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4話

「エリシア、落ち着いて。何か問題が起こった訳じゃないから」

「そう、なの?でも………」


 エリシアと呼ばれた少女は訝しげな表情を浮かべながらこちらに歩いて来る。美しいブロンドの長髪と、その目はまるで空を思わせる澄んだ青の瞳だった。人形のように端正で可愛らしい顔立ちをして、綺麗な衣装に身を包んでいるその少女は、まるで品定めするかのように俺の周りを一周し………顎に手を添えて、息を付く。


「ふむ………君がこの魔力を?」

「え、は?あぁ………そう、らしいけど」

「なるほど………僕以外にこの年で魔力に覚醒してる人がいるとはね………」

「お、おう………ん?」

「ん?どうかしたかい?」


 女の子にしては珍しい一人称に少し疑問を持ってしまう。聞き間違い………という訳では無いようだけど。こう言うのって、本人に直接言いづらいんだが。

 まず、俺はこの子が誰なのかも知らないし。そう思って、ちらっと助けを求めるように父さんを見ると、苦笑を浮かべながら俺達を見ていた。


「彼女はエリシア。エンゲル公爵家のご令嬢だよ。私も良く世話になっている」

「そうは言っても分家だけどね………あ、君もしかして領主様のご子息か!?これは失礼を………!」

「あ、いや………別にそこは良いんだけど。あー………俺はノイン。エリシア………でいいのかな?」

「………うん。自己紹介もしていなかったね。申し訳ない………僕はエリシア。気軽に、エリーと呼んでくれてもいい」


 まぁ、うん。この年齢からキャラが濃いなぁ………いや、この年齢だからこそなのか?多感な幼年期は周囲の影響を受けて言葉遣いが定まらないって言うのも聞いたことがあるしなぁ………取り敢えず、わざわざ指摘する事じゃないだろう。


「よろしく頼むよ、エリー」

「あぁよろしく………所で、その魔力は?とても普通の魔力とは思えないんだけど………」

「俺に聞かれても………ついさっき鑑定したばかりだし」

「なるほど。ソフィア、彼の魔力は………」

「えぇ………多分、炎の性質が強いんだと思う。ただ………」


 ソフィアとエリシアが何やら二人で話し始める。取り残された俺と父さんは顔を見合わせて、どうしようかと互いに困った表情をしてしまう。魔力を感じることは出来たし、特訓は後から考えるとして今日は帰っても良いんだけど。


「えっと………どうします?今日は帰りますか?」

「あー………まぁ、それでもいいんだけど………」


 父さんが向こうを見る。俺もそれに従ってそちらを見ると、エリーとソフィアがこちらに歩いて来ていた。


「ノイン、話は聞いたよ。魔力の使い方を学ぶつもりらしいね」

「へ?あ、あぁ………まぁ、そのつもりだけど」

「なら、君は運がいい。僕が直々に、君の稽古に付き合ってあげるよ」

「は、はぁ………ん?」

「自分で言うのもなんだが、僕は既に魔法を会得していてね。つい最近、一人でゴブリンの群れを片付けたこともあるんだ。僕が稽古すれば、君だってその魔力を十分使えるようになる………はずだ」

「………」


 と、言われましても。マイペース………ともなんか違うけど。距離感掴みづらい子だなぁと困ったように頭を掻く。どうすればいいの?と父さんに助け舟を求めるように見ると、父は僕の視線に気が付いて苦笑を浮かべる。


「はは………けど、良い機会じゃないかな。ちょっと変わ………いや、何でもない。彼女が言うように、エリシアは魔法の天才だ。指導してもらえるなら、きっと君の為になるはずだ」

「あの、今変わってるって………」

「という訳だ。エリシア、良ければうちの息子にご指導願えるかな」


 俺の言葉を遮って話を進める父さん。待ってくれよ。確かに魔力の扱いは学ばないといけないけど、なんか………話してて疲れるんだよな、この子」


「聞こえているよ」

「あ、ごめん」


 いつの間にか口に出ていたみたいだ。危ない危ない。あれだろうか、天才と変人は紙一重ってやつなのだろうか。


「嫌なら無理にとは言わない。ただ………それだけ特殊な魔力だ。この街の魔法使いじゃ、みんな持て余してしまうと思うよ」

「………」


 他にいないのかぁ………ほんとに他にいないのか?と少し思わないでもないが、父さんもソフィアも何も言わない所を見ると、本当にエリーは魔法の天才なんだろう。大丈夫かなぁ………凡人と天才じゃ、根本から感覚が違うとも言うけど………駄目だったら駄目だった時で考えればいいか。どちらにせよ、魔力の扱いはいつか学ぶことになるわけだし。


「あー………うん。それじゃあ、頼んでも良いか?」

「うん、頼まれた。さて、それじゃあ練習場所は………」

「………今から?」

「時間は待ってくれないからね。それに、魔力の暴走はいつ起こるか分からない。せめて、この教会に垂れ流しになってる魔力をちゃんと制御できるようにならないと、いつ君の体が燃え尽きてもおかしくないかもしれないね」

「そうか………」


 そう言われたら断ることは出来ない。一応父さんの方を見ると、父さんも無言で頷く。


「じゃあ決まりだ。うちの庭を使おう。魔法の練習にはピッタリの広場があるんだ」

「………突然来たら、家の人の迷惑にならない?」

「ならないさ。うちには召使もいないし、父には………うん。後から話せばいい」

「そっか………」


 雑だなぁ。まぁ、いいのか………本当にいいのかなぁ。少し不安になりつつ、もう一々気にする方が疲れるなと割り切ることにした。取り敢えず、大人しく着いていくか。


「それじゃあ行こうか」


 そう言って、エリーは俺の手を取って歩き出す。やっぱ子供って距離感近いなぁ………遠慮ってものを知らない。俺のガキの頃はどうだったか………

 そんなことを考えながら教会を出る。あ、ソフィアさんに挨拶してない。代わりに父さんがしてくれてるだろう。外に出ると、相変わらずの銀世界。吹雪ではないとはいえ、未だに雪が止む様子はなかった。

 呪われてるって言うし、晴れる日とかないのかもなぁ………


「そう言えば、これを聞くのは失礼かもしれないけど………領主のご子息は氷身病を患っていて寝たきりだと聞いていたけれど………」

「あー………治ったんだよ。2週間前くらいに」

「………なるほど。噂は本当だったんだね」


 俺の病が治ったって言うのは、既に噂として広まっているらしい。まぁ、この100年以上の中で、氷身病が治った例はなかったらしいからなぁ………俺としては、心当たりがあるのはこの熱だろうか。あの日の朧げな記憶の中と、今の状況を照らし合わせてみるとそれ以外に原因が思い浮かばない。身体が凍る病と俺の異常な熱。真逆の性質がぶつかり合って、片方が消滅したとか。

 ん?じゃあ致死性の高い不治の病を消滅させるほどの熱なのか、これ。改めて考えると危険だな。


「………稽古って、危なかったりする?」

「そりゃ勿論。何が起こってもおかしくない」

「死ぬかも?」

「あり得るね」

「………帰っていいですか?」

「あのね。君の魔力の危険性を分かっているのかい?どんな稽古でも危険だし、放っておくと君だけじゃなくて周りまで巻き込んでしまうかもしれない。だからわざわざうちの庭を使ってるんだ。僕もその危険を承知で君の稽古に付き合うと言ってるんだから、君も覚悟を決めてくれ」

「………分かった。ごめん」


 まぁ、この魔力が暴走したら確かに危険だよなぁ………俺だけならともかく、また家ごと逝くかもしれないし。ただ、この子は俺と違って正真正銘の子供のはずなのに、なんだか子供っぽくない子だなぁ………俺とは違う本当の天才なのだろう。

 それからしばらく歩いていると、大きな屋敷が見えてくる。流石に俺の家程ではないが………あれ、召使もいないと言っていたような。掃除大変じゃないのかなあれ。


「ここが僕の家だ。庭はあっち」


 そう言って、エリーに案内された場所は庭というよりは広場だった。確かに、ここなら何かに燃え移ったり、巻き込んだりする危険性はないだろう。

 すると、黙ってついて来ていた父さんが口を開く。


「さて、じゃあノインの事は任せるよ。私は彼女の御父上に挨拶をしてくるから」

「はい、分かりました」

「それじゃあ、頑張りなさい」


 そう言って屋敷の中へ向かう父さんを見送って、再びエリーに向き直る。


「まずは何から始めるんだ?」

「そうだね………まずは、その抑えきれてない魔力をちゃんと閉じ込めるようになる事と………ちょっと触れたら爆発してしまいそうなその魔力を安定化させること。これが課題だ」

「………なるほど。それは分かったけど、どういう修行を?」

「そうだね………まず、魔力を操作できなきゃ話にならないんだけど………自分の魔力を感じることは出来る?」

「あぁ、多分」

「じゃあ、それをこう………なんて言うか、自分の手に少し移すようなイメージで………」


 なるほど。何となく分かった。胸の奥にあるこの熱を、血流に乗せて右手に流していくイメージで………あ、右手が温かくなってきた。ボッと音を立てて右手が炎に包まれ………ん?どんどん熱くなって………


「あっっっっっつ!?」


 慌てて右手を振って、魔力のイメージを振り払う。幸いすぐに炎は消えたが………軽く火傷したなこれ。自分の魔法で怪我するとか、これじゃまるで間抜けじゃないか。


「君、なんで勝手に火を………」

「いや、別に火を点けたかったわけじゃ………」

「なるほど………外気に触れただけで発火するのか。これはまた不安定だね」

「昨日はそんなことなかったんだけどなぁ………」

「昨日?」

「あぁ、なんかこう………指をパチンってしたら、火が点いたんだけど………それは別に熱くなかったんだよな」

「ふむ………あぁ、右手を怪我してしまっているね。少し待ってて」


 そう言って、エリーは広場の端にある小屋に向かう。それから数十秒ほどで、戻ってきた彼女は籠を手にしていた。中に入ってるのは………葉っぱ?


「右手。見せてごらん」

「あ、あぁ………」


 言われるがまま、エリーに右手を差し出す。すると、籠の中から数枚の葉っぱを取り出して、右手に押し当て………その右手に彼女は両手を重ね、光を放ち始めた。すると、ヒリヒリと痛んでいた右手の痛みがみるみるうちに引いていく。なるほど、回復魔法か。


「………これでよし。痛みはまだあるかい?」

「いや………凄いな」

「このくらいはね………さて、続けよう」

「………おう」


 また怪我するかもしれないと思うと、もう萎えて来たんだけど………死ぬよりマシか。


「じゃあ、昨日やってみたものというのを見せてくれないかい?」

「ん?あぁ、分かった」


 俺は頷いて、昨日と同じように親指で中指を弾き………その軽い音を掻き消す程の爆音が周囲に響き渡り、熱気が広場を包み込む。積もっていた雪が一気に融解し、俺達は吹き荒れた暴風に顔を覆う。

 え、なにこれ。昨日はこんな火力なかったじゃん。最早炎とかじゃなくて爆炎じゃん。


「………君、これを一人で試したのかい?」

「違う!昨日はこんなデカくなかった!こう、蠟燭の火くらいの………」

「………なるほど。ソフィアの鑑定が何か影響を及ぼしてしまったかな」

「影響?」

「んー………仮説だけど、本当なら落ちているはずなのに、奇跡的なバランスで乗っかってる物とかあったりするだろう?」

「あー、うん。確かに」


 確かにある。これなんで乗ってるんだよ、みたいな。こっちの人生じゃまだ見たことないけど………あれ、下手なこと言わない方が良かったなこれ。


「そういうのって、ちょっと触れたら落ちるだろう?」

「うん」

「つまりそれと同じで、ギリギリの状態で押し留められていた魔力が、鑑定によって全て解放されてしまった、とかね」

「なるほど分かりやすい………あのさ。一応聞くけど、エリーって何歳?」

「4歳だけど、何故?」

「いや………子供っぽくないなぁって」

「それはお互い様だ」


 確かに。ただ、俺と対等………対等かな?対等って事にしておこう。まぁ、対等に話が出来る精神年齢と考えると、とても子供とは思えない。まさか俺の精神年齢が子供並って事じゃないだろうし。


「取り敢えず、そのやり方はやめておいた方が良いだろうね。雑に魔力を放出してるせいで、大気中の魔力にまで引火しているみたいだ。下手したら、周囲一帯が炎に包まれかねない」

「はい………カッコいいと思ったんだけどなぁ………」

「そういうのは、ちゃんと魔力を制御できるようになってからだ。練習を続けるよ」

「はーい………」


 まさかそんなこと………ないよな………?








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