40話
翌日。俺達はいつも以上に賑やかな街を歩いていた。俺は今回の戦争の事を詳しく知らないが、随分と大規模に行われていたらしい。名前は忘れたが、ナントカ帝国の侵略軍本隊をかなり被害を抑えた状態で勝利したとか。
場合によっては逆にこちらから攻め入って降伏を求める話も出てるらしいけど………まぁ、俺には関係ない話だ。
「パレードはいつから始まるんだっけか」
「一時間後くらいだったはずです」
結構あるな。まぁ別に見に行く予定は今のとこないけどさ。お祭りになっているだけあって、今日は行きかう人々の表情は明るい。露店も普段より気合が入っているな。
そして、その賑やかさに反してどこを見ても兵士や騎士が目に映る。周囲を注意深く見渡し、何があってもいいようにと目を光らせていた。
本格的に、こういう人手の育成はうちでも考えた方がいいよな。近衛の訓練にはよく参加してるし、頼めば新人騎士の育成を見学させてもらえたりしないだろうか。
「おいおい、折角の催し事でなに真面目な顔してるんだよ」
「ん?あぁ、悪い………こんな時でも騎士や兵士は大変そうだなと思ってな」
「あー………ま、仕事だしな。………騎士団になりたいのか?」
「なりたいと思ってたこともあったけど、ルノジスを見てたらその気は無くなったかもしれない」
「………ルノジスさん、その………忙しそうですからね」
忙しそう、という言葉に色々な含みを持たせるルーナ。若干申し訳なさそうなのは、無茶ぶりの一部が自分達に関する事も多いからだろう。ウェインとスレイよりはマシだろうけどさ。マジであの二人、騎士団長を私兵か何かだと勘違いしてるんじゃないかな。
「ルノジスはまぁ………うん」
「あの人は………騎士団長がって言うより、単に兄さん達がヤバいだけな気がするけど」
「ヤバいってお前………」
「あれは擁護できねぇよ………」
末の弟にここまで言われているぞ。良いのか兄上共。………妹に怒鳴られた俺が言えたことじゃないな。そんな話をしつつ、ちょいちょい食べ歩きなどをしながら街を歩いていると、知らない男女4人がこちらに………正確にはラルクに声を掛けて来た。
「お、ラルクじゃん………もしかして、隣にいるのは?」
「あぁ、ルトラ。偶然だな。………ま、そうだな。こっちは客人としてうちにいるノインだ」
「どうも」
さっきの会話だけで、彼らとラルクの関係が理解できた。年齢も彼と変わらないっぽいし、魔法学校のクラスメイトなのだろう。軽く頭を下げて俺も挨拶すると、彼らはそれ以上に大きく頭を下げて来た。
「は、初めまして!ルトラ・ロティアです!その、熾炎の貴公子に会えて感激です!」
「私も!ノイン様に憧れて炎の魔法を使い始めたんです!王城で暮らしてるのは知ってましたけど、こうして会えるとは思っていませんでした………!」
「いいなぁ………熾炎様とお出かけできるなんて」
「本当に俺達とそう変わらないんだな………噂じゃ筋肉隆々の大男って話もあったんだけど」
口々に俺と会えた事に対する反応をするルトラ達………おいまて。なんだ最後の噂。どこから出た。
「待て。最後の噂を流したのは誰だ?」
「いえ、俺も聞いただけなので………」
「………」
寧ろ、マッチョとは程遠いんだけどな。まぁ、経験上実際にはかなり筋肉が付いている自負はあるけどさ。そうでなくても魔力によるブーストで俺の身体能力は常人よりも遥かに高い。
魔力による身体能力の強化と言うのは珍しい話でもないが、それなりに魔力量がある奴でなければ実感できない程度の物だ。俺とエリーが幼い頃から身体能力が高かったのはこれが理由だな。
そして、この魔力強化は年齢によって体が成長して魔力との親和性が高くなるにつれて更に高くなっていく。俺が成人する頃には、もしかしたら腕で岩を砕けるかもしれない。
俺の腕も砕けそうだが。
「………」
しかし、それを見たルーナは若干面白くなさそうな表情を浮かべながら、やや俺の前に出る。………特に、その中にいる女の子の二人に視線を向けながら。それを見た4人は少し驚いた表情を浮かべるが、すぐに表情を苦笑に変える。
「あ、デートのお邪魔でしたね」
「………あれ、じゃあラルク様は?」
「俺は誘われたんだよ。このアホに」
「は?てめ――」
直後、風を切る鋭い音。ナイフより重く、そして鋭いその音を聞いた俺は振り向きつつ足に炎を纏わせて蹴り上げる。直後、鈍い音と共に一本の槍が柄部分を蹴り上げられて宙を舞う。
勢いが完全に死んで、そのまま落ちて来た槍をキャッチする。特に特別でも何でもないただの槍。寧ろ出来は粗悪品と言っても良いかもしれない。
となれば、これは殺せればそれでも良し。殺せなければ………
「行くか」
「………………は?え、おい、ちょま」
「お前らは騎士の奴らと一緒に安全な場所に行ってろ!」
騒ぎを見ていた騎士がこちらに向かってくるのを確認し、俺は炎を燃え上がらせる。そのまま槍を上空に投擲し、一瞬で大空に跳んだ槍に向けて炎と共に転移する。槍が投げられた位置は方向からして恐らく向こう側。空から目を凝らし、その周辺を一望すると
「見つけたぞ」
細道を進む白いローブの人影。流石にこの距離じゃ男か女かは分からないが、人目を避けた道を選びながら走っている姿を見ればあれが犯人であることはほぼ確実だった。そいつの方へ上空から槍を構える。
「忘れものだ、ぞ!」
瞬間、空気の壁を貫いて槍が投擲される。一瞬にして槍は人影へと迫るが、それは分かっていたかのように槍をギリギリで回避する。とは言え、完全にとはいかずに腕を裂かれていたが。
「ちっ」
舌打ちと共に再び転移し、槍の突き刺さったところへ現れる。ちらりと槍を見たが、元々粗悪品だったのもあって地面に突き刺さった反動に耐えられず柄の部分から折れていた。流石にこれはもう使い物にならないと判断し、俺は腕を庇いながら走り去ろうとする人影を追い始める。
狭い道であることもあり、転移は難しい。それもあって俺の身体能力でもなかなか距離を縮めることが出来ずにいた。入り組んだ道を何度も曲がりながら進み………とある角を曲がった先で、男は突き当りにある扉に飛び込んだ。
「ちっ、逃がすか………!」
屋内となれば、俺の炎の魔法は大きく制限せざるを得ないだろう。だが、それに構っている訳にもいかず、俺は炎を手に纏わせて扉を蹴破り………
「―――」
広がる景色に絶句する。扉の先に広がるのは、霧に包まれた荒野。分厚い雲に空が覆われ、薄暗さが広がる、荒れ果てた地だった。そして、そんな霧掛かった平野の先に建物群が見える。決して大きくはなく、小さな町という規模の物だが………一切光が無く、遠目から見ても既に荒れ果てている。
「………?」
背後を見ると、そこには大きな割れ目のような物が浮かんでいた。と言うよりは、空間そのものに亀裂が入ったようなものだった。それでようやくどういうことか理解し、それと同時に警戒を強める。
「………行くしかないか」
とは言え、ここで黙って戻るわけにもいかない。このまま戻っても、相手はまたしつこく仕掛けてくるだろうし。俺はその荒れた街へ向かって歩き出す。
そして、俺が街に一歩足を踏み入れたと同時に………
「なるほど、総出で大歓迎と」
「………」
霧の中からゆらりと、白いローブを着た人影が幾つも現れた。その顔には見覚えのある仮面。ここ最近見ていなかったのに、まだ続いてたんだな。
「よう、久しぶりだな。俺は会いたくなかったが………………わざわざこんなところまで人を呼んだんだ。何か用があるんじゃないのか?」
「………えぇ、その通りです。熾炎の貴公子、あなたにお話があります」
そいつらの中で、明らかに雰囲気が違う奴が前に出て俺の言葉に返事をする。………いや、似たような雰囲気の奴が結構いるな。ここが本拠地なのかは知らないが、こんなところまで呼ぶだけあって今までの有象無象とは違って、マシなのを用意してきたらしい。
「へぇ………話ね。俺としては、わざわざ聞いてやる必要もないんだけど?」
正直、どんな内容だろうと興味がない。そんな態度で言葉を返したんだが、相手はそれを無視して話し始めた。
「これは忠告です。熾炎、すぐに………ルーナの件から手を引き、王都を出て行ってください。そして、今後も――」
言葉の途中で放った炎。男はそれを後ろに跳んで回避し、暫くの静寂が場を包む。その沈黙を破ったのは俺だった。
「忠告?おいおい、何様のつもりで偉そうなこと言ってるんだ?お前らの言うことを聞く義理なんかこっちにはねぇんだよ」
「………貴方のためでもあるのです」
「不意打ちで槍ぶん投げといて俺のためねぇ………妄言も大概にしろよ。そっちから来ないなら………」
一気に熱を膨張させ、その熱量を魔力と共に周囲に放つ。掛かっていた霧が吹き飛ばされ、冷たい大地に火が灯る。
「選べ。降伏するか、死ぬか」
「………では」
直後、男が一瞬にして駆け出す。その速度は俺の中にあるこいつらの中では比べ物にならない程素早く、確かに手練れだと言うのが理解できる。だが、所詮はそいつらと比べての事だ。
「遅い」
腕に纏わせた炎の温度を上げ、ローブの男が振るった短剣を体を反らして避けた後、その腹に打ち込む。手加減無しで放ったそれは、抵抗なくそいつの腹部にめり込み………炎が、男の腹を射抜いた。
「ごふっ………」
苦し気な声を漏らす男。当然だ、腹に大穴が空いたのだから。カランと言う音と共に、仮面が落ちる。この際だ、顔を見ておいてやろうと思って顔を上げて――
「なっ………!?」
言葉を失った。その男の顔は右半分が鱗に覆われ、醜く歪んでいる。右目は金色に輝き、爬虫類のような細い瞳孔が俺を見つめていた。あまりの光景に驚き、俺は腕を引いて後ろへと跳ぶ。
「お前ら………なんだ?」
「ふふっ………醜いですか?その気持ちは理解できます………だが、これも全てあなた達が遺したものなのですよ」
「な、何言って………っ!?」
男の腹部に空いた穴。俺の温度に直接触れて赤熱して溶けていたそこが、気味の悪い音を立てながら鱗のような皮膚に塞がれていく。すると、それを革切りに他の奴らも仮面を外し始めた。男や女と様々で、中にはまだ成年も迎えてないであろう若い顔つきの者もいた。だが、その顔は位置や程度にばらつきはあるものの、一様に同じような鱗に覆われて醜いものだ。
それと同時に、周囲で魔力が膨れ上がっていく。その気配は、以前にも感じたのと似たようなもので………
「まさか………龍の………」
「そう。私達に遺された呪い。死ぬことも、生きることも出来ず………………ただ、二度と同じ悲劇を繰り返さぬという使命を全うするに相応しい力を与えてくれる龍の祝福。熾炎………貴方があくまでも守護者としての道を歩むと言うのであれば………その命、この地に置いていくがいい!」
その言葉と共に、一斉に動き出す。その動きは相変わらず洗練された物ではないが、精神的に動揺していた俺は一瞬だけ反応に遅れる。
「ちっ!」
だが、それでもすぐに四肢に炎を纏わせて反撃していく。攻撃を見切るのは容易い。確実に避けつつ、急所に攻撃を打ち込む。だが、今までと違うのは。
「凍えよ!」
「めんどくせぇんだよ!」
奴らも魔法を使うところだった。放たれた吹雪を全身に纏った炎で無力化する。いくら龍と同じ魔力を持っているとはいえ、その威力はその足元にも及ばない。だが、魔法を使うと言うのはそれだけでも面倒な事でもあった。そして何より………
「………」
顔面に俺の蹴りを受け、首があらぬ方向に曲がりながら吹き飛ばされていた男が、むくりと立ち上がる。そして、鈍い音を立てながら首が元の方向に戻った直後、何事も無かったかのように再び迫って来た。
腹を貫こうが、首を折ろうが、手足を焼き切ろうが………その数秒後には再生し、何度も襲ってくる。
「ああ、くそっ………纏めて燃え尽きろ!」
大火を纏わせた右手を地面に叩きつける。それと同時に解放された炎の嵐が周りの建物すらも焼き払い、周囲を火の海に包み込んだ。大地は真っ赤に赤熱し、俺の周囲に限っては融解すら起こしている。一瞬にしてローブと共に黒焦げになった白の連中。だが………
「ふふふふふ………どうしたの?私達に死ぬか選ばせてくれるんじゃなかったの?」
「ははっ………この程度じゃ死なねぇなぁ………」
「熾炎、諦めてその火を絶やしてください。私達は………貴方には殺せません」
すぐに起き上がる。全身を焼き尽くし、その体内にすら炎が完全に通るであろう温度でも何事も無かったかのように立ち上がって来た。
「くそっ………」
撤退を考える。俺の力は、長期戦になれば俺自身が耐えきれなくなってくる。奴らが本当に不死なのかは分からないが、このまま続けていても俺が追い詰められるだけだ。
だが………俺が逃げて、こいつらが街まで追って来たらどうする?
「だったら………その身の一片すら残らない覚悟をしろよっ!!!!」




