65話
「随分とご機嫌だね」
「ふっ。まぁな」
エリーとフェリスを連れて街の外に見回りに出た俺の様さを見て、エリーは呟く。彼女は最初は俺の篭手を見て驚いた表情を浮かべはしたが、すぐに一人で納得したのか特に何かを聞いてくるようなことはなかった。
が、やはり思うところがあるのか呆れたように首を振る。
「全く、君はただでさえ目立つ要素しかないって言うのに、魔龍の篭手なんて装備していたら更に目立ってしまうよ?」
「けど少なくとも、もうこの国じゃ存在感を消して生きていくなんて無理だと思わないか?」
「………それはそうだね」
それに、何の脈絡もなくフェニックスを従えてたなんて話よりは、まだ自分で倒した魔龍の装備を身に付けてる方が納得感はあるだろうしな。
「それにしてもSランクモンスターか………寒いところに現れるのってどんなのだ?」
「Sランクモンスターにあまり環境は関係ない気もするけどね………」
「んー………じゃあ、何が出てきて欲しい?」
「そうだね。ドラゴンロードとか――――」
「死ぬて」
ドラゴンロード。その名の通り龍達の王であり、【幻獣】でありながらSランクモンスターにも分類されている正真正銘のお伽噺。
フェリスと違って本当の意味で実在されていないとされているが、冒険者協会にとっては特別な存在とされているらしく、登録自体はずっと残っているらしい。詳しい理由は知らん。
「ふふ。でも、少し試したいところもあるよ。君と僕で、どれだけの高みに挑めるか、ね。」
「………まぁ、分からなくもないけどさ」
「そうだろう?」
俺が同意すると、心底嬉しそうに笑みを浮かべるエリー。ここ最近は俺が帰ってきたということもあり、本家の伝手で来る煩い縁談なども無くなっているらしく、ストレスから解放されていると言っていた。
とは言え、ギルバートが諦めたとは思わない方がいいとも言っていたけどな。そのうちまた面倒くさいことに巻き込まれそう。主に俺が苦手な分野で。
すると、エリーが何かを思い出したように話し出す。
「…………そう言えば」
「おん?」
「君、学校はどうするとか考えているのかい?」
「学校?」
なんだ急に………いや?結構前にそんな話をしたことがあるような気もするな。………王都に行って間もない頃だったか?
けどなぁ………学校と言っても、今更俺が何を学ぶんだ?
「行く意味があんまり無くないか?」
「え?」
「え?」
「………君は政治も分からないし、その上他の貴族との関わりもないまま家を次ぐのかい?」
「何とかなるだろ」
「バカかな」
「うっせ」
呆れたように言うエリーだったが、俺は反論が出来なかった。実際、まぁまぁ出来の悪い頭だと言う自覚はあるし。
政治も世の中もなんのこっちゃと言う感じだけど………父さんはどうしてたんだろうな。貴族学校には通っていなかったと言っていたけど。
「うーん…………あっ。でも、俺は滅茶苦茶強い関わりを持てたぞ?」
「王族と言うんだろう?………それについては反論はしないけど、君の交流関係は相変わらず変だ」
「変か?………変だな」
「誰を見ながら言ってるんだい?」
「はは、なんでもないさ」
俺は誤魔化すように笑いながら視線を逸らす。ここでお前に決まってるだろ、とか言ったら間違いなく本気の戦いが始まって、後で父さんにこっぴどく叱られる羽目になると分かっていたからだ。
いくら強くなっても、父さんには勝てないのだ。
「ふん、失礼なとこも君は相変わらずだ………でも、真面目に考えた方がいい。特に君の場合はね」
「なんで?」
「存在感を消して生きるのはもう無理だと自分で言ったじゃないか。つまり、今後も君の動向は多くの人が気にしている。………学校に通わなかったなんて、ある種の汚点として受け取られる」
「あー………でもなぁ。折角帰ってきたのに、まーたここを離れるのもなぁ………」
父さんが通ってないんだから当然と言えば当然だが、ここには学校がない。そもそも人口もあまり多くはなかったしな。
通うとなれば多分また王都に行く事になるだろう。………しばらくこっちで過ごしたいんだよな。4年後のその日までは。しかし、エリーは少し驚いたような表情を浮かべる。
「おや、聞いてないのかい?」
「何を?」
「街に学校が出来るんだよ」
「………え、嘘ぉ」
父さんからは何にも聞いてないんだけどな。なんで言ってくれなかったんだろ。………いや、何となく分かった気がするぞ?
「それ、いくつかの貴族が関わってたりしないか?」
「ほう。君にしては鋭いじゃないか」
「一言余計だっての。………ま、だったら父さんが自分から言い出さない訳だ」
結局、入学するやつの多くが俺と距離を近づけるために来るのだろうし。俺がそう言うのを煩わしいと思っているのを理解しているだろうし、元々今回の件も発端としてはそう言う話に関わりが無い訳じゃない。
父さんからすれば、俺に進めずらい話だろう。と思っていたが、エリーは首を横に振った
「勿論君が思う通りの理由で集まる人もいるだろうね。でも、それだけではないはずだ」
「と言うと?」
「魔術会が関わっているらしいからね」
「………あー」
確かに、あそこが関わるのなら純粋に魔法学校として見ても高水準の授業が期待できるな。
魔術会はどこかの国に属さず魔法の探求のために活動する集団だから、こうして魔法学校の設立や運営に関わる事がないわけではなかった。ごく稀な話だけど。
王都の魔法学校にすら、彼らが関わるものはなかったはずだ。
「…………前の件からか」
「だろうね。君に興味があるのは、貴族だけではないらしい」
「ま、それは分かってたけどな。………今のところなんとも言えないけど。それよりは、こんだけ喋っててもSランクモンスターどころか雑魚すらいない事の方が気になるな」
「街の近くだからね。フェリスもいるんだし、下手なモンスターは手を出してこないさ」
「ホルルル?」
名前を呼ばれたフェリスが空から声を上げる。もしモンスターの接近があればいち早く気付くために彼女に空から見て貰っていたが、今のところは何もないらしいな。
「お前と話すのも楽しいけど、こうも何もないのはちょっとつまらないよな」
「ふふ、そうだね。………折角なら、おびき寄せると言う名目で一騒ぎしてみるかい?」
「ありだな。父さんに叱られるって言う一点を除けば」
「僕は君となら怒られてもいいよ?」
「君とならって付ければ何でも良い言葉になる訳じゃないからな?」
とは言え、結局俺もエリーとならたまにくらいなら怒られるのも許容は出来るが。今週は既に怒られているから大人しくしていたい。
それはそうとして、ふざけてこそいるが俺もエリーも気を抜いている訳ではない。そもそもな話、森の中を歩いていてモンスターの一匹すら見当たらないのがおかしいしな。そろそろ真面目モードに入るかぁとか思っていた時だ。
遠くから聞こえた爆発音に、俺達は同時に足を止めた。
「………なるほど。調査に出てた奴が当たったか?」
「かもね。あるいはモンスター同士の争いか。いずれにせよ、パトロールだとしても発見したんだったら十分戦う理由になるだろうね」
「だな」
俺は指を鳴らし、エリーは魔力を纏い始める。空にいるフェリスもそれを見て高度を上げ始めた。さて、久々に暴れる機会が出来たんだ。どこまでの相手か楽しみだな。
「ノイン。その仕草は粗暴すぎるからやめたほうがいいよ」
「………うっせ」
「ちくしょう………!よりによってあんなバケモンかよ!!」
「はぁはぁ………!く、くそっ………!」
「っ、しつこいわね!!」
「来るぞ!避けろっ!!」
リーダーの言葉に、俺達は同時に左右に跳んだ瞬間、俺達が走っていた直線状を何かが過ぎる。直後に吹き荒れた激しい旋風が、俺達の体を吹き飛ばす。
そして、そのまま強烈な勢いで木に激突した俺は一瞬だけ呼吸が止まった。
「ごほっ、げほっ………!」
息苦しさから激しく咳き込み、それでも何とか状況を確認しようと顔を上げる。そこには、既に目前に迫っていた漆黒の毛並みの巨大な獣が、陽の光を鈍く反射する凶爪を振りかざしていた。
「馬鹿野郎っ!しっかりしろ!」
リーダーが叫びと共に割って入り、同時にその一撃を大剣で受け止める。しかし、漆黒の体を持つその獣は赤く光る双眸でリーダーを睨み、一瞬にして身体を翻してしなやかな尾で俺とリーダーを薙ぎ払う。魔法鉱石を使った鎧を着ていると言うのに、全身に走る痛みは気を抜けば意識を失ってしまうのには十分な程だった。
リーダーと共に地面を転げ、それでも手放さなかった剣を地面に突き刺して立とうとする。だが、既に怪物は身を構えて俺達へと隠そうともしない殺意を向けていた。
「ソルド!エイン!」
「くそっ………!させるかよ………!!」
メンバーのリンとウェンが武器を構えて走る。だが、彼らが一歩を踏み出した瞬間、獣の耳が後方にやや向けられたのを俺とリーダーは見ていた。
「やめろっ!!!」
「来るな!」
同時に叫ぶ。だが、もう遅かった。獣は残像を残すほどの速度でその場から消え、二人の背後に回る。二人がそれに気が付いた時にはもう遅く、大きく振り上げられた獣の爪が、容赦なく二人を引き裂いた。
「――――」
鮮血と共に地に崩れる二人を見て、俺とリーダーは息をすることも忘れて目を見開く。今まで4人でBランクまで登り詰め、格上であるAランクのモンスターにも力を合わせ、苦戦をしつつも勝利を収めて来た。
決して油断はしていなかった。調子に乗っていたつもりもないはずだ。だが、Sランクモンスターにとっては、俺達と言う存在なんてここまで呆気ないものであるという事実を、そう簡単に受け入れることが出来なかった。
倒れた二人はまだ辛うじて息があったが、それが長くはないのは誰の目からでも明らかだった。そんな二人に興味を失った獣は、次に俺達に双眸を向けた。
「っ………」
二人を手に掛けられたことに対しての怒りも、憎しみも当然ある。だが、それ以上に目の前の存在に対する恐怖が勝った。身体が硬直し、思ったように動かない。横目で見たリーダーは、顔を気張らせているもののこの状況でなお打開策を考えているらしい。
だが、相手がそれを待ってくれるはずもない。赤く光る瞳孔を細め、向けられる殺意が更に鋭くなる。彼らを引き裂いたその爪に赤いオーラを纏い、身を構えて飛び出そうとして――――
「………?」
唐突に、周囲の温度が上昇した。錯覚や勘違いなどでは片付かない程の著しい変化に、獣も動きを止める。怪物の殺意が逸れ、動けるようになった俺とリーダーが周囲を見渡そうとした瞬間。怪物の目前で、炎を纏った少年が現れ
「はぁっ!!」
炎を収束させ、一瞬にして景色が揺らぐほどの熱を纏った蹴りを怪物の顔面に叩きこんだ。瞬間、俺達の4倍かそれ以上はありそうだった巨大なその怪物が、まるで冗談かと思うほどの勢いで吹き飛ぶ。
「なっ………!?」
「嘘だろ………?」
驚愕の声を上げるが、少年は何でもないように地面に降りると、地に倒れるリンとウェンに視線を向ける。そして、そんな彼の傍に森の中から少女が駆け寄って来た。
「ノイン、一人で跳び出さないで………と言おうとしたけど、これじゃそうも言ってられないか」
「血だけでも止めてやってくれ。このままじゃ失血死するぞ」
「分かってるよ。くれぐれも、その間にあいつを倒さないようにね」
「はは、それはどうかな」
少年と少女のやり取りは、Sランクモンスターを前にしての会話にしてはあまりに気安いものだった。だが、ここでようやく俺の混乱していた脳は状況を呑み込み始めた。
この地に広がる雪のような白髪と、まるで炎を宿したかのような赤い瞳。整った顔立ちに浮かぶ好戦的な笑みを浮かべるこの少年を………少女が口にした名を、この地に来た者なら知らないはずがなかった。
「熾炎の貴公子………?」
「………」
少年はリーダーの言葉に一瞬だけ振り向き、小さく頷く。外見は俺達よりも遥かに幼いと言うのに、俺達はそれにひどく安心したのを感じた。
吹き飛んだ先からゆらりと現れた獣。それを見て、熾炎の貴公子は軽く腕を伸ばしながら口を開く。
「猫のモンスターか?なんにせよ、この気配ならSランクなのは間違いなさそうだな」
彼はそう言いながらゆっくりと前に出る。それに対して、猫と評されたそのモンスターは姿勢を低く身構える。そして、熾炎は胸の前で何かを掴むように拳を握ると
「――――温度を、上げるぞ」
その腕を振るい、激しい熱を周囲に広げる。雪が積もっていたはずの大地が燃え上がり、暑いと感じるほどの温度まで急上昇していく。その大火を纏った彼の姿を見て、俺達はその名を与えられた理由を実感したのだった。




