64話
「………Sランクモンスターが確認された?」
「と言う話が出ているらしいけど、実際に確認が取れたわけではないね」
俺が帰ってから大体一ヶ月が経った頃。イリスと街に出掛けたり、警備を付けてフェリスに街を案内したり、完成したギルドを見に行ったり………エリーと派手に一戦交えて父さんに怒られたりと、平和な日々を過ごしていた。
過ごしていたはずだったんだが、そんな中である日父さんの執務室で聞かされたその報告は、とても平和とは言えないものだった。
「話によると一体ではなく複数種の存在が発見されたそうだからね。全てではないにしろ、少なくとも一件は事実だと見ている。………本当に最悪なのは、その全てが事実だった時かな」
「マジでここはいつから魔境になったんだ?」
「だから私も悩んでいるんだよ。ギルドが設営されて本格的に冒険者達が活動するようになったとは言え、Sランクモンスターとなれば話は変わってくるからね。………出来れば、Sランクの中でも低格のモンスターであればいいんだけど」
父さんは頭を掻きながら困ったように唸る。Sランクとは評価対象外という定義で、その強さはSランクと一言に言っても大きく異なる。
Sランクでも弱めの相手ならば高ランク冒険者が集まれば対処は可能だろうけど………
「………俺が行く?」
「場合によっては頼ることになるかもしれないね。キングベヒーモスやウィッチロードなら冒険者に任せるかもしれないけど、ヒュドラ辺りになってくると………」
「あー………」
そういや、あれは俺が倒したことになってるんだよなぁ………本当はフェリスが文字通り死に体になりながら倒した相手だから、俺の手柄のように言われるのはかなり微妙な気持ちなんだよな。
まぁ、実際に戦って倒せないということはないとは思うが。一撃で死が確定する毒があるから油断は出来ないけど、奴の首を切り落として炎で炙れば良いだけだし。
「ヒュドラよりやべーのがいたら?」
「………流石に魔龍より強大なモンスターはいないはずだ。Sランク冒険者を呼べれば一番良いんだけど、彼らは呼べば動くような人たちではないからね。極力私たちでどうにかするしかない」
「つまり、魔龍を倒せたんだからそこと同格の奴じゃなけば行けると」
「………君に頼る事になるけど、そう考えるしかないんだ」
苦々しく話す父さん。ちなみに、魔龍も【幻獣】と同じくランクと言う定義にはない。
それよりも遥かに強大で、明確に人類の敵であると言う理由らしい。
あ、ちなみに。【幻獣】は単にデータ不足なだけで、Sランクより強いって意味じゃないぞ。ここテストに出るから覚えておくように。フェリスは同格の戦闘能力は持っているみたいだけどな。
「まぁ、頼ってくれるのは嬉しいけどさ。楽しそ―――こほんっ!放っておくわけにもいかないしな!」
「………まぁ、その通りだね」
「こほんこほん…………というか、やっぱりこの件と山の件は関係してるのか?」
「なんともね………山を目指していたのは多くが低ランクモンスターだと聞いていたし、直接は関係ないと思っているけれど」
まさかDランクやらCランクが進化してSランクになるとは思えないしなぁ………Aランクモンスターが進化すればSランクは確実だろうけど、モンスターは種族上の天井があるからSランクへの進化と言うのはごく限られた例だ。
「まぁ………今すぐに何とかなる問題って訳じゃないんだろ?」
「その通りだよ。ただ、Sランクモンスターとなれば警戒を強めることにはなるだろう」
「んじゃ、俺は街の周囲だけでも見回りしておくか?」
「…………そうだね。頼んでも良いかい?」
「任せろ。エリーは連れてっても良いよな?」
「勿論だよ。君たちが揃っていれば、早々滅多なことはないだろうしね」
そういう父さんの言葉に迷いはなかった。時には父さんを困らせる原因になることもあるが、俺とエリーが並べば基本的に戦力という意味では過剰なくらいだし。
どうせならフェリスも連れていくか。
「じゃあ早速行ってくるよ」
「待ってくれ。その前に、もう一つ用事があってね」
「ん?」
なんだろ。まさかこれ以上のトラブルがあったりしたら流石に俺じゃ手に終えない気もするんだけど。
そう思っていると、父さんが机の陰から取り出したのは一つの箱。大きいと言うほどではないが、小さいものでも無さそうだが………見た感じ、箱はマジックアイテムっぽいな。
「なにそれ。王都から俺宛に届いたとか?」
「いいや。………君は、これからもより多くの戦場に出るだろう。だから、少しでもその手助けになれば良いと思って、これを」
「…………?」
武器………と言うほど大きくはなさそうだけどな。つい不思議そうな表情を浮かべていると、父さんは小さく笑みを浮かべて箱の鍵を操作していく。
カチリ、と鍵の解錠音が響く。そうして開いたその箱の中には………
「………篭手?」
中に入っていたそれは、左腕用の一つの篭手。こう言うのって一対一セットじゃないのかと疑問を抱いたのは束の間、それがなんであるかを良く見てから、俺は硬直する。
鉱物ではなく、モンスターの素材をベースにしたその篭手は、防具部分に輝く白銀の鱗をふんだんに使い、纏う雰囲気には懐かしい気配があった。
忘れることはない、冷たくも激しい吹雪のようなそれは………
「まさか………魔龍の?」
「あぁ。君が討った吹雪の魔龍の素材を使って、王都で最も腕利きの職人に作って貰ったんだ。生憎、魔龍の素材なんて出回ることがないから、かなり時間が掛かってしまったけど………やっと完成したと、先日届いたんだよ」
「………本当に良かったのか?篭手だけとはいっても、それなりに貴重な素材を使ってるだろ?」
全身を焼かれた魔龍の死体から、ここまで状態の良い鱗を使っているのだから、売っていれば本来街が一つは出来る程度の金額になっていてもおかしくはない。
けど、父さんは首を横に振る。
「私は君の父親だからね。もう君は私に守られるような弱い子供ではないことも承知している。…………けど、誰かのために戦い続け、傷つく君を見ているだけというのは、どうしても出来なかったんだ」
「父さん………」
「この篭手は、純粋な防具としての性能は勿論………氷の性質を利用して、装備者に熱への耐性を与えてくれるようになっている。ついでに、他にも色々と機能を追加して貰っているんだ。見回りに向かう前に、これを着けてみてくれないかい?」
「…………ありがとう」
「気にしないでくれ。かなり遅くなってしまったけど、この地を守ってくれたことに対する私からの形としての礼だと思って欲しい」
俺は執務机に近づき、その篭手を手に取る。一般的な篭手よりも防御力を意識したのか防具となっている部分が広くやや大きめだが、その見た目に反してかなり軽かった。
それに驚いていると、父さんは笑みを浮かべる。
「軽いだろう?」
「え?あ、あぁ、うん………マジックアイテムとしての効果か?」
「そうだね。君と激しい戦闘を繰り広げた魔龍の亡骸には、君の魔力の残滓が残っていた。それを元にして、君がそれを持っているときに限り、重量を軽減する機能も付けれたらしい」
「………「も」って、一体いくつの機能を付けたんだ?」
「実戦で有用に使える機能は可能な限り全てと頼んでおいたよ」
「それ大丈夫かな………」
そういう適当な注文って、職人側が調子に乗っていらん機能まで付けてめちゃくちゃになるまでがセットだと思うんだけど。
「元異名持ちの冒険者の仕立て屋だから、流石に大丈夫だと思うよ。戦場で必要なものは理解してるだろう」
「そっか………」
俺はそう答えて、取り敢えず篭手を手に着けてみる。こう言うのを着けたことがないから少し手間取りながらも装着し終わるが、俺の腕には若干大きすぎるような気もするな………と、そう思っていたとき、突如として篭手が全体的にやや収縮し、俺の腕に合ったサイズになる。
その光景に呆気に取られたが………数秒ほどして、ゆっくりと手を動かしてみる。やはり重さは無く、小さくなったからと言って性能が落ちていると言うことは………ないよな?
「小さくなったけど、大丈夫なんだよな?」
「勿論だ。君はまだ育ち盛りだからね。君が成長した後にそれをまた作るのは難しいから、大きさを装備者に合わせる効果を付けて貰ったんだ。問題はないかい?」
「無さそう………だな。これ、一体いくら掛ったんだ?」
「さてね。贈り物の値段を聞くのは野暮だと思わないかい?」
「………まぁ、確かに」
俺はもう一度身に着けた篭手を見る。俺の大火を浴びてなお原形を保つ魔龍の鱗なのだから、防御力は考えるまでもないだろう。それに、今まで受けた傷より自身の熱で重体になっていた俺にとって熱への耐性はかなり有用だった。
そして俺は、マジックアイテムとしての機能が他にもないのかと思って魔力を流してみる。その瞬間、鱗の部分が薄い光を纏うと同時に大きな円形に広がり、まるで盾のような形になったのだ。
「わぉ」
「驚いてくれたかい?」
「あぁ………かなり防御に寄せたんだな」
「そうだね。………君に何があっても生きて帰ってきてほしい。それだけを願って贈った物だから」
まぁ、まともな防具も着てなかった俺にとってはこれくらい過剰性能な防具が一つくらいあってもいいのかもしれない。魔力による強化で肉体が普通よりもかなり頑丈ではあるけれど、それでも心臓を貫かれたり、首を断たれれば死ぬし。
「………よし。ありがとう、父さん」
「どういたしまして。喜んでくれたなら何よりだ」
魔力を通すのをやめると、篭手が元の形に戻る。それを確認して、俺は父さんと視線を合わせて頷いた後、執務室を後にする。折角なら、パトロールじゃなくて直接Sランクモンスターを叩きのめしに行きたかったけど、まぁ我儘は言えない。
それに、遅かれ早かれこれが役に立つ日は必ず来るしな。俺はエリーがいるであろう彼女の客室に向かいながら、籠手を装着した左手を握りしめた。




