」
「………うん。分かった」
父さんの言葉に俺は小さく頷く。やっぱり、エリーも父さんも色々と察しが良すぎるよなぁ。こうして気を遣わせてしまう事に申し訳ないとも思うが、きっとちゃんと俺の事を見てくれている人がいるだけ、俺は恵まれてるんだろう。そんな風に思っていると、父さんは少し困ったような苦笑を浮かべた。
「はは、少し真面目な話になってしまったね。どうだい?明日からまた新しい生活になるけど」
「………ま、会おうと思えばいつでも父さんやイリスに会える距離なのは嬉しいかな。王都じゃ誰にも会えなかったし」
「会いに来てくれるのは嬉しいけれど、学校での生活も大切にしなさい。そして、願わくば多くの友を持つんだ」
「友………あの中から」
ハードルたけぇ…………ラルク達みたいに気さくな感じならいいんだけどな。まぁ、ルーナのような特殊な事情を持った奴はいなさそうなのは少しホッとしたが。
少し気になったのは俺やエリー、ルーナと同じく幼くして天才と言われていたらしいカインと言う皇子だが………まぁ、【五属の継心】に風属性はないし、まさかそんなことはないだろう。
「中々難題を言っているのは分かるけれどね。君の道のりは、どのような決断をしても険しい物になる………君自身が、そんな道を選ぶと私は思っているからね。だからこそ、そんな時に頼れる友を持ってほしいんだ。確かに、ちょっと個性的な人たちが集まっているクラスだけど、だからこそ大きな力となってくれると思うんだ」
「………まぁ、そりゃそうだろうけど」
「勿論、そんな打算を前提に友を作れとは言わない。けれど………君なら、きっといい友達が出来るさ」
「そっか………」
まぁ、俺も友達が一人も出来ないとは思ってないが。………まさかそんなことないよな?エリーとつるんでいる変人だと一括りにされて避けられたらどうしようか。
もしそうなっても、俺はエリーと縁を切ったり遠ざけたりはしないと断言できるが。
「あと、分かってはいるだろうけど学校ではより行動に気を付けるように。ただでさえ目立ちやすいんだからね」
「分かってる。流石に場所は弁えるさ」
「………その言葉を信じるよ。それじゃあ、夜遅くにすまなかったね。明日から頑張りなさい」
「うん。分かった」
俺が頷くと、父さんは立ち上がって扉の方へ向かう。そして、父さんドアを開く前に振り返り、笑みを浮かべた。
「それじゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
そうして、父さんは部屋を出て行く。それを見送って、俺は再びベッドに入った。フェリスは既に眠っているようだ。こいつも最近は落ち着いたよなぁとしみじみ思う。
特にあの日………ルーナとの一件があってからだろうか。まぁ、あの後に未だに思い出すだけでも顔を顰めてしまう出来事はあったが、まぁいい。フェリスから聞いた使命と、寄せられていた期待。
その答えをまだ見つけれたわけではないけれど。この街に帰る前より、ずっと心持ちは軽くなっていた。多分何とかなるだろうと楽観的に考えていたけれど………今なら、きっと何とかなる。そう思う程には、前を向けるようになった。
そう思えたのは、今までの繋がりのおかげで。そんな出会いが、これから出来ればいいなと思いつつ、俺はゆっくりと目を閉じたのだった。




