41話
あれから恐らく数十分は経っただろう。幾度となくその身体を焼き、骨を折り、体の一部を吹き飛ばしたが、戦いは続いていた。
加減して意識を奪おうと、次の瞬間には別の奴がそいつに止めを刺して蘇生する。全身を融解させるほどの熱を浴びせようと、溶けていく身体がそれと同じ速度で元に戻っていく。
ここまで戦ってようやく理解した。正真正銘、こいつらは本当の不死だ。
「はぁ………はぁ………」
「そろそろ限界に近いのではないですか?ここで私達に殺された方が、苦しまずに逝けますよ」
「勝手なこと言うなよ………!」
正直に言えば、一人一人は弱い。束になっても脅威ではない。だが、この再生能力は………人数が居れば一人一人を拘束して無力化する事も出来るが、生憎と俺一人でそれが出来るはずもなかった。
既に全身の熱は俺に牙をむき始めている。このまま続ければ、間違いなくこの身は炎に焼かれてしまうだろう。
「………熾炎。最後の警告です。ルーナの件から手を引き、王都から出て行ってください。それが、貴方の………そして、ルーナのためです」
「ルーナの、ため?あいつがこの先どうなるか知ってて言ってんのか………!」
「えぇ。ですが………時に人は、死した方が幸せな時もあるのですよ」
「っ、だから………勝手な事を言うなっつってんだろ!」
再び周囲に炎を放つ。何度目かも分からないが、奴らは再び炎に包まれ、そして立ち上がる。それと同時に俺の中の温度が更に上昇していく。俺の意思に関わず、両手には常に炎を纏うようになっていた。
「っ………」
一瞬だけ立ち眩みを感じた。その一瞬を逃さずに迫って来た奴らを放った炎で焼き払い、一度後方へと跳ぶ。だが、その動きに限界を察するのは難しい事ではないだろう。そして、ついに体内で燃える熱に耐えきれなくなった俺の体が炎に包まれる。
すぐに魔力を抑え込んだためにそれはたった数秒だったが、全身を焦がすほどの熱に包まれた俺は、その炎が消えた後に膝を付いてしまった。
「もう魔力の制御すら難しくなってきたようですね」
そう言いながら短剣を構える男。次に魔力を解放すれば、炎は俺の制御に従わずに周囲を無差別に焼くだろう。俺自身さえも。自爆覚悟でそれを決行してもいいが、それでこいつらを殺せるかも分からない。
そんな迷いを抱えてしまった間に、男は短剣を投擲していた。一か八か、やるしかない。そう覚悟を決め、抑えていた魔力を解放しようとして。
「させるものか!」
俺の前を大きな影が覆い、甲高い金属音が響く。それと共に複数の足音がこちらに迫っていた。それは慌ただしく俺の周囲を囲み、隊列を組んでいく。
「ノインさん!ご無事ですか!?」
「ルノジス………」
聞き慣れた声が俺の名を呼ぶ。無事か、と聞きながらも俺の状態はすぐに理解したのだろう。すぐに表情を引き締め、奴らの方に向き直る。ルノジスたちは奴らの顔を見て眉を動かしはしたが、それ以上の反応はない。
「ルノジス………そいつらは、殺そうとしても無駄だ………」
「無駄?どういう――」
俺にそう尋ねようとする前に、飛びかかって来た一人の男を右手に持っていた長剣で切り払う。肩から脇腹に掛けて大きく裂傷し、血を吹き出して倒れる男。だが、その数秒後には傷が塞がって立ち上がる。
「………厄介な」
一言。他の騎士達も奴らの能力を理解したのだろう。より緊張感を持った表情をして、武器を持つ手に力を込めた。
「………白の裁徒だな?一体何が目的だ」
「我らの信仰を貫く。それに偽りはありません。そのために………彼は死なねばならない」
「………話しても無駄か。………お前達、気を引き締めろ!」
ルノジスの言葉に、騎士達は大きく返事をする。そして、奴らとルノジスたちの戦いが始まった。だが、俺も俺で既に限界だった。視界がぼやけ、徐々に意識が薄れていく。
その時、俺を焼かんと暴れていた炎が大きく揺らぐ気配と共に、俺の意識は暗闇に落ちて行った。
火に包まれた荒野。見渡す限りの火と硝煙が、この地の終わりを告げていた。大地は幾重の戦いの痕が残され、誰のものかも分からない無数の慟哭がこだまする。この地に芽生える命など最早なく、ただ枯れ果てていくだけの死んだ場所。
だが、俺はこの火の海の中で何故か寒さを感じていた。燃えていた炎の感覚は無く、ただ寒さが俺を包んでいる。
「火を、絶やさないで」
知らない声だ。あの時俺が聞いた、炎に遺された遺志の中にも聞いた事が無い少女の声。だが………微かな知っているという感覚がするのは何故だろうか。
「何度でも火を焼べて。あなたの心が、燃え尽きない限り」
手の中で、何かが燃える感覚がする。一枚の羽根が、そこにはあった。
炎が、燃え上がる。それと同時に引っ張られるように浮かび上がった意識と共に、俺は目を覚ました。
「………ここ、は?」
「ノインさん!」
「っ、目を覚ましたのか!」
直後、俺の眠るベッドに駆け寄って来るルノジスとラルクの姿。それだけではなく、彼らと共にルーナも赤くなった目で俺を見ていた。
「ルノジス………?それに、皆まで………」
「………ノインさん、何があったか覚えていますか?」
「何がって………っ!」
身体を起こす。いや、正確には起こそうとしたと言うのが正しい。身体を動かそうとした瞬間、両手に激しい痛みが走る。
「む、無理すんなって!あんた、3日も寝てたんだぞ!」
「3日………か。悪い、心配かけた」
「っ………それが分かってるなら………いえ………あなたが無事で………良かったです」
顔を背け、震えた声のルーナ。あの日のイリスと今の彼女が重なって少し心が痛む。ちらりと視線を落とすと、包帯によってグルグル巻きにされた右手。
それを見てため息をつくと知らない男性の声が掛けられた。
「………両手に重度の熱傷、おまけに魔力の異常活性。………良く生きていたものだ」
白衣を着た神経質そうな男。微かに纏う薬品の香りから、ここがどこなのかを理解した。
「悪いな。昔から死に損なう事ばかりでさ」
「呆れたものだ。このような経験は一度ではないと。それほど奇跡に恵まれておきながら、平然と命を投げ出そうとは」
「別に死にたい訳じゃないけど」
結果的にそうなってしまうだけだ。これ、父さんに報告されたくないなぁ………より正確には、妹に伝わってほしくない。帰ったらぶっとばされるんじゃないかな。
それはともかく、聞かないといけない事があった。俺は未だに心配そうな表情をしている………強面な分似合わねぇな。まぁ、それはともかく。ルノジスの方を見る。
「………あいつらは?」
「奴らは………」
ルノジスが答えようとした時だ。ばさりと、大きな羽音が耳に入る。それと共に開け放たれていた窓側から何かに煽られたような風を受けた。射していた日が影に覆われ、俺達は同時にそちらを見る。そして――
「ホルルル?」
「………は?」
いつか見た朱色の鳥が、そこに立っていた。その翼に刻まれた極彩色をした模様と、俺を見て首を傾げている様子が完全にあいつと一致した。その愛らしい仕草に一瞬だけ呆気に取られるが、相変わらず耳触りの良い鳴き声に………………は?
「え、は!?なんでモンスターが街中にいるんだ!?」
「ノ、ノインさん落ち着いてください………!」
街中にモンスターが居て落ち着いてられる方がおかしい。っていうか、なんで一番慌てるべき立場のルノジスが落ち着いてられるんだよ。
そしてルノジスだけでなく、ラルクやルーナ、スレイと医師の男さえもその鳥を見てやや緊張した面持ちをしているが、逃げ出すような素振りは見せなかった。
しかし、次の瞬間。朱色の鳥が眩い光を放ち始めた。
「っ………!」
おい、どこが大丈夫なんだよ。何かの攻撃が来ると思い、痛む両手を無理やり動かして光を遮る。そして――
「酷いよ、ご主人様。自分の眷属の事も分からないなんて」
「………は?」
朱色の長い髪を二つに束ねた少女が、そこには立っていた。
3日前の話だ。ノインさんが倒れた後、それを守るように俺達は戦っていた。ルーナ様とラルク様から事情を聞き、すぐにノインさんの行方を追った。彼の移動速度だ。それも転移を使っていたと言うのだから、その足取りを追うのは並大抵の事ではなかった。
それでも何とか辿り着けたのは、彼の膨大な魔力のおかげでその痕跡が微かに残っていたからだろう。それでも、彼の下に辿り着いた時には半刻以上が経っていたのは、我らの力不足なのだろうが。
「ちっ………やはり普通の人間ではないな………!」
首を刎ねようと、関係ないと言わんばかりに再生し襲い掛かって来る。アンデット系のモンスターよりも強力な不死性に、これはただ事ではないと判断する。しかし、今まで大人しかった白の裁徒が今更何故………!
「団長!撤退するべきかと!」
「馬鹿か!こいつらを街に入れたらどうする!?」
「し、しかし………!」
ノインさんを置いていくわけにもいかない。勿論、子供の彼一人程度なら担いで戻ることくらいなら容易いだろう。だが、不死性を持つこいつらが街で暴れようものなら、それこそ手に負えない事態になってしまう。
こいつらは以前戦った白の裁徒よりも、戦いの練度自体は低いのが幸いだった。振るわれた攻撃は単調で、反撃は容易い。だが、魔法を使い、純粋な身体能力が高い点は前の連中以上だが。何より、復活する能力が厄介極まりなかった。
そして、戦いの練度は低いと言ってもほぼ無限の軍勢を相手にしているようなものだ。戦い続ければ徐々に体力を消耗し、無傷でいられるわけがなかった。
「っ、待て!」
「くそっ!」
視界の端で、数人の騎士の隙を突いて隊列を抜けた3人のローブの男。それを見た俺はすぐに腰に携えていた短剣を一人に投擲する。それは男の顔面に吸い込まれるように突き刺さり、血を吹き出して地に倒れる。だが、立ち止まる様子がない残りの二人。
盾を構えて駆け出そうとした瞬間、背後から殺気を感じて振り返りつつ防御をする。そのまま盾を振り抜き、攻撃してきた奴を吹き飛ばす。だが………
「ノインっ!!!」
敬称を付けることも忘れ、叫ぶ。既に彼の近くにまで二人の男が迫り、その短剣を振り上げていた。
「熾炎、ここで死ね!!」
「その火と呪いを、残してはならないっ!」
呪詛を帯びた声色で、男たちが短剣を振り下ろした直後。
空から二つの火球が降り注ぎ、二人の男を炎に包み込んだ。
「ぎゃああああああ!?」
「あ、熱い!?何故だ!?とうに、痛みなんてっ………がああああああ!?」
断末魔を上げつつ、その身を黒く焦がされていく二人。それと同時に雲掛かった暗い空に眩い光が灯り、強大な気配が迫ってくるのを感じる。
「っ!?何か来るぞ!」
俺がそう警告した直後、ノインさんが倒れている場所へ巨大な炎が舞い降りた。それは地面にぶつかると同時に周囲に激しい熱を放ち、周囲を眩く照らす。
巨大な業火。周囲が自然に燃え上がる程の熱を放つその大火から、この荒野に響き渡る程の甲高い鳴き声を上げて、激しく燃える巨大な炎の翼が広げられた。
「これは………まさか………」
炎と共に現れた雄大に輝く巨大な火炎の体。ただそこにいるだけだと言うのに、圧倒的な生命の気配を放っていた。幼い子供すら、その名を聞いたことがあるだろう。ドラゴンと並んで、この世界では最も名を馳せる存在。
「フェニックス………だと!?」
その名を誰かが口にする。それは白の裁徒だったかもしれないし、俺の隊の騎士だったかもしれない。
だが、それがフェニックスと呼ばれたことに誰も異論を唱えなかった。俺もその姿にただ気圧され、それどころではないのだから。
俺達の前にいるそれは、不死鳥の名を冠し、命の象徴、不死の代名詞にもなっている伝説上の存在。普通のモンスターとは明確に区別される【幻獣】と呼ばれるうちの一体だった。
「既に、火に触れていたか………!」
「これは………予想外ですね」
口々に理解が追い付かない事を言う白の裁徒。だが、それに対して何かを考える余裕は無かった。動くことが出来ない。それだけの圧倒的な生命としての格差を感じていた。
フェニックスは自身の足元で意識を失っているノインさんを見下ろす。その動きに、フェニックスが彼を害そうとしているのかと思い、気圧されていた体を無理やり動かそうとして、再び動きを止める。
「………あれは」
フェニックスが彼を守るように翼で包み込み、ノインさんの体から炎が放出されていた。その炎はフェニックスの体に吸い込まれ、それと共にノインさんの表情が少しずつ和らいでいく。それが終わると、フェニックスは顔を上げ………白の裁徒達を見据える。
「っ………」
息を呑む音が聞こえた。ただ視線を移しただけ。それだけで、雰囲気の移り変わりを理解出来るほど彼らに向けられた視線は殺気を纏っていた。
直後、広げられた翼から無数の炎の弾幕が放たれる。白の裁徒達はそれを見てすぐに回避に移るが、無数の弾幕の着弾地点で天を見上げるほどの巨大な火柱が噴き上がる。
その爆発に数名が逃げ遅れ火に包まれ、数秒と経った頃には完全に燃え尽き………立ち上がる事が無い。
元々ノインさんの炎によって燃えていた大地が更に激しい炎に包まれ、立っているだけで倒れてしまいそうなほどの熱気に包み込まれる。
「撤退です!」
「だ、だが………」
「フェニックスが出てきた以上、私達に勝機はありません!………熾炎。貴方はもう………」
男の命令で、奴らは一気に逃げ出していく。最後に何かを言っていた気がするが、この状況で詳しく聞き取れるはずがなかった。
そして、フェニックスは再びノインさんを見下ろす。その仕草はまるで慈しむようでもあり………直後、激しい光がフェニックスから放たれたかと思うと、そこにはノインさんと然程年齢が離れていないように見える、華奢な少女が立っていた。




